第31章;四つ目の真実
銃声がしたとたん、ヒイラギの左肩からは血があふれ出した。
ヒイラギは、肩を抑えながらうずくまった。
「ヒイラギ君! 大丈夫?」
銃が発砲する直前、ヒイラギに突き飛ばされた由美が、ヒイラギのそばに来て右肩に手を置いた。
ヒイラギが、撃たれた?
あらまあ。
ま、肩撃たれるくらい、よくある事だよね。
俺はのん気にそう思った。
発砲した男の顔を見やると、真っ青な顔をしていた。
まさか弾丸が当たるとは思いもしませんでした、って顔だ。
やれやれ。俺は腕を組んで言った。
「ヒイラギや由美ちゃんに手を出そうとするなんて、いい度胸じゃないか」
「僕の顔に泥を塗るなんて、大したことするねえ君も」
そう言うユキヒトの顔は、随分と殺意に満ちている。
怖いねえ、まったく。
その時、静かな声が倉庫に響いた。
「あんた等にケイスケを責める権利はない。彼は俺に頼まれただけだ」
全員が、戸惑いの表情を浮かべた。
ヤクザの群集から、一人の少年が発砲した男―ケイスケというらしい―の隣に立った。
人形細工のように、綺麗で整った顔立ちの少年だ。
どこかで見たことがあるような気がするのは、俺の気のせいかな。
その綺麗な少年を見て、ナツメが声を上げた。
「君は、アシュラじゃないか! どうして、ここに・・・」
アシュラか。その名前を聞いて、やっと思い出した。
このアシュラという少年、雪花組の切り札と呼ばれている。雪花組のヤクザでも、彼を知らないやつは多い。集会には来ないし、大抵は他の組へ潜入に行っているから、すぐには気づかなかったんだ。
決して、俺が仲間の顔と名前を覚えていないわけではないので、誤解しないで欲しい。
アシュラはその人形のような顔をナツメに向け、言った。
「もちろん、秋篠組の潜入捜査。ジンに頼まれたんだ。秋篠組に潜入して、様子を見守って欲しいと」
「様子を見守る?」
俺は心の中で、舌打ちをした。あいつめ、ちゃっかり手をうってやがる。
「ジンは心配してた。ユキヒトはヒイラギを殺せないけど、傷つける事はできる。仮にユキヒトが改心したとしても、秋篠組のヤクザ達はそれを許さないだろう、って。だから、俺を呼んだんだ。秋篠組のヤクザ―特に若くて血の気の多そうなヤツって言ってた―に、目を光らせておいてくれと」
「ふーん。でも現実に、ヒイラギは血の気の多い若造に撃たれた。それに、『彼は俺に頼まれただけ』ってさっき言ってたじゃないか。あれはどういう意味だい? ジンを裏切ったってことかい? それとも、ヒイラギが嫌いだった・・・とか?」
「俺がジンを裏切るわけないだろ。・・・この目で確かめたかったんだよ。ヒイラギっていう少年が、本当にジンが言っていたような奴かどうか。友達のために、自分を犠牲にしようとする、泣かせる友情心を持った人間なのか。だから、ケイスケに発砲させて、確かめようと思ったんだ。本当に当たるとは思ってなかったけど。あ、ちなみにジンの許可はもらっているよ」
アシュラの話を、その場にいた全員が唖然として聞いていた。
俺だってそうだ。
どうやら、ジンに先を越されてしまったらしい。
頭は悪いくせに、どうして、あいつはこういう事にかけては抜け目がないんだろう。
ああ、ムカつく。
「つまり」
ユキヒトが頭をかきながら言った。頭をかきながら話すのは、彼が困惑している時のクセだ。
「ケイスケは君に利用されたと」
「まあ、そうなんだけどさ。ケイスケだって、相当腹立ってたみたいだよ。あんたが、あっさりと改心しちゃって」
アシュラが肩をすくめて言った。
ヤクザ達に目をやると、皆うなずいていた。
まあ、確かに腹立つよな。
その時、静かにユキヒトが言った。
「何か勘違いしているようだから言っておくよ。別に、僕は改心したわけじゃない。ただ、雪花組の友情を認めただけ。自分自身のポリシーは何も変えちゃいないよ」
沈黙。
「えぇ!?」
ヤクザたち、びっくりしすぎだろ。
まだまだ甘いなあ、秋篠組のヤクザ達は。
俺はそう思った。考えてみれば分かる事だ。ユキヒトみたいな奴が、そう簡単に価値観変えたりするわけがない。
ユキヒトの顔からは、戸惑いが消え、いつもの自信満々の表情だった。
「僕を裏切った奴には容赦ないから、気をつけるんだね♪」
「裏切った奴ってのは、オマエの組の副長の事か?」
背後から、聞きなれた声がした。
振り向くとそこには、見慣れた金髪野郎。
「ジン・・・」
左肩を抑えながら、ヒイラギが目を剥いた。
「よお、ヒイラギ。肩、大丈夫か?」
「あ、ああ」
「俺としては、君の方が大丈夫か、と問いたいけど」
俺は横から口を挟んだ。ジンが俺のほうを向く。その薄い唇は切れ、血が出ているし、3本線だった頬の傷は、4本に増えている。
「貴様に心配される筋合いはねえんだよ」
どうやら、俺の心優しい言葉も、ジンには届かなかったらしい。
ま、そんな事は置いといて。
肝心なのは、ジンの後ろの2人。
片方はとある組の副長で、もう片方はただの不良少年。
どちらが怖いか、っていうと、当然とある組の副長の方だ。
その副長さんは妙に短気な所がある。
たまに暴走するという、可愛らしい趣味をお持ちなんだ。
「ふ、副長・・・」
ヒイラギを撃った青年―ケイスケだっけ―は、真央の顔を見ると、いっそう怯えた表情になった。後ずさりまでしているぞ。
真央はゆっくりと、ケイスケに歩み寄った。素人にでも分かる殺気を漂わせながら。
「・・・あれほど言ったはずです。雪花組に関係する人には手を出すなと。・・・あなた方は、一体どれだけ私を怒らせれば気が済むのですか?」
「ひぃっ!!」
その場の空気が、いっきに氷点下まで下がったような気がした。
「ケイスケ、雪花組のスパイに言われて発砲するとは情けない! あなたには『自分の意思』というものがないのですか! ・・・ユキヒトもユキヒトです! 今まで、卑怯な手を使って、雪花組に一度でも勝った事がありますか! いたいけな高校生に、むやみに拳銃を向けるバカがどこにいるのですか! 情けない! ・・・もう茶番は終わりです。あなた方が出る幕ではありません」
沈黙。
真央の言葉は、その場にいた全員を黙らせた。
そして・・・怖がらせた。
いやいや、さすがの俺もビックリだ。
とりあえず、彼女を気を静めようと、俺は彼女に話しかけた。
「まあまあ。少し冷静になろうや、真央ちゃん。怒るのは後にして、さ。やる事はいっぱいあるんだし」
「・・・そうですね。つい、取り乱してしまって。失礼いたしました」
冷静になるの、早いなあ。
真央は、フッと肩の力を抜き、ユキヒトの方を向いた。
「ユキヒト。今はあなたと話し合っているヒマはありません。あなたにお願いしたい事がひとつあるのですが、よろしいですか?」
「何かな?」
「ここにいる秋篠組の連中を、直ちにつまみ出して欲しいのです。彼等に、これから起こる出来事は関係ありませんから。もちろん、あなたもですけど」
ユキヒトは、穏やかな表情で答えた。
「いいよ〜♪ じゃあみんな、出ようか」
おや、意外と素直だな。
ユキヒトに連れられて、秋篠組の連中は立ち去った(つまみ出された)。
「ジン」
アシュラがジンに声をかけた。
「何だ」
「俺もいない方がいいよな」
「ああ、そうだな。ご苦労だったぜ」
ジンがアシュラに向かってうなずき、アシュラも立ち去った。
結局、あの少年のことはよく分からないまま、か。
まあ、それでもいいや。
世の中には、知らなくてもいいことだってあるんだしね。
「アスカさん。私は残るよ! もちろん」
由美が俺に向かって、そう言った。うずくまるヒイラギの傍で、俺を見上げる表情は、何というか、可愛らしかった。
「ああ、もちろんいいよ」
俺がにっこり笑って言うと、彼女も満面の笑みを浮かべた。
「さて、と」
準備万端。いよいよ、クライマックスだ。
全てが明らかになる。
まずは、真央と一緒に来たのに、真央の暴走で、すっかり忘れられてしまい、入り口付近で突っ立てる少年を、呼ばないとな。
「真央ちゃん。彼を呼んでくれるかい?」
「分かりました。・・・コウガ! 来なさい」
一人の少年が、入り口から現れた。
身長は170前後くらいかな。何よりも目立つのはその銀髪と、海の底のように暗い目。
その視線が、俺、ヒイラギ、由美、ジン、と来て、ナツメで止まった。
その目に、憎しみが宿る。
どうやら、見つけたみたいだ。
ミナミの他に、もう一人の、ミライの仇を。
「いよいよ、フィナーレだ」
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