第27章:二つ目の真実
秋篠組のアジトにて。
オレは、呆然としながら目の前のユキヒトを見つめていた。オレの背後にいる萩原も、痛いほどの力をこめて、オレのシャツのすそを握っている。
何故だ。何故、こいつが、オレの名前を知っているんだ・・・。
誰にも言ったこともなく、親ですら忘れているかもしれない、その名前を。
オレの反応は予想済みなのか、ユキヒトはくすっと笑いながら言った。
「何で知ってるんだ、って表情だね。僕をなめるんじゃないよ。その気になれば、君の本名くらい簡単に知ることができるよ。君の苗字なんか、学校へ行けばすぐ分かることだし。冬樹って名前も、僕の手に掛かればすぐに分かったよ。冬樹君」
「・・・オレの、名前を呼ぶなっ・・・!!!」
オレは拳を固めながら、ユキヒトに言った。
冬樹。二度と聞きたくない、その言葉。
聞くだけで、嫌悪感が増す。
オレの体に冷たいものが駆け巡る。
6年前のあの日を境に、誰も呼ばなくなったその名前。
まさか、こんな奴からその名を聞こうとは。
吐き気がする。
「冬樹ク〜ン? 僕の話聴いてるかい? どうやら君には、放心癖があるようだねえ」
ユキヒトは、笑いながらそう言った。
馬鹿にするようなその口調。
ほんと、オレの身の回りにはあいつの性格を受け継いだ奴がいっぱいいる。
これも、天罰かな。
オレは自嘲気味にそう思った。
「ちょっと、ヒイラギ君。危機感ないわけ? この人、物騒なもの向けてるじゃない」
萩原の咎めるような声で、オレは目の前の危機を再認識した。
ユキヒトは、依然としてオレと萩原に拳銃を向けている。
今は、昔を思い出している場合じゃない。
真実を見つけ出す時だ。何が何でも、真実を暴き出す。
そして、絶対に、萩原を傷つけさせない。
彼女を、守る。
「あんたに訊きたいことがある。答えてくれないか?」
オレがユキヒトにそう言うと、奴は唇の端を吊り上げ、言った。
「何かな」
「コウガはどこにいるんだ」
コウガ、という名前に、ユキヒトの眉がピクリと動いた。
その様子から、奴がコウガの名を知っていることが分かった。
「教えてくれ。どこにいるんだ」
オレの問いに、ユキヒトは微笑し、言った。
「彼に会って、君は一体何をするつもりだい?」
「オレは真実を知りたいんだ。コウガに会って、オレは事の全てを知りたい」
オレの答えに、ユキヒトは失笑した。
ムカつくな、その顔。
「真実なんか知ってどうするんだい? 行き着く先は、人間の醜さだよ。人間は弱いからね。コウガなんて、人間の醜い所の塊みたいな奴だから」
「なら、あなたは人間のムカつく要素の塊みたいな人ですね」
ユキヒトの暴言に、暴言で対抗した萩原。さすが、アスカの知り合い。度胸、あるなあ。
萩原の暴言に、ユキヒトは苦笑する。
「否定できないのが辛いねえ。まあ、そこはご愛嬌ってことで」
男にご愛嬌も何もねえな。
オレはイライラしてきた。だが、ここで怒鳴ってしまっては、おそらくこいつの思う壺だ。冷静になるんだ。
怒りに身を任せると、ろくな事にならない。それに、まだ質問に答えてもらってないしな。
「質問に答えろよ。コウガはどこだ」
「地球のどこか」
「・・・おい」
まるでアスカのような答え方に、オレは絶句した。
「なあんてね。彼は秋篠組にいるよ。復讐を果たして、今は一人、愛する人を失った悲しみに耐えてるんじゃないかなあ」
ユキヒトは、愉快そうに言った。
やはり、コウガは秋篠組にいた。一人で悲しみに耐えている? はっ。馬鹿みたいだ。
オレは、声を大にして、彼に言いたいことが山ほどある。
「コウガに会わせてくれねえか」
「はっ」
おい、人の頼みを鼻で笑うな、鼻で。
クックッと、のどの奥でいつまでも笑いやがって。ってか、その前にその拳銃降ろせ。
「冬樹君、君は自分の置かれている状況が分かってるのかなあ? 君には、そんな傲慢な態度取る余裕なんかないはずだけど? 僕がその気になれば、君は今すぐにでも死ぬ状況にあるんだ」
からかうような、ユキヒトの口調。だが、その声にはどこか冷たい刃の色が見え隠れしている。
悪寒がしてきた。
ユキヒトは相変わらず、微笑んだままオレに拳銃を向けている。
その拳銃を見て、オレは気づいた。
拳銃は、オレと萩原、2人に向けられてるんじゃない。
オレ一人に向けられているんだ。
つまり、萩原をここに呼び出したのは、オレを引き寄せる罠・・・?
標的―子羊は、オレ一人・・・?
「・・・やっと気づいたようだね」
オレの表情を読み取ったのか、ユキヒトが口を開いた。
「僕は、君を殺すためにココへ来たんだ。だから、真央に協力させて、萩原由美ちゃんを餌に、君をおびき出したんだ」
淡々と語るユキヒトの顔は、ありえないほどに無表情だ。
その表情が、ユキヒトの真剣さを物語っている。
「ゴメンね、冬樹君。君がジンに拾われたときから、僕はもう、君を殺すしかないんだ」
殺す、と言う言葉に背後の萩原が、びくりと反応した。
オレのシャツの裾を握る手が、震えている。
オレはつばを飲み込んだ。
ユキヒトの言葉は、生々しく、オレの耳に入ってくる。
彼は本気だ。
奴の話は続く。
「一年前、ジンが少年を拾ったって聞いてね。珍しいこともあるもんだと思ってたら、いつの間にか、ジンとナツメがケンカしたって話を聞いてねえ。便乗してやろうと思って、ナツメを勧誘すれば、一番ムカつくやり方で断られちゃってさー。はらわた煮えくり返ったよ」
声の抑揚とは裏腹に、ユキヒトの顔は無表情だ。
「半年前のことだったよ。ある日偶然であった少年がいたんだ。それが、コウガだったんだ。その目を見た途端、僕は震えたね。彼の目は、殺し屋の目だったよ。荒削りだけど、訓練すれば、立派な殺し屋になる。そう思って、秋篠組に連れて来たんだ」
17歳で、殺し屋の目って・・・。どんだけ、コウガって暗い目してるんだ?
だが、おそらくユキヒトの目は間違ってなかったんだろうな。
結果的に、コウガはミナミを轢いたんだろうし。
「コウガの復讐を手伝ったのは、あんただな」
オレの言葉に、ユキヒトはうなずいた。
「そうだよ。一ヶ月前、思いつめた表情をしたコウガから話を聞いてね。2ヶ月くらい前から、彼がふさぎこんでいたのは知ってたんだけどねえ。まさか、好きな人のための復讐だなんて、思いもしなかったよ」
「その時、真央さんからナツメの恋人の事を聞いたんだな」
「そうだよお。それで、コウガと意気投合して、復讐を手伝うことにしたってわけ。真央の弟の頼みとなれば、断るわけにもいかないし」
「・・・それで、お前の目的は何なんだ? ナツメとジンが決別した今、何を望む?」
オレの問いに、ユキヒトは微笑んだ。見るものをぞっとさせる、冷たい笑みだ。
「雪花組を潰すこと、さ。そのためには、まず君に死んでもらわなきゃね」
ユキヒトが、ゆっくりと銃をオレに向けたまま、こちらへ歩み寄ってくる。反射的に、オレと萩原は後ずさった。
「逃げられないよ、2人とも」
「なっ・・・!!」
いつの間にか、倉庫には沢山のヤクザが集まっていた。
気づかなかった。
「ヒイラギ君・・・」
オレの背後で、さすがの萩原もおびえていた。
首筋に冷や汗が伝う。
ヤクザの兄ちゃん達は、全員ニヤニヤ笑いながら、オレ達3人を取り囲むように立っていた。
オレは舌打ちをしたい気分だった。萩原がいなければ、ユキヒトの拳銃がなければ、こんな奴等、倒せるのに。
今のオレには、自分は守れても、他人を守る力はない。
萩原だけは、無事に無傷で、帰してやりたい。
「冬樹君」
ユキヒトに名前を呼ばれ、オレは視線をユキヒトに戻す。いつの間にか、彼は目の前にいる。
その手には、もちろん拳銃が光っている。
畜生、誰か助けに来いよ!
アスカ、ジン、ナツメ!
「無駄だよ。誰も来ない。アスカは真央が足止めしてるし、ジンやナツメはココを知らないしね」
ユキヒトの愉快そうな声が、オレの神経を逆なでする。
だからといって、何かできるわけでもない。オレが何か行動を起こせば、すかさず取り囲んでいるヤクザ達が暴れだすだろうし、ユキヒトが引き金を引くだろう。オレに当たるならまだしも、萩原に当たることだけは避けなければならない。
誰か、来い。萩原とオレを、助けてくれ!
オレはただ萩原を背後にかばい、ジッとユキヒトを睨むことしかできなかった。
ユキヒトは、満面の笑みを浮かべ、オレの額に銃口を突きつけた。
「バイバイ、冬樹君」
その指が、引き金に掛かったときだった。
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