第22章:罠
「オレがミライだったら、オレはミナミを殺してたよ」
「・・・そうか」
アスカは何も聞かず、ただそう言って、小さくうなずいてくれた。
そして、そっとオレの頭に手をのせてきた。なんだか、ガキ扱いされているような気もするが、まあ良い。
何も聞いてこないのが、オレには嬉しかった。
とても、言葉にできるような思いじゃなかった。
「辛かったんだね、ヒイラギ・・・」
腐るほど聞いたその言葉も、アスカから聴くと、感情が伴って心に直接響いてくるんだから、不思議だ。それが、人の痛みの分かる奴と分からないで、ただ同情してる奴の違いなんだろうな。
アスカは、それ以上深く聞いてはこなかった。安易に、慰めの言葉をかけてこようともしなかった。アスカなりの優しさなんだと思う。
「・・・すっかり長居しちゃったね」
不意に、アスカは両腕を天井に挙げて伸びをした。
オレは時計を見る。現在の時刻、午後4時30分。
確かに長居しすぎたな。
「行こっか」
「ああ」
伝票をアスカに任せ、オレは喫茶店を先に出た。
まだ夕暮れというには早い時刻。涼しくて、気持ち良い風が、オレの体に当たる。
冬が近づいている。
「ヒイラギ、これからどうする?」
いつの間にか、アスカがオレのそばに来ていてた。
「そうだな・・・。秋篠組には明日乗り込んだ方が良いか?」
「そうだね。何か情報によると、副長さんは今日いないみたいだし」
どっから、そんな敵の情報手に入れるんだよ・・・。
改めてオレは、アスカの情報網が知りたくなってきた。
「じゃあ、また明日。今日と同じ時間、いつもの場所で」
「了解」
オレはうなずいた。ジン、もう帰ってきてるかな・・・。
「じゃあな」
「あ、ヒイラギ」
片手を上げて立ち去ろうとしたオレを、アスカは呼び止めた。
振り返ると、アスカが真剣そうな顔で言った。
「気をつけてね」
「? ああ・・・」
オレは戸惑いながらも返事をした。意味がよく分からない。でも、心配してくれてるってことなのか?
オレの返事に、一応は安心したのか、アスカは、笑顔で言った。
「じゃ、またねヒイラギ」
「おう」
オレは踵を返して、ジンの家へ向かった。立ち去るオレを、アスカがどんな表情で見ていたかなんて、オレには分からなかった。
「ここだよな」
オレは記憶を頼りに、一軒の家の前まで来た。見上げるような豪邸だ。そのくせ、今はジンしか住んでいないというんだから、オレの家と同じくらい、無駄使いだ。
ジン、帰ってるかな・・・。
一応、オレはチャイムを押してみた。
音沙汰なし。
もう一回押してみた。
反応なし。
なんか、ムカついてきたぞ。だが、どうやらジンはまだ帰ってきていないらしい・・・。
さて、困った。オレはジンの家の鍵なんて持ち合わせていない。
この寒空の中、いつ帰ってくるか分からねえジンを、待たなきゃならないなんてな。
「ついてないぜ・・・」
まあ、文句を言っても仕方ない。オレが悪いんだし。オレはその場に座りこんで、ジンを待つことにした。
どれくらい待っただろうか。だいぶ日は沈みかけてきた。
そして、オレは・・・震えていた。
寒い。めちゃくちゃ寒い。一時間以上は待っているだろう。暇つぶしに携帯をいじっているが、その携帯を持つ手も震えている。
ジン、早く帰って来い。いや、頼むから早く帰ってきてください。
オレが敬語を使いたくなるくらい、弱ってきた時だった。
ピリリリリッ。
オレの携帯が、鳴った。
オレはあわてて携帯を取り出した。電話のようだ。非通知かららしい。オレは眉をひそめた。
オレの携帯番号を知ってる人間は限られている。母親か、ナツメやジンか、それとも学校関係だ。我が家には、電話がないので(というより使うことが極端に少ないのでほっとかれてるだけなのだが)、学校にある生徒名簿の、電話欄は、オレの携帯の電話番号にしてある。緊急連絡網もそうだ。まあ、母親が帰ってきてるときのため、っていう理由もあるけど。
母親は、メールしかしないし、ジンやナツメは、めったに掛けてこないし、学校の奴等なら、普通に電話番号が出るだろう。
なんで、非通知なんだ?
オレが疑問を抱いてる間も、電話は鳴り続けている。ま、とりあえず出てみるか。
オレは通話ボタンを押し、携帯を耳に当てた。
「はい」
「・・・ヒイラギ君?」
「雪永?」
携帯から聞こえてきたのは、ミナミの親友、雪永晶の声だった。だが、その声にはおびえが混じっていた。雪永なら、オレの携帯番号知っててもおかしくはないが、様子が変だ。
「どうしたんだ?」
「・・・ヒイラギ君、よく聞いてね」
「あ、ああ」
「あたし・・・誘拐されたの」
「なんだって!?」
誘拐された? 誰に、何故?
「あたしだけじゃないの。・・・萩原サンもなの」
「萩原も?!」
雪永晶と、萩原由美が誘拐された―? 一体、何故だ?
「それで、今どこに」
「・・・秋篠組のアジトよ」
「・・・なんだと」
オレは、唇をかみ締めた。秋篠組、汚いやり口だ。おそらく、アスカたちをおびき出そうとしているのだろう。何の関係もない、雪永や萩原を使って。
「ヒイラギ君、お願い! あたし達を助けて! このままじゃ、あたし達・・・殺されてしまうわ」
雪永の声は、とても震えていた。無理もない。ヤクザに、誘拐されるなんて、一生に一度あるかないかの事だからな。
オレの心はもう固まっている。2人を、助ける。少年ヤンキー、ヒイラギの名にかけて。
「今からそこへ行く。だから、待っててくれ」
「・・・ありがとう、ヒイラギ君」
「すぐ行くからな」
そういって、通話を切ろうとしたときだった。
「だまされちゃダメ!!」
萩原の声だった。
「ヒイラギ君、来ちゃダメ! この人は雪永サンなんかじゃない! アスカさんにすぐに知らせて! この人は、アラガキ邸の」
プツン。通話が切れた。
「おい、萩原? おい!」
オレの声は、むなしく響いた。
一体、どうなってるんだ? アラガキ邸にいる女性なんて、オレは一人しか知らないが、まさかあの人が・・・。
オレは、そこまで考えた所で、頭を振った。今はそんな事考えてる場合じゃない。雪永が本当につかまっているかどうかは皆無だが、とにかく萩原が誘拐されているのは確かだ。助け出さなければ。たとえ、萩原の言うように、罠だったとしても。
萩原を、見捨てるわけにはいかない。
オレは走り出しながら、メモリから一人の人物の電話番号を出し、掛けた。
「はい」
「ジンか?」
「ヒイラギか。珍しいな。どうした?」
「時間がないんだ。秋篠組のアジトを教えてくれ」
「何だと?!」
電話の向こうにいるジンは、随分驚いているようだ。無理もないか。だが、この状況では一番ジンに掛けるのが無難だろう。ナツメには今連絡したくないし、アスカの電話番号なんて知らないし。
「緊急事態なんだ。早く教えてくれ!」
オレの怒鳴り声に、ジンは沈黙した。迷っているのだろう。ごめんな、今はしゃべってる時間はないんだ。
「ジン」
「・・・無理すんじゃねえぞ」
そういって、ジンはオレにアジトを教えてくれた。どうやら、オレは、信用されているようだった。
その場所は、現在地点からそれほど遠くなかった。
「サンキュー、ジン。あと、アスカに伝えといてくれ。すぐにアラガキ邸に行けって!」
「あ? アスカにアラガキ邸に行けって? それは一体何の」
「説明してる時間はねえんだ! とにかくよろしく!」
「あ、おい、ヒイラ」
ジンの言葉を最後まで聞かないうちに、オレは通話を遮断した。
これで、大丈夫。きっと、ジンはアスカに伝えてくれるだろう。 そうすれば、真実が浮かび上がる。そう思っている。
萩原由美は、オレが助ける。
待ってろよ、萩原!
オレは、秋篠組アジトへと、走り出した。 |