第21章:秋篠組とヒイラギの告白
「オレが殺したんだ」
オレがそう言った時のアスカは、少し動揺していた。だが、さすがアスカだけあって(?)、大げさに驚いたりはしなった。
「・・・どういう意味だい?」
静かな、それでいて少し問い詰めるような、アスカの声。
ずっと心の奥で頑丈に鍵をかけていた扉が、開きかけた瞬間だった。
あいつの声が耳に聞こえてきたのは。
「おやおや、仲が良いんだねえ、2人とも」
「ユキヒト・・・」
秋篠組組長、ユキヒトだった。オレたちのテーブルのそばで、冷ややかにオレ達を見下ろしていた。
ユキヒトは、ナツメの美形を、少し冷ややかにしたような感じだ。つまり、顔立ちはとても整っており、笑顔は極上だ。その瞳の奥に、人を見下す冷ややかさがなければ、の話だが。
オレは、ユキヒトに実際に会うのは、今回が初めてだ。だが、ジンから特徴だけは聞かされていたので、すぐに分かった。
「ユキヒトじゃないか。どうしてこんな所にいるんだい?」
余裕綽々の笑みを浮かべるアスカ。その背後にある黒いオーラは一体何なんだ・・・。
ユキヒトは、フッと笑みを浮かべ、(なんの断りもなく)オレの向かい側へ座った。
おい、別に座って良いなんて一言も言ってねえんだけど。
「僕が喫茶店に立ち寄ってはいけないのかい? たまたま立ち寄った喫茶店に、君達がいた。ただ、それだけだよ」
「へえ〜」
ユキヒトの言葉に、アスカは疑わしげな声を出した。言い忘れたが、アスカとユキヒトは、犬猿の仲だ。アスカ曰く、人間誰しも自分に似通った奴とはそりが合わない、とか。
「それにしても、君達が仲良いなんて、初耳だよ。てっきり、君達は嫌い合ってると思ってたのに」
「なんでそうなるんだ?」
オレの問いに、くすっとユキヒトは笑った。おい、その笑い方、ムカつくぞ。ていうか、笑い方、アスカに似すぎだ・・・。
「だって、君はジンに連れて来られたんだろう? ジンと、アスカの対立は、有名だからねえ。ジンに恩を受けた人間が、アスカ側につくとは思えないし。でもまあ、僕の早とちりだったようだね」
「そういうこと。俺と、ヒイラギは仲良いよ♪」
その言い方、ムカつくぞ。
「どうやら、そのようだね。できれば、僕もその中に混ざりたいね」
「却下〜」
「手厳しいね」
「もちろん。生憎、俺は27歳の男に妥協するほど、心優しくないんだ」
「妥協してくれったっていいじゃん」
「やっだね〜。君に妥協するくらいなら、俺自害するー」
「あはは〜、しちゃえば?」
「やだよー。痛いじゃん。俺よりもお前が死ねよ〜☆」
「え〜」
おいおい・・・。
オレは、2人の会話を聞き、そっとため息をついた。
2人の口調はいたって楽しげだが、目からはバチバチと火花が散っている。そして、言葉は物騒だ。死ねとか言ってるし。
昼下がりの平和な喫茶店で、そんな爆弾発言しないで欲しい。ウエイトレスさんに聞かれたら、オレ、もうこの喫茶店来れねえ・・・。
「はあ〜」
「おや、ヒイラギ。どうしたんだい、そんな人生終わった感の漂うようなため息ついて」
お前のせいだ、アスカ!
そんな思いで、オレはアスカをにらんだ。すると、何がおかしいのか、向かいの席でユキヒトがくすくす笑っている。
何かムカつくな。
「ほんとに仲良いんだね、君達」
「うらやましい?」
「まあね。・・・でも、そんな安っぽい友情、僕はいらないよ」
ユキヒトの後半の言葉には、今までとは違う真剣味が含まれていた。
その真剣さに、オレは思わずユキヒトを見た。顔は笑ってるが、目は笑っていない。冷たい瞳の奥に、オレは組長としてのユキヒトの本性を見た気がした。
この男は切れ者だ。人の心の弱さに付け入るのが上手いタイプだ。オレは、不思議とそう直感した。
「君達雪花組を見ていると、ほんとに虫唾が走るよ」
そう言ったユキヒトの声は、とても冷たかった。
「正直、君が何であの組にとどまっているのか理解に苦しむよ。君のその頭脳と冷静さなら、いくらでも誘いはあるだろうし。その気になれば組長にだってなれる。どうして、君はナツメやジンと一緒にいるんだい? 僕は君がもっと、貪欲な人間かと思ってたんだけど」
ちょっと同感。確かに不思議だよな。アスカみたいな奴が、年下の人間がヘッドの組で、補佐的な役割に甘んじているなんて。
「それを君に言う必要なんてなくない? それに、俺は結構今の人生楽しんでるよ」
どんな相手の前でも―たとえ宿敵の前でも―アスカの声には、いつものお気楽さがある。大丈夫。いつものアスカだ。オレは少し安心した。
そんな様子のアスカを、ユキヒトは、テーブルに頬杖をつきながら見ていた。その目には、笑いという感情が1つもない。相手を(見下した態度で)観察しているような目。よく、アスカが初対面の人間に対してする目だ。
「まあ、僕が一番不思議なのはナツメだけどね」
そう言って、ユキヒトはフフッと笑った。
その瞬間、何故かムカついた。オレは、無性に、何か言ってやりたくなった。無愛想な声で、オレはユキヒトに言った。
「・・・随分気に入ってるんだな」
ユキヒトは、今まで聞き役立ったオレが、急に言葉を発したのに少し驚いたようだった。だが、すぐに口元に笑顔を浮かべ(怖い)、言った。
「彼は相当の役者だね。どんな人間にでも、第一印象を良くすることができる。本心は、冷たく厳しいのに、そんなことを表面にはおくびにも出さない。自分を隠すのが上手いね。あの若さで、たいしたものだよ。あれはもう、天性のものだね。それか、幼い頃からそうやって自分の感情を作り変えていたのか。なかなかいないよ、あんな男」
「まあ、確かにナツメはそんな感じだね」
そう言うアスカの納得したような声も、オレの耳には素通りだ。
聞くんじゃなかった。
本心を殺し、感情を表面に貼り付け、自分を演じている。
あいつに似すぎだ。
「聞き分けの良い子」として、誰からも愛されていた、あいつ。
回りの誰も知らなかった。
あいつの笑みは、ただの「演技」だってことに。
その笑みの裏側には、計算高い悪魔の笑みが潜んでいたこと。
オレ以外の誰も知らない、あいつの裏側。
誰も知らなくて良い。
あいつはもう、死んだんだ。
オレが殺したんだから・・・・・・。
「ヒイラギ? 一体、何回放心すれば気が済むのさ」
アスカのあきれ声と共に、オレの頭にはアスカの拳がガシッと当たった。
普通に痛かった。
「痛え・・・」
「まったく。ユキヒト、もう帰ったよ。君の突然の放心について、説明すんの大変だったんだから!」
アスカに言われて、オレはユキヒトがもういないのに気づく。
「いつから、いなくなったんだ?」
「君が放心して、すぐだったよ」
「そっか・・・」
オレは、アスカの方へ顔を向けた。なんだか、気は進まないが最近は、アスカに助けてもらってばかりの気がする。
「ごめんな。迷惑ばっかかけて」
「・・・そんな急に素直になんないでよ。拍子抜けする」
せっかく、人が真剣に謝ってんのに神経逆なでするようなこと言ってんじゃねえぞ。
オレはそう思ったが、まあいつもアスカには世話になってるし、言うのはやめておいた。
「それはそうと、コウガが世話になってそうな組、見つけられたか?」
「ん? ああ、それはバッチリ」
アスカは自慢げにうなずいた。
「どこなんだ?」
「秋篠組」
「ふーん。って、マジで!?」
秋篠組って、ついさっき組長いたじゃねえかよ・・・。
「間違いねえのか」
「俺の情報網を甘く見ないでよ♪ でも、秋篠組に厄介になってるって言っても、実際には副長にお世話になってるって感じらしいけどね」
「そうか」
副長か。そういえば、全然噂聞いたことねえな。
でも、随分と捜査は進んだ。あとは、コウガに会うだけ、か。
「もうすぐ、ナツメも戻ってくるかもね☆」
アスカの言葉が、オレの心に突き刺さる。
おそらく、アスカはオレを励ますために言ってくれたのだろう。確かに、いつものオレなら元気も出ただろう。
だが、今は違った。その名前を聞きたくない。
あいつにそっくりな、ナツメの名前なんて。
「・・・また誰かさんを思い出したのかい」
「え?」
不意に、アスカが低い声を出したので、オレは驚いてアスカを見た。
アスカは、眉を寄せて言った。
「君はいつも、誰かさんを思い出して、放心してる。知ってる? そのときの君の目、めちゃくちゃ暗いんだよ。もう見てて辛いくらいさ」
「アスカ・・・」
「ヒイラギは生意気で、大人びてて、クールだから面白いんだ。そんな目してるヒイラギ、俺は嫌いだね」
そういうアスカの顔は、とても真剣だった。
オレは目を閉じた。アスカは、良い奴だと思う。人の心の闇の深さも知らないで、同情的な目つきをする奴等とは違う。
コイツはきっと、人の闇を理解できる。
信頼できそうな気がした。
「ねえ、ヒイラギ。教えてくれないか。君は一体、誰の事を」
「兄貴だ」
「え?」
目を白黒させるアスカに、オレは極めて無機質な声で答えた。
「オレの兄貴、ナツメに似てるんだ。・・・オレさ、ミライの気持ち分かるんだ」
「ミライの、気持ち・・・?」
戸惑うようなアスカの声が聞こえる。オレは目を開け、窓の方へ視線をやった。アスカの目を見たくはなかった。目を見て話せば、何もかも暴言となってしまいそうだ。アスカには軽蔑されたくなかった。
「オレは、ミライと同じような人生送ってきたからさ」
「・・・・・・」
「多分、オレがミライの立場だったら、オレは自殺なんかしなかったよ」
オレの脳裏には、あいつの笑顔がある。その顔が、ミナミの顔と重なる。
あいつはともかく、ミナミは思っても見なかったろう。その自分の極上の笑顔と、存在感が、自分の姉弟を、絶望まで追い込んでるなんて。
オレはあいつと正反対だったけど、ミライはミナミと酷似していた。
それは、耐え難い苦痛だったと思う。オレには、ミライの気持ちが少しは分かるような気がした。
オレは、自分でもドキリとするくらいの冷ややかな声で言った。
「多分、オレがミライの立場だったら、オレはミナミを殺してたよ」 |