第19章:仲直り(?)
アスカに(強引に)連れて来られたジンは、とても罰の悪そうな顔をしていた。
「ふう。探すの疲れたあー。ジンったら、おとなしくいつもの場所にいてくれれば良いものを。おかげで無駄な体力使っちゃったよ。病院に行っても、ヒイラギたちはいないし。あ〜、疲れた〜。っていうか、いつの間にかこんな時間だし」
ナツメの隣に優雅に座り、アスカは自分勝手に嘆いていた。ちなみに、今の時刻は午後3時だ。言うのが遅れたが、昼食はアラガキ邸でご馳走になった。決して、食べてないとか、こっちが強引にお願いしたわけじゃない。アラガキ氏と真央さんのご好意だ。
ナツメは(芝居じみた声で)嘆くアスカには目もくれず、ただオレの隣に座ってうつむいているジンを、戸惑った表情で見ていた。
「ジン」
「・・・来たくなんてなかったんだ」
ポツリと、ジンはつぶやいた。
「アスカが脅したりしなけりゃ」
「お前・・・。雪花組副長脅したのかよ?」
ジンの言葉に、オレは半分あきれてアスカに問いかけた。アスカは涼しい顔のまま、
「だって、そうでもしなきゃ、ジンが俺の言うこと聞いてくれるわけないじゃん」
相変わらずだな、アスカ・・・。
「さて、と」
アスカ仕切りなおし、とばかりに、座り直して言った。
「仲直りしよっか」
「仲直り?」
オウム返しのナツメに、アスカはうなずく。
「そう。仲直り。いつまでも子供じゃないんだから、仲直りしなさい」
「仲直りか・・・」
ナツメはまんざらでもない様子だ。まあ、そうだろうな。
一方、ジンは怪訝そうな顔だ。
「ガキじゃあるまいし。今更仲直りとか」
「勘違いするな、君達のためじゃない」
相変わらず、ジンには言葉遣い荒くなるな、アスカ。
「君達が仲良くしてくれないと、組の人間は不安がるし、ヒイラギは泣くし、厄介な問題は解決しないし、良いことないんだよねー」
「オレ、泣いてないし」
さらりと言ってのけるアスカに、オレはすかさず抗議した。
そんなに涙腺弱くないし、寂しがり屋じゃないし。
「まあ、そんなことは置いといて」
アスカは、しゃべり続ける。
「ジンもナツメも、いい加減、離れているのに疲れただろう? そろそろ、和解しなよ。
確かにジンも、裏切られたようで辛かったかもしれないし、ナツメも後には引けなくなったのかもしれない。だけど、君達はもう大人だし、仲間だろう? 冷静になるんだ」
アスカの声はとても優しかった。そんなアスカを見ながら、オレはやはり、アスカは理性のある大人だなと思った。物事を冷静に、客観的に見ることができる奴って、案外大人でも少ないんだよな。何だかんだ言って、結構ジンやナツメのこと、しっかり見てるし。これで、性格も良ければ、最高の頼れる大人なんだけどな・・・。
「・・・そうだね」
ナツメが、優しい声で、言葉を放った。
「俺も、意地になりすぎてたようだ。そもそもの原因は、俺にあるんだし。・・・ごめんな、ジン」
ナツメの言葉に、ジンはうつむいたままだ。
「ジン」
オレが声をかけると、何かを決心したかのように、顔を上げた。だが、目は逸らしたままだ。
「・・・別に、謝られることじゃねえよ。俺も、馬鹿だったしよぉ」
「ジン・・・」
「・・・すまな」
ジンが言おうとしたそのときだった。
ピリリリリっ。
オレの携帯が、鳴った。
ジロリ、と白い目がオレに集中する。オレは、あわてて携帯を開く。
メールだ。差出人は・・・。
「ちょっと、ヒイラギ。今良いとこだったんだけど。っていうか、携帯持ってたなんて初耳なんですけどー」
「あれ、知らなかったの、アスカ。俺は知ってたよ。もちろん、ジンも。まあ、使ってるの見たことないけど」
「え、それ差別じゃん。ヒイラギ、ひどーい」
能天気な2人の会話も、オレの耳には入らなかった。
メールの差出人は、オレの母親だった。
携帯を持った左手がぶるぶると震えた。
本当に、オレはどうしたっていうんだ。
あれからもう6年もたっているというのに、いまだに、母親の名前を見ただけで、こんなにも動揺するなんてな。
メールの内容はこうだった。
題:帰ります
本文:悪いけど、今日家に帰るから。だから、どこかに外泊しなさい。月曜日には帰るから。それまでは、家に帰って来ないで。あと、返事はいらないから。
「ヒイラギ?」
黙りこくるオレに、ナツメは心配そうに声をかけてきた。オレは、ゆっくりと顔を上げ、携帯を閉じた。
そして、横にいるジンに顔を向けた。
「ジン」
「何だ?」
「帰れなくなっちまった」
オレの言葉に、ジンは少しだけ目を見開いた。
「また例の奴か」
「ああ」
ジンには、少しだけ家の事情を話してある。
「泊めてくれるか?」
オレの問いに、ジンは縦に首を動かしてくれた。
「当たりめえだろ。俺は一向にかまわねえぜ」
「サンキュー」
「どうしたんだい?」
アスカの問いに、オレは抑揚のない声で答えた。
「オレの母親がさ、たまに外国から帰ってくるんだ。んで、その時オレは家に帰れないから、ジンの家に泊めてもらってるんだ」
「ふーん」
と、アスカは言ったが、全然納得していないような顔つきだ。だが、オレは詳しい説明をする気はなかった。身内の恥をさらす気にはならない。
幸い、アスカはそれ以上質問してこなかった。
ふと、視線を感じ、オレは視線の方向へと目を向けた。ナツメが、オレを見ていた。一瞬、背中に冷たいものが走った。ナツメの目には、相手を射すくめるような、鋭さがあった。オレは首をかしげた。何で、ナツメにそんな目で見られなくちゃいけないんだ?
「俺、そろそろ行くわ。やることあるし」
ふいに、ジンが口を開いた。アスカもうなずく。
「だね。いきなりつれてきて悪かったね、ジン」
「ふん。思ってもないくせに」
苦々しげに言ってから、ジンは俺に向き直った。
「ヒイラギ、俺ん家分かるよな」
「大丈夫」
ジンの家に行くのは半年振りだが、きちんと場所は覚えている。
「じゃあな」
片手を挙げて、ジンは去っていった。
「ヒイラギ」
「何だ、ナツメ」
「大丈夫?」
「えっ」
オレは驚いて、ナツメを見た。何故か、ナツメはとても心配そうだ。
「なんだか、すごく無理してるみたいだ」
「・・・」
「ヒイラギのお母さんが帰ってきたからなのかい?」
「その話は、しないでくれ」
オレは声を絞り出して、言った。痛い。胸が、頭が、痛かった。
一年前の記憶がよみがえりそうになる。
―出て行きなさい! このガキが! 二度と戻って来ないで!
―あんたの顔なんて見たくもないわ!
「ナツメ、そろそろ戻った方が良いんじゃない」
アスカの言葉で、オレは現在へと意識を取り戻した。
「そうだね。ミナミのところへ行くとするか。ヒイラギのことは、君やジンに任せるとしよう」
その言葉に、かすかな皮肉が入っていたことに、そのときのオレは気づかなかった。
「またね、ヒイラギ」
「ああ。彼女によろしく」
ナツメは、片手を挙げ、微笑みながら立ち去った。
「ヒイラギ」
「何だよ」
「辛いときは、辛いっていいなよ。それは、かっこ悪くなんかないよ」
「なっ」
オレは、アスカの方を向いた。ドキリとするくらいの厳しい目で、アスカはオレの目を覗き込んだ。
「君の母親が、君にとって何を意味するのかなんて、俺は知らない。君の家の事情も知らない。それに、ナツメがいなくなって、ジンとナツメが決別して、君がどれだけ傷ついたかなんて、他人には分からない。でも、これだけは分かる。今の君は、とても辛そうだ。辛くて、辛くて、でもそんな事言えなくて、必死に虚勢張ってるカンジだ」
アスカの言葉を、オレは黙って聞いた。反論なんて、できなかった。
「辛いときは辛いって言うんだ。・・・そんなに俺が信用できないのかい」
「そんなことない。オレは、結構アスカの事信用してる」
事実だった。何だかんだ言って、オレはアスカを信頼している。
「じゃ、本当の気持ち教えてよ。・・・いろんなことが、辛いんだろう?」
「・・・ああ」
沈黙の後、オレはうなずいた。アスカの言ってることは、全部当たっている。
「辛かったよ、ずっと。ナツメがいなくなったのも。ジンとナツメが決別したのも。朝倉ミナミが、意識不明なのも。母親が帰ってきたのも」
オレの言葉に、アスカはじっと耳を傾けていた。オレは、なんだか泣きそうになってしまった。だが、グッとこらえる。
「・・・何が一番悲しかったんだい」
「・・・分かんねえ。一度にいろんなことがありすぎて、もう何がなんだか、何が一番のダメージなのか、自分でも分からねえんだ。おまけに、ジンやナツメの気持ちも、分からなくなってきた」
後半、オレは涙声になるのを、必死にこらえていた。この一ヶ月、いろんな事がありすぎた。正直、オレは混乱していた。でも、そんな事言えなかったから。言える相手なんて、いなかった。
「ヒイラギ、おいで」
アスカが、自分の隣の場所―ナツメが座っていたところ―をたたいた。こっちに来い、という意味らしい。オレは素直に従った。
オレが隣に来ると、アスカは、そっとオレの頭に手をのせた。
「ごめんな、ヒイラギ。気づいてやれなくて。いくら大人びてても、お前はまだ17歳なんだよな。ごめん。・・・泣きたかったら泣いて良いよ。泣きたいときは、泣くのが一番だ。思いを胸の中にためておくと、ろくな事にならない」
「ふっ・・・」
いつにないアスカの優しい声に、ついにオレの目には涙があふれてきた。
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