第18章;裏切りと嘘
昨日の敵は今日の友。そう言い出したのは誰だったか。
夕暮れの繁華街。真っ赤な夕焼けを見ながら、2人の青年は肩を並べて歩いている。どちらも傷だらけで、金髪青年の方は唇が切れている。そんな中、金髪青年は言った。
「俺、ずっと雪花組いるぜ。それ以外に俺の居場所はねえ。だから一生結婚もしねえ。大切な人なんて仲間以外作らねえ」
隣の茶髪青年は言った。
「じゃあ、俺もそうしようっと。俺は一生結婚しないし、大切な人も仲間以外作らない。あ、あと、一番の親友は君ってことで」
「約束だぜ」
金髪少年は挑発的に言った。
「もちろん」
茶髪青年は、自信ありげにうなずいた。
2人は顔を見合わせて笑った。
喫茶店。
オレとナツメは肩を並べて、喫茶店へ入った。ウエイトレスにじろじろ見られている気配がある。まあ、ナツメは美形だからなあ。
ああ、ムカつく。
ウエイトレスさんに、飲み物の注文をしてから、ナツメは唐突に話し始めた。
「ヒイラギには言ったよね。俺の記憶がないこと」
「ああ」
その話は、つい昨日聞いたばかりだ。
「実はさ、俺がヤクザになったのって、アスカのせいなんだよね」
「マジ?」
苦笑するナツメに、オレは目を剥いて問い直した。信じられない。
「不覚にも、俺、アスカに助けられたんだよね。それで、行くとこないなら、雪花組入れって脅されて(笑)。―そしてジンに会った」
ゆっくりと、ナツメは昔を語った。
「その時から、ジンは結構荒っぽくてさ。新入りとなった俺のこと、最初は気に入らなかったみたいなんだ。当時からアスカとジンは、ライバル同士だったらしいしね。
でも、あるとき俺達喧嘩してさあ。それからかな、仲良くなって。ちょうど3年前、先代がいなくなった時に、ジンに頭下げられて。それで、組長になったんだ」
「・・・何で喧嘩して仲良くなるんだ?」
「殴り合って、お互い不満ぶつけ合ったら、何か意気投合しちゃったんだよねー」
ナツメが殴りあい? 想像つかねえ。なんか、ナツメとジンの喧嘩って、一方的にナツメが言葉で言いくるめそうなものを予想していたんだが。
ナツメは何ともいえない笑みを浮かべながら、話を続ける。
「ジンはさ、強いし人望もあるし、ヤクザっぽい外見じゃん? でも、あいつ結構人情家でさ。仲間には優しいんだ。それなのに、ジンは頭悪いから、自分の気持ちきちんと伝えられてなくて。不器用な奴だなあって思ってたんだ」
同感。ジンの不器用さは、目に余るほど。オレでさえ、目も当てられないくらいだ。
世渡り上手で、人と接するのが上手いナツメなら、なおさら感じただろう。
「―初めてケンカした後、俺は、あいつと約束したんだ」
ナツメは遠い目をしながら語る。
「どんな約束?」
「・・・あいつが、ずっと雪花組にいて、一生結婚なんかしないって言ったから・・・。大切なものなんて仲間以外に作らないなんて言うから・・・。俺も、そうする、ずっと独身で雪花組にいるって、言ったんだ」
「・・・・・・」
「・・・ほんと、馬鹿な約束しちゃったって思ってるよ。結局、俺は大切なものを、仲間以外に見つけてしまった。ヒイラギ、笑いたければ笑えば良いよ。守れるはずもない約束を、俺は一番の親友としちゃったんだからね」
「ナツメ・・・」
オレは、何と言ってやれば良いのかわからなかった。だが、ジンの痛みが分かるような気がした。
ジンは、何があろうと友情には固い奴だ。しかも、ナツメは大の親友。そんな奴に、もし裏切られたとしたら。きっと、ジンはその約束を、忘れてはいないだろう。それどころか、心の支えにしていたかもしれない。
オレが、戸惑っていると、ナツメは自嘲的に笑った。
「結果的に、俺は大切なものを見つけたわけだけど、ジンを裏切ったのは、それだけじゃないんだ」
「え?」
オレは、びっくりした。約束をしていながら、ナツメはその約束を破り、組長を辞めた。それだけだと思っていた。
「まだあるのか?」
「あるんだよ、ヒイラギ」
そう言うと、ナツメは寂しげに笑った。だが、目は笑っていなかった。
「・・・俺が、初めてあいつを裏切ったのは、ヒイラギに出会って少したった頃だよ」
つまり、約一年前・・・?
「・・・秋篠組って知ってるかい?」
「? ああ」
オレは戸惑いながらもうなずく。秋篠組といえば、ジンと一番対立している組だ。
確か、組長の名前は、ユキヒト・・・だった気がする。副長が女性って噂が流れているらしい。
「そこがどうかしたのか?」
オレが問うと、ナツメはゆっくりと、オレの頭上5センチくらいの所に視線を泳がせていた。
そのままの状態で、ナツメはしゃべり始めた。
「一年前、俺はちょっとした事で、ジンと言い争ってさ。それでフラフラしてたとき、秋篠組の組長―ユキヒトって言うんだけど―に声かけられたんだ。秋篠組に来ないかって」
聞いたことのない話だった。当時のオレは、ジンについてくだけで、必死だったからな。それに、あまり内情も教えてはもらってなかったし。
「それで、どうしたんだ?」
「もちろん断ったよ」
オレの問いに、ナツメは即答した。分かってはいたが、ちょっとほっとした。
「最終的には、ね」
「最終的?」
ナツメの言葉に、オレは顔をしかめた。どういう意味だ?
「あの時は、俺も頑固になってたからさ。ユキヒトの誘いに、すぐには返事を出さなかったんだ」
ナツメは自嘲気味に話す。
「ユキヒトが、秋篠組来ないかって言った時、俺は考えさせてくれ、って言ったんだ。明日返事をするって。
・・・あの時は、俺も結構ムシャクシャしててさ。少し、からかってやりたかったんだ。ジンのことも、ユキヒトのことも」
「・・・・・・」
「・・・その次の日、俺は仲間の奴に訊かれたよ。組長を辞めるのかって」
「じゃあ」
「見てた奴がいたんだろうね。それか、ユキヒトが直接伝えたか」
あいつは結構本気っぽかったしね。ナツメは、微笑して言った。
「俺はもちろん、仲間に言ったよ。秋篠組に行くつもりはないし、組長は辞めないって。皆、良い奴だから信じてくれたよ。だけど・・・あいつは信じてくれなかった」
そう語るナツメの声は、とても暗い。
「ジンはさ、言ったんだ。じゃあ何ですぐに断らなかったんだ、って。お前は、一瞬でも組長を辞めようと考えたんじゃないのか、って」
分からない。オレにはジンが分からなくなってきた。
いくらケンカしていたとしても、人の心の隙に付け入るような言い方、ジンらしくない。
まあ、そんなにジンの事知ってるわけじゃないけどな。
「これで俺の話は終わりだ。あの時は、アスカがジンを上手く言いくるめてくれたから、何とか収まったよ。でも、やっぱ後味は悪かったかな。ジンの目は、『次はないぞ』って言ってたしね」
「ナツメ・・・」
オレはやっと、言葉を発した。ナツメがとても辛そうだったのだ。
「大丈夫か、ナツメ?」
「・・・大丈夫だよ」
ナツメはうっすらと微笑んだ。だが、その微笑みも、無性に寂しそうで、辛そうで、それでいて自分に腹を立てているようだった。
「なあ、ナツメ」
オレは、しっかりとナツメの顔を見据えて言った。
「一年前、何でジンと喧嘩なんかしたんだ? そんなに後を引きずるような喧嘩だったのか?」
「・・・そうだね。他人から見れば、そんなことって思うことかもしれない。でも、俺は許せなかったよ。あいつは・・・ジンは、俺の一番の親友だから」
最後の言葉は、はっきりと聞き取ることができた。
胸が痛い。ナツメの辛さが、伝わってくるようだった。
一年前、何があったのかなんて、オレは知らない。だが、そのせいで2人は、決別してしまったのだということだけは分かる。
同時にあるひとつの疑問もわいてくる。それは、極めて失礼で、残酷な質問だ。笑い飛ばして、そんなことあるわけない、って言ってくれれば、どんなに気が楽か。オレの考えすぎだったら、どんなに安心することか。。だが、一方で、ナツメはこの質問を、絶対に肯定するだろう。そんな確信がある。だから、オレはこの質問をする勇気がどうしても出てこない。訊かなければならないことだ。だが、答えを聞くのが怖い。
訊けるわけがない。
お前は、本当にミナミを愛しているのか、なんて。
「・・・ヒイラギ?」
うつむいたオレを心配したのか、ナツメは声をかけてきた。オレはゆっくりと顔を上げた。
その時だった。
「やっぱりここにいた」
背後から聞こえてくる声。聞きなれた声だ。
ナツメがびっくりして、俺の背後を食い入るように、見つめている。
「もう、決別なんかさせないよ」
どこか、冷たいその声。オレは後ろを振り返った。
そこには、いつもの(どこかムカつく)笑みを浮かべたアスカが優雅に立っていた。その後ろには、金髪の男が立っているようだ。オレの位置から、そいつは見えない。だが、誰かは分かった。
ナツメの口から、金髪の男・・・・一番の親友の名前がこぼれた。
「ジン・・・・」
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