第16章:アスカの思い
ヒイラギがいそいそと、喫茶店から立ち去った後。
俺は一人でコーヒーを飲んでいた。せっかく頼んだんだから、全部飲まなきゃ損というものだ。
俺の頭の中には、ミライの顔。
まさか、ミライが自殺してたなんてな。
ヒイラギにもいったように、俺は本当にそのことを知らなかった。情けないな。やはり、俺は親戚といってもアラガキにとっては他人らしい。しかし、訃報くらい知らせてくれたっていい気もするがな・・・・・・。
やはり、どこかで俺はアラガキ氏に信用されていなかったってことなんだろう。それはそれで当たり前のことかもしれないけど。
ふと、頭の中にあるミライの顔にヒイラギの顔が重なる。一年前、ジンに連れてこられて初めて会ったときのヒイラギの顔だ。あの頃のヒイラギは、不機嫌そうで(まあいつも不機嫌そうな顔してるけどね)どこか大人びていた。組のやつらも、皆驚いていたっけ。なんで、こんな背伸びだけしたようなガキをジンが連れてくるのか、不思議がったものだ。大抵、いつも新入りを連れてくるのはナツメのほうで、ジンは「またかよ」的な視線と言葉(実際の言葉はもっと荒っぽかった)を浴びせるだけだった。そんなジンが、連れてきた少年、ヒイラギ。ジンの紹介に、軽く(本当に軽く)頭を下げただけで、彼は何もしゃべらなかった。
だから、組のやつらは正直ヒイラギのこと嫌いだろうな。何だかんだで、俺やナツメとも仲良いし。
俺だって、正直ヒイラギと仲良くする気なんてなかった。だけど、あの目が、俺に向けられたはじめの目が、俺を凍らせた。
どきりとするくらい、冷たい目。その冷たさは、生きているのかどうか分からないほど。
俺でさえ、一瞬震えた。
そう。ミライのあの目の暗さなんかより、よっぽど暗かった。生きていることを、何にも感じていないような目だった。感情のない目。
俺は、ヒイラギのそんな目に興味を持った。だから、仲良くしようとしたんだ。なかなか、心を開いてくれなかったけど。ていうか、今でも心開いてくれてないけど。
そんなヒイラギも、ナツメの優しさやジンの(とてつもなく)不器用な優しさに触れ、徐々に人間らしくなっていった。よく笑うようになり、俺とも気軽に話すようになった。
そして、今。ヒイラギは人のために動いている。俺の親戚、ミナミのために。親友、ナツメのために。
これは、ヒイラギの大きな成長だと思う。ヒイラギは、きっと大丈夫。立ち直れる。あいつは、きっと生きていけると俺は思う。もちろん、俺だって協力するつもりだ。
そして、ミナミ。なんとか意識を取り戻して欲しいと思う。彼女には、もっと生きてもらわないと困る。
ナツメは・・・きっとヒイラギがいれば大丈夫だろう。ジンとも仲直りするだろうし。大体、あの2人は、ずけずけと人のことは言うくせに、肝心な自分の気持ちは伝えてないんだからなあ。だから、そこに誤解が生まれてるだけだし。あの2人は、一緒にいるから面白いのに。
なんて、想像ばっかしてても時間の無駄か。俺は自分のやるべきことをやるとしよう。
コウガという少年。おそらく、どこかの組にお世話になっているはず。
彼に接触さえできれば・・・・・・。
ヒイラギには言っていないけれど、俺はこのひき逃げ事件は、単なるコウガだけの犯行とは思えなくなってきている。裏には、絶対にヤクザが一枚噛んでいる。そんな気がしてならない。そして、もし本当にそうならば、あながちナツメの心配も的外れではなかったということだ。ヤクザが絡むということは、ナツメが組長をやっている雪花組が関係しているに違いない。
今現在、雪花組あるいはナツメ本人を恨んでいる人物や組織・・・・・・。
いくつか、当てはある。あとは、実際に聞いてみるのみ。
幸い、俺はこの世渡り上手の性格で(ヒイラギにそんなこと言ったらしばかれそうだが)、人脈はある。
当たってみるとしよう。ナツメのことは、ヒイラギに任すのが一番だ。あの2人、仲良いし。
そういえば、ジン、今頃何してるんだろうか。あいつも、寂しいなら寂しいって、素直にナツメに言えば良いのに。「お前がいないと楽しくない」って言えばいいのにねえ。素直じゃないし、頭悪いからなあ、あいつ。
ま、素直じゃないのは、皆一緒か。ジンも、ナツメも、ヒイラギも。あ、あとアラガキやミライも。
それに・・・・・・ミナミも。
さて、と。
俺は回想を終わらせ、コーヒーを飲み終えてから立ち上がった。
喫茶店を出ると、冷たい風が俺の体に突き刺さる。
その寒さに顔をしかめながら、俺はゆっくりと歩き出した。
向かうのは、いつもの場所。
いろいろと考えていても仕方がない。俺のキャラじゃないし。考えてたって、何も始まらないさ。俺は俺ができることをやるだけだ。 |