第14章:双子
―引き続き、アラガキ邸にて。
長い沈黙の後、アスカはフッと息を吐き出した。それが合図だったかのように、オレとアラガキも同時に肩の力を抜いた。いつの間にか、肩に力が入っていたらしい。
オレは先ほどの、2人の会話が、頭から離れなかった。誰からも愛された少女を、唯一憎んでいた者。それは、数ヶ月前自殺した少女の双子の姉。まるでどこかのホラー小説だ。
「アスカ君」
ふいに、アラガキが喋りだした。
「君は、ミライが自殺していたことを知っていたのかい?」
「・・・知っていたらこんなに驚いたりしませんよ」
そういって、アスカは笑った。アスカには似合わない、自嘲的な笑みだった。
「俺は親戚づきあいをしませんし。ミライにも最近会ってません。ただ、2ヶ月ぐらい前から、ミナミの元気が無いなあ、とは感じていましたけど」
「・・・そうか。ミライは・・・自分の部屋で首をつって死んだよ。発見したのは、ミナミとミナミの親友だ。ミライが自殺したとき・・・ミナミは泣いていたよ。声を出して泣き叫んでいた・・・」
アラガキの目には涙が浮かんでいた。その時のミナミの様子を、思い出しているに違いない。
「一ヶ月前のことだ。ミナミがこの屋敷にやって来た。その様子がやけに嬉しそうだったから、わたしはミナミに理由を尋ねた。ミナミは言っていたよ。恋人ができたって」
その恋人、というのはナツメのことなんだろうな。
「ミナミは幸せそうでしたか?」
アスカが訊くと、アラガキは首を縦に動かした。その顔には何とも言えない表情が浮かんでいた。無理も無いか。おそらく、アラガキはミナミのことを本気で愛していたのだから。
アラガキが、ボーっとしている(思い出にふけっている)間に、オレは今までの会話で気になる点を、いくつかアスカに質問した。本当はもっと早くしたかったんだが、口を挟む暇がなかったんだ。
「なあ、アスカ。朝倉ミナミとは頻繁に会っているのに、どうしてその姉とは絶縁状態だったんだ?」
「嫌いだったからだよ」
「・・・・・・」
「俺が、じゃなくて、ミライが俺のこと嫌いだったんだ」
オレの表情に気づいたのか、慌てて言葉を付け足した。
「何でだ?」
「さあね。俺、昔から不良だったから、怖かったのかも」
「ナルホド」
オレは、大きくうなずいた。それは一理あるかも。まあ、単にアスカみたいな奴が、気に入らなかったんだろうな。別に、そんなに近い親戚ってわけでもなさそうだし。
さて、次の疑問だ。
「ミライってどんな奴だったんだ?」
「・・・・・・」
オレの素朴な問いに、アスカは無言で返した。どうやらオレは、地雷危険区域に入ってしまったようだ。だが、オレは聞いておかなくちゃいけないことだと思う。今回の事件に、ミライがかかわっていることは間違いないんだから。たとえ、本人はもうこの世にいなくても。彼女の遺志を継いだ人間がいないとは限らないんだから。
実際の所、オレはこれがビンゴなんじゃないかと考えている。自殺した少女の敵討ち。ありきたりと言えば、ありきたりな展開だ。
ふと顔を上げると、こちらを見ていたアスカと目が合った。アスカの目には、不安が現れているように見えた。不安。アスカには似合わないモノだ。
「アスカ?」
オレが声をかけると、アスカの目から不安のようなモノが少し薄まった。オレは横目でアラガキを見た。アラガキは、いまだにミナミとの思い出にふけっているようだ。
「ミライはね、ミナミにそっくりな子だったんだ」
唐突に、アスカはオレの目を見据えながら話し出した。
「といっても、そっくりだったのは容姿だけでね。他人から見た、2人の印象は正反対だった。ミナミは、いつも笑顔を絶やさず、大人とも親しげに話す、いかにも良い子、ってカンジの子だったけど、ミライは、無口で、どこか陰のある子だった」
「他人から見た、ってどういうことだ?」
「そのままの意味だよ」
アスカは嘲笑した。
「大人ってのは馬鹿だからね。子供を見た目でしか判断できないんだ。そして、双子がいると必ず比べたがる。馬鹿な大人にとって、明るく、礼儀正しい子は良い子で、無口で暗い感じの子は付き合いにくい子、ってことになるんだ。大人の前で、明るく素直だからって、本当にそうだとは限らないし、演じているのかもしれないのにね」
―本当に、彼等は正反対だわ―
「双子を比べるなんて芸の無いことをするよ、本当に。一方が明るくて一方が暗いと、これ見よがしに、言うんだ。大違いだって」
―お兄様とは大違いだわ―
「ヒイラギ?」
―どうしてあんたが生きているのよ!―
「ヒイラギ!」
オレはいつの間にか頭の上に置いていた手を下げ、顔を上げた。動悸がする。冷や汗もかいているようだ。
頭を上げたそこには、アスカの不安そうな顔があった。
「アスカ・・・」
名を呼ぶだけで精一杯のオレの頭に、アスカは優しく手を置いてくれた。
「一体どうしたんだい、ヒイラギ・・・君?」
アラガキが声をかけてきた。オレは2、3度深呼吸をした。少し、落ち着いてきた。
「大丈夫・・・です」
フラッシュバック。頭の奥がズキズキと痛む。もう無いと思っていたのに。
そんなオレを、アラガキはしばらく見つめていたが、やがてフッと微笑んだ。
「君は似ているな、彼女に」
「え?」
「彼女―ミライだよ。雰囲気というか、目力というか。とにかく、君には何かミライと共通するものがある」
「え・・・」
喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。でも、確かに似ているかもしれないな。これまでの話から察するに、おそらくミライはミナミに劣等感を抱いていただろうし。誰もが、「ミナミの双子の姉」としか彼女を見ていなかっただろう。オレもそうだった。いつもいつも、あいつの弟、としか見られなかった。生きる意味を、見つけられなかった。
だが、アスカは「ヒイラギ・ミライそっくり説」は不服のようだった。
「そうですか? ヒイラギのほうが可愛げが」
「黙れアスカ気色悪いこと言ってんじゃねえ」
オレがそういうと、アスカは微笑んだ。
「お、やっといつものヒイラギに戻ったね。良かったよかった」
「!」
ああ、勝てない。
オレは一生アスカには勝てないな。
つくづく、そう思ったオレだった。
アラガキは優雅に微笑んでいた。そして、ポツリと言葉を漏らした。
「ミライにも、そうやって心を許せる友達がいたら良かったんだがな」
「いなかったんですか?」
「そう聞いている」
アスカの問いに、アラガキはうなずいた。
オレには、心を許せる人間が3人もいる。言うまでも無く、ジンとナツメとアスカだ。3人のおかげで、オレは何とか生きていけている。何とか、笑えている。
ミライはきっと笑えなかっただろう。いつも妹と比べられて。そんな妹に、自分のことを話せるはずもなくて。
「辛かっただろうな、そのミライって子」
オレはそっとつぶやいた。
「だからって、自殺して良いとは限らない」
アスカはきっぱりといった。
「自殺はやっぱり甘えだと思うよ。逃げているだけだ」
「アスカ・・・」
「私もそう思うよ」
アラガキはそういった。
「いくらミライがミナミと比べられていたとしても、それはミナミのせいじゃない。
君達には黙っていたんだが・・・ミライ以外に一人だけ心当たりがある」
「え!?」
オレは驚いた。というか、呆れた。心当たりあるなら早く言え早く!
「俺達を試しましたね、おじさん」
「すまない、アスカ君、ヒイラギ君。君達が本気で調べているのか、ミライの苦しみを分ろうと努力してくれるかどうか、知りたかったんだ。今日話してみて、分かった。君達は人の痛みを分かってあげられる子達だ。私も真実を知りたい」
本当にすまない。そういって、アラガキは頭を下げた。まあ、大事な姪に関係することだし、分からなくはないけど。
「それで、誰なんです?」
「コウガだ」
「「コウガ?」」
オレとアスカの声が重なった。コウガ。何か聞いたことあるような、ないような・・・。
「ミナミとミライのクラスメートだよ」
また、同級生かよ!
そう思ったが、まあ言わないことにしておこう。
「どんな奴なんです?」
アスカが問う。
「コウガというのは、実は一回うちに来たことがあるんだ。といっても、別にミライがつれてきたわけじゃない。コウガは・・・一言で言うと不良でね」
不良、という言葉にアスカはピクリと反応した。
アラガキの話をまとめると次のようになる。
ある日、アラガキが近くの公園を、ミナミとミライと共に散歩していると、なにやら大喧嘩をしていた。一人の金髪少年対5人ぐらいの男で、言うまでも無く、銀髪少年がボコボコに袋叩きにされていた。アラガキが一声かけると、男達は逃げていき、少年に近づいてみると、ミナミとミライが声を上げた。自分達のクラスメートのコウガだという。知り合いとなれば放っておけない。アラガキ邸に運び込み、手当てをしたという。
「そのとき、コウガはミナミよりも、ミライと仲がよかったように思う。コウガも、どこか陰のある少年だったからね。ミライとは、その後も親しくしていたそうだよ」
「ナルホド」
オレはアスカと顔を見合わせた。アスカもオレと同じ思いだ。
おそらく、そのコウガが鍵を握っている。
「おじさん、ありがとうございました」
そういって、アスカは立ち上がった。オレも立ち上がって、アラガキに深く頭を下げた。
「アスカ君、ヒイラギ君、よろしく頼む・・・」
本当に、ミナミを愛しているんだな。オレはアラガキの目を見て思った。だが・・・・・・。
アスカがいつもの口調でアラガキに断言しているのが聞こえた。
「お任せください。絶対に突き止めてみせます」
真央さんに見送られながら、オレ達はアラガキ低を後にした。
心に残るのは・・・アラガキの悲痛な訴えと、まだ見ぬミライとコウガの目。
風が、冷たい。 |