第13章:翌日
翌日。午前9時45分。
オレは昨日のアスカとの約束を守り、いつもの場所へ来た。だが・・・。
「いねえじゃん、アスカ」
そう。肝心のアスカがいないのだ。いたのは、いかにも「ヤクザ」的な兄ちゃん達。一応、組の人間らしいが、よく知らない奴らばっか。
そりゃあ、まだ約束の10時までには、時間はある。だが、普通約束時間の15分前には、集合場所にいるもんじゃないかと、オレは思う。
ま、アスカには常識なんて、通用しないけどな。
ちなみに、朝倉ミナミの意識はまだ戻っていないそうだ。早く戻れば良いけどな。ナツメが可哀想だ。
なんて事を考えていると・・・
「やあ、ヒイラギ。おはよう。早いねえ!」
アスカ、優雅なご登場。
「遅いぞ、アスカ。待ちくたびれたぜ」
「嘘つけ、このガキが。さっき来たばっかのクセに。アスカになんて態度だ!」
と、「ヤクザ」的な兄ちゃんは、オレに明らかな敵意を向けて言った。嫌な野郎だ。まあ、ある日、誰もが恐れる副長に連れてこられ、しかも組長とも仲良くなり、組の人間全員から一目置かれている理性的で、頭の切れる(オレに言わせればただの変人)人間とも、仲が良い高校生のガキなんて、仲間として認めてくれるわけ無いか。まあ、それはそれで、オレにとっては気楽なんだけど。
「みんな。ヒイラギは確かにガキだし、ムカつくかもしれないけど、一応オレの仲間なんだから、そんなに邪険に扱わないでくれないかな」
「確かにガキ」、は余計だ、アスカ。
オレは、そう思ったが、せっかくアスカが俺をかばってくれてんだから、言わないでおこう。
「さ、行こうぜ、ヒイラギ」
「おう」
オレは雪花組のヤクザ達から冷たい視線を浴びながら、アスカと共にいつもの場所から立ち去った。
「アラガキの家は、もうちょっと通りを行った所にあるんだ。せっかくだから、歩いていかないかい?」
「別に良いぜ」
それにしても、アスカと肩を並べて歩くのは、妙に恥ずかしい。別に、すれ違う女性が、毎回アスカのほうをちらちらと振り返っているのを、気にしているわけではない。(まあ、それはそれで恥ずかしいんだが)オレは、アスカの横顔にあいつを重ねてしまっている。だから、昔あいつと並んで歩いていた頃の自分を思い出してしまうんだ。劣等感の塊だった自分を。
これって、相当アスカに失礼なことだよな。
なんて、オレが珍しくアスカに懺悔の気持ちを抱いていると、アスカは、悠然としゃべりだした。
「ねえ、ヒイラギ」
「ん?」
「昨日、ナツメが来ただろ」
オレの足が止まった。
オレは、アスカの顔を見た。アスカは薄笑いを浮かべていた。
「ビンゴかい?」
「・・・なんでお前が知ってるんだ?」
オレが訊くと、アスカは嘲笑して(相手に殺意を抱かせる笑い方だ)答えた。
「知ってるもなにも、ヒイラギの家の場所教えたの、俺だし」
「マジかよ!」
「由美ちゃんに聞いたんだよ」
「は・・・」
由美、というのは、オレのクラスメイトの名前だ。萩原由美。オレにとっては、クラスメイトだが、アスカにとっては、親友の妹、だそうだ。オレは、あきれると同時に、納得した。変だと思ったんだ。いくらナツメが、神藤高校の卒業生でも、現役の高校生の家の住所なんて知れるわけ無いよな。今は、個人情報の公開には厳しいし。でも、同級生なら、ましてクラスメイトならば、知るのはたやすいだろう。どうせ、担任にうまく嘘ついて、名簿を借りたんだろう。萩原は、学級委員で、担任にも信頼されているしな。
オレが一人合点していると、アスカはニヤニヤ笑いながら、
「いやあ、随分前に―といっても一昨日かな、偶然ナツメに会ったんだよね。その時、ナツメがヒイラギの家に行きたい、って言ったからさ。俺は君の家がどこか、なんて知らなかったし。由美ちゃんなら知っているだろうと思って、一昨日聞いたんだ。ちなみに、ナツメに針金を渡したのは俺だけどね♪」
「・・・なるほどな。でも、ナツメはどうしてオレの家へ?」
それは、昨日ナツメが帰った後にも気になっていたことだ。ナツメは、ここにくれば何か思い出せる気がする、と言っていた。何故なんだ?
そんなオレの質問に対する、アスカの答えは素っ気無いものだった。
「そんなこと知らない」
「・・・おい」
「怒るなよ、ヒイラギ」
怒りたくもなるぜ。勝手に人の家の住所教えやがって。
「ナツメの家族についての記憶が無いことは、ヒイラギも聞いただろう?」
「ああ」
うなずくと同時に、昨日のナツメの顔が頭をよぎる。
「弟のように思っているヒイラギの家に行けば何か分かるんじゃないか、と俺は思ったのさ」
「分かるわけねえだろ」
いけしゃあしゃあと言いのける、理性的(?)男、アスカ。オレは一体何時からこいつの突っ込み役化してしまったんだろう。
「まあ、でもいいじゃないか。君だって、ナツメの心の闇が聞けて嬉しかったろう?」
「・・・」
微笑むアスカの顔をオレは、精一杯睨んでやった。ムカつく。
正直、ナツメがほかの連中にではなく、オレに打ち明けてくれたのは、嬉しい。だけど、オレはナツメに自分のことを話したことはない。それに、秘密なんて、無いのが一番良い。だから、ちょっぴり悲しかったのも事実だ。ナツメの心に、そんな悲しい闇が潜んでいるなんて。できれば、知りたくなかった。そんなオレを、アスカはしばらく見ていたが、やがて肩をすくめて、歩き出した。
オレは、うつむいたまま、アスカの後ろをついていった。
約30分後。
「着いたよ、ヒイラギ」
前を歩いていたアスカが不意に、立ち止まった。
顔を上げると、そこには馬鹿でかい家が建っていた。
でけえな。
辺りを見回してみると、立派な家ばかり。ここはどうやら有名(?)な超高級住宅街のようだ。
なんて、オレがくだらないことを考えているうちに、アスカは呼び鈴を鳴らした。
短い言葉のやり取りがあった後、アスカはオレを見て、ついて来い、というように、オレに向かってうなずき、玄関の扉を開けた。オレも後に続く。
「お久しぶりでございます、アスカ様。ようこそ、いらっしゃいました」
アラガキ邸に入ると、まず二十歳前後らしき女の人が出迎えてくれた。格好と言葉遣いからして、お手伝いさんかな。
「お久しぶり、真央ちゃん。あ、こっちのガキはヒイラギ。俺の友達だ」
と、アスカが真央ちゃん(?)にオレを紹介したので、オレは小さく頭を下げた。
真央さんは、オレを見ると笑顔になり、
「アスカ様のお友達なら、大歓迎です」
と言ってくれた。笑顔のかわいい人だ。
真央さんは、オレ達を応接間らしき部屋に案内してくれた。
応接間、といっても随分広い。普通のマンションの部屋(3LDK)を全部一つにしたぐらいかな。広すぎて怖いくらいの、部屋だ。部屋の中央に、いかにも「来客用」らしきソファが机を挟んで設置されている。
そして、その片方のソファには先客がいた。
先客さんは、アスカの姿を見ると、優雅に(ちょっとアスカに似ている)立ち上がり、自分の向かい側のソファを指し示した。
「お久しぶりです、おじさん」
アスカが笑顔で言った。
「久しぶりだ、アスカ君」
と、オレの目の前に座っている男性―アラガキは微笑んでいった。近くで見てみると、あまりアスカには似ていない。だが、鼻筋は通っており、まだまだ若そうな顔だ。年齢は30代後半といったところか。なかなかイケメンだ。
しかし、その笑みはどこか哀愁を漂わせていた。
「相変わらず、元気そうだなアスカ君は」
「ええ、まあ」
元気すぎて困るぐらいだ。オレは、心の中で言った。
不意に、アラガキ氏がオレに顔を向けた。
「彼は?」
「ああ、こいつはヒイラギ。俺の友達です」
「どうも」
オレはアラガキ氏に対して、素っ気無く頭を下げた。別に、むやみやたらに愛想振り向く必要なんてないしな。第一、そんなのオレのキャラじゃない。
アラガキ氏は、そんなオレの「不良的」態度にも動じず、
「よろしく」
と、優雅に頭を下げてきた。
「それで、早速なんだけどさ」
アスカが話し始めた。
「おじさん、ミナミのこと聞いてる?」
「・・・!」
ミナミ、という名前が出た瞬間、アラガキ氏の顔が硬直したように見えた。ゆっくりと、アラガキ氏は首を横に振り、ため息をついた。
「やはり、そのことが知りたくて来たのか」
「ええ」
「そうか・・・」
アラガキ氏は、今までと打って変わって深刻な顔をしていた。眉間には深く皺が刻み込まれていた。オレはその様子から、アラガキ氏がミナミについて、何か知っているということに、確信を持った。
「君は・・・事故について何か知っているのかい?」
「大体の所は。でも、犯人や、その動機なんてことは知りません。昨日調べ始めたばかりで。一応、彼女の親友に話を聞いてみましたが、女子高生がそう簡単に口を割ってはくれませんでした。ミナミの人間関係とか、知りたかったんですけどね。
だから、おじさんに力を貸して欲しいんです。俺は、ミナミをひき逃げした犯人を捕まえたいんです」
アスカの口調は、昨日、雪永晶に話を聞いたときと同じくくらい真剣だった。
アラガキ氏は、しばらくオレとアスカの顔を交互に見つめていたが、やがてフッ、と短くいきを吐いた。
「どうやら、君には何も隠せないようだな」
「ええ。隠したって無駄です。全て教えてもらいますよ」
「手厳しいな」
そういって、アラガキ氏とアスカは二人で微笑んでいた。一方、オレは何がなんだか分からない。
すると、アスカがオレに囁いた。
「ヒイラギ。今からアラガキ氏が話してくれること、よく聞いておくんだよ」
「え?」
「ミナミの人間関係を一番良く知っているのはこの人だからね」
「へえ・・・」
「じゃあ、おじさん。教えてください。ミナミを恨むとしたら、一番心当たりのある人間とは誰ですか」
直球だな、アスカ。
オレとアスカは、アラガキの返事を待った。
「・・・一人だけ思い当たる人間がいる」
やがて、アラガキが口を開いた。
「ミナミは誰からも愛される少女だった。明るくて、優しくて、笑顔を絶やさなかった。現にわたしも・・・わたしも彼女を愛していた」
何故だ。何故なんだ。オレは何故か、なんとも言い様のない不安に駆られた。オレのような部外者が、聞いてはいけない。そんな雰囲気がする。
そう。まるで現実に起こった怪談話を聞いているかのような。
そんなオレの気持ちとは反比例に、アラガキの話は進んでいく。
「そんなミナミを、一人だけ嫌う者がいた。だが、その人間が今回の事故を起こしたのはありえないんだ」
「何故ですか?」
アスカが訊く。ダメだ。訊きたくない。
アラガキは、長い息を吐いた。必死に理性を保とうとしているかのようだった。
「・・・ミナミを嫌っていたのは、ミナミの実の双子の姉、ミライだ」
ミライ。初めて聞く名前だ。だが・・・
「ミライ!?」
何故か、その名前にアスカは仰天した。ミナミの双子の姉なんだから、今更驚く名前ではない気がするが。だが、アスカは目を見開き、言葉を失っている。
「まさか・・・」
その様子に、オレは次のアスカの言葉が聞こえたような気がした。違う。信じたくない。
「そうなんだよ、アスカ君。ミナミを唯一嫌っていたのは、ミライなんだ。だが、ミライのはずが無いんだよ。だって、ミライは・・・」
アラガキ氏は、後の言葉を続けなかった。だが、オレは二人の反応から、続きの言葉が分かってしまった。信じたくは無かったけど。アラガキの勘違いだと思いたかった。本当は、ほかにもミナミを憎んでいる人間がいるんだと。でも、きっと間違いは無いんだろう。そして、アラガキの言葉が正しいとすれば、ミライというミナミの双子の姉が、今回の事件を起こしたはずも無いんだ。
「だって、ミライは2ヶ月前に自殺したんだから・・・・」
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