第七話:完了
「春…お前の答えを聞かせてくれ」
春に向かって田島は真剣な眼差しで問いかけた。その問いに春はしばらく答えれず田島の目を見たまま硬直していた。しかし意を決した春が沈黙を破った。
「…やはり私にはそんな事はできない…」
「春…なぜそうなる。父親が大切だからか…俺らが信用出来ないからか…」
「…両方だ」
強い眼差しを田島に向けて春はそう言った。
「…………仕方ないな…。やるぞ、湯旗」
今までと明らかに違う空気を発しながら田島は湯旗を一瞥してそう言った。それに湯旗も頷いて二人とも刀に手をかけた。
「ちょっと待って!ずるい」
大声を出して二人を止めた春に二人は一瞬キョトンとした。
「ずっ…ずるい…?」
「そうだよ。戦うなら私にも刀を握らせてよ。普段私腰に刀さしてないんだ。いいでしょ」
そう言うと春は二人の答えを待たずに部屋の墨に置いてあった細長い箱に近付き蓋を開けた。その中には少し小さめの刀がしまい込んであった。その刀を取り出すと春は腰の紐に差し込んだ。
「…春お前…刀をふれるのか」
春の行動を目で追っていた田島が口を開いた。
「剣は習ってる」
「しかし…お前の父親は剣は教えた事がないって…」
「何故だか理由はよく知らないけどおばぁが父上に内緒で先生を付けて教えてくれた」
「おばぁ……天童子希世の事か」
「うん」
「そうか……春…やはりお前は生きなくてはいけない」
「…どういう事」
「お前はまだわからないのか、祖母の想いを」
「おばぁの想い…」
「お前がいずれ命を狙われる存在になる事はわかっていたのだ。だからいざという時に生きていけるようにお前のお祖母様はお前に剣を与えたのだ」
「…たしかにおばぁも父上には異常な程用心していた…。しかし同時に人を信じ過ぎるなとも言っていた。それはあんた達の事じゃないの」
「確かにその助言は正しいよ。この城どころかこの国の至る所にお前の敵は潜んでる。俺らを信用出来ないのもわかる。しかし俺らがどうであろうとお前の父親がお前の命を狙っている事に変わりはないだろう」
「……でも…やっぱり父上よりあんた達を信用する事は出来ないよ」
「ふぅー……強情な奴だ。世の中の現実を見せてやるしかないな。湯旗ちょっと来い」
「ちょっ…今度は何やるんだよ」
「心配すんな。多少荒っぽいが春がわかってくんないからさ。いい事聞かせてやろうと思って」
「……もういい、勝手にしろ」
「ありがとな、湯旗。お前は春の見張りしてりゃいいから」
「ん…?とにかく見てりゃいいのか…」
田島の言っている事がわからず腕を組みながら湯旗は頭を傾げた。
「そう!」
そう言って田島は部屋の隅に掛けてあった羽織物を手に取って春の頭にかぶせた。
「うわぁっ!」
急に視界が暗くなった春は思わず叫んだ。
「春、息苦しいかもしんねぇけどしばらくこれでがまんな。絶対に声出すなよ」
「いっ、一体何で…」
「しっ!喋るな。さぁ行くぞ」
春を隠すように抱きながら田島は部屋を出て歩き出した。湯旗もそれに続いて歩いた。廊下を進み時馬の部屋を目指した。時馬の部屋に着くまで結局誰にも会う事はなかった。時馬の部屋の近くまで来て田島の足が止まった。
「湯旗、これから時馬と話してくる。その間春を布かぶせたまま部屋の前に座らせて中の会話を聞かせるようにしてくれ。その間誰がこの廊下を通るかわからないから見張りをして春だってばれないように隠してくれ。いいか」
「見張りってそういう事か」
「ああ、じゃ頼んだぜ」
田島は春の体を湯旗にたくし、部屋の中に一声掛けて入って行った。それを見て湯旗は春を部屋の前に座らせて春の目の前に立って左右を見回しながら湯旗自身も部屋の中の声に耳を傾けていた。
「失礼します」
「おお、どうした」
田島が中に入ると時馬と家来の高河がいた。
「今先程任務完了しました」
「おおそうか!やってくれたか」
「血渋き一つついておらぬとはおみごとです」
時馬に続いて高河も喜びの声を上げた。
「いえ、やったのは今回相方の方なので…」
「ほう…まあよい。今褒美を用意させよう」
「褒美の代わりに一つお願いがあるのですが」
「なんだ」
「春の遺体を私どもに引き取らせて頂きたいのですが」
「ならん!何故そのような事を」
「春はとても特殊な体の持ち主です。私どもの研究に使わせて頂きたいのですが」
「しっ…しかし外に持ち出すのは…」
「その点は大丈夫です。依頼主の秘密は絶対厳守いたしますし、城で葬るのも他の者達の目もあるでしょうし我々が持って行った方がいいかと思いますが」
「うー………ん…」
「必ず時馬様の御迷惑になるようには致しません。研究が済み次第跡形もなく葬らせて頂きます。いかがでしょう」
「……まぁ…そこまで言うならよかろう」
「ありがとうございます。早速引き上げさせてもらいますよ。部屋の片づけもこちらでやりますので」
「ああそうしてくれ」
「しかしこれで跡継ぎがいなくなったわけですがどうされるおつもりですか」
「お前が関与する事ではない」
「しかし気になりますよ。天下の天童子の危機ですからね」
「世継ぎは改めて作る」
「……それは…誰かをこちらに嫁がせるという事ですか」
「笹岡の娘をよこすよう話はついている」
「笹岡茂治の娘ですか……すごい大物ですね。もうここに来られるのですか」
「一週間もせぬうちに到着するだろう。まぁ今後の天童子をよく見ておるがよい。もっともっと強大な力を持って行くぞ」
「楽しみにしておりますよ。それでは」
田島は時馬に一礼して部屋を出た。部屋を出ると湯旗が田島の方を見た。
「行くぞ」
そう言って田島は座り込んでいる春を抱き起こした。
「俺が喋っていいって言うまでとにかく喋るな」
聞こえないくらいの小声で田島は春にそう言った。その言葉に春は反応せずにただただ無言のままでいた。田島と湯旗は体を寄せ合い春を隠しながら歩いた。春の部屋に戻って大きな衣装箱に春を布を巻いたまま入れた。二人で箱の両端を持ちそのまま城の入り口まで歩いた。
「本当にこれでよかったのかねぇ」
湯旗が呆れたようにそう言った。
「…さぁな」
持ち運ぶ箱を見つめながら田島は悲しそうにそう言った。 |