第三話:自立へ
「こんな時にも剣の修行とは感心だなぁ」
竹刀を一心不乱に振り続けていた秋は手を止めて後ろを振り返った。見ると後ろには腕を組み仁王立ちで秋の事を眺める時馬の姿があった。秋は振り返りはしたが、何も言う事なく前を向き直しまた竹刀を振り始めた。
「こちらが話し掛けているのにそれをかわすのは感心出来んな」
「…私はまだ納得しておりません」
「何…」
「私は小さい頃から四つ子の中の誰よりも…何十倍も剣の稽古や勉学に励んで参りました。それは…いつか父上からこの天童子の頂点の座を譲って頂く為です。それなのに祖先の考えた掟か何かは知りませんが、一番にこの世に産まれ落ちたというだけで春を後継者にするなどとあんまりです。母のお腹から出て来たのは春より遅くとも私達は同じ瞬間にこの世に存在していたのです。」
秋は時馬の方を体ごと向けて言い放った。
「たしかにさっきはそのように言ったが、何もそれだけで決めたわけではない。私なりにちゃんとお前達を見て来た上での決断なのだ」
「そんなの納得出来ません。私が思うに春はこの四人の中の誰よりも向いていないと思います」
「なぜそう思う」
「春はまず世の中を知らな過ぎるし、剣もほとんど習った事がないし、勉強だって得意じゃないし、何より優しすぎるのです。この世界あんな甘ちょろい考えの人間が上に立ってはこの天童子はすぐに潰されてしまします」
「……お前の言いたい事はわかった…しかしなぁ、私はそこを見込んで春を後継者にしたいと思っている」
「…どういうことですか…」
秋は首を傾げながらそう答えた。
「私の今までのやり方はあまりにも人を傷つけ多くの犠牲を出し敵を作って来た。しかしそんなやり方だけではいけないと思ったのだ。今一度天童子をやり直す。その為には春のような人材にこの城を任せてみたくなったのだ。平和を望む穏やかな主人を上に立てる事でより良い流れでこの城や国を回していけると思ったのだ」
「…しっ、しかし、やはりそれでは…」
「それに秋よ…お前はこの城、いやこの国や世界の頂点に立ちたいと願っているのだろう」
「……はい…」
「なら、何もない所から一から這い上がって来い」
「……?…それは一体どういう…」
「明日、夏と冬はこの城を離れて別の土地で生活する事になる。当然お前もその予定だ。そこでだ…私がいう土地に行って城の一つでも打ち取って来い。一人でやるも良し。そこで出会った仲間を連れてやるも良し。どんな手を使ってもかまわん。もし城をとる事が出来ればお前を後継者として認めてやろう」
「…そのお言葉に偽りはありませんか」
秋は強い眼差しを時馬に向けて話した。
「もちろんだ。お前も与えられるだけの頂点ではもの足りぬだろう……見せてみぃ…この私に」
「…はい……必ず…」
「そうと決まれば出発は明日の朝だ。お前も荷造りをして良く休んでおくといい」
秋はその言葉に頷いて自分の部屋の方へと歩いて行った。秋を見送り時馬も自分の部屋へと戻って行った。
その日の夜、なかなか寝つけなかった春は、城の離れに暮らす祖母の希世の部屋に向かった。部屋にはまだ明かりがついていた。
「おばぁ…入っていい…」
「春かい、お入り」
部屋の戸を開けると希世は布団に入って座っていた。希世は春達の母の育ての親で春達の母がなくなってからも他に身寄りもいなかった事からこの城で面倒を見てもらっていた。希世は性格が穏やかで面倒見が良く、春が小さい頃からよく面倒を見てくれていた。
春は希世の布団の横にあぐらをかいて座った。
「おばぁ…明日夏達がこの城を去る事になったよ…」
「なんと…一体何故…」
「…今日…父上から言われて私が後継者に決まって、その他の人間をこの城に置いておけないからだって…」
「…そうかい…ついにそんな時期が来てしまったんだねぇ……春、寂しいかい」
「…うん…」
肩を落しながら春はそう答えた。
「春…後継者に決まってしまった以上もっと強い精神を持たないとね。それにあんたは特にだよ…」
「わかってる…私もそんなに馬鹿じゃないよ」
「あんた達のからだの事は何にも解決されてない……きっとこれからもその事がまとわり付くと思うけど決してお母さんを恨んではだめよ」
「うん…」
「それと今まで通り剣が振れる事は時馬には内緒だよ」
「なんで…もうそろそろ話してもいいんじゃ…」
「とにかく今はだめだよ。いいね」
「うん…わかった」
「春…こんな事を言ってしまったらあんたはもっと悲しむかも知れないけど……あまり人を信じ過ぎてはいけないよ……夏達がいなくなるなら尚更の事だよ」
「ねぇ、おばぁ…ずっと思っていたけど、おばぁは一体何を知って何処までわかってるの。今までおばぁの言う通りにして来たけど…もうわからなくなったよ…。自分の事も天童子の事も…父上や母上の事も…」
「…春…ごめんね…。でも全てを話してしまうのはあまりに酷だし、それに…私の考えだけを押し付けて先入観を持たせるのはどうかと思うし、私はちゃんと春の意志で動いて欲しいの。でも自分の意志だけではどうにもならない事もあるから、その為に私は必要最低限の事と情報は教えて来たつもり…ここまで来たら後は春あなたの足で進しかない。……でも、やはり今の春では少し頼り無いのよ…何か助言してあげないとすぐに潰れてしまいそうで…」
「おばぁ…心配してくれてありがとう…。たしかに父上が私を小さい頃から城の外にほとんど出してくれなかった事や母上の事私の体の事…そしてそんな私が後継者になった事。すべてがはっきりとしない中で生きて来たけど、これからはちゃんと自分の足で進むよ。光のある方に。私おばぁがいてくれて本当によかった」
「春…これからも何かあったら言いなさい。おばぁはいつもここにいるから」
希世は目に涙を浮かべながらそう言った。
「うん…」
「さぁ、明日は三人の出発の日でしょ。ちゃんとお見送りしてあげなくちゃいけないんだから、早く寝なさい」
「うん、それじゃおやすみ」
「おやすみなさい…」
部屋に帰ると春は希世に言われた通り、すぐに布団に入って眠りに就いた。
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