第十四話:記憶
春を探す十蔵は辺りに倒れる黒原族に警戒しながら、そっと見渡した。しかし辺りは気味が悪いくらい静まり返り、今この世界で呼吸をしているのが自分だけのような気分になった。
姑くの間岩山周辺を隈無く探したが一向に見つかる気配はなく、姿の見当たらない春の生存を望みつつ、十蔵は村に戻る事にした。こうして歩いている途中にも春がどこかから出てくるのではないかと、十蔵は歩いている間も落ち着かず、ずっと辺りをキョロキョロと見渡しながら歩いた。
そんな風に十蔵が歩いていると、右手の森の奥の方から微かに声が物音か判断が難しいくらいの音が聞こえてきた。少しずつそちらの方へ進み、耳を済ませてみた。
「……っる…ぁる…」
十蔵はもう少し奥へと物音を立てないよう、そーっと前へと進んだ。進んでいくと木と木の間から微かに人陰のようなものが見えてきた。しっかりと覗いてみると十蔵側に背を向けてしゃがむ男が二人いた。その二人は地面に寝そべる人に何かを話し掛けているようだった。見えた三人の顔は十蔵側からは全く見る事が出来なかった。
「春!春!…しっかりしろ!!」
その言葉に十蔵は耳を疑った。十蔵はその言葉に混乱しつつも、自分なりにこの状況を分析し出した。まず春が倒れている事と男の呼び掛けからすると、春は気を失っているか瀕死の状態にあり、話し掛ける男の会話の内容と声のかけ方から、彼らは春と面識があり、尚かつ敵ではないという事だった。恐らく、黒原族との戦いの最中、もしくは戦いが終わった際に偶然この場に出くわし、瀕死もしくは気絶状態にあった春を、あの男達が危険を回避するためにここまで連れてきて介抱しているのだろうと、十蔵は考えた。
今の考えが正しければ、彼らは目を覚まさない春に呼び掛けているが、意識を取り戻さない。どうにかしたいが、どうしようもないといった状況に陥っているらしい。それならば一刻も早く自分が出向いて、治療を施してあげるのが最善の選択。しかし、今までの考えはすべて自分の憶測でしかない。万が一黒原族だったり、そうでなくても自分にとって敵である存在だった場合、なんの武器も持っていない自分に、一体どうやって春どころか自分の身を守る事ができるだろう。
助けに行ってあげたいが、悪い想像ばかりが頭の中を巡ってしまい、なかなか前に進み出す事が出来なかった。
「春!春!……っく……くそっ…」
呼び掛けても、呼び掛けても、目を覚まさない春に、伶はただ悔しく、思わず地面に拳を叩き付けた。
「……ぅっ………ぅぅ…」
するとついに春が薄らと目を開け始めた。
「おっ、おい!田島!春が!!」
「何!」
湯旗の言葉を聞き、春の方を見た伶の目に飛び込んできたのは、力なく青い顔をして瞼を開けている春だった。
「春、大丈夫か…」
心配そうに眉を落しながら、伶は言った。
「……伶……準………」
力ない瞳を動かし、ゆっくりと確認しながらそう言った。
「春…生きてて良かった」
伶はそう言いながら春を優しく抱きしめた。
その光景を一部始終見ていた十蔵は、迷っている場合ではないと思い、三人の前に出ていく事を決意した。意を決し、気の影から彼らの方へ一歩、更に一歩と進んで行った。
三人の背後から徐々に近付いていく十蔵に湯旗が気付いた。鞘から剣を抜き、構えた。
「何やつだ!」
剣の刃先を十蔵に突き出し、湯旗は叫んだ。その声に伶も反応し、剣を抜いた。
「まっ、待ってくれ!私は敵じゃない!そこに倒れている春の知り合いだ」
十蔵は殺気を放つ二人の気迫に押されそうになりながら、そう言った。
「なんだと?」
「じっ、実は私は隣の村のもので、春に黒原族を倒してもらうよう依頼したんです。春の剣の腕はたしかなものだが、どうも心配になってしまって…来てみたらそんな状態だったので、いてもたってもいられず、こうしてあなた達の前に姿を現したのです」
「……我々は殺し専門の掃除屋。あなた方の村か黒原族の退治を依頼されてわざわざこちらまで出向いたのだが、どういう事です?」
「あっ…あんたらが掃除屋…」
十蔵は焦りから身を後ろに一歩引いた。
「まぁ、そんな事はこの際どうでもいいですよ。あなた達の村に医師はいますか」
「村の医療については、私が村の者を診ている」
「本当か?とりあえず春をここから村へ移そう」
こうして三人で春を運び村の方まで連れていった。村に着くと急いで十蔵の家へと春を連れていき治療にはいった。止血と手当てをし、増血剤を飲ませた。
「しかし…前と同じ場所に刺し傷がある…そういう事だ」
「…この前とはいつの話です」
それを聞いて伶は十蔵に問いかけた。
「昨日のです。川から傷を負った春が流れてきて私が治療しました」
「……その時の春の状態は?」
「かなり瀕死の状態でした。すでに死んでもおかしくない程出血していました。…そういえば春はその時自分は化け物だ、体を調べずに止血だけしてくれ言っていました」
「……そうか、ありがとう。しばらく春をあなたにまかせます。春が良くなり次第この村を出ようと思うので」
「…そうですか。まぁ、昨日も一晩寝たら良くなったし、明日にでも出発できますよ。それまで狭いですが、横の部屋で休んでいてください」
「そうさせてもらいます」
そういって伶と湯旗は隣の部屋へと移った。部屋に移り伶が横になると後ろにいた湯旗が伶に問いかけた。
「おい、田島。さっき言ってたお前の賭けってなんなんだよ。」
すると伶は体を起こし、湯旗の方を向いた。
「その賭けってのは…心臓に刺す事だ」
「は?どう言う事だ」
「俺はどうしても春を生きたままあの場から連れ出したかった。しかし黒原の連中は春にとどめを刺さなければ収まらない雰囲気だった。そこで俺はあることを思い出した」
「何だ?」
「春が俺達に殺される事を志願した時。春は俺に心臓を一突きするよう要求してきた。その時は何の気なしに、苦しむ事のないよう一気に死にたいだけだと思っていたが、春が生きていたのを見て、あの要求には何か死なない為の何か意味があったんじゃないかって」
「それは考え過ぎじゃねぇか?ただ単に春が運よく生きてただけだろう」
「そうか?俺は急所は外してないし、あんなにきれいに心臓を貫かれて川に流されたら、生きてはいられないだろう」
「…そうか…。でもどうして心臓を刺したのに生きていたんだ?」
「そこなんだよ、問題は。…まぁ、真実は何にせよ明日まで休んで待とう。あのおじさんの話では早朝にも春が良くなるらしいし」
「…しかし、助けたのはいいが、春が生きてるのは俺達にとってまずいだろう」
「そうだな…それも含めて明日考えよう」
「はぁー…脳天気だねぇ…」
湯旗がそういうと伶は、にこっと笑ってまた横になった。
「ううぅっ……」
その晩、春は良くなるどころか、徐々に熱が上がり大量の汗をかきながらうなされていた。顔を赤らめ布団を引きちぎらんばかりに掴みながら、もがき苦しむ春の横で十蔵は春の汗をタオルで拭き取りながら看病を続けた。
「春…どうした」
十蔵は徐々に衰弱していく春が不安で仕方なかった。春を看病しながら朝日は昇り始めた。空が青色に染まりみんなが起き始めようとする頃、隣の部屋で寝ていた伶と湯旗が起き出した。二人は起きるや早々に春がいる隣の部屋へと向かった。伶が隣の部屋に入ると春の顔色はとても青白く、うなされていた。
「おい!これはどういう事だ!翌朝には良くなるのではないのか」
「わっ、私にもわかりません。前回はこのやり方であっという間に治ったのですが…」
「どけ!」
伶は十蔵を押しどけて春の前へと進み出た。そして布団の中から春の手を出し、ぎゅっと握りしめた。
「春…しっかりしろ」
押しどけられた十蔵はその姿を見つめながら、何かを思い出すように考え始めた。その十蔵をじっと見ていた湯旗が口を開いた。
「おい、あんた医者だろう。もうこの状況をそうする事も出来ないのかい」
十蔵は湯旗を一瞥して、再び下を向いて考えだした。
「……正直…こんな方法で本当に良くなるかは疑わしいが…」
「なっ、何か助かる方法があるのか?」
十蔵の言葉を聞いた伶が縋るようにそう問いかけた。
「あんたら春と随分親しいようだな」
「…まぁ」
「それならこいつの親か兄弟の居場所を知っているか?」
伶と湯旗は目を丸くして十蔵を見つめた。 |