第十三話:兆し
黒原族の一人が動き始めると周りも一斉に春へと襲い掛ってきた。みなの武器はそれぞれで刀を持つ者、斧を持つ者、槍を持つ者と様々だった。すごい勢いで襲い掛ってくる敵を焦りながら見渡すと、一人だけただの長い木製の棒か杖のようなものをもって走ってくる男がいた。その男の武器は、他の男の持つ槍の先端の部分がだけがなくなったような感じであった。
しめたと感じた春は、迷わす襲い掛ってくる男達の中から、その男目掛けて走り始めた。その男に万が一攻撃を喰らったとしても打撃程度で、致命傷までには至らないと考えたからであった。
その男に目の前まで近付くと、春は勢い良く刀を平行に切り払った。男は少し反り返り、武器の持っていない方の手を地面に付けた。その体勢を保ちながら、持っていた杖を春の足下目掛けて振払った。男が振った杖を春は見事に飛びながら交わし、そのまま空中から刀を垂直に振り下ろした。刀は男の頭から胴体へ一直線に振り下ろされ、大量の血が一気に男の身体から吹き出し、倒れた。
すると休む間もなく、背後から男達は声をあげて春に襲い掛ってきた。今度はほぼ同時に二人の男が春目掛けて襲い掛ってきた。先に攻撃を仕掛けてきた男は、槍を両手で水平に持ち、そのまま春の体目掛けて突き出してきた。それを春はすれすれで交わし、突き出してきた男の腕を取って、もう一方の男の方に押し付けた。男同士はぶつかり合いよろめいた。よろめいたのを見計らうと春は、手前の男を渾身の力を込めて斬り付けた。そして、手前の男が倒れ始めたと同時に、後ろに居た男目掛けて刀を振り落とした。すると周りの男達は更に怒りで勢い良く、春に詰め寄った。春は前後左右と次々襲い掛ってくる敵を鮮やかな身のこなしで避け、切っていった。
春は次々と倒し、六、七人と切っていった。さすがにここまで仲間がやられてしまった黒原族も少し警戒し始めて、勢いだけで戦うのを止め、少し間合いを取り始めた。黒原族の生き残った三人はそれぞれ距離を置き、春を警戒しながら武器を構えた。春も少し疲れてきたからか息が上がり始めた。
「思ったよりやるじゃねぇか。お前一体何処のやつだ」
「ハァ…どこでもない…ハァ…私はお前達が許せないから戦っているだけだ」
「ああそうかよ。それよりいい刀だな、俺達の鋼の体をいとも簡単に切り裂きやがる」
不適に笑いながらそういう黒原族に春は眉間に皺を寄せながら、睨んだ。
「それだけの技術があれば、この世界どこまでだって生き残れるぜ」
そう話す両側二人の男は、まるで戦う気が失せてしまったかのように、視線を下に落して動かなかった。
「無駄話は終わりだ。お前らみたいなやつらは私が叩き斬る!」
「……だがな…俺達に逆らったのがお前の決定的なミスだ…」
男は顔を反り、顎を突き上げ春を見下げながらそう言い放った。
「そっ、それはいったいどういう…」
そう言った瞬間、春の両足首に強い圧力がかかった。足下を見ると、一番最初に倒した男が春の両足首を掴んでいた。這いつくばりながら、そっと春の足下まで移動してきていた。そして春は目の前の敵に集中していた為、全く気付かずそのまま両足首を捕まれ、動きを封じられてしまった。
「っつ…しまった!」
力一杯腕を振り解こうと動きを取るが、斬られ瀕死の状態とはいえ、男の握力はとても強力でびくともしなかった。必死に足を前に出そうと持ち上げるがどうにもならず、春は男に向け刀を振り下ろし頭を貫いた。頭をやられた男は息を失い、徐々に力がなくなっていった。
一安心した春が前を振り向き直すと、先ほどの三人が目の前五十センチのところにいた。真ん中に立っている男は、両手で刀を頭の上にあげて構えていた。それを目にした春は額から大きな汗が流れた。
「死ね!!」
そう言って男は掲げていた刀を春の上半身目掛けて振り落とした。斬られた春は胸から血を流し地面に倒れた。蹲り全身から汗を流す春はもう身動きを取る事が出来なかった。
「このクズが!」
そう言って男は春の体を軽く蹴った。
「こいつどうする」
「決まってんだろう。もう少しいたぶってからとどめをさすんだよ」
その言葉を聞きながら春の意識は次第に薄れつつあった。薄れいく意識の中で微かに遠くの道の方から二人の人がこちらに歩いてくるのが見えた。顔をはっきりと確認する事なく、春の意識はそこで途切れた。
「あれーこれは…あなた方は黒原族の方ですか」
そこに現れたのは、田島と湯旗だった。
「あーなんだてめぇは。お前も俺らを潰しに来たのかよ」
「まさか。私の名前は田島伶。殺し専門のなんでも屋です。実は天童子の方からあなた方に依頼がありまして、渡すよう頼まれ、ちょうどこの辺りを訪れる用もありましたし、ついでにこちらにおられるあなた方に依頼書を渡そうと思い、こちらに赴きました」
「依頼とはなんだ」
「これがその依頼書です」
伶は依頼書を渡す為、黒原族の三人組に近付いた。目の前まで来たところで足下に倒れている人間に目をやった。伶はとても目を丸くして春を見つめた。
「あの…こいつは…」
「ああ、俺らを潰しに来た小僧だ。今さっきかたが着いたところだ」
「…死んでいるのか…」
「いや、まだ息はある。俺達の仲間を可愛がってくれた分しっかりといたぶってから息の根とめてやるんだ」
「…なるほど」
伶は春をじっと見つめながら固まった。
「おい!依頼書を早くよこせ」
「ああ…すまない」
伶から渡された依頼書に目を通しながら黒原族はしばらく無言のまま、その書を見つめていた。
「なるほど…わかった。各地に散らばった黒原族全員で更に広範囲に散らばり、この条件に合う女を集めればいいんだな」
三人は依頼書を回し読みし、それぞれ依頼の内容を確認し合った。
「しかも急ぎだな…よしお前ら今すぐ他の仲間の所に行くぞ」
そうして男達が歩き始めようとすると、三人のうちの一人が立ち止まり後方に倒れる春の方を見た。
「おい!あいつにとどめ刺さねぇのか」
「おお、そうだった忘れるところだったぜ」
そういうと他の二人も春の方へと戻ってきた。三人が春を囲むとすかさず伶が飛び出した。
「こいつはもう死に損ないです。それよりも依頼の方に向かって下さい」
「そうはいかねぇ。こいつは俺らの仲間を七人も殺したんだ。全身を切り刻んででもやんねぇとおさまらねぇ」
伶は息を呑みながら黒原族を見つめ、そのまま視線を春に落した。瞳を閉じて伶は一、二秒静止した。
「今から仕事にいかれるあなた方のお手を煩わせる事はありません。私も殺し屋の端くれ。実は誰か殺りたいと思ってうずうずしていたところなのです。おいしいところを奪って悪いとは思いますが、ここは私にやらせて頂けないでしょうか?」
黒原族の三人は少し話し合い、伶に任せる事にした。
「そこまでいうならお前がやれ。そのかわりしっかりと息の根を止めるんだぞ」
「はい、もちろん」
そういうとうつ伏せになっている春の真横に立ち、剣の刃を下にして構えた。上半身の中央から少し左にずれたあたりに刀を合わせ、力一杯剣を垂直に振り落とした。激しい胴体を貫く音を響かせ、刀は春の体を貫いた。
「かぁー心臓を貫くとはやることがえげつないな」
「こうやって一気にやってしまうのが好きなんです」
伶は微笑みながらそう言った。その表情に満足げに黒原族の三人も笑った。
「あとはこのゴミは私が処理しておきます」
「ああ頼んだぜ」
そう言うと三人は森の奥の道へと進んで行った。三人の姿が見えなくなったのを確認すると伶と湯旗は春にかけよった。
「どういうことだ。春が生きていたって事か」
湯旗は首を傾げながらそう言った。
「…わからない。とにかくあいつらが戻って来るとも限らん。どこか違う所に春を移そう」
二人は春を抱え上げ村の方の森の中に移動した。木々の間の広い地面に春を下ろした。
「おい!春!春!しっかりしろ!!」
伶は強く春の体を擦りながら大きな声で呼び掛けた。
「伶、お前どうして春を刺した。たった三人だったし、倒せばよかっただろう」
「それじゃ春は助かっても黒原のやつらにずっと追われる事になるし、俺らも仕事がやりずらくなる。幸い今の仕事でやつらは当分ここには帰って来ない。春を休ませた後でここを移動するつもりだった」
「にしたってなんであんな致命的な一撃を刺した。急所にど真ん中じゃ助からねぇだろうが」
「やつらだってプロだ。急所を外せばきっと気付く……それに俺にはある考えがあった」
「考え?」
「一か八かの賭けだが……しかし本当に春のやつ起きないな…」
「もう死んでるだろ…」
「くそっ!…だめか…春!春!起きろ!!春ーーー!」
伶が呼び掛けても春はいっこうに目を覚まさなかった。
すると村に通じる道の方から足跡が聞こえてきた。二人は息を殺しその足跡が通り過ぎるのを待った。
通り過ぎたのは、心配になり再びやってきた十蔵だった。案内した岩山の方に辿り着いた十蔵は倒れている人の中に春を探した。しかしその中に春はいなかった。
「………春……」
十蔵はその場にしばらく立ち尽くした。
|