第十ニ話:それぞれの希望を求め
徐々に日が昇り、闇に覆われていた空が少しずつ黒いマントを脱ぎ捨て青紫へと変化し、村の家々を光で包み始めた。鳥が舞い、草木が風に揺れいつもとなんら変わらぬ空の下、春は閉じていた瞼をゆっくりと開けた。しばらくの間木製の天井の一点を見つめていた。静まり返った空間を徐々に緊張感が立ち篭めていった。目を開いて尚起き上がる事の出来ない春は、布団の横に置いておいた刀に手を伸ばし、強く握りしめた。そうすると意味もなく一人ではない様な抱擁感に包まれた。瞳に光を宿し始めた春はゆっくりと上半身を起こした。握っていた刀を両腕で持ち、じっと見つめた。
「……見ていて…母さん…」
春は体を布団から出し、立ち上がった。洗面台で顔を洗っているとさくらが隣の部屋から顔を出した。
「どうしたの、こんな朝早くに」
さくらは少し首を傾げながらそう言った。
「…たくさん眠ったら目が覚めちゃっただけ。さくらはゆっくり寝てな」
「うん」
そういうとさくらは扉から前屈みになっていた体を向こうの部屋に戻し、扉を閉めた。それを見送った春は更に表情を強張らせた。さくらを守らなくてはならない責任感と未知の敵との戦いへの緊張と不安。その両者が大きく春の心の中を覆っていた。するとしまったはずの隣の部屋の
戸が再びゆっくりと開き始めた。
「いよいよだな」
扉から現れたのは十蔵だった。その言葉に春は強い視線で十蔵を見つめながら頷いた。
「春、用意が出来たら言ってくれ。場所まで案内する」
「…わかった」
そういうと十蔵もまた扉の奥へと体を戻し、扉を閉めた。春は極度の緊張からか再び洗った顔をもう一度洗い始めた。いやというほど顔を洗った春は身支度を始めた。強張った顔を緩ませる事なく春は服の紐を強く結んだ。腰紐に刀をしっかりと差し込んだ春は十蔵の所へ向かった。十蔵は外で両腰に手を当てながら空を眺めていた。
「…十蔵、行こう」
腰に手をあてた体勢のまま首だけを、後ろにいる春の方へと向けた。
「ああ…でもその前に空を少し眺めろよ、春。お前ずっと眉間に皺寄りっぱなしだぞ。少しリラックスしろよ」
「え…そんな顔してた?」
「ああ…起きた時からそんな顔してたんじゃ、送りだす俺が気が気じゃねぇ。笑えとはいわねぇよ、でもそんな顔するな。お前は自分が思ってるよりずっとすげぇんだって。俺が保証してやるよ」
そう言い終わると十蔵はまた空を見上げた。その言葉に春は呆気にとられ、十蔵が空を見上げると春もまた空を見上げた。青紫かった空は知らぬ間に真っ青な空へと変化をとげていた。そんな空を雲は気持ち良さそうに泳いでいた。その雲を追い掛ける春の表情は次第に穏やかになっていた。
「……十蔵」
「ん?」
十蔵は再び頭だけを春の方に向けた。
「母さんは私に春のようなやさしく穏やかでみんなを幸福にしてくれるようにって願いながらこの名前を付けたんだって。……でも私はこれまでけして人を幸福になんてして来なかった。父の怒りを買い、兄弟達からも見放され、知り合った大切な人達をも騙して生き続けてる。私に…生きる意味なんて本当にあるのだろうかって、ずっと思ってた…。でもさくらや十蔵達に出会って必要とされ守るべきものが出来た今、私変われる気がしてきた。母さんが願ったような人間に少し近付ける気がした。」
十蔵は何も言わず、しばらく空を見つめながら話す春をしばらく見つめていた。
「もし…生きて帰れたら…やりたい事あるの…」
「何だ?」
「会いたい人がいるの。何年とかかっても必ず…」
「そうか…だんだんいい顔になってきたじゃねぇか」
十蔵はそういって笑った。驚きつつ春は照れくさそうに笑った。
「さぁ、行くか」
「うん…」
腰にさした刀を強く握り、春十蔵の後に続き力強く歩き始めた。村を横切り外れの方まで二人はやってきた。村を抜けると木や草が生い茂った細い道へと入った。道をずっと進んで行くと道は二手に別れていた。
「こっちだ」
十蔵は左の方を指差し再び歩き始め、春もそれに続いた。更に細い道は続いた。そうやってしばらくあるいていると大きな岩山が現れた。その岩の中央には入り口らしい大きな穴が開いていた。
「春、ここだ。あの入り口の向こうにやつらがいるはずだ」
春はその入り口を見つめながら息を呑んだ。
「春…すまん俺はこれで一旦村に戻る。また会おうな」
春は何も言わず強い視線で頷いた。しかしその顔は先程までの泣きそうな強張った顔ではなく、覚悟を決めた強い意志のこもった顔だった。
春が頷くのを見て十蔵はゆっくりと踵を返し、元来た道へと戻って行った。それを見送った春は再び黒原族のアジトに視線を戻した。左手にぎゅっと握りしめた鞘からゆっくりと刀を抜き、春はしっかりとした足取りでアジトの入り口に進み始めた。
大きな岩穴の前に仁王立ちに構えた春は深く暗い穴の中を見つめた。視界が悪く穴の中の構造を把握していない自分がこのままアジトに侵入するのはあまりに危険で不利であると悟った春は、アジトから一歩身を引いた。腕を組みどうするべきか考え春は、思いついた方法に覚悟を決めて再び入り口の前へと進んだ。足を肩幅に開き、大きく深呼吸した。
「黒原族の一味ーーーー!!!私はお前達に戦いを挑みに来たーーーー!!!隠れてないで姿をあらわせーーーー!!!」
辺り一帯に響き渡るような大きな声で岩の中へと叫んだ。しばらく返事も物音もなく、春は唾を呑み、緊張の面持ちでじっと岩の中を見つめた。すると次第に複数の足音が入り口の方へと近付いてくる音がした。岩の中は相当長い通路が続いていると春は想像した。まったくわからい広い空間に無闇に飛び込むところだった春は、やはり外に誘き出した判断に間違いはなかったと胸をなで下ろし、入り口から身を離し刀を構えた。入り口に近付く足音はついに暗い闇の中からそっとその姿を現した。ゆっくりと一人二人と姿を現し、外に出てきた。十蔵の言っていた五人を軽く越え、十人もの男達が姿を現した。その男達は肌が黒く体が大きく筋肉質で、皆胸に×のような傷が刻まれていた。
「お前か、威勢よく俺達に楯突いてんのは」
「さては村のやつらから頼まれたな」
「村のやつらなんて関係ない。私は悪党を懲らしめたいだけだ」
それを聞いて黒原族は大笑いした。
「アハハ、その呆れる程のバカさ加減に敬意を表して今ここにいる黒原族総出でお前叩きのめしてやるよ」
「普段はお前みたいな世間知らずのひよっ子に全員でお出迎えしてやる事なんてめったにないんだからありがたく思えよ」
「まぁ、最近退屈してたしじっくりといたぶってやるから楽しみにしておけよ」
そういいながら、黒原族は不適な笑みを浮かべながら、春を囲み始めた。春は前後左右に気を配りながら剣を手に汗を額から垂らしながら集中した。
「さぁ…ショータイムだ」
そういって黒原族の一人が動き始めた |