第十一話:二人の始まり
日も落ちて晩ご飯を食べ終えたさくらと春侍は眠りに就いた。その傍らで二人の寝顔を見ながらさくらの父は物思いにふけっていた。夜のシーンとした空気に虫の鳴き声だけが鳴り響いていた。さくらの父は徐に立ち上がって寝床をあとにして春が寝ている玄関前の部屋に足を進めた。部屋に入ると春はまだ眠っていて寝息だけが微かに聞こえていた。さくらの父は春の横に座りしばらくぼーっと考え事をしながら下を向いていた。
「…眠れないの」
はっと我にかえったさくらの父は春の方を向いた。
「いや…それより大丈夫なのか」
「まだ少し痛みは残るけど大分よくなった。ありがとう」
「よかった。仕事をしてもらう前にくたばられちゃこっちが困るからな」
「うん…この恩は必ず結果で返すよ」
冗談紛い言うさくらの父に春は優しく微笑みながらそう答えた。
「ああ…でも無茶すんなよ」
「でも無茶しなきゃ勝てないんでしょ。だから今まで誰もそいつらを倒せなかったんじゃないの」
「…無理してまで戦おうってやつはいなかったし…それ以前に俺達の力じゃどう足掻いても無理だったんだ」
「……そんなに強いの」
「ああ…強い上に一人じゃねぇ」
「何人?」
「…俺が知る限りじゃ五人……もしかしたらもっといるかもしんねぇ…」
「…それで無茶すんなって、それこそ無理あるよ」
「そうだな…」
「そいつらはこの村にどんな事してくるの」
「週に一回食料と……月に一度女を一人要求してくる」
「厳しいね…それでここの村の人は満足に食べられてないんだね。女の人も減っていく一方だし」
「ああ…」
「連れて行かれた女の人はどうなるの」
「さぁ…考えたくもねぇよそんな事」
そういいながら顔を曇らせてさくらの父は頭を抱えた。
「…ごめん…」
「いや…お前が謝る事じゃねぇよ。俺達だってこんな状況の中でなんにもしてやれなかった」
「もしかして……さくらのお母さんも連れて行かれたの…」
「いや、それは違う。あいつは自分の意志でここを出て行ったんだ」
「…その連中のところに」
「いや…この町自体を出て行ったんだ」
「…どうして」
「わからねぇ…ただ……あいつはずっと悩んでた。自分の事を」
「自分の事…」
「あいつはお前と同じ事を言ってたよ…自分は化け物だって……」
春はその言葉に答える事が出来ずに息を呑んだ。
「だからびっくりしたよ。この世であいつ意外に俺にそんな事言うやつが現れるなんて」
「…本当…いないよね…そんな馬鹿げた事いうやつ」
春はそう言いながら悲しそうに目を細めた。
「言っておくが俺はあいつが言った時もお前が言った時もこれっぽっちも馬鹿げてるなんて思っちゃいなかったよ。お前達の目は真剣に何かに悩んでた。俺にはわかったよ」
そう言われて春は少し照れくさそうに微笑んだ。
「あいつもお前と同様で人並み外れた生命力を持ち合わせていたし、あいつとの出会いもお前と同様で死にかけ一歩手前で俺が駆け付けて治療してやったんだ。よく気の効くやつで俺の身の周りの世話をとにかくよくやってくれた。自然と俺達は暮らし始めてそのまま結婚した。結婚にあいつは少し戸惑っていたけど俺がなんとか言い聞かせて結婚してさくらを産んだあたりからは落ち着き始めた。その後春侍を産んで幸せに暮らしていた。…しかしある日あいつは突然…自分は化け物だって泣き始めた。戸惑いはあったけどさほど気にも止めていなかった。すると次の日にあいつは置き手紙一つ置かずにこの家を去った。それからしばらくして今お前に倒してもらおうとしている黒原族がこの町に現れた」
「黒原族…」
「あいつらが自分達でそう名乗った名だ。頭が黒原っていうらしい」
「そいつらが今回も食料と女の人を要求してるの」
「そうだ……しかも次にあいつらが要求してきている女がさくらなんだ」
「…うそ」
「だから俺にはどうしてもあいつらを倒してさくらを守る必要があった。そこでお前に会う前最初に俺は村長と相談してある掃除屋を雇って倒してもらう事にした。しかし村は貧乏だ。払える金などない。掃除屋は仕事を快く受け入れたが、そこで掃除屋が要求してきた報酬が………さくらだ」
「え…」
「掃除屋はさくらをえらく気に入ってしまった。これで食料の取り立てと女を引き渡さなくて済むようになれば安いものだろうって。もちろん俺は猛反対した。しかしこの苦しい取り立てに悩んでいた村長と町のみんなは要求をのんでしまった。こうなっては俺の力ではどうにも出来なくなってしまった。どうしたものかと悩んでいた……そんな時今日あんたに会って退治してくれるよう頼んだってわけだ」
「…そうなんだ。でもその掃除屋来るんでしょ。どうするの」
「あいつらが来るのは明日だ。だからお前には朝一でやつらを退治しに行ってもらいたい」
「…本気で言ってる…」
「悪いが本気だ。だから今日はもう休んで明日の為に備えてくれ。なぁーにもう倒してしまったって言えば掃除屋もどうも出来ないだろう」
「…退治しに行くのは仕方ないにしても、掃除屋の事は知らないからね」
「ああ、わかってるよ」
「最後におじさん、名前聞かせてよ」
さくらの父は一瞬キョトンとしたがすぐに答えた。
「朝倉十蔵だ。よーく覚えとけ」
「うん!私の人生の中でまた一つ忘れられない名前が増えたよ」
「そう言えばお前の名前なんだっけ…」
「春!これから十蔵が一生忘れられない名前になるから」
「そりゃ楽しみだ。春…俺はやっぱりこうして出会う人間はきっとちっぽけでも何かお互い意味があって出会うものだとそう思うし、そう信じてる。でも別れて会えなくなったりしたらその関係は全くの無になるような気がして俺は怖い…。俺はこうして出会った大事な人間のこれからを一緒に歩んで見て行きたいんだ。………生きろよ、春。俺達の時間は今始まったばかりだ。こんなとこで終わらせんなよ」
「無茶な依頼人がよく言うよ。……まぁ、元から終わらせる気なんて更々ないけどね」
そう言って春は笑いながら深く眠りに就いた。春の笑いかけに返すように十蔵も微笑んでその場を後にして布団に入って眠りに就いた。 |