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ラプラスの魔女 3

作者:葛城 炯
 2つの選択
 生と死の間の選択
「アナタには選択しえる未来がある。アナタ自身の死とこの星系の死。どちらを選ぶのかを……」

 雷鳴が轟き、氷のような雨が降りしきる中で少女は告げた。

「……1ヶ月後に決めなければならないだろう」

 驚く私は少女の名を聞いた。

「私の名はラプラス。この星ではラプラスの魔女と呼ばれる存在」

 雨は止まず、私の表情を凍らせていた。



 数時間前。
 私は自分の研究室を後にした。
 長年研究し続けた成果がまとまりそうになっていたが、論理的なミスを数カ所見つけ、その修正の目処が立ち、心を躍らせながら研究所を出た。
 この論文が世に認められれば、歴史に名を残すことが出来る。いや、歴史上に名が残らぬとも、細り続けた研究予算が少しでも増えることだけを祈って家路を急いだ。

 月から鉱石が日常的に運搬される時代になっても公共交通機関から家までの移動手段は2本の足。それが地球に優しいだとか優しくないとかの社会運動には辟易してはいたが、実際の所、駅から家までは歩くのが良い。

 変動幅が大きい気候は数週間前の真夏のような陽気から真冬のような雨と風を家路にプレゼントしてはいたが、私は別にどうってコトはない。

 家には誰もいないし、この時間に帰ってすることはベッドの中に身を埋めるコトだけだ。
 契約結婚した元女房からの養育費の請求書が届いているかも知れないが、子供達の写真すらも送ってこない以上は契約違反はお互い様。
 ……それでも、来週は確か上の子の誕生日だったな。
 誕生日プレゼントと一緒に送っておくかと……他愛もないことを考えながら歩いていた私はふと足を止めた。

 既に夜は深い。
 誰も歩いていない歩道の先に誰かが立っている。

 それは少女。
 街灯の明かりが辛うじて届く場所に少女が1人立っていた。

 暫く見て……私はその少女をアンドロイドと決めつけた。
 時代がかった黒の外套着の下に見えるのはアンティークな黒いレースのドレス。手に持つ傘もまた黒い……レースの日傘。
 もし少女が人間ならばこの気温と雨の中で日傘を持って立っていることなぞ有り得ない。
 意地の悪い所有者の命令にアンティークな装いのアンドロイドが律儀に従っているのだろうと決めつけ……私は少女の方へと歩いていった。

 ……が、私の先程の決めつけは間違っていたとすぐに気がついた。
 降りしきる雨が少女のドレスも外套着も日傘もそして長く美しい金色のような銀色のような髪すらも濡らしてはいなかった。

(……幽霊? それとも誰かがホログラフィック装置で悪ふざけしているのか?)

 疑問に思いながらも……私は関わらないことにして横を通り過ぎようとした時に少女から呼び止められた。

「アナタの運命を告げに来た」
 ……と。




「この部屋が私の『家』だ。悪いが何もない。来客用の椅子は3つ。論文を書く机に書き散らした論文。あぁ、せめて暖炉に火を付けよう。好きな椅子に座ってくれ」

 私は少女を家へと招いた。
 立ち話でも良かったが、私の身体が冷え切ってしまう。
 長年の研究が結実しそうな時に風邪を引くのは勘弁したかったからね。
 ボロアパルトマンの一室。私の全財産が散らばる部屋へと招き、暖炉に火をともした。
 古い故に各部屋に暖炉がある。流行のというか常識的な暖房器具とは無縁の部屋は手がかかる代わりに部屋代が安かった。

「ココの家主がガイア神教徒なモノでね。暖房はこれだけだ。化石燃料や太陽発電すらも嫌いらしい。顔を合わせれば『炭素循環』とか『ヒートスパイラル』とか『アイススパイラル』とか気象宗教用語で会話が成立しないほどだ。ま、コチラとしては安い部屋代の代償と割り切っている。さて……」

 私は自分が定位置と決めている椅子に座り、来客用の古ぼけた椅子に座った少女を見る。
 黒い外套着と日傘は畳まれて椅子の背もたれにかけられてはいたが……やはり、それらから水が滴ることはない。雨に当たってはいないようだ。
 だが……私が空いた椅子の背もたれに無造作に置いたコートからは嫌味なほどに水が滴っている。
 窓の外は未だ嵐。
 どうしたら嵐の中で立っていながら濡れずに済むのか。
 そんな方法があるのならば教えて欲しい。
 驚いたのはそれだけではない。
 あろう事か……古い飾りのない木の椅子が少女が座った途端に、アンティークな彫刻が施された椅子へと変貌していた。
 手品でなければ……魔術だろう。
 だが……少女が名乗った名がラプラスである以上、それは何らかの物理現象なのだろう。

「私の運命は……既に決まっているのかね? 全知の神であるラプラスの魔女さん?」

 物理学上にだけ存在する悪魔の1人である「ラプラスの魔」。
 決定論時代には物理学の至高の神として存在し、確率論時代には確率を操る悪魔として否定したくとも否定しきれない存在として生き続けている。
 その「ラプラスの魔女」と名乗る以上、この少女の来訪は物理学者の末席に名を連ねる私にとっては……天使降臨に近いと言える。

「決まっている。だが、選択し得る余地がある。その余地すらも正確に記述するのであれば、未来は確率として存在する。全ての事象は確率として揺らぐ。全て正確に把握するのは困難を極める。だが……確定している未来もある」
「それが? 『私の死』と『この星系の死』が天秤秤の両方の皿に載っているというコトなのかね?」

 少女は黙って頷いた。
 暖炉の火が燃えさかろうとしている。

「アナタの研究が……鍵となる。いえ、鍵となってしまった」

 焔の揺らぎが……少女の瞳を揺らす。が、虚偽を告げていないことだけは感じられた。

「貴女が……」 何かを誤魔化そうとして私は茶化した。
「……ホウキに乗って現れなくて良かった。そして出会ったのが道端で良かったよ。何処かのテーマパークだったら……」

 少女の瞳にある感情が浮かぶ。

「いや。冗談だ。取り消す。忘れてくれ」
「既に起こった事象を過ぎてから起こらなかったこととして否定することは不可能だ。だが……」

 少女は私を真っ直ぐに見つめながら言葉を続けた。

「……この文明での一般的な慣用句としての意味は理解している。謝罪の意として受諾しておこう」

 私は「ありがとう」と言って立ち上がり、部屋の中を所在なげに歩き回った。
 暫く歩き回り、意を決して確認した。

「私の研究が鍵となるのかね?」

「そう。数年前の正体不明の天体が観測センサーと衝突した際の反応から発想された……いえ。アナタの理論の裏付けとなった……研究が全ての鍵となる」

「私の研究が……鍵なのか」

 言いたくはない。学会で発表をした後でなければ誰の質問をも受け付けるつもりはない。
 だが……ラプラスの魔女ならば研究の中身を知っているのだろう。全てを

「少しだけ待ってくれ」

 夜は長い。暖炉の中で薪が音を立てて軽く崩れるまでの時間が流れた。
 私は黙って……暖炉にかけていたポットから来客用マグカップにお湯を注ぎ、ティーパックを放り込んで少女に手渡し、自分用のマグカップにもティーパックを放り込んで椅子へと戻り、少女を見て驚いた。
 手渡したマグカップは……白磁の花柄のティーカップへと姿を変え……少女の手の中に収まっていた。

「確認したいのだが……」
「どうぞ」
「君に手渡したカップが変貌するのは……どういう理論かね?」
「ワタシは……ワタシの姿としての情報をこのアンドロイドの姿に決めた。そして人々が認識する『外見』という情報はワタシの姿に従属されて認識される。ワタシが今手にしているのはアナタが手渡したマグカップ。だが、ワタシという存在をアナタが認識する過程でアナタの脳内で別な情報に変換される。この文明の哲学という学問分野では一般常識化された法則だけど……数式で表した方が良いかしら?」
「いや。哲学は苦手なのでね。遠慮しておく」
 「そう?」と少女は言い、カップの中の紅茶を一口飲んだ。

 私は心が落ち着くのを待って、問い直した。

「さて? どうして私の命が、存在がこの星系の存在を危ぶむのかね? 出来れば判るように教えて欲しい」
「今から1ヶ月後、月の研究所でアナタの友人がある発表を行う。それがアナタの運命を変える」
「どんな発表だね?」
「月で……ある鉱物、虚数次元振動物質が発見され、結果として空間跳躍理論が導かれるという発表が行われる」
「虚数次元振動物質っ!? ハミルトニウムがっ!? 実在したのかっ?」

 驚いた。
 驚くしかなかった。
 私が理論上の産物として予測した物質。それが鉱物として実在する? そんなコトが?

「そう。アナタの長年の研究である『物理量ではなく物質としてのハミルトニアン』が実在した。月の鉱石として。そしてその物質が存在するのであれば……」
「空間跳躍は実現できるっ! 間違いなくっ!」

 柄にもなく興奮した。
 誰でも……どんな科学者でも興奮するだろう。
 長年、理論研究し実在しないと私が信じていた物質。それが存在する。
 だが……興奮は少女の言葉で冷水を浴びせられた。

「研究していたアナタならば理解できるはず。理論的な研究が無くとも実物が存在し、その実物を解析すれば……簡単に空間跳躍理論は構築できる」

 長年……誰からも振り向かれることなく数式を築き上げて作り上げた理論が……実物の存在で……全てを奪われる。
 足元の何か……いや、全てが崩れ落ちる感覚に襲われていた。

「……アナタは落胆し、自分の研究成果と発表された事実から別の研究へと進む。それは……時間跳躍」
「時間跳躍……それだ。それしかない」 

 私は呻くように同意した。

「そう。空間跳躍と時間跳躍は同じ事象の表裏。跳躍するベクトル、移動方向を空間ベクトルではなく、全ての空間に直交する時間軸方向へのベクトルへと変換すれば時間跳躍は不可能ではない」
「実現できるっ! いや、実現してみせるっ! 虚数次元振動物質『ハミルトニウム』が、それがクォーターニウムか、オクタニウムか、セドニウムかなんてどうでも良い。とにかくハミルトニウムのどれかが存在するならば時間跳躍も可能だっ!」
「そう。確かに可能。だが……」

 私は沸騰しようとする感情を抑え、少女の言葉を待った。

「アナタの理論……いえ、アナタ達が持ちうる技術では制御は不可能に近い。結果としてアナタが作り上げた時間跳躍実験装置は……暴走する」
「暴走する……のか?」

 確認する。私の研究を……栄光の行方を……
 少女は事も無げに否定した。

「単に……ハミルトニウムは高エネルギー状況下では単なる『核消滅』反応しか起こさない。だが時間跳躍実験状況下では暴走する。暴走し……虚数次元振動スパイラルを引き起こす。スパイラルの形態は2つ。スパイラルがもたらすベクトルがマイナス、虚数次元へと向かった場合は……全てが虚数次元へと吸い込まれ消失する。ベクトルがこの次元へと向かったプラスのベクトルとなった場合は……解るでしょ?」

 少女が……少なくとも私が構築していた理論の全てを理解していることだけは確実だった。そのパターンは私も計算している。いや、正確に言おう。それが最初に辿り着いた結論。そうならない可能性を追求して長き時を費やした。

「……虚数次元振動生成粒子との対消失」

 つまりは反物質との対消失。その時に発生するエネルギーは……

「対消失で発生したエネルギーは虚数次元振動を増幅させる。結果としてさらなる虚数次元物質をこの時空間へと招き入れる。招かれた物質が更にエネルギーを発生させ……最終的にこの星系の全てを爆発させる。振動する空間内の物質平均密度が宇宙空間平均密度と同値になるまでスパイラルは暴走する。スパイラルが終息するのは……この星系の全てが対消失した後」

 頭の中で……超新星爆発がイメージされた。
 実際、そういう状況に近いだろう。

「そんなコトが起きても……宇宙としては平穏。この星系を観測している他星系知的生命体がいたとしても、虚数次元へと消失した場合は暗黒星雲に隠されたとしか認識はされない。対消失反応をした場合でも極超新星爆発として認識されるだろう。どちらも……宇宙全体では極ありふれた事象。銀河レベルで考えてもこの星系の存否など……嵐の中の雨粒の1つの挙動と同じ」

 私の言葉は失われた。
 窓を叩く雨粒が……BGMとして流れ……少女の言葉の賛同の拍手のように響いていた。

「虚数次元へと消失した場合、単純に言ってこの次元の正物質が『虚数次元反物質』としての反応……つまりは虚数次元宇宙での極超新星爆発した場合、この星系の物質は半径約1億光年の空間に素粒子として振動出現し、虚数次元振動は終息する。これもアナタの理論で計算済みよね?」

 私は黙って頷き、椅子へと身を投げ、天井を見上げた。
 少女が告げた内容は私が理論構築で導き出した結論の数々。その全て。

「……つまりだ。私は……私の理論は、研究は無駄だったと言うことか?」
「無駄ではないわ。実物があっても理論構築には時間がかかる。でも……」

 少女は紅茶を飲み、一息ついてから言葉を続けた。

「アナタの理論は時間軸に対しても対称的すぎる。マクスウエルの電磁波理論と同じ。極めてエレガントな時間軸対称理論。だけど半分は虚構。先行波と同じ理論解は無意味。だけど……アナタの論文を読み、理解できる人間がいたとしたら……間違いなく、時間跳躍の可能性に辿り着く」

 少女は目を伏せた。
 私は……ワタシに出来うる範囲での行動を問い直した。

「私が……ハミルトニアンを導き出した偉大なる数学者ハミルトンと同じように理論を発表せずに……時を過ごした場合は?」

 数学者ハミルトンは……進歩的すぎて誰にも理解されない研究に没頭し……孤独に人生を終えた。
 だが、彼の研究は……後世になって認められ、数学と物理学に名を残した。
 それならば……私の功名心も少しは……

「……誤差の範囲。アナタが亡くなった後でもアナタの論文が存在すれば理解する人間は現れる。そしてハミルトニウムが存在する以上、実験しようとするだろう。実験の結果は……誰が行っても同じ。結果は変わらない。変えるためには……」

 私は椅子から飛び上がり少女を睨んだ。

「それで私に死ねと言うのか? 全ての研究を、論文を、理論と共に……闇へと沈めと言うのかっ!? ハミルトンよりも惨めな人生を……送れと言うのかっ!?」

 少女は……黙って頷いた。

「黙れっ! 認めるかっ! 認めてたまるものかっ! そうだろう? 一体私はなんのために研究してきたというのだ? 実物が存在する? 私が築き上げた理論は必要とされずに実物から……実物を実験して築かれていく稚拙な理論が私が研究したレベルにまで辿り着くのを待てというのか? それまで……私の理論が誰の目に触れられることを、可能性を閉ざせと言うのか?」

 少女は頷いた。悲しげな瞳で……

「実験による理論構築は目隠しして通路を歩くようなモノ。壁にぶつかり中々進まないだろうが、落とし穴の存在には気づくだろう。落ちる前に……」

「アナタの研究、理論は足元を見ずに遙か先だけを見ながら歩くようなモノ。壁にぶつかることは少ないだろうが足元の落とし穴に気づくことはないだろう。気づいた時は……全てが奈落に落ちた後」
「黙れっ! 黙れっ! 黙れっ! 認めるかっ! 認めてたまるかっ! そうだ。私の理論が正しければ虚数次元振動が暴走する可能性は……」

「黙りなさい」

 私が……私の中の何かにすがろうとして発した罵声を少女の小さな……鋭い声が押し止めた。

「現実が理論に従うのではない。現実の全てを記述するために理論が構築されるのだ。この文明の科学者達はいつも同じ勘違いをする。現実は理論の従属物ではない。理論が現実の奴隷なのだ」

 少女の声で怒りの旋律が奏でられている。

「残念なことに、アナタ達は前提を既定事実と勘違いする傾向がある。物理学の本を開いてみるが良い。この文明では光と重力の到達距離が無限大と書かれている。何の実験も……検証もしてはいないのに確定した事実として受け入れられている。何故だ? 少なくとも検証されるまでは『前提』もしくは『仮定』としておくべき事項のハズだ」

「それに……アナタ達の理論構築の傾向は偏っている。現実の構成要因である事象を別々に解きほぐしそれぞれの構成を記述するだけ。例えるならばこのアパルトマンを破壊してそれぞれの部品の位置と材質を記述しているに等しい。このアパルトマンの設計図が得られてもアパルトマンそのものを造ることは出来はしない。必要なのは『設計図』と『材料』と作り上げる『技術』なのだから。技術を構築せずに設計図を手に入れ、使用部品だけが解っても……再現することは不可能だ」

 私の怒りは……冷えて固まり、全ての感情を冷たい海の底へと沈めた。
 私の身体は……椅子へと落ちた。
 まるで奈落に落ちたかのように……

「もし……月で虚数次元振動物質、ハミルトニウムが発見されずにアナタの論文が発表されたのであれば、研究は幾多の科学者に引き継がれ、理論構築が進んでいただろう。時間跳躍の危険性も共通認識される。だが、現実に物質があれば……誰でも実験しようとする。空間跳躍実験ならば破滅的な虚数次元振動を引き起こしたりはしない。だが、時間跳躍実験は……」
「今、この文明の技術では危険すぎる。……ということか」

 少女は目を伏せた。
 時が淀みなく流れ……嵐はいつの間にか収まっていた。

 暖炉の中の薪の半分が灰へと姿へと変えた頃、私はやっと別の質問を思いついた。

「それにしても……何故だ。何故、私にそんな情報を教える? この星系の消失か爆発が……宇宙全体にとって取るに足らない事象ならば……貴女にとっても取るに足らない事象のハズだ。ラプラスの魔女ならば宇宙の全てを知っているのだろう? 何故、私に教える必要がある?」

 少女は伏せていた目を上げゆっくりと私を見つめた。真っ直ぐに。

「この星系に残された時間は……少ない」

 そして人類にとって未知である過去を語り始めた。
 この星系の歴史を……
 私を説得するかのようにゆっくりと静かに……

「この星系の第2惑星に芽生えた知的生命体は優秀だった。水が少ない環境下では文明の歩みは緩やかだったが……それでも直ぐに宇宙空間へと進み、第2惑星の衛星を開発し始めた。だが……時と共に愚鈍が彼らの知能の輝きを隠してしまった」

「彼らはたった数十年間の気候変動を大袈裟に考えすぎ、星が冷えてしまうと勘違いした。第3惑星が全球凍結していたという事実、そして凍結した大地に僅かに残っていた文明の遺物が彼らの恐怖を駆り立てたのは事実だ。何れにしても彼らは二酸化炭素などによる温室効果を期待して過剰に大気に放ち、最悪の事態を想定して衛星内に退避コロニーを作ろうとした」

「だが……彼らもまたハミルトニウムの制御に失敗した。衛星に作られたコロニーのエネルギー供給プラントが暴走し、衛星は第2惑星を離れ、星系内を彷徨う結果となった」

「衛星は第2惑星と同じ軌道を数周し……最終的には第2惑星へと衝突、落下した。結果として……」

「……第2惑星は唯一の衛星と共に自転エネルギーを失った。落下が致命的ともなったが……落下しなかった場合でも気候管理制御システムをも失われた惑星では温熱効果が暴走したままとなっていただろう。何れにしても……第2惑星からは知的生命体どころか単細胞生物すらも存在しない灼熱地獄となってしまった。それが……」

 少女は悔しさを噛み締めるように言葉を続けた。

「……約36億年前」

 そして冷め切っていたはずの紅茶を一口飲んだ。何故かまだ湯気がカップから立ち上っていたのが私にとっては不思議だった。

「ここ第3惑星は……恵まれてはいた。水が豊富にあった。だが、見方を変えれば豊富にありすぎているとも言える」

「表面高度の平均をとれば海面下2000mとなるこの星は……約10億年ごとに致命的な気候災悪に襲われる。それは……全球凍結」

 全球凍結……この星の地上の全てが数千mもの氷に覆われるという私が知る限りでは地質学上の仮説。

「星系の主星である恒星の核融合反応は周期的に変動する。そして水が豊富にあるコトによる他の星と比較して高速な大陸移動がもたらす気候変動の振幅増大の帰結である全球凍結は……全ての文明を破壊する。全ての痕跡を風化させてしまうのだ。全球凍結が始まる時のスーパーブリザードと解除された時のスーパーハリケーンは地上の全ての遺物を風化させ……知的生命体も消滅する」

 全てが凍りついた世界ではどんな高等生物も生き残ることは不可能。全てが絶滅する。
 生き残れるのは……海底の単細胞生物ぐらいだろう。

「そしてやり直す。単細胞生物から知的生命体への進化を……」

 私は絶句していた。
 何度も……この星で、この地上で、文明の絶滅があったということに……

「順を追って説明すれば過去4回起こった全球凍結の間に発展した文明は……それぞれに輝いてはいた。第1文明はバランスに満ちていた。だが、彼らは宇宙へと進むことなく滅んだ。これは月が近すぎていたコトによる激しすぎた気象によりやむを得ない結果とも言えるが……」

「第2文明は不幸だった。第2惑星の文明の自滅がこの星系内、内惑星帯へのスペースデブリの拡散となってしまった。彼らの文明は月へと進出しながらも成熟する前に、第2惑星と衛星衝突により発生した巨大隕石の度重なる襲来で……滅び去った。月に残っていた第2文明の遺物もクレーターの生成と共に消え去った」

「第3文明は歪だった。宇宙へと進む前に原子力エネルギーに没頭しすぎた。愚かにも原子力だけに頼った文明を築き、宇宙へとは進まずに時が過ぎ、時間が……10億年というタイムリミットが彼らの文明を破壊して終わった」

「第4文明は……第3文明と同様。宇宙へと進出せずに滅び去った。自然エネルギーだけに頼りすぎ、宇宙への進出自体を罪悪と考える愚かな宗教が蔓延り……10億年という時間を無駄にしてしまった」

 少女は悔しそうに目を伏せた。

「……現在の第5文明は理想的な速度で宇宙へと進んだ。だが、やはり自壊への道へと進みつつある。既に残された時間は少ない」

 私はやっと言葉を取り戻し……質問した。

「全球凍結が……始まっているのか?」

 少女は悲しげにくすりと笑った。

「いや……温室暴走だとしても全球凍結だとしてもこの星に残された時間は……この星系に残された時間は……少ない。この第5文明が、6億年前からの単細胞生物から始め直した知的生命が滅んだ場合、この星系で知的生命が宇宙へと進むことは……宇宙文明へと芽生えることはないだろう」

「どういう意味だ?」

「星系の主星である恒星が輝きを増す。生命存在帯域が外側へと移動し……次の10億年の間に灼熱の惑星へと変えてしまうだろう」

 少女は目を伏せた。

「第4惑星は小さすぎる。生物が芽生えても知的生命体へと進化する可能性は……0に等しい。この第5文明が最後だ。文明の制御下であれば第4惑星に移植は可能だ。空間跳躍技術が確立すれば他の星系への移住も可能となるだろう」

 私は……疑問を声にした。

「我々を……私達が他の星系へと進むことを望んでいるのか?」

 少女は目を伏せたまま、言葉を続けた。

「ワタシ達は……虚数次元跳躍を初歩として全ての次元を跳躍し、全ての宇宙を観測している。だがワタシ達も進化の袋小路にいる」

「ワタシ達は望んでいるのだ。ワタシ達と違う視点、違う思想でワタシ達と同じレベルに達する文明を。ワタシ達が気づかない何かを……何かに気づく存在を。この第5文明にはその可能性がある」

 少女はカップを近くのテーブルに置いた。忽ち……カップは元のマグカップへと姿と変えた。いや、姿を戻した。
 席を立ち、外套着を付け日傘を手にした。

「待て。最後に1つ確認したい。私の選択肢は……私の死以外にはないのか?」

 少女は私を見つめた。
 真っ直ぐに。優しい……憂いに溢れた瞳で……

「アナタの選択肢はアナタの中にある。生か死か2つの間に1/2の確率で……場合によっては甦ることもあるだろう」

 少女は悲しげに笑った。

「アナタの決断が……少なくとも6億年の進化を無駄にしないことを祈っている」

 夜が明け始めていた。
 少女は窓から差し込む朝日の光の中に……光の中へと溶けようとしていた。

「待ってくれ。もう少し……」
「なに?」

 何か……意義のある何かを尋ねようと思ったのだが言葉にならない。
 逡巡したあとで口から出た言葉は……あまりにも愚鈍だった。

「……ホウキに乗らずに現れてくれてありがとう」

 少女は驚き、そしてクスリと笑った。

「賞賛の言葉と受け止めておく。ありがとう」

 そして……淡雪が春の日射しに溶けていくように消えていった。

「ワタシ達は待っている」

 それが最後の言葉だった。


 私は身じろぎ1つせずに……少女上が座っていた椅子を見つめ続けていた。
 少女が座っていた時とは違い、素っ気なくなった木の椅子の背もたれを。
 飽きることなく見つめ続け……

 ……そして決断した。


 1ヶ月後、月である発表が為された。
 私はその発表を宇宙空港で聞いた。
 私の荷物は……私が長年、研究し続けていた論文。私の研究室と私の部屋の何処を探しても私が研究していた何かを導き出すことは不可能だろう。
 私は研究室を辞め、旅に出ることにした。
 自らの『死』を引き替えの旅を……






























「助かったよ。確かに君の言うとおりだ。こんな計算ミスをするなんて……」
「気にすることはない。ミスは誰にでもある。問題はミスをしたことではない。間違いを正す方法を見つけることだけだ」
「ははは。貴方にはいつも助けられる。ありがとう。手伝ってくれて。感謝する」
 私は月の研究所に勤めることにした。
 友人の元で私の理論を封印し、彼の研究を手伝い、進める道を選んだ。

 私の名は残らないだろう。栄誉は全て彼のモノだ。

 研究者としての……科学者としての私は「死んだ」。今あるのは科学を進める技術者としての私だ。

「ああ。そうそう。朗報がある」
「なんだ? 鉱石『ラプラス』の発見者が研究予算を増やしてくれたのか?」
「ははは。あの人は何時でも気前が良い。違う話だ。朗報は……学会からだ」
「なんだ? 勿体振らずに言ってくれ」
「物質属名は『ハミルトニウム』に決定した。それぞれの物質名は『クォーターニウム』、『オクタニウム』、『セドニウム』。そして『ラプラス』は鉱石名として決定された。どうだ? 朗報だろう? 君の名が物質属名として残るのだから」
「私の名が? 君の名は……付けなかったのか?」
「ははは。そんなコトをしたら虚数次元数学を構築した偉大なる数学者ハミルトンに恨まれる。もっとも? 学会の連中が考慮したのも君ではなく、数学者ハミルトンだろうけどね。悪くはないだろう? ま、偉人と同じ名だという幸運に感謝しといてくれ。君の御先祖さん達に。じゃ……」

 立ち去る友人を見送り、私は窓の外を見た。

 闇に浮かぶ地球。

 その地球に住む全ての人々が祝福してくれている。
 そんな感覚に浸っていた。

「……待ってろ。ラプラス。君の足元に……きっと辿り着いてみせる」

 友人は空間跳躍の実験理由を何にするか悩んでいた。
 空間跳躍だけでは予算が厳しいらしい。何か意義のある別の実験装置を跳躍させる理由が必要らしい。
 だが……そんなのは決まっている。
 『光と重力の到達距離の確認』
 『暗黙の了解』としていた事項を『明確なる確認事項』へと変える。

 それこそが……科学者としての私が甦る時だ。

 読んで頂いてありがとうございます。
 「ラプラスの魔女」としてのまとめの作となります。

 キャラは「101人の瑠璃」の中から1人使ってます。
 トンデモな物質名は、元々は「アコライト・ソフィア」の杖の材質として考えていたモノです。
 さらにトンデモな性質についてはミクシィの中で書いている小説で設定したモノです。
 全体としてはミクシィで公開している「硬度10」シリーズに近くなってしまいました。

 なお、「ハミルトン」は実在する数学者、「ハミルトニアン」は数学上、物理学上の用語として実在します。
 詳しくは……「四元数」で検索してみて下さい。

 では、また次作で……


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