【結殺 壱】 キルト
……極度に運が良いと気づいても、私は幸せにはなれないんだと悟っていた。
どこに行っても疎まれて、どこにいても嫌われて、……生きているのが、とても面倒に感じるようになった。
でも、私が死ぬ事は無い。私は絶大なる強運の持ち主。死ぬはずが無かった。
何をしても咎められる事は無い。―――初めから私の存在が罪だから。
ただ生きるだけじゃなくて、私は自然と人を殺す事を繰り返していた。それが、奴に言われ続けた事でもある。その強運を活かすには人を殺してみるのがいいと言われて、奴から殺し方を学び、ただ無為に人を殺し続ける日々を送ってきた。
―――……本当に、無為だった。特に他にする事が無いから、という程度の理由で、何と無く人を殺してきた。殺せる時に、殺せる奴を、殺す。ただそれだけの行為を、何年も続けてきた。
「おまえは〈極運〉の持ち主だ。全てにおいてその強運を活かせ。そして―――全てを、殺しきれ」
結果。私は、奴の言うとおりの存在になった。
簡単に言えば殺人鬼。別の単語を使えば〈殺人種〉。
私は、もう誰にも捉えられない。でも、もう何を獲る事も叶わない……
「……」
気づくと眠っていたみたいだった。
起き上がってベランダに視線を向けると、外はもう既に暗くなっていた。
部屋の電気は点いておらず、辺りには沈黙と闇が混在した空気が漂っていた。空虚な空間。私はしばらく眼を慣らそうと思って再び横になろうとして、
「……?」
―――ふと、物音が聴こえ、緩慢な動作で身を起こした。……誰か、いるのか。
先程トモが来ていたが、もう帰ったはずだ。では、誰が? ……思いつかずにその場で茫、としていると、部屋の扉が開き、光が闇を引き裂いて入ってきた。
人の影。私は逆光で一瞬、誰か分からず、眉間に皺を寄せて呟いた。
「……誰?」
「―――起きてたのか」
その声は。
―――彼の声だった。
何の躊躇も無く部屋に入り込み、電気を点ける流天に、私は特に考えもせずにその姿を見つめていた。何でいるんだろう。その思考に至るまでにかなりの時差が在った。
流天は片手に抱えた布団を所在無げに見下ろし、―――小さく嘆息する。それを持って再び部屋を出て行こうとする流天に、私はようやく声を掛けた。
「何で……?」何を聴けばいいのか分からず、そこで声が止まってしまう。
流天は動きを止め、どうしようか思案した間が在り、その後ようやく振り返った。
「……いちゃ、悪いか?」
小さく応じて、流天は部屋を去って行った。
……意味が分からない。流天は、私を拒絶したんじゃないのか……? なのに、何でここに?
―――はたと気づく。考えてみれば、当然だ。流天は、私が死ぬと一緒に死ぬ。私を守らなければ、自分を守れない。今は、そんな状況なんだ。
納得して頷いていると、流天が部屋に戻ってきた。どこか、居心地が悪そうに私を見据え、それから視線を外して扉を閉める。それから逡巡するように視線をあちこちに巡らせると、最終的に私に視線を定め、つかつかと早歩きで歩み寄って来た。
眼前まで辿り着くと、――すとん、と胡坐を掻く。私はそれをぼんやりと見つめていた。
「………………その、……だな」
頭をガリガリ掻き毟り、視線を何度も私と自分に行き来させる流天。挙動不審過ぎる。
「……何がしたいんだ?」
訝って尋ねると、流天はその一言にイラッとキたらしく、私を見据えて顔を赤くする。
「俺は――――」
と言って固まる流天。再び沈黙が流れ、意味が分からずに私がもう一度問いかけようとすると、流天が顔を真っ赤にして―――
「―――おまえが、好き、だ……」
言って、大マジメな顔で私の瞳を覗き込んでくる。
私は、何を言ってるのかよく理解できず、小首を傾げた。
「……それで?」
「それでッ!? おまッ、俺の今の一言を何だと……ッ!?」
「流天も、私が好きなのか?」
そう尋ねると、流天は顔を背けようとして背けないまま、私をひたすら見続けて、口をもごもごさせていた。……何か変な奴だ。
「そ…………そ、うだ」
「……本当に?」
「本当だッ。……これ以上は言わねェから、よく聴けよ? おッ、俺はッ、キルト、おまえの事が―――好きだ!」
「……うん」
流天の、羞恥で染まった顔を見て、私は小さく肯定の意を告げた。
……でも、それを聴いても、私は幸せにはなれないと、分かっていた。
分かっていたけど、言った。
「私も、―――好きだ」
この気持ちは、恥ずかしくない。私は、ただ認めただけだ。彼が、好きだと。
そして、好きな奴には―――
「―――待て」
顔を近づけたところで、流天が私の額を押さえた。
顔を押さえつけられ、私は不満を表面に浮かべる。
「……何をする?」
「……あのな、俺はおまえがしたい事をするために、あんな小恥ずかしい事言ったんじゃねェんだ」
「……じゃあ、何のために言ったんだ?」
「……おまえに俺の想いを聴いてもらいたかった、それだけだ。他意は無い。……おまえも、いきなりあんな事すんな。ああいうのはもっと―――」
「……流天はしたくないのか、私と?」
「―――――」
言葉を呑み込む気配を察する。
流天は一瞬顔を赤らめたが、次の瞬間には切なげな表情を浮かべていた。
私の心を締めつけるような、とても寂しそうな表情を、私に見せつける。
「……何だ、それは」
透かさず不平を告げる。
すると流天は―――何も言わずに私を抱き締めた。
確かな温もりと、仄かな汗の匂いが漂ってくる。何がしたいのか分からず、私は漠然と流天の背中に手を回した。
「……流天?」
「―――お願いだ、キルト」
静かな、でも確かな意志を持った、重たい声。
私はそれを聴きながらも、ずっと流天の心臓の音を意識していた。
ドキドキしている。ずっと、でも心地好い音で、鳴り続けている。
生きている、証だ。
「――――このゲームで、優勝してくれ」
ポツリと零れたその言葉は、
どうしようもなく―――胸を苦しくさせた。
「……流天、は」
「……おまえが生き残れ。……俺は、選んだんだ。選んじまった。……俺は、おまえを優勝させる」
何で。
何でそんな事を、私にさせるんだ?
ふと、思い至る事が在った。
私は―――運が良い。
私が死ぬ事は、私の存在(運)が許さない。
つまり―――私は、私が存在する限り、死ねないんだ。
きっと、これは流天が望んだ事じゃない。……仮に望んでやってるとしても、それは私が、私の存在がそうさせたに過ぎない。私のせいで、流天は自分を投げ打って私を生かそうとする。
それこそが、私の〈縛魂〉の真骨頂なのかも知れない。私は何をしても生かされる。私は何をしても許される。私は―――、私から逃れる事ができない。
ああ、と頭の中で納得した。私は、何て運が良いんだろう。良いからこそ―――、私は、きっと幸せにはなれない。
私は、きっと……
「……お願いだ」
再び、流天の声が耳元で囁かれた。
懇願するような、切なる願いを孕んだその声は、私の心を易々(やすやす)と抉っていく。
それでも、……それでも、私の想いは変わらない。
「……私は、……」
言葉が続かない。言いたい事が在るはずなのに、それが形を成さずに霧散していく。
流天も、私を強く抱き締めたまま、―――体を震わせながらも強く抱き締めたまま、ただジッと黙って、私の言葉の続きを待っているみたいだった。
「私、は……」
正直なところ、もう生きていたいとは思ってなかった。
ただ、運が良いから今まで生きてこられたに過ぎない。運が無ければ、きっとあの時、既に死んでいた。今もまだ生きてるのは、偏に私が〈極運〉だったから。他に理由なんて無い。
でも―――流天となら、一緒に生きていてもいいと思う自分を、私は認めていた。
流天は、とても良い奴だ。……何が良い、とかどこが良い、とかそんな具体的なモノは引き合いに出せないけれど、私の心を動かす程の〈何か〉を、彼は確かに懐いていると思う。私は、それに惹かれたんだろう。
だが、このゲームで生き残れるのは、二人じゃない。私と、流天と、トモと、あの男の内の、たったの一人。どう足掻いても、その事実だけは変わらない。
……奴は、まだ私を試してるんだろう。私の前から消えても、その影だけは一生付き纏う。私は、死ぬまで奴の『運試し』に付き合わなければならない。それが、奴と交わした契約。私の運が続く限り終わらない実験。
「…………流天と、一緒がいい」
「っ」
ぎゅ、と更に強く抱き締められる。流天の体が震えているのが、嫌という程、分かった。
彼は、怯えていた。何に、かは分からない。でも、とても怯えている。私にも分かる位に、体を強張らせて、小刻みに震わせて、怯えている。
でも、今の答が私の本心だった。流天が私を好きで、私を生かしたいと願っても、私はそこに流天がいなければ、また昔に逆戻りするような気がしてならなかった。
流天が、分岐点だったんだと思う。あの時、流天を殺していなければ―――きっと、こんな事にはならなかった。私は持ち前の〈極運〉でこのゲームを淡々と終わらせようと考え、恐らく途中で絶えていただろう。でも……、流天の存在が私を変えた。
だけど、それさえもが、私の〈極運〉の〈縛魂〉の効果なんだとも気づいていた。運が良いからこそ、生き残るための布石を用意し、それを最大限に活用して、最終的に優勝へと導く。全てが、生き残るための捨て駒に過ぎないんだ。
どれだけ流天を好きになっても、流天と一緒に生き続けたいと願っても、最後にはどう足掻いても、流天は私のために死んでいく。それが既に現実で定められ、状況は整っている。全ては収束点へと向かい続けている。
「……我儘だって分かってる……分かってるつもりなんだ……っ」
流天の震える声。でもそれは、現実を受け入れていない声。子供のように聴き分けの無い、ただの妄言。
流天は怯えていた。この整い過ぎている磐石の世界―――、現実に。
私にも分かっていた。私がどれだけ足掻いたところで、恐らくその未来に狂いは無いのだと。
私は生き残る。流天を殺して。流天を使って。流天を―――捨てて。
「俺だって、おまえと一緒にいたい……っ!」
初めてかも知れない。
流天の、こんな切ない声を聴いたのは。
私も、流天を支えるように、きゅ、と柔らかく抱き締める。
あんなにメチャクチャやってた流天の体が、今はとても小さく見える。傷だらけになって、何度殺されても立ち上がって、それでも尚、敵に向かって行くその背中が、今じゃ私の腕にすっぽり納まってしまう。
可愛かった。とても、愛おしかった。
『それを〈愛〉って言うんだよ、キルト♪』
トモの声が不意に脳裏に閃く。
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