【宵討 弐】 流天
「……まさか、こんなにあっさり殺してしまうとは」
棺藤の無関心そうな言葉に、俺は意識が半分溶けたまま耳を傾けていた。
倒れ込んだ俺は、回復を待って死んだフリをする事にする。……いや、フリじゃなくてほとんど死んだような状態だ、激痛やら失血やらで動けるまで時間が掛かる。
「何れは殺す相手だ、いつ殺そうが問題じゃねェ。……それより、聴かせろ。テメエは何でこのガキと一緒にいやがる? テメエにはキルトを―――」
そこで、鬼城は理解したようだ。……察しが早ェ。俺は内心舌を巻く。たったこれだけの状況検分で分かるモンなのか、と。
だが、鬼城は一切の容赦を持たず、棺藤を睨み据える。
「……テメエにはテメエの仕事を与えてやったはずだ、棺藤。逢魔キルトを連れて来い。テメエはそれさえ守ればいい。それだけだ」
「嫌ですねぇ、せめてボーナスくらい与えてもらいませんと、割に合いませんよ♪ ――茅夏嬢と話をさせてください。……いえ、もう一つ、条件を提示していたはずです、それをお願いしますよ」
……もう一つ? ……こいつ、俺を出汁に使ってまだ交渉しやがる気か……? 碌でもねェ野郎だな、おい。
鬼城は黙ったまま棺藤を鋭い眼光で見据えていたが、……やがて舌打ちと共に視線を外す。鬼城が根負けするとは思わなかった。明らかに外見からして、棺藤が土下座するシーンのはずだ。大人って分からねェ。
「……俺がンな事知ってると思うか? 俺は―――」
「ええ、君なら知ってるはずでしょう? 飛島雪春―――先代の腹心だった君なら」
「……」
……先代、つーと飛島茅夏の親父さんか? ……鬼城って奴、確か今は飛島茅夏の腹心やってんだったな……親子揃って腹心持ちたァ、流石だな。……だけど、そんな奴の何が聴きたい? そもそもが、こんなヤクザモンから何かを聴き出すって時点で、穏やかな話じゃアねェな。……何だかキナ臭ェ話になってきやがった。
「―――へぇ。鬼城、あんたあの時の事、話すんだ?」
声。女の、甲高い、どこか嘲笑の響きが混じった笑声が、どこからとも無く聴こえてきた。
俺は動かないように気をつけながら視線を巡らす。―――と、姿が見えた。家屋から人が出て来たのだ。女―――それもまだ子供だ。中学生、と言ったところだろうか。あどけなさの残る顔立ちに、色んなアクセサリーを無駄に付けまくった衣装。
彼女が……奴が、もしかして……
「―――お嬢」「……出ましたね、茅夏嬢……!」
―――飛島茅夏か。
二人の声で確認した俺は、静かに息を殺し、その姿を網膜に焼きつける。……一見、どこにでもいそうな少女ではあった。だが……何と無く、分かる。彼女の漂わせている空気が、常人のそれとは違う事が。
それは普通ではない証拠。彼女は―――〈普通〉の人間ではない。
「やぁおっさん、まだ生きてたんだ? てっきり死んだと思ってたよっつーか死んでれば良かったのに何なら今死ねよ。臭いから早く消えればいいのに。……まぁおっさんはウザいからいいとして、―――鬼城。あんた、あの時の事話すつもりなのか? なら教えてよ。親父は何であの時―――」
「お嬢。その話は、禁忌です。触れてはならないと、言って聴かせたと思いますが」
鬼城の無感情な返答。……だけど、俺には分かった。鬼城は、何かを隠している。感情や言葉には浮上させないようにしているが、その空気が俺には伝わってきた。恐らく、この場にいる奴ら―――棺藤や飛島茅夏には分かる位の、表情の機微に、俺も気づけた。
何を隠している? そしてそれは、棺藤や、そして自らの頭領である飛島茅夏にさえ話せない事なのか? ……俺には興味の欠片もねェが、それを聴けば少しは問題が解決するなら、静聴の価値は在る。
失血した血液は大分戻り、体は指の先まで動く状態に回復した。後は、時期を待つだけ。今は静かに時を見守る。
「禁忌? ああ、そうだね。親父が死んだ事は、禁忌だねぇ、確かにさぁ。でも、ンな事どーでもいーじゃん、今更さぁ。つーかどれだけ続ける気だよ、その禁忌ってさぁ? いい加減、あたしも知りたいっつーの。あのクソ親父の言いつけ守って何か得は在るの? ねえ鬼城。いい加減終わろうぜ、このくっだらねぇ馬鹿げた言いつけをよぉ」
ゲラゲラと笑い始める飛島茅夏に、鬼城はあくまで機械的な表情のまま、何も口に出さない。徹底した黙秘を続けるつもりだろうか。……だけど、奴ら何かおかしい。
そもそも、何で腹心の鬼城が知っていて、頭である飛島茅夏が知らないんだ? 先代の事に就いてなら尚更だ。若頭になった飛島茅夏に逆らう事など、鬼城にできるはずが無いのではなかろうか。なのに……“禁忌”とまで呼ばれるそれは何だ? 先代――雪春の死亡に纏わる何かなのか?
「……待ってください。何故、そこで雪春が死んだ事が出て来るのですか? 雪春が死んだのは、オトさんが死んで―――」
「その屑の死んだ日に、ウチのクソ親父も死んでんだよ」
……誰の事を言ってるのか分からないが……棺藤は明らかに動揺してるようだった。何の話をしてるか知らねェが……分かったのは、これを聴いてても俺には何の益も無いって事だ。
ここには飛島茅夏もいやがるんだ、殺すなら今―――
「―――まさか、雪春も逢魔キルトにやられたのですか……?」
ポツリと零れた、棺藤の一言に、俺は完全に思考が凍結した。
……今、何を、言ったんだ、こいつは……?
雪春……つまり、茅夏の親父さんだ。そいつを、あいつが殺した……?
あのバカが過去に何をしようと構わねェと思ってたが……本気でやりたい放題なのか、あのバカ……!
だが、その言葉を打ち消すように鬼城が変な勘繰りを入れてきたのを俺は聴いた。
「何を言ってる? 先代は―――」
言いかけ、どもる。……違うのか? 鬼城とかいう奴、絶対に何かを知ってやがる。それを棺藤は勘違いしてやがんのか? ……何が何だかサッパリ分かんねェ。背後関係やら、過去状況がサッパリ掴めねェ今、推測は完全な妄想と同類だ。
黙っておく方が吉か。それでも俺はゆっくりと動き始めていた。まずは―――斬り跳ばされた右腕を回収しに、ゆっくりと体を動かす。組の者の眼は完全に棺藤に固定されてる。今動いても誰一人として気づくはずがねェ。何せ俺は、心臓を貫かれて殺された、ただの死体だ。ンなクソ面白くねェモン見てる奴なんていやしねェ。
遅くはあったが、慎重に、音を立てない事に重きを置いて動き、少しずつ切断された右腕へと這っていく。
「……鬼城、話は最後まで言えよ。はーやく言え! こーゆーウザってぇ時間があたしはいっちばん嫌いなの! 分かるか? 無駄なんだよ時間がさぁ! 分からないか? あんたどれだけ生きてると思ってんの? あたしの二倍も生きてるくせにンな事すら理解できない程に愚かで稚拙で腐ってんの? 何ならここで殺してあげてもいいんだぜっ?」
「鬼城、話してください。あの時の真実を。私は、それを知るためにゲームに参加したんですから」
―――取った。
俺は、ゆっくりと立ち上がる。近くにいた若い男が、変な悲鳴を上げたので、全員がそれに釣られるようにして、俺へと視線を巡らせる。
「……何で生きていやがる……?」鬼城が驚愕の表情で俺を見つめる。
「柊坂、くん……?」同じく、棺藤。
「―――おまえが、六人目か?」
一人だけ冷静に返したのは、飛島茅夏だった。奴だけは俺を人として―――いや、違うな。アレは―――同族を見る眼だ。あの女は今、俺を仲間だと認識した。
俺は左手で右手の拳銃を掴み直し、右手を本来在るべき場所へ戻そうと、腕にくっつける。すぐにはくっつかないだろうから、そのまま持ったままの姿勢で応じる。
「つー事は、テメエはテメエを含めて五人のゲーム参加者を知っていやがるんだな? 教えろ。それまで殺すのを待ってやる」
「―――銃を下ろせ小僧。死にたいか」
鬼城の冷徹な声を聴いても、俺には何の心理効果も無い。奴が殺せるのは普通の人間であって、俺じゃない。奴は、俺にとって何の脅威でもない。―――現時点では、だがな。
「テメエこそ俺に近寄るんじゃねェぞ。序でに言っとくが、その辺の奴らも動くなよ? 動いた瞬間、ボスの脳天吹っ飛ばすから覚悟しとけ」
舌打ちや罵声が聴こえた気がしたが、一々構う程のものでもない。俺は構わず飛島茅夏を見据える。
「さあ、応えろよ飛島。誰が参加者なんだ?」
「おーまえウザいなー。何あたしに命令してんの? あんた何様? バカじゃないの、銃は力であって権力じゃねえっつーの。その頭は何で付いてるの? ボンド? 糊? 中身は在る? 粕じゃ役に立たないけどねー」
……その口の悪さは人類平等なのか、クソッタレが。
思わず引鉄に力がこもるが、耐えて問い直す。
「テメエと口論してェ訳じゃねェよガキが。テメエが吐くのは四人分の名前だけだ。さぁ、吐けよ。それとも脳漿ブチ撒けてェか?」
「ウッザ! だからあたしに命令すんなっつーの!! 虫唾が走るんですけどーつかキーモーいー!! おまえキモいよ! 話しかけんな、キモいのが伝染るだろー? 銃も下ろせよ、おまえ喧嘩売り過ぎだっつーの、立場弁えろバーカ」
「どっちが弁えてねェんだよバカヤロウ! 死にてェのか!?」思わず怒鳴り返す俺。
「何? マジであたし殺せると思ってんの? それにさぁ、あたしを殺せたとしてもこっから逃げ切れるとマジで思ってんの? 何十人いると思ってんのよ、言ってみなさいよ、え? 合計四十七人のあたしの配下があんたを原形留めずにブッ殺すわよ。それとも、あんた一人で立ち回ってみせる? あたしと鬼城含めて五十人弱の人間ブッ殺して逃げ切る自信あんのあんた?」
「―――在る」
即答してやると、流石の飛島も驚いたらしく、俺を見て瞠目していた。……が、その眼が徐々に同情の色に彩られていく。
「……あんた程の鉄砲玉見るのも久し振りだわ。いいわ、やってみなさいよ。あたしを殺せるモンならやってみればいいじゃない。……あんたは簡単には殺してやんない、酷い殺し方したげるわ。最後に泣いて詫びる位にねぇ!」
―――飛島茅夏は、恐らく俺が小心者の臆病者に見えたんだろう、絶対に俺が撃ってこないと断定したに違いない。奴は俺が応えるのを待たずして背中から拳銃を引き抜き、そして俺に向かって構えながら、弾丸をブチ込む算段でも企ててたんだろう。……だけど、それは実に馬鹿げた仮定の話だ。
俺は、いつだって本気だ。テメエをブチ殺すのに、何を躊躇う必要が在る? 俺は奴が動く寸前には、引鉄を引き抜いていた。弾丸が、音速で掃き出される。
「―――げふッ」
それは胸を食い破り、背中から赤い液を噴出させるに至る。俺の放った弾丸は確実に殺傷できる位置を貫き、俺は奴が何をしようと間も無く死ぬ事を直感した。
奴は立ったまま吐血し、それでもまだ立ち塞がる。―――飛島茅夏を庇って。
「―――鬼城!」「鬼城……!」飛島茅夏と俺の怒号が図らずも重なる!
その後の展開は、俺にとって予想外でもなかったが、飛島茅夏を殺害できなかったのは不覚だった。組の者が総出で拳銃やら短機関銃やらを引っこ抜き、俺に向かって掃射――俺の体を余す所無く弾丸が突き抜け、とても立っていられる状態でもないのに踊―――るように回転し続―――け、俺は思――――考が砕け―――――るのを―――感じ――――
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