題の通り下巻です。上巻を読んだ後にお読み下さい_(._.)_
【宵討 壱】 流天
月の映える夜だった。
雲は全く無い訳じゃないが、月を隠す時の雲と言い、何だか風流な趣を演出していた。そんな時に向かった場所が悪かった。今日は何だか……いや、今日も何だか碌な眼に遭わない気がしてならなかった。
キルトを置いてきてしまったが、その前に襲撃してくるであろう飛島を押さえるつもりだった。飛島さえ潰せば、目下の問題は取り敢えず片づけられる。今後起こり得る襲撃を完全に絶やすには、大本を断てばいいはず。その間にキルトが狙われないとは勿論言い切れないから、即行で済ませるつもりでもいた。
「ここが、飛島の城か」
見たところ、少し立派なだけ。他に特徴らしい物と言えば門ぐらいで、それ以外は何らその辺に在る一戸建てと変わらない。門構えは確かに素晴らしい。その門が今、開け放たれ、いかにもな雰囲気を醸し出している。さぁ中に入れと言わんばかりだ。
奥に見える玄関に何か変わった機構が施されてるようではなく、どう考えても普通の家だ。ただ、棺藤が案内した通り、表札には《飛島》の文字。……やっぱここなんだろうけど、どうにも拍子抜けするな……。
極道の家ってのは、武家屋敷みたいなモンを想像してたんだけど……その考えは些か古いのかも知れない。
「……つかおまえ、飛島の家知ってんなら、テメエの事務所の所員全員向かわせりゃ済む話だったんじゃねェのかよ?」
識沢の訳の分からない話を聴いていたら、棺藤にも共に戦える仲間がいるらしいじゃねェか。そいつらをどうしてここに向かわせない? そういう意味で尋ねた。
立派な門構えにも臆せず、棺藤は懐から煙草を取り出すと、ジッポライターで火を点ける。俺を見るでもなく、飛島家を見ながらポツリと返してきた。
「……そんな事、できる訳無いじゃないですか」
「何でだ? まさかテメエ、自分の仲間に人殺しをさせたくねェだとか吐かさねェよな? 俺に人殺しを強要しといて、仲間の殺人は許せないだとか―――」
「―――逆に聴かせてください。仮に君がどうしても私を殺したいとしましょう。ですが君の力では何を以てしても私を殺せない。でも、君の母親ならば私を殺せる。君は、自分の母親に私の殺害を頼めますか?」
……こいつ、胸糞悪い事をサラリと言いやがって……!
確かに棺藤の言うとおり俺は、生きていたらの話だが、母さんに殺害を依頼する程、腐ってはいない。だが、もしも頼める相手がキルトだったら―――? ……その時は……いや、どうしてそんな人を殺さなきゃならない話になる? それは究極の話であって、そこに至るまでに問題を解決させれば何の問題も無いじゃないか。……では、問題がそこに至るまでに解決できなかったら? ……俺は、キルトに……
黙ったままの俺を見て、棺藤は煙草を咥えながら柔らかな、まるで保父を連想させる笑みを浮かべて、視線を再び飛島家へ向け直す。
「それでいいんですよ、柊坂くん。……君はまだこちら側へ来るべきじゃない。私のような大人になるべきじゃない」
「……テメエな、一つ言っとくが、俺を子供扱いすんな。殺すぞ」
「ええ、分かっていますとも♪」
……こいつ、いい加減に腹立つな。胸糞悪いったらありゃしねェ。
胸がムカムカしてきたが、何とか堪え、俺は一歩前へ踏み出す。何はともあれ、俺はこの中の主を殺さなきゃならない。そうしなければ、俺の身の安全は保障されない。結果的に俺はキルトを除いた六人の参加者を殺さなきゃ終わらないんだ。
門を潜り、飛島家へと侵入する。呼び鈴を鳴らすべきか悩んだが、俺は別に飛島茅夏と遊ぶためにここに来た訳じゃない。できれば知られずに、眠ってる飛島茅夏を見つけて、腰に差してある拳銃の弾丸を一発ブチ込んで終わらせたい。それが最上の幕切れだ。
棺藤が後から入って来た時、どこに隠れていたのか、門の前に何十人もの人間が現れ、逃がさないと言わんばかりにこちらを睨みつけ、門の内側にいた人間がゆっくりと門を閉ざしていく。
俺と棺藤はそれを黙って見据え、門が閉じきるまで身動ぎ一つしなかった。周りを、構えてこそいないが銃器や日本刀で武装した人間が取り囲み、動きようが無かった事もある。
「―――何者だ……?」
ざり、と砂利を噛む音が聴こえて、周囲を取り囲む連中の中から一人、三十代半ば程の男が出て来た。棺藤とどっこいかも知れない歳だが、向こうの男の方が何倍も精悍な顔つきをしており、生気が漲っているように見えた。……ただ、堅気の生気じゃないのもまた、確かだ。
俺は頷きもせずに男を見据え、吐き捨てるように応じる。
「テメエこそ誰だ? 人に名を尋ねる時ゃ自分から名乗りやがれ」
「……俺は鬼城。このシマの元締め補佐だ」
鬼城と名乗った男はそれだけ告げると、右手に提げていた日本刀を握り直し、ゆっくりと俺を睨みつける。まるで蛆虫でも見るような目つきに、俺は苛立ちを感じた。こいつも、棺藤と似てやがる。俺を人として見ていやがらねェ!
この島の元締め補佐だとか吐かしやがったな、こいつ。……つまりは飛島茅夏―――あいつの補佐みたいなモンか。そいつがここに現れるって事は、茅夏とは逢わせられないって事か? ……まあ、妥当だな。殺し合いに自ら出向くルールが在る訳じゃないなら、下っ端に殺させるのが一番本安全な方法ではある。
ただ、ンな無駄な事をしなくても、最終的には殺すんだ、何人束になろうが俺は死なねェってのによ。
思いながらも、あくまで相手には今、俺は普通の人間……頭を撃たれたら死ぬその辺のガキと思わせとくのは都合が良さそうだ。後々、殺害が楽になるかも知れない。
……ちっ、これじゃまるであいつと同じじゃねェか。胸糞悪ィ。
「鬼城っ言ったか? テメエの頭を出せ。話が在る」
「……おい、棺藤。話が違うぞ。俺は、逢魔キルトを連れて来いと言ったんだが?」
―――はァ?
俺は思わず棺藤に振り向き―――銃声が鳴り響き、弾丸が足を穿っていた。蹌踉いて、その場にすっ転んでしまう。
「ッつ。……ンだ、おい、棺藤テメエ……?」
「……済まないねぇ、柊坂くん。私には、私なりの考えが在るんだ」
棺藤は全く済まなさそうな顔をしたまま、鬼城に向き直る。足の怪我は物の数十秒で治るだろうが……ここはそんなに明るくない、今は動けない振りをしておく。
俺に見向きもしない棺藤は、鬼城に向かって言葉を発する。
「彼も、茅夏嬢が殺したがってる人物の一人だと、私は断言しよう」
「……何故分かる? いや、待て。棺藤、何でお嬢が殺したがってると知ってる?」
鬼城の顔に訝る色が浮かび、眼光に鋭さが増すが、棺藤は歯牙にもかけず、話を続ける。
「私が茅夏嬢と同じ立ち位置にいるからだよ、鬼城。君は知らないだろうが、彼女と私は某ゲームに参加している。新味無い、殺人ゲームにね」
「……本気で言ってんのか、棺藤?」鬼城の視線に隙は無い。
「ええ♪ ……何なら、茅夏嬢本人に聴けばよろしいのでは? 序でに言えば―――私の条件は完遂したはずです、次は君が果たす番ですよ、鬼城?」
……条件? それは、キルトの代わりに俺をここに連れて来た事か? ……つまり、こんな事を言うのも今更だが、棺藤は飛島茅夏と共同戦線を組んでいたと、そういう事か?
嵌められた、と思わず舌打ちしそうになるが、これはこれで良いと考え直した。どの道、棺藤も殺すべき敵だ、いつ殺す対象になろうが俺にとっちゃ何の問題も無い。単に、現時点で殺すべき対象が一人増えたに過ぎないのだから。
棺藤の進言に対し鬼城は醒めた目つきのまま、どこか感情の起伏が無い平坦な声音で返した。
「……寝惚けた事を吐かすな棺藤。俺はこう言ったはずだ。『逢魔キルトを連れて来い。生死は問わない』とな。こんな何の価値も無いクソガキを連れて来て条件を完遂しただと? 巫山戯るのも大概にしろよ棺藤。ここでその体をミンチにされたくなかったらとっとと逢魔キルトを連れて来い」
激情に走るでもなく、あくまで平坦な声音で告げる鬼城は、逆に胆を縮み上げる効果が在るように思えた。その辺のゴロツキのように、やれ殺すだの死ねだのと物騒な言葉遣いをするよりも、遥かに恐怖心を掻き立てる。
やっぱ本家は違うか、と変に感心した。
だが、棺藤に怯んだ様子は無く、寧ろこちらも堂々としていた。……これが大人か、と不意に脳裏を変な想念が過ぎった。
「……交渉決裂、ですか。残念ですねぇ、とっても」
と言う棺藤に残念そうな表情は窺えない。……食えない野郎だ、と口の中で呟く。
「……一つ、提案させてください」と言って棺藤が人差し指を立てる。
「……言ってみろ。ふざけた内容吐かすとどうなるかよく考えてからな」
無機質に返す鬼城に頷き、棺藤は言葉を紡ぎ出した。
「取り敢えず、茅夏嬢に伝えてもらいたいのです。……そうですね、こう言えば分かると思います。『高校襲撃でテロリスト犯を殲滅した少年』と」
瞬間、鬼城の瞳の色が変わったのが分かった。俺を見る眼が、ぎらついていた。多少の困惑と疑問は在っただろうが、それも殺意と敵愾心に切り替わる。
鬼城を見上げる形で見据えたまま、俺はゆっくりと背中に手を回し、拳銃に指を触れる。―――刹那、背後で撃鉄の作動音が聴こえ、銃口が向けられている事を悟る。当然、俺を囲んでる奴ら全員に狙われてる状況だ、下手に動けば蜂の巣になるに違いない。
「そのガキが……?」鬼城が戸惑いと怒りの綯い交ぜになった声を発する。
「この少年をどうするかは貴方方にお任せしますよ。ただし、交換条件を出します。――茅夏嬢と面会させてください。どうです? とても君に有利な条件だとは思いませんか? 鬼城」
棺藤の巧みな話術を聴いていて、思う事が在る。大人って汚ェ。それだけは確かだ。
俺をここに連れて来た理由は、これだったんだ。棺藤にしてみりゃ、俺はとても都合のいい〈札〉だったんだろう。俺を差し出せばかなり有益な交渉が望める。そう踏んで、俺を交換条件に持ち出した。……こういう奴が世渡り上手なのは、いけ好かねェな。
「……小僧、それを証明する事は言えるか?」確認だろう、鬼城が尋ねる。
……証明、ねェ。俺は鬼城を睨んだまましばらく黙考していたが、ふと思い出した。だけど、あいつは本当に……
「―――……灰崎瑞平は、本当にテメエらの仲間だった、のか?」
「―――――」
些細な変化だが、鬼城の顔色が変わった。疑惑が、困惑に変化したような感じだ。本当に敵なのかと疑っていた相手が本当に敵だと気づいた時の顔だった。
そしてそれは俺の心にも感情を渦巻かせた。……やっぱり、あいつは……。舌打ちしそうになったが、歯を食い縛って耐える。
「……小僧、テメエの名は? 名乗れ」
「何でテメエに名乗る必要が在る? ―――ここで、テメエは死ぬのによ!」
拳銃を引き抜き、銃口を向け―――
―――どちゃッ、
少し離れた所で、泥袋が落ちたような音が聴こえ、俺は思わず瞠目した。
腕が、無い。
「――――えッ?」
右腕の肘から先が消失し、気づいた時には鮮血が先端から迸り、辺りに噴水のように撒き散らす。
その視線の先には、日本刀を振り抜いた格好で構える鬼城の姿が在った。
―――斬られたのか。
痛みが後から暴れ出し、あまりの激痛に視界が白熱した。
「――――ッがァァァァアアアッッ!」
声が喉を迸り、痛みに悶えながらもその場に踏み止まる。倒れる訳には、いかなかった。根拠は無い。ただ、俺は痛みに狂い出しそうになりながらも、鬼城を睨みつけていた。
鬼城は腕の無くなった俺を見下し、一度白刃を振るって血糊を飛ばす作業をする。
「……ガキが喚くな。叫んでも助けは来ねェぞ。ここの屋敷内は完全防音機構になってる。音は外部に一切漏れねェよ」
何を言ってたのか、自分の断末魔の叫び声で掻き消され、完全には聴き取れなかった。
ただ、俺は腕をぶった斬られながらも、残された左手で鬼城に殴りかかっていた。
―――ぞぶ、と冷たい感触が胸を貫いた。
「げぶッ」鮮血が口から噴き出る。
ダラダラと口から鮮血が駄々漏れ、気が遠くなるような寒さを感じながら、俺は緩やかに地面へ平伏した。……心臓を一突きか。こいつも人を殺す事に全く躊躇がねェ……どうしてこういう奴らばっかなんだ、俺の周囲は……。
視界が滲む中、咳き込みながら何度も喀血し、ゆっくりと意識が断絶していく……。
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