第八話「混乱と恐怖、満ちる」
血の雨を降らす。
その表現は、きっとこんな時に使われるのだろう。
海と思しきその男の身体中からは、異様なまでの出血。
まるで、身体中に極太の注射針を突き刺されたかのように、至る所から滝のように流れ出ている。
もはやその身体には力がなく、空中をだらりとゆらめいていた。
その身体の動きとは対照的に、多量の血液は激しく私達の全身を濡らしていく。
聖の顔が、服が。私の手が、髪が。
アスファルトが真っ赤に染まる。
生々しい臭いが辺りに充満してゆく。
鉄の臭い。
臓物の臭い。
人の臭い。
私達は上空を見つめたまま固まり続けていた。
その間も、赤い雨は私達を容赦なく濡らしていた。
海らしき、いや、もう私の目にはその男が海にしか見えなかった。
その身体は、白い牙に貫かれ、時折痙攣しながら、血を噴き出し続けていた。
「う・・・」
うめき声が聞こえる。
「う・・・あ・・・・」
「う・・・・あああああああああ・・・・・・」
私の耳にはっきりと届いてくる。
ちぎれそうなうめきは、段々と悲鳴に変わってる。
「うわああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「聖!!」
聖の身体が動いた。
後ろを振り返ると、彼女は一気に駆け出した。
「聖!!」
私も後を追う。
しかし、足場は大量の血液でぬかるんでいる。
聖は少しだけ走ったあと、その場で突っ伏した。
私も足をとられ、聖の上に倒れこむ。
「うわあああああ!!!!」
聖が倒れながら暴れだす。
私の身体をどかそうと、もがいている。
「うああああああああ!!!!!!!!!!!」
聖の腕が、足が私の至る所にめり込む。
「いや!!!いや!!!いやああああああ!!!!!」
彼女の蹴りを思い切り頬に喰らい、私の身体が少しだけ浮き上がる。
その隙に、彼女はするりと抜け出し、再び立ち上がろうと必死にもがく。
私も、痛みをこらえながら、彼女に追い縋ろうと必死だった。
赤い水溜りを跳ね上げ、ぬかるみにとられながら、私達は馬鹿みたいにもがいていた。
「ふははははっははははっは!!!!!!!!!!!!」
もがきつつも、私の脳は微かに笑い声を認識した。
哄笑。
が、そんなことに構っている余裕はなかった。
聖はもつれながら立ち上がると、再び走りだす。
私も何とか後を追った。
でたらめにはしりながら、彼女は道路脇にあった喫茶店の中へと滑り込んでいった。
がむしゃらに走り、入り口を目指して走る。
彼女がドアを閉めようとするその隙間に、私も間一髪滑り込んだ。
ガタン!!
重い木製のドアが思い切り音をたてて封鎖された。
はぁっ! はぁっ! はぁっ!!!
荒い息遣いがその空間を支配していた。
はあ!!!はあ!!!はあ!!!!
私も、何度も息を詰まらせながら、その音に耳を傾けていた。
二人とも、その場に座り込んだ。
とにかく呼吸を整えよう。
私はそう考えるだけだった。
息の仕方を忘れてしまったかのように、詰まりながら、必死で息をしていた。
聖も私の横に座り込みながら、テンポのない、乱れた呼吸音をさせている。
私は、彼女を見た。
顔色は、分からない。
恥も外聞もなく、服装はめちゃくちゃで、スカートも何もめくれあがっている。
とにかく全身が赤かった。
どす黒い赤にまみれ、肌も、ブラウスも、スカートも、下着も、タイツも、何もかもが普段見慣れない色に染まっていた。
私も同じような状態なのだろう。
彼女を見て、勝手にそう判断した。
それからしばらく、私達は一言も発さずに、呼吸をするだけだった。
どのくらい経っただろう。
きっと、ものの数分だったに違いない。
ずっとここに居るような気分になり始めた頃。
私達の呼吸が落ち着き始めた頃。
私達は、お互いに目を見合う事が出来るようになった。
「か、か、要」
聖が私の名前を呼んだ。
店内は仄暗かった。
アールデコ調の調度品でまとめられた、少しモダンな店内。
その店内を見回しながら、私は頷いた。
「そ、外。どうなった?」
聖の声は震え、どもり気味で、すがるように私に投げかけられた。
私に見ろというのだろう。
「し、知らない・・」
私の声も震えていた。
お前が見ればいい。
私はそんな気持ちで返した。
聖は涙目で私を見つめている。
そんな目で見ないで。
私も泣きたい。
今にも泣き出しそうな気持ちだった。
すぐに私は目をそらした。
私は、自分の身体を思い切り自分で抱きしめた。
震えている。
大きく、ガタガタと。
熱かった。
身体中が熱くて、内臓からなにから、全てが沸騰してしまうのではないかという気にすらなった。
目をつぶった。
何なんだ。
何がどうしてこうなってるんだ。
私は心の中で叫んだ。
畜生・・・畜生・・・
全部こいつのせいだ。
私の気持ちは全て聖に注がれていた。
こんな奴と一緒にいたから・・・
ふざけやがって・・・
何て疫病神なんだ・・・・
死んじゃえばいいのに・・・
いつもこうだ。この女といると、いつもこうだ。
畜生・・・畜生・・・畜生・・・畜生・・・・
私の身体は憎しみでいっぱいで、自分でもどうしようもない程に震えていた。
この場で思い切りこの女を蹴りつけてやりたい衝動にかられた。
このくそ畜生女が!!!!!
私の前を、誰かが横切る気配を感じ、私ははっと顔を上げた。
見ると、聖が道路側の窓へと歩み寄ろうとしているところだった。
私はとっさに立ち上がった。
彼女と離れるのが嫌だった。
置いていかれるような気がして。
一人になるのが怖かった。
外から見えないように、私達は窓の真下にある席から、外を伺うことにした。
二人してテーブルの下に潜り込むと。
身体と身体が触れ合う。
聖の体温も、熱く上がっていた。
私達は恐る恐る、日のさす窓を覗き込んだ。
続く!!!!!
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