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THE MARVELOUS APES
作:比奈



第五話「再会」


思いがけない遭遇。

私の目の前には、ぶつかった胸を押さえながら私を見下ろす聖の顔。
驚きと嬉しさが交錯したような、キョトンとした半笑い。
きっと私も今そんな表情を浮かべているのだろう。

「聖・・・」
私は立ち上がろうと地面に手をつく。
聖の手が私の手を掴み、引き上げる。
「大丈夫?要」
その声は不安そのものだった。

「あ、聖・・・」
聖の手助けで立ち上がると、彼女の顔がすぐそばにあった。
私は、彼女の名前を呼ぶことしか出来なかった。
「えと・・」
何を話していいのか分からなかった。
「えっと・・・」
私がもごもごしていると、
「要・・・会いたかった」
聖が口を開いた。
「え?」
思わず私は聞き返した。
普段の聖からは想像もつかない台詞。
「ずっとどこにいたのさ?」
彼女の目には涙が溜まってる。
「探したんだよ・・・ずっと・・・」
「聖・・・」
呟いた途端、私は聖に抱きしめられた。
震えていた。
私も彼女の背中、そして頭に腕をまわす。
私は目を閉じた。
彼女の気が済むまでこうしていよう。
私も目を閉じた。





どのくらいこうしていただろう。
ずっと立ったまま。
聖は私の肩にもたれかかったままで、さすがに私にも限界が訪れた。
「聖・・・座ろうか」
聖も顔を上げこくりと頷いた。
彼女の目は赤く、少しはれぼったかった。


オフィス街の中には、必ず公園があるものだ。
私は、この先の小さな交差点を曲がったところに、ちょっとした公園があるのを知っていた。
晴れた気持ちのよい日なんかは、OLやサラリーマン達がそこで昼食を食べる。
私は聖をそこへ誘った。

噴水とか、そんな上等なものは何一つない小さな公園。
大きな木の木陰になっているベンチを選び、私は聖を座らせた。
公園の入り口には自販機があった。
「何か飲もうか」
私はジュースを買いに行こうとした。
「あたしも行く」
背後で聖がそう言った。
少しは落ち着いたらしい。
声に力があった。

歩きながらブレザーのポケットに手を突っ込む。
普段、私は財布をバッグに入れていた。
が、目覚めた時私はバッグを持っていなかった。
その代わり、あの日マックのお釣りを確かポケットに入れたのを思い出したのだ。
小銭をポケットに突っ込むというのは男性がやること。
私はいつもそう思っていたのだが、あの日はなぜかポケットにしまっていた。
たまには良い方に働く偶然ってのもあるもんだ。
自販機の前に立つと、私は500円玉を滑り込ませる。

「何がいい?」
振り返ってそういった途端、
チャリン!
勢いのよい金属音が聞こえる。
不審に思いつつ、もう一度同じコインを入れてみる。
チャリン!
再び落ちてくる。
見ても、旧硬貨が使えないタイプ、というわけではないらしい。
「あれ〜?」
私が少し離れてその販売機を見回していると、
「あ、これじゃん?」
聖が刺さっていないコードの先っちょをぶらつかせて見せた。
「何だよ!抜けてんのかよ!?」
「えーと、コンセントは・・・」
聖が裏へ回る。
「あー、あったあった」
少ししてから、自販機に生命が灯るのを感じた。
冷却装置独特の稼動音が聞こえてくる。

「付いたよ!」
私は聖に聞こえるように少し声を張って言った。
「お、ほんとだ」
回り込んできた聖も自販機の明かりを覗き込み、嬉しそうに言った。
再度500円玉を投入する。
今度こそ平気だろう。
チャリン!
そんな期待は一瞬で打ち砕かれた。
「何だよ!?」
「何だよ!?」
二人の声がシンクロする。

少し吹き出す。
聖が私を見る。
その目には、もう先ほどまでの弱々しさはなかった。
ほんの少しのきっかけでいいのだ。

私はもう一度だけ500円を投入することにした。
少し乱暴に、詰め込むようにして。
チャリン!

私は聖に頷いた。
聖も私に頷いた。


「うりゃ!!!!」



ゴスッ!!!!!!!!!!


掛け声と共に、聖の速い横蹴りが自販機の腹部にめり込む。


ガタン!


足元で何かが落ちる音がした。
「何が出た?」
私はしゃがみこんでそれを手にとる。
「えっとねー。・・・・なにこれ?」
私が取り出したそれには、青地に白で「スコール」と書かれていた。
「・・・・・何それ」
聖もキョトンとしている。
「そんなの上には置いてないよ」
商品とレプリカを見比べながら聖が私に言う。
「いや・・・私に言われても・・・」
「まぁいいか」



ゴスっ!!!!!!!!!!!!!



ガタン。

流れを全く無視し、再び蹴りを放つ。
「今度は?」
しらっと言う。
「えっとね〜。・・・・今度は・・・ネクターだ・・・」
今度はあの有名な不二家のネクターが転がり落ちてきた。
「ネクター・・・それもないなぁ」
聖がしみじみと言う。

「まぁいいや。要、どっち飲む?」
「切り替え早っ!?」
「だって、出てきたもんはしょうがないじゃん」
「そうだけどさぁ・・・」
「いいじゃん。もう」
そう言って私の手の中からネクターをチョイスした。
「あれ?これ、冷たいじゃん」
驚いたように言う。
「あ、そういえば!?」
自販機から出てくるものは冷たくて当然。
そんな先入観からか、私は取り出したジュースが冷たいことに全く違和感を感じてはいなかった。
やっぱりおかしい。
何かが違う。
この自販機は、さっきまで電源が入ってなかったのだ。



「やっぱ何かやばいんだよ。ここ」
ベンチに戻ると、聖がそう言った。
私も彼女の隣に腰掛ける。
また風が通りすぎた。
大きな木が風になびく。
爽やかな音が私達のベンチを包み込む。
「やばい?」
私は聞き返した。
「うん」
私の視界の中に、聖が長い足を組みかえる仕草が入ってきた。
「ねぇ、要。あんたはいつ目を覚ましたん?」
「ん〜、ついさっきだよ。まだ一時間位しか経ってない」
「なんだ?そうだったの?」
びっくりした表情で私の顔を覗き込んできた。
「じゃあ、まだ今の状況は全然分からないんだね。そっかぁ」
「聖も、私みたいにどこかで寝ていたの?」
「そうそう。私もね。あんたはあの通りの近く?」
「むしろあの通りのど真ん中・・・」
私はいかにも「すごいでしょ」といった雰囲気を出した、尻すぼみの声でそう答えた。
「へ〜、そっか」
私の思惑に反して、彼女の声は全く驚いた様子はない。
「聖は?」
「あたしはあそこ。雨海スタジアムの中」
「え?雨海スタジアム?」
「うん。ピッチャーマウンドの上」
「嘘!?」
「本当だよ」
「いつ!?」
「一昨日」
「マジで!?」
「そうだよ〜。マジできつかったよ。一昨日起きてさぁ。どこに行っても誰もいないし。二日間ずっと街中歩き回ったんだから」
聖は少しだけ自慢げな語り口だった。が、その中にある不安感は隠しきれてはいなかった。
雨海スタジアム
雨海市を本拠地におくプロ野球チーム、雨海レイヴンズのメインスタジアム。その収容人数はおよそ4万人。今年は念願の日本シリーズ出場を決め、ちょうど一昨日、昨日の二日間、雨海スタジアムで試合が行われることになっていたはずだ。
「誰もいないの?やっぱ」
私は恐る恐る聞いた。
「いない」
キッパリとした答え。

「ってか、この街は雨海じゃないし」
「・・・え?」
・・・?
私は少しの時間、考える事にした。
聖の言う意味が理解できなかった。
雨海じゃない。
何が言いたい?確かに、人がいないとか、電源の入ってない自販機のジュースが冷えているとか、おかしなことが起きている。
でも、聖が今言った意味は、私には理解出来なかった。
雨海じゃないとは一体何をさすのか。
じゃあここはどこなのか?

「この街、おかしいんだ」
聖が再び口を開いた。
今の私に出来るのは、聖の話を聞くだけ。
それ以外私がこの状況を的確に把握できる手段はなかった。
「何て言えばいいのかな・・・。この街は、この街しかないんだ。外に出ようとしても出れないんだ。あたしの知る限り、雨海しかないんだよ。それって、おかしいでしょ?」
「えっと、まだ少し分からないんだけど・・・。街に外がないって、どういう事?」
私は空を見上げた。空は青かった。目の前にはビル群がそびえていたが、右を向けば空はずっと先まで続いていた。
聖も私の意図に気づいたらしい。
「これは実際に体験してもらわないと分からないとは思うんだけど・・・・。どういうことかって言うとね、先は見えるんだよ。街の外は見えるんだよ。でも、進もうとするとさ、何だか変な感じで気が遠くなって、気がついたらさっきの場所の真逆、街のちょうど正反対の場所に立ってるんだ。ループっていうのかな。うまく説明はできないんだけど・・・」
自信なさげにそう説明してくれた。
だが、さすがにそう言われて「へぇ、そうなんだ」と納得するわけにはいかなかった。
「いや、すぐに信じるとは思ってないけどさ。でもやっぱ、そこらへんのとこは早い段階で体験してもらった方がいいかも」
「うん、私もそう思う。聖には悪いけど、ちょっと信じられないかなぁっと・・・」
本当に申し訳ないが、それが本音だろう。
この誰もいない街を、たったひとりで二日間も彷徨い続けたのはとても辛いことだったと思う。それは本気で同情するが、さすがにそこまでは信じることが出来ない。

「とりあえず、どんな感じか見に行こうか。その方が話し早いし」
私自身、聖を信じたいと思っていた。
だったら、体験しに行こう。
むしろ、私は信じなくてはならない立場にある。
今私の前にいるのは聖のみなのだから。
彼女を信じなければ、私は何を信じればいいのだ。

「そうだね。案内するよ」
聖がそう言って立ち上がる。ネクターを飲み干し、空き缶をゴミ箱へ放り込む。
五メートルは離れているゴミ箱に見事に命中した。
「うん」




「とりあえずさ、この駅前通りの港に差し掛かる辺りから丘の頂上までが南北の範囲なんだ。んで、東西に限っては地図通りだね。ちょうど雨海が南北で半分に区切られたみたいな感じかな」
駅前通り。オフィス街の中心に戻ると、一番見通しの良い道路の真ん中へ出て聖がそう説明してくれた。
「きっちりと決まったボーダーみたいなのはあるの?」
「大体だよね〜。どこがそうなるのかは目には見えないし」
「そうなんだ」
「とえりあえず、ここからだと丘の頂上が一番近いから、そこへ行こうか」
「そうだね。学校もあるし」
「あ〜、学校ねぇ。でも、あそこにも誰もいなかったな」
「そうなんだ・・・」

私達はまた駅前通を丘の上へと歩き始めた。
さっきまでは一人きりだった街。
ふたりで歩くだけで、こんなに心強いものだったなんて。
私は少しだけ、聖がいることの意味が分かったような気がした。




「はてさて・・・・
・ ・・ふたりも逃げていたなんてなぁ・・・・」


私は立ち止まった。
聖も止まった。

いや、正確には立ちすくんだ、と表現すべきだろうか。


「まったく、いらないのまでぞろぞろと・・・・」


あの声だ。
あの時聞こえた、あの声だ。
金属の擦れるような、甲高くかすれた声。

妙な寒気がする。
悪寒というのか。
何かわからないが、全身にあらゆる不快感が走りまわるような感覚に襲われていた。
嫌な汗が全身を流れ落ちる。
足がガクガクして、立っているのもやっとだ。
聖を見ると、彼女の顔も真っ青だった。
きっと私の顔もそうに違いない。
聖と視線が交錯する。


「とりあえず、死んじゃえ」


絶対的な言葉の波動が、私の心臓を貫く。
“死”
この現在の世、普段いくらでも目にし耳にする事の出来る言葉だが、ここまで真実味を帯びた“死”に、いまだかつて出会ったことがなかった。
私は死ぬのか?
本気でそれを意識させられた。


瞬間だった。
真横にあったビルの一階から何かが飛び出したのだ。
それも、コンクリート製の壁面を打ち砕いて。

爆音。

ものすごい突風とほこり、瓦礫の破片が私達に襲い掛かる。
私達はそれぞれ頭や顔を覆うだけで精一杯な状態でそこに立ち尽くしていた。

そんなのお構いなしに、飛び出した何かが猛スピードで私達の方へ飛んできた。

ずしゃあぁぁっぁ!!!

その何かが私達の目の前の地面に叩きつけられた。
「ぐ・・・うう・・・」
「ああ・・・」
「くそ・・・・・」

それは、いや、それらは人だった。

しかも、どこかで見た覚えのある人。
「や、八神!?」
聖が叫んだ。
「海君!?桜ちゃんも!?」
他の二人にも気づき、私も思わず名前を呼んでいた。

この三人が、重なるように吹っ飛ばされてきたのだ。
それぞれが起き上がろうともがいている。
「み、みんな!どうしたの!?」
全員が全員そろって傷だらけで、いつ気を失ってもおかしくない程の出血だ。
私は三人に駆け寄った。
聖も同じ事を考えていた。

「くるな!!」
海がそう叫んだ!

「来てはならぬ・・・」
「お主たちまで奴に命を狙われることになるぞ・・・」
海に続いて、桜が呼吸に混じらせながらだが、そう言った。


「え?」
聖の声が漏れる。

瞬間のことで分からなかったが、よく見ると彼らは少し様子がおかしかった。
確かに顔は八神たちの顔なのだ。
だが、服装や出で立ちが違うことに気づかされる。
彼らは、甲冑を着ていたのだ。
しかも西洋の甲冑。まるでおとぎ話やゲームの世界に出てくるような、全身を覆う、大きな装甲を身につけていた。
それぞれ、八神が白、桜が赤、海が黒の鎧。
それはものすごい違和感だった。

私は、無意識に聖の腕にしがみついていた。
八神達の顔をした三人は、ゆっくりと立ちあがった。
私は一歩後ずさりする。
聖も、私に引っ張られて少しだけ後退した。

三人が、ある方向に目をやるのが見えた。
私もそちらに視線を投げる。


駅前通りの中央分離帯の辺り、そこにある垣根が、少しだけ揺らいだような気がした。
私は目を擦った。
目の錯覚?いや、何かが違うような気がする。
私はその辺りから目を離すことが出来なかった。

揺らぎ。いや、歪みなのか。

そこには歪みが生じているように思えた。

そして気がついた時、その場所にはひとりの小さなピエロが立って、いや、浮いていた。


             続く!












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