第三十話「おかえり」
心地よい日差しの中、私は深い眠りについていた。
暖かな、穏やかな日差し。
秋の匂い。
私は寝返りを打った。
気持ちいい。
ふと、私は目を覚ました。
眠っている時に感じた日差し。
私はその中で、横たわっていた。
背中が、痛い。
硬い感覚が、すぐにこの寝起きの感覚を、すこぶる悪いものに変えてしまった。
ここは、板だ。
板張りの床だった。
私は身体を起こし、目を開いた。
「よぉ、要」
ステージの上に座っていたのは、
「八神・・・君」
だった。
聖を膝の上に抱きかかえ、その艶やかな髪を撫でながら。
なんの変哲もない学校の制服をまとった、和宮八神そのものだった。
白い毛も、たてがみも、紋様も、尻尾も、何もかもなく、私が知ってる本物の八神の姿がそこに。
「や、八神君!!!」
私はその場に飛び起きた。
そこは、体育館だった。
あの日、あの時のままの体育館。
ステージの上には、私たちの使っていた楽器がそのままにセットされたまま。
八神は、そのステージに腰掛け、聖を優しく抱きかかえていた。
私の傍らには、海、そして桜が、同じように寝そべって、本当に気持ちよさそうに眠りこけていた。
ここは、私たちは、
「帰って、来たの?」
私は八神に尋ねた。
「ああ。そうだ」
八神はにっこり微笑んだ。
ああ、この感じ。
八神の笑顔。
私は、久しぶりに心からの安堵感を味わっていた。
帰ってきたんだ。
私たちの世界に。
「うん・・・」
八神の膝の上で、聖が小さく声を上げた。
「おう、聖」
八神が、彼女の手を優しく握った。
「ん・・・・、おはよう・・・」
聖が八神の膝からゆっくりと起き上がった。
「聖」
私は聖の傍へと歩み寄った。
「要」
聖もステージを降り、私の方へと歩を進めていた。
私達は、がっちりと抱きしめ合った。
「頑張ったね、要」
聖が私に囁いた。
「聖も、頑張った」
私も、返した。
もう、ふたりとも泣いていなかった。
それから程なくして、海と桜が目を覚ました。
私達は皆で互いに喜び合った。
不思議なことに、私達が目を覚ましたのは、プラズマが起きて、クロムネフューの夢幻空間へと誘われたあの日。
その時間からたったの二時間しか経過していなかったのだ。
雨はすっかり上がり、私たちを午後の優しい日差しが包み込んでいた。
それぞれが、自身の体験を全て記憶していた。
私達五人が命がけでやってきた冒険。
私達の話は、尽きる事がなかった。
私の腕も、首も、何事もなかったかのように、完治していた。
それどころか、初めから怪我なんてしてなかったんじゃないかとすら感じる。
楽器を整理することもなく、私達は話し続けた。
何故、私たちは元の世界に、何事もなく戻ってこれたのか。
八神には全ての記憶が残っていた。
というよりも、八神が私達を戻してくれた、と言っても過言ではない話しだった。
私がクロムを切りつけ、聖がライフルを放った瞬間。
実は、聖の方がタイミングが少しだけ早かったのだ。
聖と向き合う事で、八神は破壊神の中で必死に抗ったそうだ。
聖を傷つけまいと。
その中で、八神だけの力では克服する事が出来なかった。
そして聖の放った閃光。
これが、破壊神の魂を打ち抜いたらしいのだ。
破壊神を封じ込めた八神は、破壊神の力を自分のものにする事に成功した。
その瞬間、私がクロムに切りつけた。
だが、何故かクロムを滅ぼしても、空間は元に戻らなかった。
ただ、空間は限りなく不安定になった。
八神は破壊神の力を使い、聖を連れてその空間を打ち破った。
そして、私も救い、夢幻空間すらも破壊し、元いた私達の世界へと戻ってきたのだ。
聖が八神を救い、八神が聖と、そして私を救った。
私は、何だかとても満足した気分になった。
それから・・・・
二日後、私達の学校の体育館で、私達はGIGを行った。
予定では、昼の一回だけのGIGだったはずが、あまりの盛況ぶりに、急遽夜の部すらセッティングされた程だった。
体育館は超満員。
数百人が会場にひしめいていた。
軽音部が2バンド、15分位づつ前座を勤め、私達が30分程のGIGを行う予定だった。
だが、あまりのアンコールの嵐で、1時間を超えるGIGとなった。
そして急遽の夜の部。
大満足のGIGとなった。
会場では、今回も参戦していた夏に出会ったひじラーふたり組とも再会した。
聖そっくりの出で立ちは相変わらず。
その姿を初めて見た聖は、その姿にしばし絶句していたものの、実はまんざらでもなかったらしく、ネクタイの結び方なんかをつっけんどんだが教えてやっていた。
海も桜もその光景に大爆笑。
が、内心では自分達も、あんなファンを持つ事を目標にしたらしい。
今回のGIGの成功によって、私達の評判は回復、いやうなぎ登りだった。
文化祭での成功で、今までとは違ったファン層を開拓できた。
しかもその評判を聞きつけた色んなライブハウスが、私達の出禁を続々と解除してくれていた。
夜の部を終え、私はひとり会場を抜け出し、校舎の屋上へとやってきていた。
夜の風は冷たかったが、GIGの直後で上気しきっていた身体は、全く寒さを感じなかった。
舞台衣装だったTシャツ一枚だが、むしろその風が気持ち良かった。
首から提げたタオルで、髪をくしゃくしゃにしながら頭を拭いた。
それから、金網に背を預け、その場に腰を降ろした。
たった二日の出来事だった。
私はひとり、夢幻空間での戦いを振り返っていた。
星空を見上げた。
雨海の街は、残念ながら星空を見るには向いていない、不夜城にも近い都市だった。
こんな時、煙草でもふかしたらとっても絵になるんだろうけど。
代わりに私はチューインガムを膨らませた。
パン
ガムフーセンが私の顔にへばりついた。
「ははは!」
聖が声を上げて笑った。
「ちょっと、潰さないでよ」
いつの間にやってきたのか、私にすら気が付かなかった。
「ここ、いい?」
言いながら、聖は私の隣に腰を降ろした。
「終わったね、文化祭」
聖がしみじみといった感じで呟いた。
「そうだね」
「なんか、この何日かが嘘だったみたいだね」
「うん、私も今、同じ事思ってた」
「ははは。あんなに何回も死にかけるなんて、思ってもみなかったね」
「ほんとだよ。もうあんな経験、二度としたくない」
「あたしも」
私達は、しばらく沈黙した。
その静寂を先に破ったのは、聖だった。
「八神ね、バンド抜けるって」
「やっぱり、そうなんだ」
私はため息をついた。
八神は、この夏から本格的に野球に力を入れ始めていた。
他の部員と甲子園に行くためには、バンドとの両立は難しくなり始めていたのだ。
何度かそういったミーティングは重ねていて、今回のGIGが彼のラストGIGになっていたのだ。
「要、あんたはどうするの?」
私も元々は八神に誘われて入っただけ。
八神がいなくなれば、私もバンドに未練はなかった。
と、思っていた。
今までは。
夢幻空間から戻ってから、ずっと考えていた。
「私ね」
聖がこちらを振り向くのが分かった。
私も彼女に顔を向けた。
夜の闇に包まれた聖。
聖は今も、美しかった。
「バンド、続けようと思う」
「いいの?」
「うん」
聖は再び押し黙ってしまった。
代わりに聖の手が、私の手に添えられた。
そして、私の手を握った。
私も、彼女の手を握り返した。
パン!
パン!パン!
私達の目の前で、季節はずれのロケット花火が破裂した。
私達はお互いの手を握ったまま、フェンスの外を覗き込んだ。
中庭の真ん中で八神、海、桜の三人が大量の花火を持って私達に手を振っていた。
私も聖も、三人に手を振り返した。
「行こう!」
聖が言った。
「うん!」
私は目いっぱいの笑顔で返した。
それからすぐに冬が訪れた。
私は変わらずバンドに、勉強に精をだす毎日を送っていた。
私達の生活は何も変わらず、前のまま過ぎてゆく。
その日も、私は自転車にまたがり学校への坂道に挑まんと、手袋をはめ、マフラーで口を覆い隠した。
門を出る前に、郵便箱に封筒が入っているのを見つけた。
取り出すと、宛名には「大和 要さま」と書かれていた。
へー、私宛の手紙か。
珍しい。
私は封筒を裏返すと、差出人を見た。
「書いてないじゃん」
よく見ると、切手すら貼っていなかった。
私はその不思議な手紙をバッグに押し込むと、勢い良く自転車を漕ぎ出した。
今日もまた、一日が始まる。
第一部 終わり。
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