第三話「私たちの群像。それから」
うーん。難しい質問だよね。確かに聖がやったことは正しいとは思うけど」
「けど?」
眉を下げ、唇をとがらせた、聖お得意の変顔を作りながら私の顔を覗き込んでくる。
ちなみにちっとも変顔じゃない。
私の方がもっと変顔できる!
桜の方がもっとすごい。犯罪的ですらある。
ふぅ、と一息ついて
「方法がまずった」
言った。
聖を抜かした一同、いっせいに相槌。
「何で?あれが正解じゃないの?違う?」
意外な反応だったのだろう。
うろたえた様子でみんなの顔を見回している。
その表情は100点だと思って提出したテストの答案が、50点の採点だった時と同じくらいの狼狽。
中の下ほどのうろたえか。
「もっと方法はあったさ」
アンプを体育館のステージまで運び終えた八神が、車まで戻って来た。
「重いな。台車ねーの?」
肩と首をグリグリ回しながらがに股で歩いている。
「ん?どうした?」
八神がキョトンとした顔をして立ち止まる。
海が機材を運び出す手を止め、何かしら考え込んでいたし、私もタムタムを抱えた突っ立ったままだったからだ。
「八神はどう思う?あの夜、他にどんな方法だったらあのギャル達をどうにかできた?」
私達も同じ質問を投げかけられたのだ。
全員作業を止め、その場で考え込んだ。
しばらくの間。
そしてまず海が口を開いた。
「ステージから叫ぶ。やめろって」
「そんなん、あんな盛り上がってたらかき消されちゃうじゃん」
次が私。
「オーナーか誰かに頼んで警察を呼ぶ」
「そんなまどろっこしい事してたら、あいつらとっくに孕んでるよ」
そして八神。
「とりあえずGIGが終わるまで待って、後で締め上げる」
「要と同レベル」
最後に桜。
「無視する」
「っざけんな」
惨敗。
「ほら、結局あの時はああするしかなかったんだよ」
勝ち誇った顔で胸を張る。
「さて仕事仕事!ほら要、早く持って行きぃ」
おぉっと、何も言い返せない。
「ほら、海も。次は何?」
聖がきびきびと海に指示しているのを後ろに、入り口の段差に足を掛けた。
「あれ?これフェンダーじゃん」
聖の声が聞こえた。
「あたしのリッケンバッカーは?」
「うっせーな」
海の本気でうざい感爆発の声も届いてくる。
軋む板床の上を歩いていると、八神と聖の会話が聞こえてきた。
「大体おめーにリッケンなんて贅沢だったんだよ」
「えー、いいじゃん!あたしあれ好きだし」
「生意気だな、ギター暦半年のくせしてよー」
「まずは形からじゃん?」
「まずは腕からだ」
「んだってー。とりあえずフェンダーはヤダ。安いもん」
「馬鹿いってんじゃねーよ。音は値段じゃねぇ。フェンダーは素人には使いやすい、いいメーカーだ」
「けっ!」
声が途絶えたと同時に、二人分のドタバタした走る足音が近づいて来て、そのまま通り過ぎた。
ステージには既にアンプが四つ、エフェクターやフットペダル等の機材、海のドラムセットが半分ほど運び込まれていた。
組み立ては海がやるだろうし、私はタムタムをテキトーなアンプの上に置く。
「おい要、そこ不安定だから床に置いた方がいいぞ」
「うん」
聖もギターを奥の壁に立てかけているところを八神に注意される。倒すような置き方すんなって。
三人でぶらぶらと歩きながら、またハイエースまで戻った。
これで三回目の往復だ。
外へ出ると、秋とはいえまだまだ日差しが眩しかった。
海が車から降りて、大きく背伸びしている。
その隣では、桜が自分のベースを大事に背負うところだった。
「これで全部だなー」
「うちは準備OKだょ。」
桜が嬉しそうに海の方に振り返る。
「見りゃわかるよ」
「・・・・・・・」
「分かったよ!そうだな、準備万端だな!」
むくれる桜。
海も大変だなぁ、しみじみ思う。
「これで最後だから、みんなで運んでくぞ」
気を取り直して、海は私達にそう言った。
それぞれ身体に見合ったサイズの機材や楽器を手に取ると、ぞろぞろと再びステージに向かって歩き出す。
体育館の中頃辺りまでたどり着いた頃、
「そういやこの機材、どっから借りてきたんだ?」
八神がそう問いかけた。
「そうそう、私もそれ気になってたんだよね」
何ともナイスなタイミング。
ほんとに私もちょうどその事を考えていたところだったのだ。
ハイエースはまぁ友達とか知り合いに借りてきたのだろう。
伊達に18年間この街で遊んできたわけじゃない。
海の顔の広さは尋常ではなかった。
「どうしたの?ライブハウスだけじゃなくて、スタジオとかも私達には使わせてくんなかったのに」
あの後、出入り禁止になったのはライブハウスだけじゃなかったのだ。
別に練習するだけのスタジオのくせに、
{他のバンドとモメゴトを起こしかねないから}
だそうだ。
どんだけ危険人物だ。
先頭を歩いていた桜が顔だけ振り返る。
一瞬何か言いたそうだったが、そのまま海のそばまで移動するだけだった。
「え?それは・・・あれだよ」
私の隣で海が口を開いた。
「まぁ、色々な。ちょっとしたコネがあったんだ」
何だか歯切れの悪い物の言い方。
「コネって?俺も知ってるとこか?」
八神の問いが私の頭上を通りこえていく。
八神がこう聞くのも分かる。
うちのバンドの創設者は、海と八神のふたりだったと言うし。
一応バンドの活動は、最初からふたりで相談しながら今まで進めてきたのだ。
「あーー・・・いや知らないかな。市内じゃねぇんだよ。地元の方で借りてきたから」
「地元?鎌倉でか?」
海と桜の地元は鎌倉だった。
そこのいいとこの子供たちが通う金持ち専用みたいな高校、
《私立陽鳳学園》に通っているのだ。
「ん、まあな」
「何て店だ?」
「いや、店じゃねぇんだけどよ。おい桜。重いもの運んでる時にチュッパチャップなめるな。もし転んだらアブねーだろうが」
「ふーん、そうか」
納得したのかどうかは知らないが、八神はその話しはそこでもう充分な様子だった。
私もそれで何となく話しが読めたし。
多分この機材は、桜の家の私物なんだろう。
どうしても機材の調達が困難だったのだと思う。
いちお、うちらは親には頼らない方針で活動しているし、今更親に泣きついて貸してもらいました。
なんて言えるわけもない。
正午。
搬入を始めてから二時間弱。
やっとこさステージの上は「体育館」から「ライブハウス」へと変貌をとげた。
私達は一息つくため、とりあえず食事に行くことにした。
帰ったら、早速練習を始める予定。
ここ一ヶ月、全員があわせる機会がまるでなかったから。
今日、明日の二日間で本番に間に合わせなければならない。
私達は、体育館を後にした。
「いらっしゃいませ〜!こんにちは!」
この挨拶はどこでしょう?
そう、マックでした。
学校をでて、通りをはさんで少し登ったあたりにあるマック。
昼休みなんかにはちょくちょく利用する、うちら定番の休憩所だ。
今日は土曜日。
買い物に来た家族やら、若いカップルなんかで店内は混み合っていたし、レジも行列ができていた。
最近は¥100マックなんてキャンペーンをやりはじめ、ますます低価格戦争の泥沼にはまりつつある印象だが、貧乏な高校生にはありがたい泥沼だ。
ごたぶんに漏れず、うちらもそれぞれ¥300程度の注文。
メニューを眺めて思ったのだが、最近はスマイル¥0はなくなったのかな?
「あとスマイルひとつ!」
隣のレジでは、大学生といった感じの少しふっくらとした店員さんに向かって、桜が堂々とそう注文していた。
「にこっ」
とまどう店員を尻目に、自分でにっこりと笑顔を作っている。
後ろを振り向くと、聖も満面の笑顔で私を見つめている。
どんなボケだ。
私が注文を終え、列からはずれる。聖と、桜の後には海が注文している。
「スマイルひとつ」
真っ先に海がそう言ったのが聞こえた。
なんて迷惑な奴らだ。
混雑のため、全員の注文が揃うまで少し時間がかかった。
二階にあがると、フロアは満席状態。
その時ちょうど家族連れが席をたったため、五人分の席は確保できたが、タイミングがずれてたら今日は持ち帰りになっていたとこだ。
席に着き、それぞれ自分の昼食をとりはじめた。
私も、新製品のチキンサンドにかじりつく。
待っただけあって、作りたて。ほかほかのサクサクだ。
この時だけは、いかにジャンクフードでもおいちい。
「あー、変な人だっ!」
どこかの子供がうちらのテーブルに顎をのせ、誰にともなくこう叫んだ。
4,5歳といった感じの男の子。
誰の事を言ってるのか。まぁ、海だろうが。
「何だ?誰が変だった?」
一番そばに座っていた海が、男の子の額に自分の額をこすりつけている。
「お前だー」
子供も嬉しそうに海のほっぺたに指を押し付ける。
「あとお前と、お前と、お前だー」
順番に、桜、聖、八神を指差していく。
他の客がくすくす笑い始めるのが聞こえる。
「何だ?こいつ、親はどこだ」
と八神。
「あたしのどこが変だって?」
「うちも海みたいに変じゃないやい」
女衆も口々にブーたれる。
「お前おっぱいないじゃん!お前は変な顔〜」
「はぁ?お前だってちんこちっせぇだろうが!」
「鼻水垂れてる奴に言われたくない!」
をいをい・・・・
何を子供相手に・・・・
こいつらとどこか出かけるといつもこうだ。
大体、見た目からしておかしいのだ。
ロン毛の銀髪だとか、へらへらした小娘、目つき悪い黒髪女、がたいのいいすかし顔とか。
単体では苦にならないルックスだが、揃って公共の場にでると、やたらと無駄に目立つ。
どこにいっても、まず大人には避けられるし、子供には馬鹿にされるか泣かれるかの二択だ。
はっきり言って、見た目がまともなのは私ひとり!
これはけっして誇大ではありません!
ひとしきり子供と騒いだ頃、トイレから出てきた母親らしき女がこの現場に気づき、風のように子供をかっさらって店を出て行った。
「くそ。覚えとけよ」
舌打ちしてこう言ったのは、八神だった。
ぅおい!いつの間にお前もキレてんだ!?
食事も済み、壁掛け時計の針はPM12:40をさしていた。
「さて、そろそろ戻って練習するか」
海からこう切り出してきた。
「そうだね」
私はそれに激しく同意した。
「え〜、まだ早いよ〜」
とごねるのは桜。
ふざけんなっ。
こっちはさっきおまいらが騒いだせいで、30分間も好奇の目にさらされてるんだっ。
「桜、今日は早く終わらせようよ」
おっ、ナイス聖!
これには桜もしぶしぶ納得するしかない。
桜は何故か聖を実の姉のように慕っていた。
「今朝見たんだけど、今日は午後から雨が降るらしいんだ」
珍しく聖の口から時事的情報が出たきた。
彼女は学校や遊び以外のプライベートでは大体バイトに入っているため、そういう情報には疎い方なのだが。
「え?雨降んの?」
と、海。
「何だ、今日は早く終わったらちょっと乗りに行こうかとおもったんだけどなぁ」
ぶつくさ呟いている。
どうやら今日は大きい波に乗るテンションじゃないらしい。
「あれ?八神君、バイクできたんでしょ?雨平気なの?」
ふと気になって、私は八神に尋ねた。
「ん?ああ、レノの店に預けたからな。単車は濡れねーと思う。ま、帰り降ってたら電車で帰るよ」
レノ、とは八神の友達だ。
高校には行かず、バイク屋で働いている子で、私も何度か会ったことがある。
頭の回転の速い、いい子だ。
「ま、とりあえずもどろうぜ」
みんな八神の言葉について、マックを後にした。
その日の練習はグダグダだった。
と言っても、主に私が、だが。
「おい、要。お前ちゃんと詩ぃ頭ん中いれてきたのかよ?」
不機嫌そうな海の声。
「歌詞を理解しろ。覚えるだけじゃダメなんだよ。唄うな。表現しろ。何度も言ってんだろーが」
「ごめんなさい」
私もそれに関しては謝るしかなかった。
「もう一度、頭からだ」
そんな事が十回も続いた。
私は汗だくになっていた。
他のみんなも、いい加減この曲に飽きがきているのも分かった。
ほんと、申し訳ない。
「少し休憩だ」
海の声と共に、一斉に楽器を降ろすと、それぞれ座ったり、ステージから降りたり、休みやすい場所へ移動を始める。
私は気落ちしていた。
と同時に、ものすごいイライラが募っていた。
この場合、頭では分かっていても、それが出来ない自分への不満ではなかった。
海への怒り。
確かに、出来ない自分への怒りもなくはない。
だがそれ以上に、何故分かってくれない?、不満の方が大きかった。
イラついた。
実際問題、私は下手くそだ。
歌が、ではない。
海の言う、表現として、がだ。
「お前は赤を見て赤だと言う。だがそうじゃない。赤にも色んな色がある。エンジだったり、紅色だったり、紫がかってたり。お前の赤は赤だけなんだよ」
海が言うにそういう事らしい。
それは分かる。
だが、分かってても出来ないのだ。
努力はしているさ。
でも、どうしても出来ない。
考えてもみて欲しい。
私は、つい半年前まではそこらへんに転がっている、普通の女子高生だった。
歌は好きだったが、カラオケ位でしかまともに唄ったことなんてない。
ましてや楽器に合わせて唄うなんて、学校の音楽の授業や合唱コンクールでしかないような人間だった。
それを、ちょっと歌がうまいからって言って、いきなりバンドのメインヴォーカルに据える方がどうかしている。
結局、八神に誘われていい気になって、ふらふらOKだした自分にも問題はあるのだが・・・
いかんせん海は厳しすぎる。
私は爆発寸前だった。
「ほら、要。こっち来いよ」
八神が、さっき搬入した非常口から私を呼ぶ声が聞こえた。
その声で、少し頭から血が下がった気がした。
「少し涼めよ」
そう言われて初めて気がついた。
雨だ。
体育館は、雨音をよく伝える。
この広い空間は今、激しい雨音で充満していた。
「ありがと、八神君」
差し出されたタオルを受け取ると、私は笑顔を強く心に意識しながら彼に会釈をした。
「すげぇ雨だな。台風みたいだ」
今にも落ちてきそうな空を仰ぎながら、彼は呟いた。
風も強い。
ちょうど反対からの風のため、この非常口には雨はかかっていなかったが、外を見渡すと、一面の木々が激しく揺さぶられている様が目に飛び込んでくる。
「座んなよ」
八神に促がされて、私は彼の隣に腰を下ろした。
「すごいね、ほんと。嵐みたい」
「ああ」
どこから来たのか、破れたトタン屋根の破片がグラウンドの真ん中を通りすぎていった。
「お前、あんまり気にすんなよ」
私は彼の方へ振り返った。
彼の視線は外を向いたままだった。
「海もさ、お前が今すぐ出来ると思って言ってるわけじゃぁない。だが、出来ないとも思ってない」
「・・・・・」
「お前に意識して欲しいのさ。どうしたらいいかってのをさ」
「・・・・うん」
私はうつむいた。
八神に顔を見られたくなかった。
こんな泣き顔・・・
「できねぇもんはできねぇ。それは仕方ない。だが、絶対に出来るようになる。そう思ってれば、きっと何とかなるさ!」
ポンっ
八神の大きな手が、私の肩を優しく叩いた。
「・・つけた・・・・・・・」
私は思わず顔を上げた。
妙な耳鳴りがした気がしたから。
だが、八神も私の顔を見ていた。
「お前、何か言ったか?」
私はぶんぶんと首を振った。
八神にも聞こえた?
「見・・つけた・・・・・」
「まただ」
八神が呟いた。
二人とも、背後を振り返る。
「あいつら?」
「じゃないみたいだね」
見ると、ステージ辺りで座っていた三人も、こっちを向いたり、辺りをうかがっている様子だった。
ゴロゴロゴロ・・・・・
隣街の方で、稲妻が走るのを感じた。
それから少しの間の雷鳴。
「雷の音か?」
八神と目があった。
直感。
「多分、違う」
「おい!お前らも聞こえたのか!?」
八神が声を張った。
「ああ!」
海が同じトーンで返す。
ピカッ!!!!
また稲光。
私は怖くなって、中へ戻ろうと立ち上がった。
バリバリバリ・・・
「見つけた・・・・・」
バリバリバリバリ!!!!!!
ビクリッ!
私は身体を震わせた。
聞こえた。
今度はさっきより全然近く、速く、強い雷鳴。
その中に、確かに聞こえたのだ。
八神も立ち上がった。
「行こう」
八神が私の腕を掴んだ。
「見つけた!!!!!!!!!!」
ゴウン!!!!!!!!!
頭が張り裂けんばかりの、悲鳴にも似た叫び。
金属の擦り合わさるような不快感。
真上で起こった雷鳴。
そして走ったのは、すさまじい電気の衝撃だった。
「きゃあああああああ!!!!!」
私は思わず叫んだ。
全身を、初めて味わう感覚が駆け巡る。
引き裂くような痛み。
痺れ。そして血が沸騰するのではと思うほどの熱。
体育館中を、青白い電撃が狂い踊っている。
電撃。いや、これはプラズマだ。
ふっ・・・
一瞬の間。
電撃が途切れた。
「見つけたぞ!!!!!」
再びあのおぞましい叫び。
次の瞬間、
私は目の前の体育館と、大好きなみんな、そして自分の身体がいっぺんに爆発するのを目撃した。
続く!!!!!!
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