第二十九話「決戦ラウンド3・終幕」
「聖―!!!」
手を伸ばした。
私は必死に。
だがそこには、私の求めるものは何も、なかった。
「・・・・・・」
私は身体を震わした。
いまだかつて、ここまで怒ったことはなかった。
怒りが私の身体を、心を支配しているのが分かる。
どうにもできない。
この怒りをコントロール出来ない。
いや、したくなかった。
「クローム!!!」
叫んだ。
力いっぱい。
喉が潰れるくらいに。
「何だよ。でかい声だして」
クロムが応えた。
何事もなかったように、平然と。
その態度が、私の怒りに更に油を注いだ。
「何を・・・何をした!?」
私はクロムに向かい、ショーテルを振りかざした。
その剣で、やつを指し示した。
腕が、震えていた。
もう痛みも何も感じない。
包帯が真っ赤に染まっていた。
マイクを握る拳の隙間から、どす黒い血がしたたっていた。
が、そんなことすら気にならなかった。
「何をって・・・・」
クロムが口ごもった。
「あんた、あんたは・・・・取り引きを・・・」
怒りのあまり、私の言葉はほとんど言葉になっていなかった。
「仕方ない。ああしていなければ、君は死んでいた」
「!!」
その言葉に、私は戦慄した。
クロムのした事は、クロムのした事は・・・・
私は首を振った。
そんなの認めない。
認めたくない!
「聖を、聖まで巻き込むことなかった!」
私は絶叫した。
「聖は私を助けに来たんだぞ!それなのに、あんたは聖を巻き込んだ!消えてしまった!」
「・・・・だから、仕方がなかった。間に合わなかったんだ」
「うるさい!!!聖を返せ!八神君を、返せ!」
分かってる。
私がどんなに我儘を言っているのか、それは分かっている。
でも、でも、こう言わなければ。
私の心は・・・・。
「駄目だ。もう僕にそこまでの力は、ない。ふたりを呼び戻す力は、ないんだ」
クロムが力なく呟いた。
その声を聞いて、私の心は潰れそうになった。
もう一度首を振った。大きく。
「返せ!!!!」
その時だった。
広間の壁際、空間が激しく震えた。
空気が動いた。
私、そしてクロムの身体を大きくよろめかせた。
私は目を大きく見開いた。
今まで、何もなかったその空間に、口が開いていた。
どうなっているのか、理解は出来なかった。
だが、その空間の口には見覚えのある姿が浮き上がっていた。
「聖!八神君!」
私はすぐにその姿の主の名を叫んだ。
そう、その空間の隙間に映し出されていたのは、聖、そして八神の姿だったのだ。
「これは・・・?」
私は空間の隙間に歩み寄った。
そして、聖の顔に手を伸ばした。
だが、私の手は何の感覚も感じることはなかった。
何の感覚もなく、私の手は聖を通り越した。
聖の顔の真ん中を通って。
「恐らく、破壊神の力が次元に何らかの作用を与えたんだろう。次元同士の壁に薄い部分が出来ている。姿だけが見えるくらいの」
クロムが私に向かってだろう、説明をしてくれた。
私は聖の顔から腕を引き抜いた。
その途端だった。
聖の姿が消えた。
「なに?」
私は数歩、後ずさった。
そこで、初めて何が起きているのかを理解した。
八神が、聖を攻撃していた。
でたらめなパンチのラッシュが、聖を襲う。
聖はがっちりとガードを固め、華麗なステップでその全てを避けていた。
いつまでたっても終わりのないラッシュ。
常識では考えられないスタミナ。
いくら聖でも限界が訪れる。
そのうち、パンチの一発が、聖のガードを崩した。
ガードの空いた隙間に、八神のパンチが突き刺さった。
が、聖は身体をひねると、そのパンチを見事に避けてみせた。
そして、カウンターで、ハイキックを放った。
聖の蹴りが、八神の即頭部を捉えた。
音は聞こえない。
映像だけが、私の脳に流れ込んできた。
聖の口が動いた。
八神が吼えた。
すかさず聖は右足を引き、そのまま左足を軸に回転して、背後から後ろ回し蹴りを繰り出した。
八神の腹部に、見事に突き刺さった。
八神の身体が浮いた。
更に右足を引く。
その反動に合わせて、左足を蹴り上げる。
華麗な蹴りが、顎をかち上げた。
が、八神はよろけもしなかった。
どんなに弱っても破壊神。
そういうことだ。
聖は遠のいて、脱力した。
八神が再び叫んだ。
今度は、聖はガードすらしなかった。
衝撃波が聖を襲う。
突風に吹かれたように、聖の髪が、ジャケットがなびいた。
聖の頬に、首筋に、手に、裂け目が走った。
そこから血がしたたった。
それだけじゃなかった。
聖の目から、涙がこぼれた。
聖の口が再び動いた。
今度は分かる。
声は聞こえなくても、何を言ったのか。
八神君。
それから、聖は一切の抵抗を止めた。
八神は破壊神そのものだった。
聖に何度も何度も拳を打ちつけた。
倒れるたびに、聖は立ち上がった。
何度倒されても、聖は抵抗もせず、ただ立ち上がる。
「クロム、これは・・・・」
「分からない。きっと、聖ちゃんなりの考えがあるんだろう」
私と共に静観していたクロムが、私の問いに応えた。
「このままじゃ、聖が死んじゃう。クロム、私をあそこに連れていって!」
私はクロムに詰め寄った。
何とかしたい。
何とかしなきゃ。
私はクロムの肩に手を乗せた。
「言ったろう、駄目なんだ。駄目だ。もう、空間を移動する力は残ってないんだ。君をあそこへやることも、出来ない」
「じゃあ、どうすれば!?」
「・・・・・・・僕を殺せばいい」
「なに?」
「僕を殺せば、あの空間も、そしてこの夢幻空間も消えてなくなる。ふたりと、君は元の世界に戻される」
「元の世界に?」
「ああ。僕にやれるのはそこまでだ」
私は困惑した。
元の世界に?
ふたりとも、私も。
それって、破壊神も元の世界に?
それに、殺すって。
私が、クロムを殺す?
「もう、それしかないだろう?君にも分かっているはず。何かを求めるなら、障害と戦わなくちゃならない時がある」
「・・・・・・」
「それが今じゃないのか!?」
クロムが私の胸倉を掴んで、そう怒鳴った。
「腹を決めろ!自分が正しいと信じろ!」
私は完全にクロムに打ちのめされていた。
自分でも、自分の我儘が分かっていた。
クロムに見透かされていた。
私は、自分が恥ずかしかった。
「おい、あれ・・・」
突然クロムが驚いたような声で呟いた。
「え?」
クロムが指を指していた。
私はその先に視線をやった。
聖の腕に、ギターが握られていた。
壊れたはずの、聖のリッケン620だ。
そう、ウルフィーやイッチとやり合った時に、一瞬だけ現れたあのギター。
それが、再び聖の腕に。
「あれって」
私が呟いた瞬間だった。
映像だけの聖の腕の中で、ギターがその形状を変え始めたのだ。
そう、私のマイクと同じように。
ボディーが裏返り、内側からバイクのエンジンのようなパイプがめくれ上がってくる。
ネックの先にはポッカリと穴が生まれ、聖の右手の傍には、小さな鉤爪のようなものが生まれていた。
変化が終わったそれは、まるで。
「ライフル?」
私は口に出した。
ギター型の、ライフル。
その形状はエンジンの様でもあり、それでもライフルであった。
「どうなってるの?」
「あれは、きっと君のマイクと同じだ。時折あるんだ。自分達の世界では発揮しきれてない力が、僕らの世界の力に影響されて、突然発揮されることが」
「あれが、聖の力?」
「それは分からない。君らの力なのか、それともマイクやギターといった物の本当の力なのかは」
「あれ、どうなると思う?」
聖はライフルを脇に抱えると、腰を落とし、銃口を八神君へと向けた。
聖の手にはピックが握られていた。
そして、弦を一度だけかき鳴らした。
その振動に呼応して、銃口に光が集まっていくのが見えた。
「要ちゃん。ゆっくりしている暇はない。早くしろ」
「え?」
「早く僕を殺せ!」
「何を、言ってるの?」
「あのライフルはやばい。異次元にいても、とんでもない力を感じる。あの銃、破壊神を殺すぞ!」
私は聖の姿から目を離せなかった。
「早く僕を殺すんだ!そうしないと、間に合わなくなるぞ!」
聖の口元が動いた。
何を言ったのか、耳では聞こえない。
でも、私には伝わった。
何を言ったのか。
「八神君、辛いだろうね。今、聖が楽にしてあげるから。でも、安心して。すぐに私も八神君のところへいくからね」
私はクロムの顔を見下ろした。
私は、どうしたらいい。
私の目には涙が溢れて、とめどなく流れて。
でも、止められなかった。
どうしよう。
どうしたら。
八神が聖に襲い掛かる。
聖の目の前まで迫っていた。
「早くしろ!」
クロムが私に怒鳴りつける。
聖が引き金に指をかけた。
その目には、私同様に涙がとめどなく溢れ出てきている。
私は、何も言わずに、マイクを握り締める。
クロムの顔は、涙で滲んでいる。
八神の腕が、聖に触れようとする。
その時だった。
聖は引き金を引いた。
私はショーテルを全力で振り下ろした。
とんでもない閃光が八神君の身体を包み込む。
ショーテルがクロムの小さな身体を真っ二つに切り下ろす。
そして、閃光は私達の全てを、包み込んでいった。
私の意識は、すぐに消え失せた。
続く
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