第二十八話「誤算」
私は息をつくと、右手でマイクを握った。
途端に激痛が走る。
あそこまで派手に骨折していれば当然か。
私は更に追加で包帯を取り出すと、マイクを握った右手の上から、ぐるぐる巻きにして固定してやった。
これで最低限の装備は整った。
大広間の戦闘は激しさを増していた。
本来なら、豪華絢爛な飾りつけと、着飾った金持ち達、味の想像すらも出来ないような料理に彩られ、離婚率の極めて高い結婚式が行われる、そんな広間だったはず。
それがどうだ。
展望台や、他のフロア同様、ここも今や瓦礫の廃墟。
しかし、破壊の神といっても、思っていたほど強力ではないんだなぁ。
私のイメージでは、神様の力があれば、こんなタワーどころか、街のひとつやふたつ、一瞬で壊せそうなものだが。
ソドムとゴモラの伝説や、バベルの塔なんかを読んでいる限り、神様の破壊というのは非常に強大だった。
だが、あの破壊神はどうだろう。
自分の拳でせかせかと破壊して歩いている。
それでも本物の破壊神なの?
多分、そこも八神の精神が抵抗している証拠のひとつなんじゃないか。
これは私の推論に過ぎない。
だが、かなり的を射ているはず。
クロムが傷ついていた。
そして、八神も。
ふたりがどれだけの死闘を繰り広げたのか。
私には一様には想像できない。
奴らの戦闘は、前にも述べたが私の理解の範疇を大きく超えていた。
だが、それぞれが大きく消耗しているのだけは分かる。
クロムの小さな身体は血みどろに染まっていた。
自身のものなのか、八神のものなのか。
そして破壊神、いや八神の身体にも至る所に傷ができ、肩で大きく息をしていた。
どちらが優勢なのかも、私には分からない。
その未知の領域に、私は今足を踏み入れようとしていた。
クロムが動いた。
更に触手を伸ばした。
そのスピードは格段に落ちている。
八神君がその触手を再び掴んだ。
瞬間、八神の身体が跳ね上がった。
何かに身体中を貫かれたかのように、痙攣を繰り返している。
その感じには見覚えがあった。
プラズマだ。
私たちをこの夢幻空間に引きずりこまれた、あのプラズマだ。
破壊神の身体が、一瞬だけだがゆらめいたように感じた。
これは・・・
私は動いた。
クロムへ。
いや、クロムの繰り出した触手へ。
あのプラズマ、八神を異次元へと送り込むプラズマなんじゃないのか?
私達と同じように。
それはさせない。
私は固定したマイクを振り上げると、触手へと思い切り振り下ろした。
体温が下がる。
そして、バターでも切ったような、少し硬い感触が、私の腕へと伝わった。
触手が真っ二つに裂けた。
張り詰めた糸が跳ねた音と共に、クロム、八神、双方の身体が反動で後ろによろける。
「何を・・・」
クロムの呟きが
「もう少しだったのに!」
怒鳴り声に変わった。
「っ〜!」
だが、私はそんな事に構っている暇はなかった。
右手への衝撃は、すぐに苦痛へと変わってしまい、私はその場に突っ伏していたからだ。
とんでもない痛みが、私の右腕を支配した。
骨折した腕を酷使してはいけないんだよ、まったく。
私は脂汗にまみれ、悶絶寸前になりながらも、必死に痛みに耐えていた。
「聞いてるのか!この小娘!」
それでもクロムは私に怒声を浴びせかけていた。
何だこいつ!
血も涙もないのか!!
私は内心毒づくと、ゆっくり立ち上がった。
そして、
「うっさいのよ!!このクソガキ!!痛いんだから、ちょっとは労わりなさいよ!!」
内心よりも更に激しく毒づいてやった。
足元のコンクリート片をクロムに蹴飛ばした。
ガン。
見事な音をたて、コンクリート片はクロムの額に直撃した。
「いってーな!この野郎!なにすんだ!」
「いい気味よ。ちょっとは人の痛みを知りなさい」
「うがぁぁー!!」
私はよろけて、再びその場に突っ伏した。
いけね、八神君のことすっかり忘れてた。
てへ!
振り返ると、両腕を振り上げて咆哮する八神の姿。
それはまるで獰猛な猿そのものだった。
ガラスを吹っ飛ばすその咆哮も、今や私を転ばせる位にしかならなかった。
私は立ち上がると、クロムの方へと駆け寄った。
そのままクロムを通り過ぎ、背後へと回り込んだ。
「ちょっと、クロム」
奴の肩に手を置き、ちょっとだけ前に押し出した。
その肩からは、体温が伝わってきた。
「・・・・あんた、取り引きを忘れたわけじゃないでしょーね」
「そりゃ覚えてるよ。ただ、君が立ち上がってくるとは思わなかったから、無視しようとしただけ」
「どうどうと言ってんじゃないわよ」
私はクロムの肩をグイっと押し出した。
「ほら、約束だからね。早く捕まえて来てよ」
クロムは浮き上がると、天井付近まで飛び上がり、八神の上空を旋回した。
そして、腹部の口腔から、無数の液体を降らせ始めた。
八神は上空を見上げ、その液体を振り払っていた。
その液体の一部を、八神君の拳が捉えた。
「がぁ!!!」
八神が声を上げた。
その拳の先からは、白い煙が上がっていた。
拳が溶けている?
そうか、あれは酸なんだ。
私が気付いた時には、八神の身体のあちこちは、無数の酸によって煙を上げ始めていた。
「ううぅぅ・・・」
八神が走った。
周辺を覆う酸の雨。
その中の、もっとも雨の層の薄い場所を狙って。
それは、
「があぁぁ!」
私の方だった!!
破壊神が私の方へと突撃してくる。
その速さといったら、もはや人智の範囲ではない。
私が走ってくると認知した時には、八神の姿は私の視界のほとんどを遮っていた。
まじ?
私には目を瞑る暇すらなかった。
だからこそ、何が起きたのかがよく分かった。
私の目の前に、等間隔の何か白いものが突然飛び出した。
その何かに、八神の身体は思いっきり激突した。
隙間から、腕を伸ばしている。
私はとっさに一歩退いた。
「檻?」
私は何が私を八神から救ったのかを知った。
やっと腕が通る程の感覚をあけ、床から白い牙のようなものが八神の周囲を取り囲んでいた。
身動きも取れないほど狭い檻が、八神を閉じ込めていた。
「これは・・・」
「どう?これで満足かい?」
クロムが檻を挟んで、私の反対側へと降り立った。
「こんなに簡単に捕まえられるもんなの?」
「簡単って言うけどねぇ、これは今までの積み重ねでこいつをここまで消耗させられたから出来た事なんだよ」
「ふーん」
「ふーん。じゃねぇよ。ちょっとは感謝しなよ」
クロムが地団駄を踏んだ。
「んで、ここからは・・・」
「無視すんな!!」
うるさい夢魔だこと。
「んで、ここからは私に任せてくれるんでしょうね?」
私は完全無視で話しを続けた。
「ダメだ!ありがとうって言うまでダメ!」
仕舞には駄々をこね始めたよ、こいつ。
「これは取り引きよ。お礼も何もあるわけないでしょーが!」
私はぶち切れ気味に一喝してやった。
これでこいつも黙るだろう。
普段大人しい子を怒らせるとおっかないんだから。
「・・・むぅ」
案の定、クロムは大人しくその場で沈黙してくれた。
「さて・・・・」
私は八神に少しだけ近付いた。
牙の格子を掴み、口から鋭く尖った犬歯を覗かせながら、私を威嚇していた。
それはまるで檻に入れられた猛獣そのものだった。
だが、実際の猛獣のように、怯えや困惑はないように思えた。
憤怒。
今の八神からは、その感情しか感じられなかった。
それでも、私は話かけた。
「八神君。聞いて、八神君」
「がぁ!」
八神は牙の格子に噛み付いた。
「大丈夫、何もしないよ」
私は右手に固定されていたマイクの結び目をほどいてみせた。
「大丈夫。落ち着いて」
こういう時は、優しく、ゆっくりと話しかけるんだ。
動物と接する時は、みんなこうする。
私に敵意がないと悟れば、きっと大人しくなるはず。
「大丈夫。私はあなたの味方。いじめたりしないから」
「ぐぅぅぅ・・・」
うなり声を上げながらも、八神は格子から口を離してくれた。
いける!
私の作戦は有効だった。
このまま、段々と近付いて、破壊神を手なずけよう。
そうすれば、きっと八神君の精神への糸口が見えてくるはず。
「そう、落ち着いて。私は仲間だから。お話ししましょ」
私は更に一歩檻へと近付いた。
八神の逆立った毛が、段々と落ち着きを取り戻してきた。
うまいうまい、私。
「うう・・・」
八神の表情が、柔らかくなる。
そのまま格子に手をかけ、私に向かって手を差し伸べてきたのだ。
「ありがとう、安心して」
私はその腕に、自分の手を重ねた。
体温が伝わってくる。
「あっ!?」
私は息を漏らした。
でも、息が吸えない。
私の顔に牙の格子が激突した。
いや、私の顔が牙の格子に激突したんだ。
八神の腕が、私の首をがっちりと鷲掴みにし、私を檻に引き寄せたのだ。
「要ちゃん!!」
クロムの声が広間に響いた。
八神の爪が、首筋に食い込む。
八神の顔が目の前に。
その目は血走り、息も荒く、殺意に満ち満ちていた。
罠?
演技?
私は戦慄した。
こんなことが・・こんなことがあっていいのか!?
騙された!
甘くみていた。
ただの動物と同じに見ていた。
そんなわけないのに。
相手は神だぞ。
私は、私は・・・
「畜生!」
クロムの声が聞こえる。
瞬間、八神の身体をプラズマが包み込んだ。
「手を放せ!この猿が!」
異次元へと飛ばすプラズマ。
私を避け、八神の腕を覆う。
そこには明らかな境界線が見てとれた。
クロム・・・・
私を助けるつもり?
八神の爪が、私の皮膚をついに破った。
あと少しで、私の血管を、筋肉を、脊椎を握りつぶすだろう。
八神の身体がゆらめき始めた。
八神が異次元へと飛ばされるのと、私の首が握りつぶされるの、どちらが早いだろう。
答えは・・・・
「かはっ!」
私は血を吐いた。
指が、八神の指が、私の中へ。
目が、見えなくなっていく。
私が死ぬのが先だったらしい。
「・・・・・・!」
クロムが何か叫んだ気がした。
でも、聞こえない。
何を言ったのか分からなかった。
意識が遠のいていく。
ガオン!
八神の腕が、目の前で吹き飛んだ。
私は反動で後ろに飛ばされた。
私は見た。
一陣の旋風?
いや、竜巻。
突如飛来した激しい竜巻が、私を掴む八神の腕を引き裂いたのだ。
それは、回転しながら私たちの間に入った。
蹴り。
回転した音速のドロップキック。
私は叫んだ。
「聖!!!」
腕を引き裂いただけでなく、そのまま牙の檻すら貫いて、聖はもつれるようにその場に八神を組み伏せた。
八神を取り巻いていたプラズマは聖すら覆い始めている。
「聖、早く!」
私は必死に立ち上がろうともがいた。
「早くしないと!」
聖も異次元に飛ばされる!
胸中で叫んだ。
声にならなかった。
聖の身体がゆらめき始める。
聖が私に振り返った。
ニヤリ。
笑った。
そして、ふたりはその場からいなくなった。
煙が消えるように。
「ひじりぃぃぃ!!!」
続く
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