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THE MARVELOUS APES
作:比奈



第二十六話「狸と狐」


第二十六話「狸と狐」


私は思案を巡らした。
問題を整理しよう。
ゆっくりと、そして素早く。

まず、ひとつ。
破壊神と八神。
クロム・ネフューの表現から推測するに、破壊神とは恐らく
「宿主の精神を完全に塗り替え、宿主の肉体のみを残して具現化し、純粋なる破壊のみを生み出すもの」
そして今の破壊神は
「不純物の混じった、不完全な破壊を生み出すもの」
不純物。
混沌。憤怒。憎悪。
これらの感情。
完全に破壊神に精神を塗り替えられてないから?
まだ、宿主の精神が残っている?
だから、不純物という形で、破壊神の存在に歪みを生じさせた。
つまり、まだ八神は消えてない。


ふたつ。
その八神を、どうやって破壊神から引き剥がすか。
ん・・・・逆か。
どうやって八神から破壊神を引き剥がすか。
八神の肉体を乗っ取っているだけなら、存在そのものは八神のはず。
そして精神が残っているのならば、八神はかなりの割合を破壊神の中で占めているはず。
身体が50%だとして、精神は10%?
もっと少ないかも。
でも、それでも破壊神の大半は八神なはず。
破壊神が八神の精神をデリートして、破壊神たるのなら・・・
破壊神の精神をデリートすれば八神たるはず。
引き剥がす。
いや、デリートするのか。
答えはそれしかない。
どうやって・・・・・。
クロム・ネフューは、八神の精神を引き剥がし、そしてまた注入する事でデリートしようとした。
何故?
宿主の精神が抜けた時点で、八神の肉体には破壊神しか残らなかったはず。
なのに何故その時点で破壊神は目覚めなかった?
これは推測にしか過ぎないが・・・
八神の精神は、破壊神が活動する為の餌。
つまり、八神という栄養源がなければ、破壊神は自体は八神の肉体を操れない。
これが正しければ、八神の精神は正確にはデリートされるのではなく、破壊神の栄養源として存在し続けるはず。
要は、どちらが主軸なのか。
というだけの話しなのではないか?

だとすれば、今表面に出てきている破壊神の精神を弱らせる事が出来れば、もしかしたら八神の精神がもう一度表面に出てくる事も可能なのでは?
そう、それしかない。
しかも、既に八神の精神は破壊神に歪みを与えている。
抗っているんだ。
中で。
だったら答えは簡単だ。
破壊神の精神を弱らせ、八神をサポートすればいい。
風邪と免疫みたいなものだ。
そう、これは病気なのだ。
八神は病気を患っている。
私は八神に薬を投与する。
それだけなんだ。


みっつ。
どんな薬を投与する?
問題はそこだ。
どうしよう。
全く分からない。
破壊神を弱らせる薬?
なんだ?
分からない。
それを探りたいんだけど・・・

よっつ。
クロム・ネフューが破壊神を、どこか分からないけどどっかにやろうとしている。
異空間?異次元?
分からない。
だけど
そしたらこの私の計画も全ておしまいだ。


結局は、何度考えても答えは一緒。
クロム・ネフューよりも先に破壊神を捕捉して、どうにかして精神を弱らせる。
この先がどうしても出てこない。
しかも加えて大問題発生。
目の当たりにした破壊神の力。
あんな強力なもの、私の力じゃ捕捉も何もあったもんじゃない。
たまたま奴の興味の対象が私ではなかったから良かったようなものの、もし私がターゲットだったとしたら、私は既にただの肉片と化していただろう。
もう、方法はこれしかない。
私は大きく深呼吸した。



「よっ」
私は腕で身体を少し持ち上げると、両足をそっと床につけゆっくり頭を持ち上げた。
股の間から見ていた逆さまな景色より、いくぶんか正常に見えた。

私は覚悟を決めなくてはならなかった。
ホテルの通路には、先ほど破壊神の空けた大穴がぱっくりとその口を開いたままだ。
鉄筋コンクリート作りの内壁が剥き出しになっている。
太い鉄骨が無残にも捻じ曲がって、ぽっきりと折れていた。
張り巡らされた水道管が裂け、煌く水のしぶきを溢れさせていた。

私はその光景を眼下に、再び大きく深呼吸をした。
カルキの臭いが鼻をついた。


(聞こえる?聞こえる?)

私は尋ねた。
(聞こえる?クロム・ネフュー)

私は耳を澄ました。


(・・・・・要ちゃんか?)

応えた!
クロム・ネフューだ。

(ああ、クロム・ネフュー。良かった)
(いい度胸じゃないか。この状況下でこの僕にコンタクトをとろうなんて。精神をやられたか?)
(全然。正気よ)
(・・・・・何が目的だい?)
(簡潔に言うわ。取引をしましょう)
(・・・・・どういう事だ?)
(今、私の前に八神君の身体がいる)

床の風穴は、数階も貫かれ、何重もの口を開けていた。
その末端、そこにさらに破壊を進める八神の姿があった。

(・・・・・ちぇ。先を越されたか)
(そうみたいね。そこでだ。私はこの情報をあんたに提供する。代わりにあんたは奴を捕縛する。そして私に引き渡す)
(それが取引かい?)
(そう。悪い話じゃないでしょ?)
(やっぱり君はやられてるな。それが取引になるとでも?)
(ならない?)
(無論だろう。僕は君にその情報を貰わなくても、直に破壊神を見つけるだろう。そして君が取引を持ちかけたように、今、現時点で奴を捕縛できる能力を持つのは僕だけ。それに、君が僕に提供する情報はたったのひとつ。僕が提供する条件はふたつ。釣り合わないとは思わないか?)
(・・・・思わない)
私は言い切った。
(何故なら、私が八神君の身体をあんたから守るから)
(・・・・・・・なんだと?)
(忘れた?あんたは聖を・・・・・。私はあんたを許さない。その上、八神君をあんな風にしたのもあんただ。私はあんたを心の底から憎んでる。私にとって、最も大切なものをふたつも奪ったんだ。もう私自身がどうなったって構いやしない。あんたを潰せるなら、破壊神だろうがなんだろうがなんだって利用してやる)
クロム・ネフューの声が途絶えた。
いや、沈黙しているのだろう。

(いいだろう。その条件、飲んでやる)
(流石。冴えてるじゃない)
(それで。今どこにいる?)
(まだ教えない。私自身がもっと近付いてから、また連絡する)
(おいおい、信用してないのか?)
(当然。通信終了)
(おい!)

クロム・ネフューが何かを言いかけたが、私は無視して心を閉じた。

私の額には汗の粒が無数にできていた。
それを一気に手の甲で拭い、大きく息を吐いた。

一世一代の化かし合い。
今それが始まった。


破壊神は、床を砕くのを止め、手近な壁を殴りつけ始めていた。
今、私がいる階から四階下層、26階にいる。
この一流ホテルの天井の高さは目算で二メートル半。
床の厚みを大体一メートルとして、私と破壊神の距離はおよそ十四メートル。
階段まではおよそ三十メートル。
この風穴を下りる時間と、階段を使う時間。
早いのはどっち?
確実に階段だ。
だが、破壊神から目を離していいのか?
それは駄目だ。
今頃クロム・ネフューは血眼で破壊神を捜しているはず。
もし奴が先に見つければ、この取引は全くの無駄。
私は腹を括らなくてはならない。

覚悟は出来てる?



「出来てる!」



左足を思い切り踏み切ると、風穴へと飛び込んだ。

私のいた位置から、穴の逆側を目指して。

赤い絨毯が迫り来る。

「うっ!!」
肺から空気が無理矢理押し出された。
両手を付き、極力衝撃を押さえたが、身体を屈めすぎて自分の膝で思い切り胸を打ちつけた。
苦しい。
三メートル以上も飛び降りた経験、私にはない。
足にも衝撃が走った。
痺れるような、突き上げられた感覚。
私はその場で転げた。
これをあと三回も繰り返すの?


私はすぐに立ち上がった。
今度は鉄筋に手をかけ、一度身体を垂らしてから手を離した。
さっきまでいた場所の真下に着地した。

今度はうまく着地できた。



この建物は、3階から10階までがショッピングモールとなっており、11階から15階にレストランスペースや映画館が備わっている。
その上の階層がホテルとして使われている。
ホテルには、大体大きな宴会場やイベントスペースが設置されてるものだ。
そんなごたぶんにもれず、このホテルにもそういった広い空間の設備が容易されている。

確か、このホテルには要人や著名人が会見を開いたり、金持ちが披露宴を行うような非常に大きな部屋があったはずだ。
そう確かそれは、20階だったはず。

その広間なら、クロム・ネフューが破壊神を捕縛するのにちょうど良く、しかも私がそれを監視するのにも都合がいい。
近くに障害物があると、もしもの時に対応が遅れる恐れがある。
私の計画を成功させるには、広い空間が必須条件。
逃げるのは、六階分。
破壊神を誘い出す。


私は最後の鉄骨から手を離した。
難なく、赤絨毯に着地した。


目を上げる。
そこには、白い背中が。
必死に壁を砕いている。
その姿はまるで、夢中になって玩具で遊ぶ子供のようだった。


六階分。
逃げ切れるか?やるしかない。


「八神君!!」
私は破壊神の真後ろで、声を張り上げた。
私は八神の左側に回りこんだ。


覚悟は出来てる?



出来てる!!!

私は破壊神に向かってショーテルを振り下ろした。

ごめんっ!八神君!

切っ先が破壊神の頬をかすめた。


私は全力で剣をひき、上半身を両腕で覆った。
歯を力いっぱい食いしばり、拳を握り締める。

「ドーン!!!」

身体が浮いた。
腕が、骨が軋んだ。
内臓が踊っている。
脳みそがずれる。


私は破壊神の拳を真正面から受け止めたのだ。
なんて衝撃。
コンクリートの床をぶち抜くパンチ。
腕が使い物にならなくなった。

私は廊下を、弾丸のように飛んだ。

途中で天井にぶつかった。
いや、天井なのか、壁なのか、床なのか、それも定かではない。
とにかく何かにぶつかり、再び何かにぶつかり、そのまま私の身体は転げていった。
ごろごろと。
私は必死に手足をしまいこみ、なるべく衝撃を抑えて転がるよう努めた。


転がる勢いが弱まった。
私の脳みそも三半規管も、もはや完全に機能を失っている。
身体が止まった。

私は目を開いた。
世界が回っている。
それでも、私は自分の視覚を酷使して、目の前にあるものが何かを理解した。

階段。

読み通りだった。
私は実に、三十メートルも廊下を転がって来たことになる。
それが目的だった。
破壊神との距離をとるには、敢えてあの爆弾みたいなパンチを喰らう以外に方法はなかった。
そして、私は敢えてそうなるように剣を振るった。

私は廊下を振り返った。
逆さまに見えたが、廊下の奥に破壊神の姿を認めることが出来た。
走っている。
私に向かって。
敢えて剣を振るい、頬に傷をつけて。
それによって、破壊神の興味を私に向ける。
読み通りだった。


続く!












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