第二十三話「決戦の入り口」
えてして、人には「向いている」ことと、「向いていない」ことがある。
それはスポーツだったり、音楽だったり、勉強だったり、日々の生活の中に無造作に溢れているものだったりする。
私達は、常にそれらのことを考え、向いていれば取り組み、向いていなければ避けて通る。
しかし、私達は誰もが心の奥底では知っている。
普段は避けて通る道に、敢えて足を踏み入れることで広がる世界があることを。
そこに待っているのは挫折かもしれない。
こっぴどく打ちのめされ、もう二度とこの道に足を踏み入れないと心に誓うかもしれない。
だが、肝心なのは結果ではない。
無論、結果が伴うからこそ、私達は充足感を得ることが出来るのは否めない。
しかし本当に肝心なのは結果ではない。
挑戦する心なのだ。
それは自分を超えることに繋がる心。
そしてそれは、運命にも当てはまる心。
私は肩で大きく息をしていた。
渾身の力を込めて振り抜いた一撃。
氷の塊を抱いたウルフィーが、私からぐんぐん遠ざかっていくのが見える。
私は内心ほくそ笑んでいた。
ウルフィーは、華麗とは程遠い、弾丸のような勢いで空を裂いていった。
「ウルフィー!!」
イッチの叫び声が聞こえる。
奴がロビー反対側の壁に激突する瞬間。
奴は抱いていた氷をついに腕で砕き割ることに成功した。
見事に身体をひねらすと、まるで体操選手の10点満点の演技かのように華麗に壁に着地した。
鉤爪を荒々しく大理石に差込み、ウルフィーは壁に垂直にしがみついていた。
「ぐぅぅぅぅ・・・」
禍々しい呻き声が聞こえる。
「やりやがったな・・・・。この俺に・・・・」
焼け焦げた毛皮が、ところどころ凍りつき、鋭い光を放つ。
その様相は、おおよそこの世の生物とは思えない異様さを発していた。
「殺してやる・・・。殺してやる・・・。殺してやるぞ!」
ウルフィーが壁から鉤爪を引き抜いた。
次の瞬間、奴は大理石の壁の上から消えうせた。
「ぐあっ!」
ウルフィーが悲鳴を発した。
たったの数秒。いや、それ以下の短い時間だった。
奴は壁から既に数メートルも移動した場所にいた。
今度は床に叩きつけられて、だが。
「なんだと!?」
まさに驚愕。
奴は首をあげ、ぶんぶんと振り回し辺りを見回す。
その姿は滑稽以外の何物でもなかった。
もはや運命は私達を中心に回り始めている。
運命とは、こうやってすぐに表情を変えてしまうのだから。
ウルフィーが見上げた先にあったのは、一組の長くて細い足。
「立ちな」
短く言った。
長い黒髪が風にたなびく。
聖はウルフィーを見下ろしていた。
私はそっと切っ先を持ち上げ、その首筋を静かに指し示した。
ビクリ!
身体が大きく脈打つ。
「どうしたの?おばあさん。そんなに驚いて」
それは赤ずきんちゃんの言葉。
「お、おまい・・・いつの間に?」
イッチが小さく囁いた。
「それが分からなかったのなら、お前の負けだ」
それは一瞬だった。
私がウルフィーを吹き飛ばした方向は、イッチを少しかすめる位置。
私は、ウルフィーの陰に隠れ、イッチの死角へと接近した。
同時に聖は、イッチの隙をついて、ウルフィーを追っていった。
非常に簡単な話しだ。
私達は先ほどの攻撃を機に、それぞれの対戦相手を変更した。
それだけ。
そして、そんな簡単なことに気付けなかったイッチとウルフィー。
その時点で、彼らの敗北は確定しているのだ。
「うおぉぉぉぉ!!!!」
ウルフィーが咆哮した。
立ち上がり、聖に向かい襲い掛かる。
相変わらず鋭い拳。
頭に血が昇ってはいるだろうに、全く感じさせない正確な攻撃。
左右のコンボをリズミカルに、小気味よく打ち出している。
私がさんざん苦労した、速くそれでいて力強い打撃だ。
だが相手が悪い。
聖はその全てをまるでダンスでも踊るかのように軽やかに、しかも全て紙一重でいとも簡単に避けていく。
そう、まるでブルース・リーやモハメド・アリみたいに。
「うおおぉぉぉぉ!!」
その動きにさらにむきになり、手数を増やすウルフィー。
それが仇になった。
手数が増え、拳に無駄な力が入る。
必然的に振りが大きくなった。
ウルフィーの大振りのフックが宙を切った。
聖が動いた。
まるで、本棚から目当ての本をとるかのように。
使い慣れたバッグから、携帯電話を抜き取るように。
自然で、それでいて素早い動きで。
聖の右膝がウルフィーのみぞおちを捕らえた。
声にならない声が洩れる。
膝を引き抜き、聖は左足を軸に身体を翻す。
左足が、力強く床をえぐる。
そのまま身体を反転させ、グッと身体を寝かせる。
そして、身体の左側から右足を大きく放り出した。
そう。
大砲から打ち出される巨大な弾丸が今、全身のバネを使って発射されたのだ。
「ぐぅ・・・・!!!」
小さな悲鳴。
聖の後ろ回し蹴りはウルフィーの胴体を見事に打ち抜いた。
ウルフィーの身体が浮かび上がる。
そして、弾かれるように吹き飛ぶと、大理石の壁に深々と食い込んだまま、ピクリともしなくなった。
「おまい、あらしと戦るつもりかい?」
イッチが呟いた。
「あんたとお喋りするつもりはない」
私は冷たくあしらった。
「そうかい・・・じゃあ!」
イッチは私の剣先を振り払うと、大きく間合いをとり両の掌を私に向かって広げる。
「消し飛びなぁ!!」
小さな火球を包み込むように、イッチは両手を丸くこね回す。
火球は見る見るうちに膨れ上がり、すぐに小さな太陽のように白い輝きを放ち始める。
私は何もせず、立ち尽くしたまま、その過程を見届けた。
真っ白い太陽は、瞳を潰してしまうのではという程の輝きを放ち、イッチの両の掌から弾き出された。
私はゆっくりと剣先を持ち上げると、迫り来る太陽に向かって刀身を差し出す。
綿飴を割り箸で絡め取る時みたいに、優しく太陽を撫で付ける。
太陽は私の差し出した刀身に、じゃれ付く猫のように絡みつくと、そのまま私のショーテルそのものの形へと、姿を変えていった。
「な、なんだってぇ!?」
まさに驚愕。
悲鳴じみた声を放つイッチ。
「こういうことが出来るってさ、反則だよね。正直さ」
私は光り輝く刀身を眺めながら、誰にともなく呟く。
「ななな・・・舐めんじゃないよ!このサンピンが!」
イッチが再び掌を広げて力を込め始めた。
「もういい」
私はショーテルを思い切り振り降ろした。
超高熱の白刃が、イッチへと向かって襲いかかる!
はずだった。
が、何も起こらなかった。
刀身は光り輝いたまま。
私はその場で刀身を振り降ろしただけだった。
ま、そんなマンガか何かみたいにゃいくわけないか。
「バカたれがぁ!今度こそ炭くずみたいに消し飛ぶんだねぇ!」
イッチが再び白い太陽を放つ。
私は今度は右足を踏み出すと、イッチとの間合いを詰めると同時に、上段から刀身を振り降ろした。
奴と私の間合いはこれで充分。
奴は剣客じゃない。
奴に間合いは計れない。
だから、奴は私の三メートル以内に留まった。
私の白刃は、イッチの太陽もろともイッチの肩を袈裟切りに切り裂いた。
私達は、再びいつものモールへとやってきた。
もう身体はヘトヘトだった。
休息が必要だ。
「どうかな?これは」
私は鏡面張りの壁を前に、聖に問いかけた。
鏡の中の私は、ミリタリーベースの、ちょっとルーズなカーキのロングジャケットを合わせている。
ボトムスは前回のデニムに乗馬ブーツで問題なさそう。
これに、胸元が大きく開いたボーダーのカットソーを合わせたら、すごい可愛いと思う。
「いいんじゃない?動きやすそうだし」
聖も鏡の中の私に返した。
聖は、ホテルから近いファッションビルに入っているお気に入りのショップで、先に買い物を済ませていた。
私と違い、聖は決断が早い。
基本的なセンスがいいんだろう。
聖は店内を一周、ぐるりと見回しただけで、自分のコーディネートを決めてしまった。
聖の場合、直撃は受けていないかわりに相手が炎を使ったため、服がところどころ焼け落ちてしまっていたのだ。
聖はゴシック調の重厚な姿見の前で、モデル顔負けのポージングをして見せた。
襟自体はダブルのライダースだが、丈がハーフコート程もある、黒い変形ジャケット。
インナーにはところどころにスカルが混じったヒョウ柄のキャミ。
腿に大きな星型のパッチワークが施され、尻ポケット全体にスタッツが打ち込まれたタイトなデニム。
そのパッチワークにも、キャミと同柄の生地が使われており、本体のダメージ部分にも内側からヒョウ柄が見え隠れ。
まるで服の下にヒョウ柄のラバースーツか何かでも着ているよう。
はっきり言って、超セクシー。
「じゃあ、これにしよーっと」
私はそのミリタリージャケットに決めることにした。
踝まであるロングジャケットに、紫と黒のボーダーカットソー。
それにタイトなデニムと乗馬ブーツ。
聖とまでにはいかないけど、私もけっこうセクシー。
だと思わない?
思うよね?
いや・・・・・無理して返事しなくていいよ。
私達は雨海タワーの正面玄関に立った。
雨海埠頭にそびえる、雨海市最高の高さを誇るタワー。
雨海埠頭は、東京湾に面する市最大のリゾートテーマパークだ。
東京湾の対岸に位置する、外資系の世界的リゾートテーマパークに対抗して建設された、超巨大娯楽施設。
ほんの一週間だけ世界最大の直径を誇った観覧車が目玉の、水族館との複合遊園地。
港を眺めて散歩でき、クルーザーが展示された大きな公園。
東京湾を一望できる展望台を備えた、ホテル兼ショッピングモールを備えた雨海タワー。
日本中から観光客が集まる、東京湾を挟んで二強と言われているリゾート施設だ。
その雨海タワーに、ついに私達は足を踏み入れた。
もはや罠だとかなんとか言ってられない。
ウルフィーも、イッチもすぐに口を割った。
いや、むしろ負ければそのまま口を割るつもりでやってきたのではないか。
やつらの情報は、ドラクラのそれと変わらなかった。
雨海タワーでクロム・ネフューは待っている。
八神の精神体。
ハデスを捕らえ、ついに破壊神を復活せんとしている。
既に駒は揃ってしまっている。
ドラクラ、ウルフィー、イッチ。
そして最後の一人が既にハデスを拿捕し、クロム・ネフューの元へと送り届けてしまった。
破壊神が復活すると、どうなるんだろう。
やっぱり名前通り、破壊するのだろうか。
何を破壊するんだろう。
雨海?日本?世界?
分からない。
でも、分かるのは・・・・
八神を破壊するということ。
「行くよ。要」
聖が私より先に一歩踏み出した。
そんなことさせない。
それは、聖も同じ気持ち。
いや、私よりも更に強いのかもしれない。
だけど、私だって負けてない。
私が八神を助ける。
私は、聖には負けない。
私も一歩踏み出した。
半円式の自動ドアを潜り抜けた先には、天井の高さがゆうに私達の三倍はあろう、ガラス張りのロビーが広がっていた。
「ウェ〜ルカ〜ム!!」
ギュイーン!!!
下品な声と、ギター音が響き渡った。
「イヤー!!」
ロビーの奥には左右からの螺旋階段が繋がった、吹き抜けの二階が存在する。
その声の主は、その二階の手すりの上に立ち上がり、ギターをかき鳴らしていた。
「今度はゾンビか」
聖がうんざりした口調で呟いた。
「やれやれだわ」
あっ。その台詞、現実で聞くとは思わなかった。
私達の前に立ちはだかったのは、どうしようもなくゾンビだった。
ギターを持っているところ以外は。
全身は朽ち果て、ところどころ白骨化している。
目玉は半分流れ出ており、歯もほぼ抜け落ちている。
が、なぜか服装だけはレザーで固められており、一部抜け落ちた髪はディップか何かで逆立っている。
その様相は、まるでパンクロッカー。
今までの三人とは、明らかに一線を画している。
他の連中はこれぞ!というほどの王道的なスタイルを保っていたが、こいつに限ってはゾンビの王道とは決して言い難い。
強いて言うなら、あんなのゲームで見たことあるけど。
「俺の名はゾン!!てめーら、今、ココで、ぶちのめして逝かせてやるぜぇ!!!」
「行くよ、要」
聖が鋭くそう言った。
続く。
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