第二十二話「やっつけろ!」
どうする?
この相性の悪さ。
この実力さ。
冷静になれ。
熱くなるな。
身体はどうだ?
動かせるか?
ダメだ。
思うようには動かない。
あとどの位で動く?
あと十秒?
二十秒?
それじゃ間に合わない。
奴はもう私のすぐ傍まで来ている。
私を殺そうとしている。
どうする?
私はこのピンチを乗り切れる?
乗り切れない?
「カカカ・・・。どうやらもう動く事もできねーらしいな。拍子抜けだぜ」
ウルフィーは、その禍々しく尖った鉤爪を再びペロリと舐めた。
「あっけねぇ。こんな雑魚相手に、わざわざ俺が出向く事もなかったんだ。こんなクソ雑魚小娘にやられたなんざ、ドラクラの奴も全く情けねぇ。どうかしてるぜ」
よく喋る奴。
それでも私の身体はまだ動かない。
あとどの位で動く?
「さて、うだうだもしてらんねぇ。さっさと始末しちまおう」
ウルフィーが私の傍らに立った。
「じゃあな。潔く、死ね」
鉤爪を高々と振り上げる。
「うが!?」
その瞬間だった。
ウルフィーが小さな悲鳴を上げた。
奴の背から、白い煙が立ち上る。
焦げたきな臭い臭いが漂ってくる。
私は目撃していた。
私にトドメをさそうと、奴が鉤爪を振り上げた瞬間、突如として奴の背中を真っ赤な火球が襲ったのだった。
「・・・・・・・」
ウルフィーは白煙を上げたまま、その場で沈黙していた。
「ってめぇ!!!ばばぁ!!!!」
くるりと振り返ると、ウルフィーは絶叫した。
「どこに目ぇつけてやがる!!この老いぼれが!!!!目ん玉腐っちまったのか!?ちゃんと狙って打ちやがれ!!」
怒り心頭。
両手を振り上げ、地団駄を踏んで喚き散らしている。
その様は子供同然だ。
「このばばぁ!!聞いてんのか!?」
「うるせー小僧だね!悪かったわいな!流れちまったんだからしかたないだろーがね!」
「ってめー!なんだ、その言い草は!!」
魔女は未だに聖を火球で牽制しつつ、それでもこちらを向いてウルフィーの相手をしている。
「だから悪かったって言ってろーが!しつこいよ!」
「ってめー、イッチ!あとで覚えとけよ!」
ようやく気が納まったらしく、ウルフィーは舌打ちをして腕を下ろした。
なんとも子供じみたやりとりを聞き終え、私はある事に気付いていた。
この状況に、活路を見出すにはこれしかない。
私は指先に力をいれた。
動く。
あのくだらない会話が時間稼ぎになった。
やるしかない。
ウルフィーが再び振り返るその前に。
私は出来るだけ音を立てないよう心がけ、ゆっくりと立ち上がった。
「あっ!てめー!」
まだ完全に立ち上がる前に、ウルフィーはこちらに振り返り、私は奴とバッチリ目が合ってしまった。
「あっ」
私は小さく声を漏らし、そして小さく笑みを浮かべた。
音を立てずにショーテルを一閃。
ウルフィーの足元を薙いだ。
「ちっ!」
その剣はあっさりとかわされたが、そんなのは想定内。
ウルフィーが剣を避けるために一瞬後退した瞬間を見計らって、私は一気にその場を後にした。
ウルフィーに背を向け、私はロビー内をレストランの方へ向かって駆け抜けた。
背後には、グングン迫り来る気配。
私はレストランの入り口の三メートル手前で立ち止まる。
ウルフィーが立ち止まった私に襲い掛かろうと、踏み切る気配を感じる。
私はその場から二歩だけ、更にレストラン側へ踏み出した。
ウルフィーは、最初に私が立ち止まった位置に照準を合わせて踏み込んでいた為、先ほど私のいた地点へと着地した。
「がぁ!!」
小さな爆音と、悲鳴が私の耳へ届いた。
ウルフィーが着地したと同時に、奴の右半身をロビー奥から飛来した火球が襲ったのだ。
ビンゴ!
私は振り向きざまに、ウルフィーの胴を薙いだ。
ウルフィーは身軽に後退し、その剣を避けようとしたが、私の切っ先は奴の腹部を浅くだが捕らえていた。
「っ!!」
声にならない声が、牙の間から洩れ出るのが聞こえる。
「っめぇ・・・・」
歯軋りが聞こえる。
ウルフィーの右半身は、毛が焦げて縮れ、またもやくすぶった白煙を上げていた。
「どうしたの?そんなに焦げちゃって。また流れ弾にでも当たった?」
私は敢えて挑発するように、茶化したような声で奴に言葉を投げかけた。
「いい気になるなよ。たまたま流れ弾が当たっただけじゃねぇか。てめぇの剣なんざ、俺に掠っただけじゃねえか!」
ウルフィーが言い終えるか、終えないかの内に、私は再び走り出していた。
今度はそこからロビーの奥側へ。
つまり、聖と魔女が戦っている方向。
しかし、真っ直ぐそちらへ向かっているのではなく、微妙に迂回するコースを取っている。
ウルフィーもすぐに反応し、私に平行して走ってくる。
が、ウルフィー本人は気付いてはいないが、奴が走っている場所は、聖・魔女の交戦するフィールドと、私の間に位置しているのだ。
私はウルフィーに視線を悟られぬように、最小限の目の動きで聖と魔女の動きを確認する。
丁度、ウルフィーの左後ろ辺りで、聖が火球を避けるのが見える。
あと二メートルくらいか。
私はそこから二メートル進んだ場所で一瞬足を止めた。
ウルフィーが、すぐさま私に襲い掛かろうと踏み切った。
その鋭い鉤爪が私の肉に突き刺さろうかというその刹那だった。
ぼうぅん!!!
また再び、ウルフィーの背に火球が直撃したのだった。
奴の鉤爪は、私に届くことなく、その場に崩れ落ちていった。
「ってめぇ・・・・このばばぁ!!!」
立ち上がりながら咆哮し、ウルフィーは魔女の方へ振り返った。
「さっきから何度も何度も!!てめぇ!俺の邪魔がしてぇのか!!!」
その声は、怒りを通り越したのか、震え、上ずっていた。
「何言ってんだい!?おまいがあたしの火球の軌道に入ってきたんだろーが!」
「何だと!?こらぁ!!!」
「うっさいんだよ!この犬っころが!おまいはその小娘にいい様に誘導されてるだけだろーがね!ようく周りをみるんだね!!」
あーあ、魔女め。
正解を教えちゃいやがった。
私は一人で軽くため息をついた。
「・・・なんだと?」
ウルフィーがゆっくりとこちらを振り返った。
「てめぇ、このクソガキ。てめぇがわざとこの俺に火の玉を当ててたってのか?あん?」
狼の顔はあからさまに血が昇っていた。
表情は完全に崩れ、目玉は血走り、牙の間からは涎が滴っている。
どうやらマジで怒らせてしまったらしい。
だが、それすらも計算のうち。
怒らせれば怒らせるほど、私にとっては好都合。
つけ入るなら、この怒りの隙間だけなのだから。
「そんな狡い芸当が、てめぇなんざに出来るってのか?そんなこたぁねぇよなぁ?ああん?」
「さぁ、どうだかね?あんたがバカだから、勝手に当たっただけなんじゃないの?」
「っ・・・の、クソガキがぁ!!!!」
(この小娘!身体中グズグズに引き裂いてやる!このまま鉤爪で捕らえて、のどを噛み砕いて、グチャグチャのミンチにしてやる!)
やっぱり・・・完全に頭に血が昇っている。
これでこいつの心が読みやすい。
多分、動きの全てが心理に現れて、単調になる。
私はウルフィーの両腕をすり抜けると、懐を通り抜けて、奴の脇腹から抜け出した。
動き自体が単調だ。
今のこいつだったら、私の身体能力でも簡単に対応できる。
ウルフィーの背後をとった。
最大のチャンス到来。
このまま串刺しにしてやる。
(なんだと!?小娘、すり抜けやがった!ちきしょう、捕まえてやる。後ろか!?)
ウルフィーが振り向いた。
私はその動きを無視して、奴の脇腹にショーテルを突き立てた。
「バカが」
ウルフィーの声が、私の背後から聞こえた。
私は戦慄した。
全身に鳥肌が立つのを感じた。
「遅いんだよ、ガキ。お前が突き刺したのは、俺の残像だ」
なんてこった。
動きは単調だけど、速度自体は変わらない。
やっぱり私の身体能力ではまともにやり合うなんて不可能なのか?
ウルフィーの腕が、私の襟首をガッチリと掴むのが分かった。
(そうだ、こいつも俺と同じ目に合わせてやる。殺すのはそれからでも遅くはねぇ)
私は襟首を持たれ、凄まじい力で引っ張られた。
「ほらよ。てめぇはこっちだ」
そう言って、私を持ち上げたままウルフィーは魔女の方へと向き直り、私を高々と突き上げた。
「おい!イッチ!」
ウルフィーが叫んだ。
イッチ。
それがあの魔女の名前らしい。
「こいつを狙え!」
私は奴の右腕によって持ち上げられ、的としてウルフィーの右前方に突き出された。
「あいよ〜」
魔女イッチの指先に、小さな炎が生まれる。
そして、それは次第に膨らみ始め、最後にはバスケットボール程の大きさの火球へと成長していった。
「やめろ!バカ!」
遠くで聖の声が聞こえる。
振り下ろされた腕と同時に、イッチの指先から火球が放たれる。
火球はとんでもない速さで私に迫ってくる。
瞬きをするごとに、その大きさは見違えるほど大きくなって、私を飲み込もうとしている。
もうダメだ。当たる!
私は咄嗟にショーテルを前に突き出した。
火球がショーテルの腹に触れる。
私が目撃したのは、ショーテルに触れた火球がその接点から真っ二つに裂かれる一部始終だった。
「がはっ!!」
またもやウルフィーの悲鳴が聞こえた。
それと同時に、私の身体は奴の腕から空中に開放されたのだった。
私のショーテルによって分裂された火球は、そこから左右に別れ、私の丁度斜め後方にいたウルフィーの顔面を捕らえたのだった。
マジ?
これには私も驚いた。
まさか火を切れるなんて、思ってもいない。
私は急いでその場を離れつつ、自分の手に握られたショーテルをじっと見入っていた。
どういうわけだかは分からないけど、これはいいや。
私にとっては理想的な展開だ。
私がこの戦いに見出した活路。
それは、私と奴がタイマンを張っているわけじゃないこと。
このホテルのロビーという空間には、私とウルフィー、聖とイッチという二組が戦っているが、それはただ単にあいつらが勝手に個別に襲ってきただけ。
この空間自体では、四人がいっぺんに戦っているのだ。
つまり、ウルフィーだけを相手する必要はないのだ。
聖やイッチの動きを見て、フィールドとして利用して戦うべきだ。
それが、私達の実力差を埋める最善の方法なのだ。
火球を私の剣である程度操作出来れば、これ以上の武器はない。
このフィールドは、やっぱり私に味方している。
「うぐぐ・・・」
流石のウルフィーも、顔面への直撃はダメージが大きかったらしい。
顔を手で覆い、その場に跪いていた。
私は用心のため、その場から更に飛び退いて、ウルフィーとの距離をとった。
奴のダメージも半端ではないとは思うが、私のダメージもかなり大きい。
かろうじて動けてはいるが、内臓に喰らったダメージは長引くし、じわじわと効いてくるもんだ。
次、もしもボディにダメージを喰らったりしたら、そこでK.Oは必至。
慎重に慎重を重ねて損はないはずだ。
「ちくしょう・・・・このド畜生が!!!おいイッチ!!てめぇ、その火の玉をなんとかしやがれ!!」
もう何度目のシーンだろう・・・。
こうやってウルフィーがイッチに当り散らすのは。
「なんとかって、どうすりゃいいんだい!?冗談じゃないよ!」
イッチの抗議も当然だろう。
なんせイッチ自身も、あの聖を相手にしなきゃならないのだから。
聖と戦いながら、こちらの状況も確認して戦うなんて、いくらなんでも負担が大きすぎるだろう。
「うっせー!バカたれが!とりあえず何とかしやがれ!水でも雷でもなんでもいい!火以外ならなんでもいいから、何とかしやがれ!!」
「全く、勝手なことばっかり言ってるんじゃないよ!このボケが!これでどうだい!?」
そう言ってイッチは指先に、再び何らかの力を集中し始めた。
「喰らえ!!」
放たれたのは、氷の塊。
イッチは、炎から氷へと攻撃方法を変えたのだ。
またもやバスケットボール大にまで膨れ上がったの氷の弾丸が、私に向かって飛んでくる。
私は内心ほくそ笑んだ。
これを待っていたのだ。
氷はあくまで固体なのだ。
明らかに炎より扱いやすい。
私は両手でショーテルの柄を握りなおすと、身体を横に向けて顔の横で剣を構える。
氷が私の目前まで迫った。
私はタイミングを計ると、腰を回転させて思い切りショーテルを振り抜いた。
そう。
野球のバッティングのスイングのように。
「うりゃぁ!!!」
ジャストミート!
私は身体のひねりと、ショーテルの角度を調整する。
狙うはライトスタンド、高度な広角打法が要求されるぞ。
私は手首がぶれないように力を込め、慎重にショーテル振り抜く。
私に弾き返された氷の弾丸は、一直線にライトスタンドに。
というか、ウルフィー目掛けて吹っ飛ばされていった。
「な、なにぃーー!!!???」
突然の出来事。
しかもウルフィーと私の距離はほんの数メートルしか離れてないのだ。
いくら奴でも、この距離、しかもこんな意外な出来事に、反応できるわけがない!!
ゴッ!!!!
私が打ち返した氷の塊は、見事にウルフィーの腹を捕らえた。
必死にその氷を受け止めようとするウルフィー。
「ぐうううう・・・」
しかし、そんな事はさせない!
私は一気にウルフィーの元へと走り寄ると、氷の塊の上から思い切りショーテルを叩きつけた。
「うううああああ!!!」
氷の勢いと、私の剣の威力。
その相乗効果は絶大だ。
さすがのウルフィーも耐えられずに、身体が浮き上がり始めている。
「ぐうううう・・・負けるか!!」
必死で耐えるウルフィー。
ここまで来ると、その根性は尊敬に値する。
だが、私はそれで手抜きはしない。
私も全力で勝たせてもらう。
それが礼儀だ。
「これで」
私は思い切りショーテルを振り上げた。
「終わりだーーー!!!!」
私はありったけの力を込めて、剣を振り抜いた。
「ぐあああああ!!!!!!」
悲鳴と共に、ウルフィーの身体は浮き上がる。
「ぐああああ・・・・」
凄まじい勢いで、ウルフィーを氷の塊ごと吹き飛ばした。
私は気持ち良くなって、昔マンガで読んだ台詞を引用して、こう言ってやった。
「アリーヴェ・デルチだ。(さよならだ)」
続く。
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