第二十話「死角と刺客」
聖の戦闘におけるセンス、勘は実に天才的だ。
そのレベルは、いち女子高生の域を遥かに超越していた。
基本的なスピード、レスポンス、フィジカルの強さは今までの戦闘で既に証明済み。
そして特筆すべきは、その判断・決断力、経験値の高さ。
過去、喧嘩などにおける経験が、聖にこれらの力をつけたのであろう。
そしてここに来て、更に加わった新たな能力。
空気の流れを感じる能力。
これには少し語弊がある。
正確には異常進化した「触覚」。
あらゆる部位の触覚が極限まで研ぎ澄まされ、それが結果として微かな空気の流れまで敏感に察知しているのだ。
聖の戦闘における、理論上の唯一の弱点。
それは、その肉体の細さからくる、一発の破壊力の低さ。
しかし、聖にはそんな常識が通用しない事を、私はこの戦闘中に思い知らされる。
「てい!」
つい先ほど、聖が頭を蹴り飛ばした一体。
最も手近にいたそいつの胸板を、聖の飛び蹴りが襲う。
派手な音を立て、仰向けに倒れこんだそいつの頭上に、私は素早く回りこんだ。
本来、首があるべき場所を覗き込むと、そこは本当に何もない、暗闇だけが広がる空間となっていた。
私は一瞬だけ、その内部を観察した。
暗闇の中に、ぼんやりとした光が見える。
あれがミソか・・・
私はショーテルを軽く翻すと、スッと内部へと滑り込ませた。
果物ゼリーにスプーンを差し込んだ時のような、軽い弾力が伝わってくる。
それでも強引にショーテルを通す。
剣が通り抜けたと感じた瞬間、鎧から力が抜けた。
薄い灯火は消えうせ、残ったのは、重厚なプレートメイルだけであった。
「聖!やったよ!」
私は勢いよく背後へと振り返った。
「よっしゃ、でかした!」
聖は既に、無傷で残っていた最後の一体の頭部を蹴り飛ばしていたところであった。
私はすぐに立ち上がると、聖の元に駆け寄った。
そして、聖が転ばせたそいつの胴体部に深々とショーテルを突き立てた。
「おーし、こりゃいいや!」
聖は嬉々として言った。
私は周囲に視線を巡らせた。
残りは、一番最初に私達が吹っ飛ばして、ロビーの奥から這ってくるやつ。
兜を投げつけてきたやつ。
聖が外に蹴り飛ばしたやつ。
の三体。
私達は視線を交わし、次の標的を確認した。
兜を投げつけてきたやつ。
まずはそいつにトドメをさし、そのまま外へ。
そしてロビー内部に戻って、ポセイドン達と合流しつつ、奥の最後の一体にトドメを指して終了だ。
私達は一斉に駆け出した。
すぐに窓際を這っている、頭のない上半身の元へと到達する。
そこへ立ち止まる私を残し、聖はハードルの要領でガラスの破片と、外の垣根を越えて、道路へ飛び出していった。
私はすぐに鎧内部の灯火を確認すると、速攻でショーテルを突き立てた。
すぐさま立ち上がると、私も聖の後を追って外を目指した。
見ると、聖は歩道で鎧と交戦中であった。
上半身だけで外に蹴り飛ばされたその一体は、意外にもまともに聖とやりあっていたのだ。
両腕で身体を支え、聖に向かって拳を繰り出している。
私は外に出るために、多少てこずっていた。
思ったよりも、ガラス片は高く残っているし、外側の垣根は結構な幅で植えられている。
何で聖はこんなのを何の躊躇もなく、一足飛びで飛び越えられるんだ。
怖くないのかねぇ。
こういったとこも、聖がものすごいと思わざるを得ない要因だ。
私はゆっくりゆっくりと尖ったガラス片がそびえる窓枠を乗り越えると、やっとこさ垣根の前へと飛び降りた。
私は、背後から何かの気配を感じて、その場にしゃがみ込んだ。
ブゥン!!!
ものすごいスイング音が私の耳に届く。
頭上を見ると、鎧の下半身が、飛び蹴りのポーズのまま通り過ぎていくところだった。
危なーい。
私は内心ヒヤヒヤした。
こいつら、思考が流れ込んでこないし、表情も何もないから動きが全く読めない。
常に周囲を五感で確認しておかないと、こういった風にいきなり不意打ちを受けることになる。
私の頭上を通り越した下半身は、そのまま一直線に聖と交戦中の上半身を目指して走っていった。
「聖!後ろ、危ない!」
私は立ち上がりながら聖に注意を促がした。
聖は振り返らずに、上半身に蹴りを放っていた。
しかし、聖の能力の前にはそんな注意は無用だ。
下半身が聖に蹴りを放つ。
聖は全く振り向きもせずに、その蹴りを受け流した。
聖にかすりもしなかったその蹴りは、上半身に直撃し、そのまま全身仲良くもみくちゃになって転がっていった。
私は急いで垣根を乗り越えようと必死だったが、意外にも密な枝にてこずっていた。
そんな私は、何とも言えない奇妙な光景を目にした。
お互いにぶつかって、もみくちゃになっていた鎧の上半身と下半身が、ぴたりとくっついて立ち上がったのだ。
「聖!」
私は叫んだ。
聖はその掛け声に、わざわざ振り向いて応えた。
「だいじょーぶ!何てことないよ」
その余裕の隙をつかれた。
鎧は聖の後頭部に向けて、かつてない程の鋭いパンチを放ったのだった。
聖は、またもや振り返ることもなく、鎧の胴体部にカウンターの回し蹴りを叩き込んだ。
鎧の上半身は、再び下半身と離れて吹っ飛ぶ。
と思った。
しかし、違った。
なんと鎧は、聖の蹴りをその場で踏ん張り、受け止めたのだ。
しかも、そのまま聖の足首をガッチリと掴んだのだ。
「何だ!?こいつ!」
聖は驚愕の声と共に片足で飛び上がり、身体をひねり上げると、その反動で鎧の頭部に蹴りを放つ。
その回転に耐え切れず、鎧は聖の足を手放し、頭部は蹴りを喰らって跳ね上げられた。
聖は回転したまま空中で体勢を立て直し、身軽に地面へと着地した。
私は未だに垣根から抜け出せずにいた。
ところどころに散らばっているガラス片を避けながら歩くのは、思っていたよりも骨が折れた。
早く出なきゃ。
気だけが焦っていた。
思い起こせば、ガードをしたのは、あの鎧だけであった。
あの一体だけが、他の固体に比べて多少なりとも技術的な行動をしたのだ。
それだけでも、あの一体だけが他とは異なった存在だという証明になる。
しかも、あいつは最初と違い、聖の蹴りを喰らっても関節が断裂しなくなっている。
これは、私がショーテルで首を落とさない限り、体内の灯火を絶つ手立てがないということだ。
しかし、私は未だに垣根を越えられずにいる。
聖があの程度の対術しか使えない敵に負けるわけはないと思う。
しかしながら、あまり戦闘が長引けば、無駄な体力を使い、戦闘の精度が下がりかねない。
私は気だけが焦っていた。
聖は、軽く跳ねると、二、三歩ほど後退していた。
少し距離をとって、セーブしながら戦うつもりらしい。
と、私は思った。
聖は地面を蹴り、一気に鎧の懐へと入り込んだ。
そして、そのままのスピードで横蹴りを鎧の胸部に叩き込んだ。
蹴りが入る瞬間、聖の左足首、左膝、股、右膝、右足首の関節が、順に伸縮したように感じた。
そして、その伸縮に合わせて、前と同じく、聖の足が一瞬だけ膨らんだように感じた。
ゴッ!!!!
重い、本当に重い音が早朝の街中に響いた。
聖も、鎧も、その体勢のまま動きを止めていた。
朝焼けの淡い日差しが、二人の姿を優しく包み込む。
鎧は一度だけビクリと痙攣すると、そのまま地べたにくずおれた。
そのまま動かなくなった鎧の胸元には、聖の靴跡がくっきりと押し付けられており、朝の光がそのくぼみに反射していた。
私には、聖が何をしたのかが分かった気がする。
今の聖の蹴りの破壊力。
それは今までの蹴りの非ではなかった。
鋼鉄の板で出来た鎧に、靴跡をクッキリと刻み込むほどの威力は、それまでの聖の蹴りでは考えられない。
聖の身体からは、スピードはあっても威力のある蹴りは生み出さない。
それは聖自身も自覚していたに違いない。
聖はほんの数歩の距離でも、最高速に達するだけのレスポンスを持っている。
最高速から蹴りを放てば、当然多少の威力は増す。
しかし、聖の体重では、いくらスピードが速くても、上がる威力はたかが知れている。
何故なら、威力を上げる最も大きな要因は、体重移動だからだ。
聖の体重では大したプラスにはならない。
そこを威力に結びつけたのが、先ほどの蹴りだ。
聖は、身体の移動スピードのベクトルを、そのまま打撃に乗せることに成功したのだ。
身体を移動させてきたスピードを、体内のバネを使ってそのまま衝撃として打撃に還元し、元々の蹴りの威力、自分の体重に上乗せし、そのまま相手に流し込んだのだ。
それは圧倒的に高い技術力。
前述したとおり、聖の基本的な身体能力はまさに天才的だ。
そこに加わるのが、この「センス」なのだ。
聖は、直接は戦闘に関係のない、言わば無駄なエネルギーを、余すことなく戦闘に活かす技術を持っているのだ。
恐ろしいまでのテクニック。
聖の最大の武器は、このテクニックにあると言っても過言ではない。
私は、舌を巻いた。
聖の背中が朝日を浴びている。
その姿は神々しくさえあった。
聖はまだまだ遠い。
私は改めて確認した。
「要、そこで何やってんの?」
聖が振り返って言った。
その時私は、垣根の中でバランスを崩して、ガラス片に手をつきそうになって、生まれたての子馬のような姿勢で冷や汗をダラダラかいていたところだったのだ。
「ちょ、ちょっと、聖助けて!」
私は本気で焦りながら、聖に助けを求めてしまった。
聖の勝利の背後で、私は一人で勝手に絶体絶命に陥っていた。
お恥ずかしいことですが・・・・。
聖の手を借りて、なんとか体勢を立て直すと、私達は再びホテルのロビーへと舞い戻った。
「えええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!!??????」
「えええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!!??????」
私達は同時に悲鳴を上げてしまった。
それも当然だ。
私達がロビーに振り返った時には、広々としたその空間は、無数の、大量の、ありえないほどの鎧の群れで埋め尽くされていたのだから。
「ちょ!何これ!?」
「ありえないぃぃぃぃ!!!!!」
私達は口々に叫び声を上げた。
鎧たちは互いにひしめき合い、まるで甲虫のような軋んだ音を立て合っている。
「気持ち悪い!!!」
聖は大声で絶叫していた。
私はロビーの中央辺りに、鎧の壮絶な群れに囲まれ、それでもなお必死に戦い続けているポセイドンら三人の姿を発見した。
「やばい!このままじゃ、三人が危ないよ!」
私は聖に言った。
「早く助けなきゃ!」
「う、うん。ちょっときもくて嫌だけど・・・」
聖は引きつった声で返事を返してきた。
そんなん、私だってきもいわ!
私は胸中、毒づいた。
でも、これはやばい。
抜き差しならない状況というやつだ。
一体一体を相手にすれば、大したことない相手だということは先ほどまでの戦闘で実証済みだ。
が、問題なのは、倒すまでの過程が数段階あるということだ。
頭を飛ばして、内部を傷つける。
そういう段階を踏まなくてはならない分、複数を一気に倒すのには向いていない相手なのだ。
しかも、さっき聖が倒したやつみたいに、ある程度の耐久力、技術をもっている個体が混ざっている可能性もなくはない。
こいつらを一度に相手にするのは、今の私達にとってはかなり難易度の高い状況だ。
私はゴクリと喉を鳴らした。
神経を集中しろ。
相手を倒すことだけを考えろ。
攻撃を避けることだけを考えろ。
それ以外の何も考えるな。
考えたら、私達の負けだ。
私達は覚悟を決め、鎧の群れの中に飛び込んだ。
聖の一発目の蹴りが、手近な一体に直撃した。
その途端だった。
バランスを崩したそいつは、背後の鎧をなぎ倒し、ばったりと絨毯に倒れこんだのだ。
そして、そのまま将棋倒しで後ろの鎧たちもガタガタと倒れていった。
私も手近な一体を斬りつけた。
切れはしなかったが、鎧はベッコリと凹み、聖の時と同様に、後ろの鎧たちを巻き込んで、倒れ伏していった。
「よわっ!!!」
聖は大爆笑していた。
明らかな見掛け倒しだった。
この鎧の群れ、先ほどまでの連中とは比べ物にもならないほどに弱体化している。
これなら、一気に片付けることも難しくはない。
私はこの事実に希望を見出していた。
私達は順調に片付けていった。
しかし、それも長くは続かなかった。
確かに一体一体の戦闘力は低いが、こいつらのトドメの刺し方自体は、前の連中とは変わらなかったからだ。
倒しても、倒しても起き上がってくる。
私達は、倒してもすぐに甦る鎧に阻まれ、中々前に進む事が出来なかった。
そんな時だった。
私の中に、いきなり声が届いてきた。
(やっぱりこんだけ大量に操ると、個体の能力は低下するわいな)
!!!
私は辺りを見回した。
今日始めての声。
(いいさ。あくまで時間稼ぎだ)
複数の声。
どこだ、どこにいる!?
私は焦った。
声はかなり大きかった。
これはこの声の主がそばにいるということに違いない。
きっと、目で捉えられる範囲にいるはずだ。
私は鎧たちを蹴散らしながら、必死になって周囲を探った。
(さて、そろそろ頃合か)
私は前方の三人に目をやった。
彼らはすでに消耗著しく、動きが鈍くなっている。
まさか、
私が最悪の考えを巡らせた瞬間だった。
ポセイドンら三人の頭上の天井から、何かの影が伸びてきた。
影はすさまじいスピードで伸びると、一瞬でハデスの肉体を絡め取ると、そのまま縮み上がり、ハデスごと天井の隙間に消えていった。
「聖!」
私は悲鳴を上げた。
「どうした!?要」
鎧との戦闘に集中しており、聖はその出来事に気づいていなかった。
「ハデスが、ハデスが!八神君が!」
私は叫んだ。
「八神君!!!!」
続く
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