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THE MARVELOUS APES
作:比奈



第二話「激しい夜」


あれは八月の最後の土曜の事だった。
うちらは休みをフルに活かし、毎週2回を目安にいつも使っている{BORN IS DEAD}というライブハウスでGIG漬けの夏を送っていた。
その最終GIGにあたったのが、ちょうどその土曜日の夜だった。
観客も満員状態で、およそ70人といったところか。
いつも通りオリジナルの楽曲を中心に、たまに受けのいいコピーをやったりと、その日も結構いい感じに進んでいて、もうそろそろクライマックスというところに差し掛かっていた。
そんな時だった。
私は汗だくになってアップテンポなロカビリーナンバーをがなりたてていて、聖も八神も、海も桜も、そしてフロア全体を巻き込んでみんな一気に最高潮まで達しようとしていた。
Bメロを歌いきり、今から懇親のサビへとなだれ込む。
私は思い切り息を吸い込んで、サビの最初の歌い出しを頭の中に思い浮かべていた、その時の事だった。

私の視界に、何だか分からないが何かおかしい。
そんな映像が入り込んできたのだ。
フロア向かって右奥の隅。
私の位置からはトイレの小汚いドアが見える場所。
そこから制服を着た女子高生が、扉に手をかけ身体をひきずる様に現れてきた。
うちらのとは違う制服。だが、その制服のブラウスは半分肩からずり落ち、ところどころ破れて穴が開いている様子。
靴も片方しか履いてないし、靴下は半分脱げかけていた。
更には口の端が、何か黒いもので汚れているように見えた。
暗くてよくは分からない。が、直感で分かった。
血だ。

その後ろ、トイレの中から更に数人の、男と思わしき腕が伸びてきて、その女子高生の腕や胸、肩、頭を鷲掴みにした。
必死で抵抗する様子が伺えた。
が、虚しくも女子高生の身体は再びトイレの中に消えていった。

瞬間だった。
サイドでリズムを刻んでいた聖のギター音が、パッタリと聞こえなくなったのだ。
と思うと同時。
いや、むしろ思ったときにはそれは起こった後。
私の目の前を、黒い影が光速ですり抜けていったのだ。
あまりにもテンションの上がった会場は、聖がステージから消えた事すら気がつかなかったと思う。
そして次の刹那、

   めぎきっ!

硬いものがぐしゃりと踏み潰されるような、耳障りな音がフロア中のスピーカーからたたき出されていた。
一瞬の静寂。

私は自分の目を疑った。
聖のリッケン620が、トイレの入り口で男のうちひとりの顔面を、中のタイル床に向かって殴り倒した瞬間だった。

殴られた男の仲間は当然怒り狂った。
我を忘れて聖に殴りかかってくるのだが、聖はその拳ごと振り回したギターでぶん殴る。
当然、大振りのギターは関係のない観客をなぎ倒す。
それからはもう大乱闘。
ステージにいたうちら他のメンバー達にもトイレの男達が襲い掛かってくるし、メンバー達はそれぞれ相棒片手に次々とそいつらを壇上から叩き落していく。
聖は混乱の中、トイレの男達の顔面をひとりずつ丁寧にフロアに沈めていく。
そのうち何が何だか分からなくなり、メンバー全員フロアへと飛び込み、だれかれ構わず殴り倒していったし、観客達もとりあえず手近の人間に殴りかかっとけといった始末。

気がついた時にはライブハウスにいた全員が、警官の手によって血まみれのフロアに身体ごと押さえつけられている状態だった。


 当然うちらはそのまま雨海署へと連行された。
ライブハウスから出るとき見たのは、張りめぐらされた黄色い結界と無数の赤色灯、そして膨大な数の野次馬の群れ。

警察署に着いたとき、連行された人数がほんの十人程度に減っているのに気づいた。
それもそのはず。
警察になんかに来るよりも、何はなくともまず病院。
ほぼ八割の人間が病院送りにされていたのだから。
残ったのはメンバー五人、従業員が三人、客が何人か。
その中でもっとも人を殴ったであろうと思われる聖が最も汚れもなく、体力の消耗が少なく見えた。

それからうちらはみんなバラバラの取調べ室に押し込まれ、日付も変わった午前三時まで、延々五時間に渡る取調べを受け続けた。
顔も身体も、返り血でがさがさだった。
三時を回った頃、海だけを残してもう帰っていいと言われた。
海だけを置いていく事に多少の罪悪感があったが、海は
「そんな格好で帰ったら父ちゃん母ちゃんが腰抜かしちゃうだろう。帰りに銭湯でもよって、今日は聖に泊めてもらえ」
そう言ってくれた。


後は、海から聞いた話。
うちらメンバーは、何であんな乱闘が起きたのかの経緯や説明
を出来たが、他の連中は違ったらしい。
署でも病院でも、全員が全員何も分からなかったと証言した。
気がついたら誰かに殴られてたから、殴り返した。
みんなそんな程度の認識。
ライブハウスのスタッフや他のバンドの連中すら、気がついたらもう乱闘は始まっていた状態だった。
そんな状況の中で、きちんとした証言をしたのがAPESのメンバーだけ。
これでは警察も判断のし様がない。

午前二時。そこで出た新証言。
病院に運ばれていた、被害者の女子高生。
その日彼女たちは、友達二人連れでうちらのGIGを観に来ていた。
ふたりは典型的なギャルだったが、聖の大ファンだということで、純粋にGIGを楽しみに来たのだという。
だが本人がどんなつもりでも、ライブハウスにギャルが制服で現れたら、嫌でも目をひいてしまう。
どんなに声を掛けられても、GIG目当ての彼女らは無視を決め込むつもりでいた。
そんな中、執拗にナンパしてきたのが聖が殴り倒した男たちだった。
彼女らは五人で来ていたその男のあまりのしつこさに、いい加減頭にきて激しく罵倒したという。
結果があれ。
ふたりは無理やりトイレへ連れ込まれ、しこたま殴られた挙句、まわされそうになった。
一瞬できた隙をみて、ひとりがトイレの外に逃げ出したその瞬間を、私が目撃し、同時に聖が助けに入ったという事だった。

ギャルふたりは、全身を打撲しており、頬骨や肋骨など数箇所を骨折する大怪我を負った。
目を覚ました時には、聖が自分たちを助けてくれた事だけは覚えていた様で、状況を聞くと、青ざめた顔で警察官に今の話を申し出たという。
そして午前三時。
私達は無事解放されたというわけだった。

その後も色々あった。

ここまで大きな騒ぎになったのだ。
まずは学校。次に親。
親にはとりあえずのところ言い訳して誤魔化せばよかっただけだが、問題は学校。
私立校だし、そういう問題には敏感。
見つかれば即退学。
更には学校から親に連絡されるのが痛い。
ただでさえバンドをやるのを反対していて、成績さえ落とさなければいいという約束を守る事で何とか許可を得ていた。
それに何よりこんな乱闘なんかに関わったのを知れば、ママは卒倒しちゃうだろうし、パパは「不良に育てた覚えはない」なんて言って、きっと家から出してもらえなくなる。
それは絶対に勘弁だ。

私はしばらくの間、いつバレるかとビクビクしながらの生活を強いられた。

警察から解放されて聖の家で昼まで寝て、その後家に帰ろうと思った時だった。
海からの着信。
私達は再び雨海署へ呼び出された。
そこで私達が昨晩、海を担当した刑事に言われた事がこうだ。
「お前ら、今回の事はがっこや家族には言わないでといてやるからな」

ラッキー!

理由は、
 まずはギャルとうちらの言い分が認められた事がひとつ。
 次に聖に半殺しにされた男たちは、警察が前々からマークしていた薬の売人で、ちょうどその日のGIGにも商売で来ていた事が分かったから。
 三つ目は、乱闘の直接の原因が、聖が男たちに殴りかかったからと立証されなかったから。要は自然発生として処理されたのだ。
 最後は一番簡単。海や八神と顔見知りの刑事が何人かいて、
今回の経緯を聞いて取り計らってくれたからだった。

とりあえず刑事的には事なきを得た。
傷害に関しても、正当防衛で通してもらえたし。

その時はとりあえずハッピーでこの話は幕を降ろした。
めでたしだ。

それから何日かして何となく私と聖は、まわされそうになってたギャルのお見舞いに行く気になった。
病室に入ると、ふたりはベッドを仲良く隣に並べてファッション誌かなんかを見ながら、馬鹿みたいに大笑いしていた。
肋骨を折ってる割にはやたらとデカイ声。
格好だけはひとりはまだ病院の浴衣を着ていたが、もう片方はダブダブのスウェットの上下。
病室にも関わらず、何故か完璧なばっちりメイク。(目の周りがもう真っ黒だ!)
本当に典型的なギャル。
ふたりは私達、というより聖の姿に気がついたようだった。
鼓膜が破れるかと思うくらいの悲鳴。むしろ絶叫。
ふたりとも足はやってなかったみたいで、雑誌を放り出すとベッドから飛び降りるようにして駆け寄ってきた。
口々に
「ぎゃー!マジで聖ジャン!」
「うおー!すげぇ、来てくれたの!?」
喚きちらしている。
タフなやつら。
聖の方にちらりと目をやると、私同様にもう勘弁といった表情。
別に私達としても、ギャルだからどうとか言うわけじゃない。
普通にうちらの学校にもそういう趣味の子はたくさんいるし、何人かは友達付き合いもある。
ただ、この狭い空間のこの距離でのこのテンションが勘弁願いたいだけなのだ。

「チョーサンキュー!聖ってマジカッケーよ!」
「まさか来てくれるなんて思わなかったし。マジで嬉しい}
「えー?しかもお見舞い!?その花!?ケーキ!?」
「すげぇ優しいし」
「うあおー!テンション上がりまくりだし!」
うあぁ、ほんとに勘弁だよ。
私からしてみりゃ、テキトーに話し合わせてさっさと帰りたいだけなのに。
私が胸中、毒づいていると
「あんたらねぇ・・・」
聖が口を開いた。
「うっせーんだよ、さっきからさぁ」
一瞬何を言われたのか理解できなかった様で、ふたりともキョトンとした表情だ。
「これお見舞いだから、食いな」
そう言うと、持っていた花をぶっきらぼうに片方の胸の辺りに押し付ける。
「行くよ、要」
くるりときびすを返すと、聖は出口に向かってさっさと歩き出した。
私も持っていた花をもう片方のギャルに手渡すと、聖について出口に向かった。

聖がちょうど出口に差し掛かったときだった。
「ちょっと待ってよ!」
ケーキの方が声をあげた。
「ねぇ、もっと話していってくれないの?せっかく来てくれたのに」
「そうだよ。うちら、あんたのすげぇファンなんだ!今日会えてすごい嬉しかったのに」
「まだちゃんとお礼も言ってないじゃん」
聖が立ち止まった。
出口の壁に手をついて、半身だけ振り返り

「あたしのファンだっていうならさぁ、もっとそれらしい振る舞いをするんだね。ケツが軽いんだよ」

それだけ言うと聖はさっさと病室から出て行った。
私もこれ以上気まずい病室に留まるつもりはない。
出口から顔だけ出して振り返った。
「じゃ、早く治るといいね」
それだけ言うと、すぐに聖の後を追っていった。


それから何日か後のことだった。
とりあえずみんなでライブハウスのオーナーに謝りに行くことになった。
あの夜、覚えてるイメージだけでも、フロアは血みどろのグチャグチャだった。
これで謝らないわけにはいかない。
例え刑事的に何もなくても、うちらが迷惑かけたことには変わらない。

そして言われたのが{出入り禁止}だった。

うーん。オーナー、顔も見てくんなかった。
というわけで、うちらのホームは使用出来なった。
どうにかしてGIGをしたい。
だが、そういう警察沙汰の噂はすぐに広がる。
どこのライブハウスへ行っても門前払い。
いつの間にか、雨海市内のほぼ全ての場所がうちらの出入り禁止体制をしいてしまっていたのだった。

そこで初めの話に戻るわけだ。


あ、そうそう。
先週、街であの時のギャルに会った。
ふたりはもうギャルは辞めたんだって。
そう言うふたりは、ふたりそろって
ストレートの黒髪のワンレンに、うっすらとのったナチュラル系のメイク。
ソックスも腿までの黒いタイツに変わっていたし、靴も制服にカカトのあるミュールをはいていた。
「うちらこれからはこれで行くんだ。聖も言ってたじゃん?
ファンらしくふるまえってさぁ」
そう、それは聖の制服の着方そのままなのだ。
「これからはギャルはダサいっしょ。うちらが最初のひじラー
ってやつ!?」
どうやら聖の言った意味はこの子達には伝わらなかったらしい。
これ以上は何か言わないほうがいいだろう。混乱しちゃうし。
でも、ひとつだけ言える事がある。

うーん・・・すげぇカリスマ性。




             続く!












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