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THE MARVELOUS APES
作:比奈



第十九話「経験」


私は身をかがめ、鎧の足元へと滑り込んだ。
すれ違いざまに鎧の膝下、関節部分に必ず必要になる隙間に剣の腹をあてがった。
同時に私の頭上では聖の弾力たっぷりの飛び蹴りが、鎧の背を捕らえているところであった。

私の刀身は膝の関節をやすやすと切り裂いた。
聖の蹴りが、鎧に衝撃を与えた。

ググ・・・

聖の足が一瞬だけ膨れるのを目撃した直後、足を失った鎧の上半身は、とんでもない勢いで弾き飛ばされていった。


「どうだ!こいつめ!」
言いながら、聖は私のすぐ脇にしなやかに着地した。
鎧は、ロビーの奥まで吹き飛んで、大理石の壁に激突し、虚しく崩れ落ちていた。
それを確認すると、私と聖は他の二体の鎧の方へと向き直った。
「聖、気をつけて」
私は声を抑えて聖に警告した。
「どうかしたの?要」
「うん、あの鎧、切ってみて分かった」
私は自分の右腕に伝わってきた、なんとも言えない軽い感覚を思い出していた。
まるで、手ごたえのない感触。
それは、切ったと言うよりも、通り抜けたと表現した方が正しい。
「こいつら、中身がない」
私が言い終わらないうちに、聖は既に二体目の鎧の胴体部を蹴り飛ばしていた。
今度は、腰の関節部分から真っ二つに割れ、上半身だけ吹っ飛ばされていった。
「確かに、こいつらがらんどうだね。しかも見た目程には頑丈でもないじゃん」
聖はにやりと笑いながらこちらを振り向いた。

「楽勝だぜ。スピードもない、頑丈さもない。まるっきり雑魚だよ、こいつらは」
にこやかに話す聖。
私はその姿に妙な違和感を覚えた。
奇妙だ。
下半身だけになった鎧の抜け殻。
そいつが、聖の背後で倒れずに立ちすくんだままだったのだ。
「どうした?要」
おかしい。
あんな衝撃を受けて、上半身を吹っ飛ばされたのに、なぜあの下半身は立っていられるんだ?
昔、近所に住んでいた男の子の家には、大人気シリーズのアニメに出てくるロボットのプラモデルが本棚にいくつも飾ってあった。
私が遊びに行った際、誤ってその本棚に軽くぶつかって、ほとんどのプラモデルを落としてえらい剣幕で怒られた記憶がある。
二本足で立っている「物体」というものは、それだけバランスが悪いということだ。
なのに、あの下半身は平然と立ったままだ。
つまりそれは、私達人間同様に、自分で常にバランスをとっているという事に繋がるのではないか?
私がそれに気付いた瞬間だった。
鎧の下半身の右足が、音もなく聖に蹴りを放ったのだ。

「あ・・・」
私が声を出した時には、鎧の蹴りは既に聖の背を捕らえていた。


と、思った。


ふっ・・・

聖は音もなく身をひねってその蹴りをかわすと、遠心力をたっぷりと乗せた回し蹴りを下半身に向かって炸裂させていた。

ガゴン!!!

エンジニアブーツの厚い靴底が、下半身の下腹部辺りにめり込むと、今日一番の快音をたて、上半身以上に軽快に鎧を吹き飛ばしていた。


「甘いんだよ。あたしに不意打ちなんざ百万年早い」
聖は流れるような動きで着地すると、ゆっくりと構えの姿勢を取り直した。
「すげぇ!!聖、すごい!!!」
私は思わず悲鳴を上げ、聖の下へと駆け寄った。
「すごい!すごい!どうやったの!?今!」
私は本気で興奮していた。
聖はゆったりと髪をかき上げてみせると、にっこりと微笑んだ。
「ふふふ、成長してるのは要だけじゃないってことだね」
「ど、どういう事!?教えて!」
「ふふ〜ん。まだ内緒!」
聖は意地悪く笑うと、他の鎧へと向き直った。
「さぁ次はあいつだ。さっさとやっちゃおう」
言うと、聖はまた私のお尻をはたいた。
「ったいな〜。セクハラだぞ」
私も再びショーテルをゆったりと足元に垂らした。

ふたり同時に、次の鎧に向かって走り出した。
私の中に、何か力強い感情が生まれている事に気が付いた。
聖が、私の聖が戻ってきた。
私にとっての聖が。
強い聖。
いつも私の一歩も二歩も先を歩いて、私を引っ張ってくれていた聖。
私の知らない何かをいつも隠していて、いつも飄々と何でもやってのける聖。
私にとっての聖が戻ってきた。
私は、嬉しくて涙が出そうだった。
でも、もう泣かない。
もう充分泣いたんだから。
私は、聖と共にこの困難を乗り切るだけだ!

先の二体を見て学習したのかは知らないが、鎧は胴体部にぴったりと左腕をあてがい、ガードしつつ、右腕でロングフックを繰り出してきた。
私の先を走っていた聖は当然その大振りの拳を軽く避けると、そのまま鎧の足元へと潜り込むと、腕で身体を持ち上げて、ガードしている左腕に向かって両足で蹴りを打ち上げた。
聖の鋭い一発が、左腕のガードを跳ね上げた。
すかさず、私はがら空きになった胴体に、ショーテルを滑り込ませた。
またもや何の手ごたえもなく、鎧の胴体は下半身と離れ離れになった。
「せーの!」
「せーの!」
私達は同時に掛け声をかけると、聖は下半身を、私は浮き上がった上半身を、それぞれ蹴り飛ばした。
この鎧もまたとんでもない速度で吹っ飛ぶと、窓ガラスがあった場所を通り過ぎ、朝焼けの街中に転がっていった。
「しっゃあ!!」
私達は同時に叫ぶと、左手と左手でハイタッチを交わした。

私は、ロビー奥を担当している三人の様子が気になった。
しかし、その心配は無用のものだった。
夢魔相手には惨敗を喫していたが、彼らの実力は本物だった。

それぞれ思い思いの武具を手に、次々と鎧たちを蹴散らしていた。
ポセイドンは長い槍を。ハデスは西洋の大鎌を。そしてジュノーは大きな盾を持って戦っていた。
そのコンビネーションは華麗の一言。
ジュノーを中心に据え、敵の攻撃はジュノーの盾で防ぎ、ポセイドンとハデスのリーチの長い武器で盾の影から攻撃する。
多少卑怯に思えるが、多数の敵を相手にする際には、動き回る事がなく体力温存にもなり、非常に効率的な戦闘方法だ。


「要、ボーっとするな」
聖の声が私を現実に引き戻す。
鎧たちの動きは遅いし、対して強くはない。
だが、それでも油断してはいけない。
という事を気付かされた。
足に物凄い衝撃が走ったのを感じ、私はその場にしゃがみこんだ。
見ると、私の足を鉄のブーツがしきりに蹴飛ばしているのだ。
「何!?これ!?」
鉄のブーツに見えたそれは、私が一番最初に切った、一体目の鎧の膝下の部分だったのだ。
「ちょ、ちょっと!聖!!」
私は悲鳴を上げながら立ち上がると、その鉄の足を蹴り飛ばした。
「こいつ、まだ生きてるのか!?」
聖の声に反応して、前方に目をやると、先ほど真っ二つに分解したばかりの鎧の上半身・下半身がそれぞれが個別に動き出していたのだ。
上半身は腕で身体をひきずるように、下半身はすっくと立ち上がり、こちらへ向かって歩みを進めてくる。
「ちぃっ!どうりで手ごたえがないはずだ。簡単には倒させてくれないってことか」
聖の歯が、私の耳に届くくらいの大きさで軋む。
「どうしよう、聖」
私は弱々しく聖に呟いた。
「要・・・」
聖が私の方を振り返った。
「あんた、あの鎧は斬れるの?」
「・・・・・まだ、無理」
私は正直に言った。
私のショーテルは、正直言って斬鉄向きじゃない。
肉を斬るために、極度に湾曲させて打っており、その湾曲は盾によっての防御を無効にする効力もある。
だが、その奇形さ故に剣自体の強度は日本刀などの直刀に比べて著しく低い。
その為、斬鉄に用いた場合、正しく力が伝わらずに、場合によっては剣自体が折れてしまう可能性すらある。
そして何より、私自身の経験とスキルが足りなすぎる。
先日も、斬鉄が可能な程の達人であったドラクラを何とか退けはしたが、正直なところ、剣技同士の決戦で勝利出来たことは奇跡に近い。
そのくらいに、斬鉄という技術は高度なのだ。
「じゃ、どーすんのよ」
聖が恨めしそうな視線を向ける。
「どーしよー」

私達の苦悩を全く無視し、まだ無傷なままの二体の鎧が私達に迫ってくる。
「くっそ〜。なんなんだ、こいつらは!」
聖は手近な一体の胸部に向けて横蹴りを放った。
ガコンという音と共に、鎧はバランスをくずして後ろから迫ってきたもう一体にぶち当たる。

シュッ!

その背後から、空を切る音と共に何かが私達目掛けて飛んでくるのに気付いた。

兜!?

背後で這っていた鎧の上半身が、私達に向かって自身の兜を投げつけてきたのだ。
私はギリギリその兜の襲来に反応できた。
しかし、聖は蹴りを放っていたために、兜が飛んできた方向とは反対側に顔が向いてしまっている。
完全な死角だ。
そして、私より手前にいるのは聖。
このままでは聖の頭に直撃してしまう。
しかし、飛来物の速度が速すぎて、私が彼女に危機を知らせるまでには兜は聖に当たってしまう。
まさに絶体絶命!
私が青ざめた瞬間だ。

聖は全く振り返ることもせずに、少しだけ、ほんの少しだけ頭を動かした。
ほんの少しだけ。
兜は聖の後頭部すれすれをかすめると、私の目の前を通り抜け、ロビーの天井にぶつかって、厚い絨毯の床に無造作に落ちた。

「え?」

私は驚愕した。
「何?今の・・・・」
私は無意識に声を漏らした。

聖は私には振り返りもせずに、先ほど蹴り倒した一体の頭部を再び蹴りつけた。
またもや兜だけが吹っ飛んだ。
しかもその兜は弾丸のように、今さっき兜を投げつけてきた上半身だけの鎧に向かって真っ直ぐに飛んでいった。
ガギっ!
鈍い音をたて、兜は這いつくばった敵にうまく直撃した。

「当ったり〜!!」
聖が、まるでゲームか何かのように嬉々とした声を出した。
「これが私の能力だよ」
聖は視線をまっすぐ敵から逸らさずに、私に対してそう言った。
「あんたが相手の心の声が聞こえるように、私はこの身体で風を感じることが出来る。それが私の能力さ」
「か、風?風を感じる?」
「そう。ほんとに小さな風でいいんだ。むしろ、空気の流れかな。空気の流れはすごいよ。大きさや形、温度まで何でも分かるからね。」
そうか、そういうことか。
私は大いに納得した。
だから、最初に背後をとられた時も、振り返りもせずに反応できていたんだ。
それは正に聖のためにあるような能力。
聖のレスポンスやセンスは、夢魔との戦闘において実証済み。
その聖が、事前にどの方向からどんなスピードで、どの程度の大きさのものが来るのかを感じることが出来れば、全ての攻撃を避けるもそう難しいことじゃない。
使い方によっては無敵にもなれる能力じゃないか。

「すごい・・・。聖、やっぱり聖はすごいよ!!」
私は嬉しくなった。
やっぱり、やっぱり聖はすごい!
「これは絶対に負けないよね!私達は絶対に負けないよ!」
私は興奮して言った。
もう、本当に嬉しくてたまらなくなっていた。
「それは、どうかな」
そんな私に反して、聖の声は至って冷静だった。
「まだこいつらの弱点さえ分からないんだ。あんまり手放しでは喜べないよ」
ちぇ〜、なんだよ。
もうちょっと喜んでもいいのに。
でも、確かに今の私達にはこの鎧達の攻略法が全く思いつかない。
今のところの戦闘でも、これといって弱点らしき点も見つかってはいない。

さて、どうやって戦うべきか・・・。

私は再びロビー奥、ポセイドンら三人の様子を確認した。
三人は、先ほどまでの陣形を崩さぬまま、淡々と戦い続けていた。
しかし、私達の戦闘とは、目立って違う点があった。
それは、明らかに敵である鎧の数が減っているのだ。
始めは7体いた鎧たちは、今では動いているものは残り2体にまで激減していた。

私はその戦闘に注目した。
何をしているんだ?
どうやってこの鎧たちを減らしている?


鎧の一体が、拳を放った。
ジュノーの盾がその拳を受け止める。
すかさずポセイドンの槍が盾の陰から飛び出し、鎧の腹部、鉄板のど真ん中を一気に貫いた。
すると、鎧はそのままバラバラに砕け散り、再び動くことはなくなった。

ハデスは別の方法を使っていた。
最後に残った一体の兜を鎌で刈り取ると、鎌をひらりと翻して、兜のなくなった空洞の胴体に刃先を突っ込んだ。
と同時に、最後の鎧もその場に崩れ落ちていった。


このふたつに共通する点は・・・・

「聖、多分こいつらの弱点は胴体の中だよ。今、ポセイドン達のやってるの見て分かった」
「胴体?胴体って、あの鉄板の中なの?」
「多分そう。中に何かあるんだ」
「中って言ったって、どうやって中を攻撃するんよ?」
私はハデスのやっていた方法を踏襲することに決めていた。
「聖が頭を飛ばしてくれたら、私が中に剣を突っ込んで倒すよ」
聖は私ににっこり微笑みかけてきた。
「へへ。いいね、その表情」
聖が右手の親指を立てて、私の方へと差し出してきた。
「任せるよ」
そして言った。
私もその右手に自分の右手を合わせて、親指をくっつけた。
「任せてよ」
私達は手を離し、再び鎧に向かって走り出した。



続く












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