第十八話「ステップ1」
雨海ロイヤルホテル
雨海駅のほど近く。地上30階建て。
世界各国の著名人が雨海に訪れた際は、必ずここに宿泊するという老舗の名門ホテルだ。
私達五人は、その広いロビーに腰を落ち着けた。
広くて見晴らしのよい場所。
奇襲に備え、三人の騎士達が選んだところがここだった。
「さて、何から話そうか」
こういった高級ホテルには、ロビーに併設してレストランやカフェがついているものだ。
私は聖と共にそこからくすねてきたコーラの瓶に口をつけながら言った。
向かい合わせのソファに腰掛けた私達の目の前には、甲冑を装着したまま背筋を伸ばして、リラックスの欠片もない騎士たちの姿。
「ちょっとは力抜きなよ」
足を組み手すりにもたれてだらけきった姿勢で聖が言った。
それはちょっとダラダラしすぎだろ・・・。
とは言え、目の前にあるコーラの瓶も汗をかいたまま、彼らは手すらつけてはいなかった。
「とりあえず、ジュースくらいは飲んだら?」
私もちょっと息苦しさは感じていた。
「いや、結構だ」
海のような男が堅苦しい口調で言った。
「あ、そう」
聖はそういうと、正面に座る桜のような女の瓶を手に取ると、口をつけた。
桜のような女は微動だにせず、その行為を見送った。
・ ・・・・気まずいなぁ。
「貴公らは、何故我々を探していたのだ?」
海のような男が口先を切った。
「う〜ん・・・」
私は困ってしまった。
どうするんだ?これ。
何がどうなっているんだか、さっぱりだ。
私達の認識と、彼らの認識。
どこまでが一致しているのか全く分からない。
どこから話すべきなのかがさっぱり分からないのだ。
「あ〜・・・どうしよ。何を話せばいいんだろ?」
私は聖の顔をちらりと確認した。
聖は相変わらずコーラの瓶を弄びながら、明後日の方を向いたままだった。
何だよ。何をふてくされてるんだ。
私は少しだけムッとした。
「とりあえず、自己紹介から始めようか。私は要。大和要」
「何故だ?貴公らは我々を知っていたからこそ探していたのだはないのか?」
海のような男が口を開いた。
私は更にムッとした。
「私達はあなた達を知っているけど、それは見た目だけ。実際にはかなり食い違いがあるし、まずはそこから確認していかなくちゃ話しは進まないと思っているんだけど」
自分でも思わず挑戦的な口調になってしまった。
「・・・・・」
海のような男は押し黙ったままだった。
しまった、機嫌を損ねたかな?
何だかプライド高そうだしなぁ・・・・。
どうしよ。
「あ、いや、別に怒らせるつもりは・・」
「分かった」
私の言葉をさえぎって、海のような男は口を開いた。
「貴公らも、奴に命を狙われていた様子。敵か味方かを見極める為にも、お互いの素性は明かしておいた方がよいだろう」
んん〜、どこまでも堅い物の考え方だな。
まぁいいか。
「よかった、分かってくれて。改めて私は要。よろしくね」
「我が名はポセイドン。偉大なる皇帝ゼウスの騎士団、オリンポスの団長を務めておる」
海のような男はこう言った。
「こちらの二人は・・・」
ポセイドンの振りで、両脇に控えていた桜、八神のような人物たちもようやく口を開いた。
「我が名はジュノー。偉大なる皇帝ゼウスの騎士団、オリンポスの団員である」
「我が名はハデス。同じく、偉大なる皇帝ゼウスの騎士団の一員である」
桜がジュノー、八神がハデスか。
だいぶ適当なネーミングだな。
実際の神話を完全に無視した上下関係。
しかも、違う神話のネーミングまで混じってるし。
ま、いいか。
「それで、そちらは?」
ポセイドンが聖を視線で示した。
聖は未だにそっぽを向いたままだった。
「どうしたんよ聖、さっきから。何が気に入らないの?」
私はいい加減じれったくなって、聖の手を掴んだ。
「うるさいな!」
聖の手が私の手をはたいた。
私は、正直驚いた。
まさか聖がここまでイラついていたとは。
「聖・・・」
「うるさいんだよ!何がポセイドンだ!何がジュノー!?何がハデスだよ!あんたは海だ。お前は桜!お前は八神だろ!?そうじゃないのかよ!」
聖が声を荒げた。
「聖・・・・」
私は何も言えなかった。
気持ちは分かる。
この世界に来てから、訳の分からないことだらけだ。
やっとの思いで仲間たちを、ヒントを見つけたのに、肝心のそいつらは全くもって訳の分からないことを口走るばかり。
しかも、このあまりにも堅苦しい態度。理屈っぽさ。
そして何より、八神の命がかかっている焦り。
元来、あまりじっくりとした話し合いの苦手な聖が爆発するのも無理はない。
「聖、気持ちは分かるよ。でも落ち着いて。まずは、きちんと話し合わなくちゃ」
私は聖の肩に手をおいた。
聖の身体は微妙に上気していた。
「・・・・・・・・。ごめん」
聖が呟いた。
「ごめんなさい。話しを続けましょ」
ポセイドンは頭を振ると、聖から私に視線を移した。
「ふむ。それで、そちらの素性は?」
私はこの世界にやってきた理由、来る前の身分、そして今までの経緯を軽く説明した。
特に来る前の部分の話しが長くなった。
ポセイドン達は、海であり、桜であり、八神であった頃の記憶が全くなくなっていた。
であるからして、私達の住む現実世界のことを説明している間、その固有名詞や行為自体を逐一質問してくるのだ。
正直、相当メンドーだった。
だが、逆にこいつらが完全に、私達の仲間る三人とは別物の人格であることが明らかにはなった。
「ふ〜む。貴公らはそんなに奇妙な世界からやってきたのか。なるほど、聞きなれない名も、文化の違いというものだな。要とそして・・・」
「聖。和戸聖」
そういえば、聖は自己紹介をしてなかったんだった。
「聖か。ようやく貴公らを理解してきたぞ」
ポセイドンの顔がようやく緩み始めた。
同時に、両脇の二人の顔も緊張が解けた様子であった。
「いやはや、本当は貴公らを警戒していたんだ。あの夢魔と出会って、普通に生きていたのだからな。我々をおびき寄せるため、夢魔の仕込んだ罠の疑いもあった」
「罠って・・・」
私はハッとした。
そうか、そういう考え方もあるのか。
目から鱗だった。
「罠か。そしたら、あんた達も夢魔の罠だって可能性もあるわけだね」
聖がギラリと目を輝かせた。
うわ、何て怖い目。
演技だとは思うけど、それを感じさせない冷たい目だ。
その視線を感じてか、ポセイドンは聖の方を向き直り話し始めた。
「いいだろう。今度は我々の番だ。我々は、遥か海の彼方の大陸を治める大帝国ミュートロギアからやってきた。ミュートロギアは偉大なる皇帝ゼウス様が・・・」
それからその説明は延々と続き、国の創設、三人の出会いから、果ては家で飼ってるペットの話しまでに及んだ。
聖は、というか私もだが完全に飽きていた。
何なんだ、この話しは。
こいつらはあくまで八神、海、桜の精神体なはずでしょ?
本体と一体だった頃の記憶や、人格が残っていないのはまだ許せる。
でけど、ここまで荒唐無稽な作り話はどっから仕入れているんだ。
何が基になって、こいつらの記憶となりえたんだろう。
しかも、かなり事細かな記憶。
本当に不思議だ。
本当に私達とは全く違う世界の住人が、目の前で話しをしている様な錯覚にすら陥ってしまう。
聖は、ジュノーの分のコーラも飲み終えると、その瓶を指の上で器用に回転させている。
「・・・・・という訳だ」
自分が見習いの頃の面白話(全く面白くない話)が終わり、ようやくポセイドンの話しが終わった頃には、聖は今にも眠りに落ちる瀬戸際だった。
「そういえばこんな話もあった」
「あー!!!もう大丈夫、もう分かった!」
更にポセイドンは続けようとした所を、寸でのところで食い止めようとする私。
「貴様!団長のお話はまだ途中であるぞ!」
ジュノーが声を荒げた。
その声で、聖も目が覚めたらしい。
「どうした?もう終わったの?」
「貴様、まさか寝ていたのではあるまいな!?」
ジュノーがいきり立った。
「ん?寝てはいないけど、聞いてもいなかったよ」
聖が平然と言ってのけた。
「きっさま〜・・・」
「まぁまぁまぁ」
私は焦って二人の間に入った。
「大丈夫、ちゃんと聞いてたよね?そうだよね?ポセイドンさん、ありがとう。とても為になりました」
私はとりあえずその場を収めようと、思ってもいないことを口走った。
「では、我々の出会いの場所はどこであったか言ってみるがよい」
「はぁ!?」
ジュノーの思いもよらない突っ込みに、私は唖然とした。
マジっすか。
そんなの全然覚えてない。
「いやいやいや。それは・・・・」
「ほら見ろ。聞いてないではないか!」
ジュノーが更に突っ込んでくる。
「待て待てジュノー。確かに話しが長すぎた。申し訳ない」
ポセイドンがジュノーの方を抑えて止めに入ってくれた。
助かった。
まさかそんな子供みたいな問題をだして、私達が話しを聞いていたか確認してくるとは思わなかった。
「しかし団長・・・・。ハデス!お前もなんとかいってやれ」
「・・・・・・・ぐー・・・・・」
「貴様!!!ハデス!!!!」
私と聖は大爆笑だった。
「ふむ。結局のところ、我々は貴公らの友人達の精神であり、実在しない存在、というわけか」
やっとこさ、私の仕入れた情報を三人に伝えきった頃には、辺りは軽く白んでいる頃であった。
「一概には信じられないな」
ハデスは、卓上の皿からウインナーをつまみ上げると、その口に放り込んだ。
私達は話し合いのあまりの長さに、途中で腹ごしらえの為に、レストランの厨房で夜食を用意していたのだった。
「ふむ。確かに。だが、思うところもある」
ポセイドンはワインを一口で飲み干した。
「何がです?」
ジュノーは団長のグラスにワインを注ぎながら尋ねた。
「俺が夢魔の触手に全身を貫かれたであろう。俺はあの時、死を覚悟した。しかしどうだ?実際には目が覚めた時、俺の傷は何事もなかったように完治していたであろう?それに、あの瓦礫に押しつぶされながらも、我々は無傷で脱出が出来た」
「確かに」
ハデスは次のウインナーに手を伸ばしていた。
「それは、我々に実体がない。という事に繋がるのではないか?」
意外に飲み込みが早かった。
私は霜降りの和牛ステーキを一欠けら口に入れると、そのさっぱりとした脂を楽しんだ。
「多分そうね。それに、夢魔の言葉を借りれば、あなた達が空間を移動しての戦闘が可能なのは、それは多分実体がないから」
「うむ。それも説得力がある」
ポセイドンは、聖のグラスにコーラを注ぎながら呟いた。
「でも、いいの?そんなに簡単に受け入れて」
聖が尋ねた。
ま、確かに。
あそこまで鮮明な記憶を持ちながら、それがいきなり全部虚像でした。なんて言われても、そう簡単に納得できるとは思えない。
ましてや、この騎士たちには騎士としての人格すらある。
そのプライドの高い騎士たちが、いきなり自分の存在を否定されるなんて、屈辱以外のなにものでもないだろう。
「うむ。やはり我々とて、簡単に納得は出来ん。確かに思い当たる節はあるがな。ならば答えは一つだろう」
「自分たちの目で、真実を見極める」
ポセイドンに続き、ハデスが口を開いた。
ジュノーもそれに相槌を打つ。
「でもさ、どうするんよ?あんたが一番のキーパーソンなんだよ?もし下手に動いてあんたが捕まれば、破壊神は復活して八神は消える。大体、どうやって見極めるかも分からないじゃん」
聖が鋭いツッコミを入れる。
「それはそうだ。だが、今は全く何も分からない、手探りの状況だ。何もしないよりは、何かをした方がマシだ」
ジュノーも鋭くきりかえす。
「でも、本当に何も分からないね。八神の本体に精神体が戻った時、破壊神が復活するんでしょ?それって、もう既に八神が本体には戻る事が出来ないって事なのかな。それに、海と桜は、普通に精神体が戻っても、何も起こらずに普通に戻るのかな」
沈黙が起こった。
私も思っていた事を全て口にしてみたが、何も生み出さなかった。
つまりは完全な行き詰まり。
どうする事も出来なかった。
「結局よ、待つしかないんじゃないの?」
聖は食事を終えると、立ち上がって伸びをした。
「そうだね」
私は最後のステーキを飲み下すと、ナプキンで口を拭った。
騎士の三人も、それぞれ食事を終えると、各々立ち上がり武具の手入れを始めた。
「準備はオッケー?」
私は皆に声を掛けた。
それぞれが頷いてみせる。
「じゃあ、いくよ。道路側の窓際に5体、フロント側に3体、レストラン側に4体。計
12体だね。本体の声は聞こえるけど、今はどこにいるか分からない。とりあえずこんなとこかな」
私達はソファを背にして丸く囲み、各々の担当地区を確認しあった。
私と聖は窓側。ポセイドンら三人はホテル奥の方面。
「で、結局何が来るのさ?」
聖が足首を回しながら、私に尋ねる。
「さぁ?そこまでは分からない。でも、何かを操ってるらしいのはわかるよ」
「ふ〜ん、そっか」
ばりぃーん!!!!
甲高い音と共に、道路側の窓ガラスが弾け飛んだ。
重い金属音擦れるような音が私の耳に届いてくる。
「歩いてるな」
聖が私に言った。
「歩いてるね」
私も返した。
私達を囲むようにして、窓から、ホテルの奥から、金属音が近付いてくる。
それは、巨大な鎧だった。
ポセイドンたちが身につけているような、大型の甲冑。
プレートメイルとでもいうのか、頭までフルフェイスの兜で覆われた巨人たちが、地響きと共に私達の前に現れた。
「でっけぇ〜鎧!」
聖が感嘆の声を上げた。
「油断するなよ!」
後方でジュノーが声を張り上げる。
「当然」
聖がニヤリと口角を上げたのが分かった。
瞬間、聖が動いた。
速い。
先日の戦いよりも、そのスピードは更に上がっているように思えた。
一瞬で鎧の一人の背後に回りこむと、側頭部に向かってハイキックを蹴り上げた。
ガゴ!!!
聖のエンジニアブーツに仕込まれた金属と、兜が当たる音と共に、蹴りを食らった兜が吹っ飛んだ。
「あっ!!」
私は思わず悲鳴を上げていた。
「頭がない!?」
蹴った本人である聖も声を上げた。
その時だった、鎧の胴体部が180度旋回し、同時に聖に向かって遠心力たっぷりのラリアットが叩き込まれた。
「ってぇ!!!」
そのラリアットを瞬時に持ち上げた膝でぎりぎりガードは間に合ったが、聖は苦悶の声を上げた。
聖は踏ん張っていた方の足で飛び退くと、窓際ギリギリまで後退し、しきりに膝を摩っている。
「いったぁ〜い!!!!痛い!!!くあ〜〜〜〜!!!!」
わめき散らしていた。
「聖!!!」
私は彼女の名を呼んだ。
「いや、金属で殴られたからさ、マジで痛いよ。これ。とんでもない攻撃力だよ」
聖は再び構え直した。
「しかもこいつら、中身なしだぜ」
鎧は既に下半身も聖の方へと向き直り、聖に向かって歩き出すところであった。
「う〜ん、やばいかも」
私はマイクを握り締めると、力を注ぐイメージを行った。
一瞬体温が下がる。
次の瞬間には、湾曲した刀身を持ったショーテルが誕生していた。
「要!」
聖が私の名を呼んだ。
「お手並み拝見だね」
聖が再び走り出した。
私も走り出した。
続く
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