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THE MARVELOUS APES
作:比奈



第十六話「覚醒」


私の思い出。
私の記憶。
普通の人生を歩んできた私。
そんなに大した人生ではなかった。
ないはずだった。
普通の建設関係の企業に勤める父と、普通の食品会社に勤める母。
そんな両親の間に一人娘として生まれ、何不自由なく育てられた。
幼稚園に通い、小学校、中学校と地元の公立に行った。
人並みに勉強し、高校に入った。
特に何か得意なことがあるわけでもなし。逆にこれといって不得意なものもない。
何でも人並みにやってきた。
これといって取り上げることもない、本当に平凡な女だと思っていた。

でも、そんな私の人生における、たった一つの特異点。
いままで、記憶の渦に埋もれていて、なかったものとされていた記憶。

それは、私がまだ幼稚園か小学校低学年の頃だった。
何かスポーツの習い事をさせようと思い立った父が、母と相談して、心身共に鍛えられるようにと、私を剣道場に連れて行ったことがあった。
だけど、一度だけ行ったきり、私がその剣道場に通うことはなかった。
私の記憶には、一度行ったということしか残っていなかった。
その時、剣道場で何をして、何を見たのか、全く覚えていなかった。
その時の記憶。
今まで埋もれていた記憶。


冷たい板床。
汗の臭い。
騒然とする場内。
そして、倒れ伏す見知らぬ大人。

思い出した。
あの日、私は始めて竹刀を握り、その竹刀を使って師範の鎖骨をへし折ったんだ。
父はそれ以来、私に棒状のものを持たせないようにした。
結局その頃の私には、大したことじゃなかったし、どうでもいい記憶として頭の引き出しの奥底に押し込められていたのだった。


音叉みたいな、甲高い響きが公園中に響き渡った。
びりびりとした振動が、腕を上ってくる。

すれ違い様に、三度切り結んだ。
その全てが相打ち。

額に冷や汗が吹き出る。
私は振り返った。
ドラクラも振り返った。
その顔には、私同様に多少の動揺の色が浮かんでいた。

真剣の斬り合いにおいて、たった一かすりでもいい、先に一太刀浴びせた方が勝つ。
小さな傷だとしても、痛みで集中力が削がれるからだ。
しかし、三度も切り結んで、全てがお互いの身体に当たることがなかった。
つまり、全くの互角。
剣道の試合などとは違い、真剣での斬り合いに三本勝負なんてない。
あんなにバシバシ叩きあって、面だ、籠手だなどと採点もクソもない。
一度きりの死闘。
その上での全くの互角。
それは同時に、この戦いが技術より、力より、精神の戦いになることを意味していた。
どちらの心が折れることなく、先に一発を叩き込むか。

だからこそ私達は動揺を隠せなかった。
既にここまで消耗しきっている今、どこまで精神を研ぎ済ませられるか。
通常時の戦闘より圧倒的に難しい。
何が勝敗に左右するか、何がきっかけになって戦況が変化するのか、全く読めないから。
どちらが生き残るか、全く読めない。


ドラクラは再び構えをとる。
奴の構えは、フェンシングもしくはそれに准ずる剣術の構え。
突きと薙ぎを主体に組み立ててくる。
その分、わずかに読みやすい。
一方私に流派や構えはない。
完全な我流の太刀筋、構え。
自然体の構えから動き始める分、動きは多少遅くなるものの、読まれにくいのは確かだ。

その点も踏まえての五分と五分。


私もゆったりと構える。


距離はおよそ三メートル。
互いに間合いのギリギリ届かない距離感。

リーチ、身長の分ドラクラの方が間合いが広い。
が、私の方が基本的なスピードが上。
その差し引きでもまた五分五分。



真夜中の公園。
動くものは何もない。
あるのは私達二人の呼吸だけ。
張り詰めた空気。
これが実戦。

不思議と恐れはなかった。
先刻までの、丸腰の時とは違う。
私にあるのは「勝つ」という気持ちだけ。
もしこれが揺らいだら、負けるのは私。



風が吹いた。
木々がざわめき、無数の木の葉が舞い上がる。
一枚、また一枚と木の葉が地面に落ちる。

そして最後の一枚。


私は動いた。

ドラクラも動く。

ドラクラが一瞬速い!
突き。
最も速いルートを通り、私の心臓を一直線に狙ってくる。
私が選んだのは、「後の先」。
つまりカウンター。
実戦経験の差から、私が先をとらない方が得策との判断。
例え動きを読まれ難くても、瞬時の対応は恐らく私とは比較にならない程卓越しているはず。
ならば、私にできることは、瞬時の判断を無効にするカウンター。

突きが、速い。
私は踏み込みながら剣を持ち上げる。
カウンターを悟られるな。
切っ先が身体に触れるギリギリが、カウンターのタイミングだ。
一瞬でも早く悟られたら、きっとこいつに私の剣は当たらない。
切っ先がジャケットに触れる。
その寸前。
私は一気に身体をひねり込む。
そして、身体の反動を利用して、剣の軌道を変える。
私の胸元を、サーベルが掠めるように通り抜けた。
同時に私の剣が、ドラクラの腹を捕らえた。
そのまますれ違いながら、ショーテルの湾曲した刀身が深々とドラクラの中に入り込んでゆく。

私達の身体は再び交錯し、互いに背を向け合う形で、真夜中の公園に着地した。





「お見事」

ドラクラの呟きが聞こえた。


ドサリ・・・。


くず折れる音が聞こえた。






ドラクラは虫の息だった。
それでもまだ生きていた。
私はゆっくりとドラクラのそばに近付いた。
無論、得物は携えたまま。

「・・・・・完敗だ。なぜ、そんな業があるのを隠していた?」
かすれた声で私に問うた。

「別に。隠していたわけじゃない」
私は無意識に答えていた。
「まさか、この戦闘中に目覚めたとでも言うのか」
「さあね」
私の答えに、ドラクラを笑みを浮かべ、すぐに咳き込んだ。
「なんて奴でしょう。ワタクシも嫌な相手に当たってしまったものだ」
「嫌なのはこっちだよ。私なんかマジで殺されかけてるんだから」
ドラクラはさらに咳き込んだ。
「ククク・・・」

「笑うな」
「ククク・・・。どこまでも甘い娘だ。まだ貴女はワタクシに命を狙われていることに変わりはないのですよ」
私は、ドラクラの顔面の真横を狙って、ショーテルを突きたてた。
「黙れ。笑うな」
「ククククク・・・。何が聞きたい?」
血を吐きながら、ドラクラが呟いた。
「何?」
「ワタクシを倒した特典だ。この世界のこと、聞かせてやろう。何でも好きなことを聞くがいい」
「ゲームみたいな事言ってんじゃねぇ。このベタ吸血鬼が」
「フン。せっかく情報を提供してやろうと言っているのに。素直じゃない娘だ」

私は少しだけ間をおいた。
この申し出が、罠じゃないと言い切れる根拠はどこにもない。
かと言って、もし本当に情報をくれるのなら、こんなに旨い話しはない。
さて、どうしたものか・・・。


「早くしろ。ワタクシの命は長くはない」
「・・・・。分かった。じゃあ聞かせてもらおう」
私は考えた。
まずは、この世界についてか。
「この世界は何?なんなの?」
「・・・・。それはクロム・ネフュー様のおっしゃった通りだ。ここは夢幻空間。夢魔クロム・ネフュー様の創造した仮想の空間。他の世界とは隔絶された、異空間だ」
「なぜ、私達がこの世界に?」
ドラクラは少し考えているようだった。
「それは・・・・。クロム・ネフュー様はあるものを狙っている。それを夢幻空間に引き込む事が目的だった。しかし、予想外の手違いが起こった。それが貴女方だ」
「手違い?なにそれ、ダサい。」
「仕方あるまい。夢幻空間を作り出す行為自体、とてつもないエネルギーを要するのだ。更に目的のものを引き込むにも、多大な力を使わざるを得なかった」
「何?その、すごい力を使わなきゃならない、目的のものって」

ドラクラは再び沈黙した。
何もない夜空を仰いでいる。
「我々の住む世界には、伝説があるのだ」
ゆっくりと語り始めた。
「絶大な力を誇る、破壊神の伝説。あらゆる破壊を司る、鬼神。その神は、我々のような地上の生物に宿り、輪廻転生を繰り返し、神々の争いが起きた時や、地上が荒廃した時に目覚め、世界に破壊をもたらし新たな世界を創造する。という伝説だ」
「それが?その伝説がどう私達に関係あるのよ?まさか・・・」
「そのまさかだ」

私は急にバカバカしくなった。
そんな御伽話を信じろというのか?
バカな。
下らなすぎる。
「冗談でしょ?バカ言ってんじゃないわよ」
「フン。信じたくなければ信じなければいい。ワタクシには関係ない。事実を伝えるだけだ」
「・・・・・・誰?誰が・・・」
「和宮八神だ」

私の心臓が跳ね上がった。
まさかここで八神君の名が挙がるとは思ってもいなかった。
きっと、私か聖が、その破壊神ってのにとりつかれているのだとばかり。
「前回のクロム・ネフュー様との戦いに現れた騎士がいただろう。和宮八神と、その仲間にそっくりな。あれらは、彼ら自身の精神体なのだ。彼らの肉体は既にクロム・ネフュー様の手中にある。破壊神を蘇らすためには、一度肉体から精神を引き剥がす必要があった。しかし、力を消耗していたことが災いし、引き剥がした精神体は逃げ出してしまった。
その追跡作業を行っていた時、更に残念なことに、関係のない人間が二人も紛れ込んでいる事に気がついた。それが貴女方だ。軽く始末する予定だったのに、情けないことだ」
「八神君は・・・・みんなは今どこにいるの?」
「そこまでは知らない。知っていたら既に追跡している」
「その・・・・身体はどこにあるのよ?あんたの言ってることが本当だとしたら」
「雨海タワー、と言ったか。貴女方の世界では。しかし、肉体を取り戻そうなどとはしないことだ。精神の抜けた肉体は、ガラスよりも脆弱だ。下手に動かせば、すぐに朽ち果てる」
「なぜ、なぜそんな事をわざわざ教える?目的は何?」
「ククク・・・・。クロム・ネフュー様の言葉をそのままお借りすれば、
ゲームはフェアな方が面白い。
だそうだ。全く、つくづく遊び好きなご主人様だ。急いだ方が良い。既にクロム・ネフュー様は和宮八神の精神体の捕捉段階に入っている。もし、精神体が再び肉体に戻されれば、その時が、破壊神復活の時だ」
「どういうこと?」
「一度精神を洗浄し、破壊神の精神のみを残し、肉体に戻すのだ。いかに神といえど、肉体がなければ活動できないらしい」
「破壊神の精神のみ?それって・・・八神君は」
「消える。ということだ」




私は愕然とした。
八神君が・・・・いなくなる。
私は、その時もう何も考えられなかった。




「私の知っている事は以上だ。さぁ、もう寝かせてくれ。意外に傷が浅かったらしい。まだ死ねない」
ドラクラはニヤリとした笑みを浮かべ、私の顔を見上げた。
私は奴の目を凝視したまま、何も考えてはいなかった。
何も考えられなかった。


「・・・た?さぁ早くトドメを」
その声で、私は急に我に返った。
「何?」
私は聞きなおした。
「どうしたのだ?早くトドメを刺してくれないか」

私はその言葉に、何故か頭に血が昇ってしまった。
「トドメ?あんたに?」
「そうだ。早く楽にしてくれ」
私は、その言葉にはっきりとした答えを持っていた。
「嫌だ」

「嫌、だと?何を言っている?」
「嫌だ。死にたければ勝手に死ね。私はトドメは刺さない。まだ生きる望みがある奴を、私は殺さない」
「ククククク・・・・。バカな。ここでワタクシを殺さなければ、ワタクシはまた貴女を狙いに来るのだぞ?分かっているのか?」
「うるさいな。そしたらまたやっつけるだけよ」
「・・・・・・・・。」

私は立ち上がった。
もう帰らなきゃ。
聖が待ってる。
ドラクラに背を向け、私は真っ直ぐに公園の門を目指した。

「どこまでも甘いよ、貴女は。貴女は弱いままだ!」

ドラクラの声が聞こえる。
私は振り返り、キッと睨み付けた。
しかし、その時には既にドラクラの姿はそこにはなかった。
私は、モヤモヤした心をどこにもやることが出来なかった。
でも、これだけは、何をするべきかだけは分かった。
あの時の、クロムと聖が闘った時に現れた、騎士達。
八神達の精神を探さなきゃ。

東の空が明るみ始めた。
全く気がつかなかった。
私は立ち止まり、朝の空気を思い切り吸い込み、大きく深呼吸をした。


「っっくし!!!」
私は鼻をすすった。


続く。












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