第十五話「真夜中の決戦」
一番驚いたのは私自身だった。
瞬間前まで、私の手には何も握られてなかった。
それが突然、何故だか分からないのに、マイクを握っていたのだ。
ドラクラは唖然とした顔つきで固まっていた。
私も、きっと唖然とした顔をしているのだろう。
私は、自分の腕にかかっている圧力を感じ、やっと我に返った。
とにかく、今のこの状況を打開するのが先決だ。
私は空いた左手で、とっさに崩れ落ちた鉄棒からネットを掻っ攫うと、ドラクラの足元を目いっぱいすくい上げた。
「ぐわっ!?」
うめき声と共にドラクラはバランスを崩して、その場に倒れこむ。
私はさらに足に絡みついたネットを引っ張り上げ、ドラクラの身体に覆いかぶせる。
完全にドラクラの動きを奪ったのを確認すると、私は再び公園中央の広場に逃げ戻った。
「はぁ・・・はぁ・・・・」
私は、肩で息をしながら、右手のマイクをじっと見つめた。
それは、なんの変哲もないマイクだった。
いつも私が唄う時に使っている、普通の金属製のマイクだった。
微妙に重く、ちょっとだけ冷たさが手に伝わってくる。
じっと見つめたまま、私はその場から動かなかった。
何故か、動けなかった。
なんとなく、感じるものがある。
何かを感じる。
マイクを握る手から、熱が引いていくのが分かる。
これは・・・・・
熱が吸われている?
マイクが、蠢く?
「この小娘がぁ!!!!!」
ドラクラが咆哮する。
ネットがズタズタに引き裂かれている。
ドラクラは既に私の罠から抜け出していた。
「いい加減にしろ!」
完全に頭に血が昇っている。
「そこを動くな。殺してやる。絶対に殺してやる」
ドラクラが舞い上がった。
私目掛けて一気に突っ込んでくる。
私は、もう一度逃げ出した。
何だか分からないが、何かが起こる気がする。
それまでは、私はこのマイクを放すわけにはいかない。
今度は、入り口を目指す。
入り口横の茂み。
あそこには、ビール瓶1ダース分のガラス片がばら撒いてある。
問題は、奴が空を飛ぶということ。
一応、叩き落とすために、ロープを仕掛けてあるが・・・
私は茂みの目の前で飛び上がると、ハードルを越える要領で跨いで通り過ぎた。
そして、足元に落ちていたロープの端を握り締めた。
ドラクラは茂みの前まで来ると、すっと翻り、その場にピタリと静止してしまった。
「ふ〜む」
ふわふわ浮き上がったまま、奴は茂みをじっくりと眺めた。
そして、私の顔を一瞥すると、
「また何かあるのか?ううん?」
サーベルで茂みを剪定しつつ、にやりと口角をあげてみせた。
「うう・・」
私は絶望した。
今度こそ駄目だ。
追い詰められた。
手の中で、未だにマイクは蠢いたままだ。
この得体の知れない感触だけが、私の唯一の希望だったのに。
と、いう顔をして見せた。
そして、一気にロープを引っ張った。
グワァン!
軽い金属音が響き渡り、頭上の木の枝から、大きなタライが滑り落ちてくる。
ドラクラの頭はそのタライを直に受け止めていた。
ガラン・・・ガラン・・・・
タライは頭から滑り落ちると、地面の上で、乾いた音を立てて回転していた。
「・・・・・・・・」
「いい加減にしろ!!!!」
しばしの沈黙の後、ドラクラはまた再び咆哮した。
そして、私に向かって駆け出した。
そう、駆け出した。
地に足をつけて、駆け出したのだ。
来たーーーーーー!!!!!
私は狂喜した。
ドラクラは茂みに足を踏み入れた。
「ぐわぁぁぁ!!!!!」
瞬間、その場でものすごい勢いで跳ね上がった。
そのブーツの底には、茶色い破片が深々と突き刺さっているのが見えた。
私は再び駆け出した。
茂みの裏を、塀沿いに走ると、滑り台裏の水のみ場付近で園内に飛び降りた。
その瞬間だった。
「うわっ!!」
首筋に激痛が走った。
私はがむしゃらに首筋をかきむしった。
何か、生暖かいものが首筋に纏わりついている。
私は急いでその異物を叩き落とした。
足元を見ると、そこに転がっているのは、一羽の蝙蝠だった。
「こう、もり?」
小刻みに痙攣する蝙蝠の口から、血が流れ出ている。
!?
私は急いで首筋に手を当てた。
首筋は、べっとりと血塗られていた。
「マジかよ!?吸血か!」
私は足元の蝙蝠を蹴飛ばした。
きぃ!という、小さな悲鳴が聞こえた。
きぃ!
きぃ!
悲鳴は、次第に数を増していった。
!?
私は頭上を見上げた。
「うげ〜!!!」
そこには、夜空を埋め尽くす程の黒い蝙蝠が、群れをなして蠢いていたのだ。
私の悲鳴に合わせるように、無数の蝙蝠達は、いっせいに急降下を始めた。
「わわわ!!!」
私は左手で頭を覆い、そこら中を走り回った。
無数の蝙蝠達は、私の腕の隙間から入り込み、至る所に噛み付いてくる。
身体中を鋭い痛みが走り抜ける。
「いったぁ〜〜〜〜い!!!!」
左手で身体中をはたきまくるけど、蝙蝠の攻撃は一向に止む気配はない。
それどころか、下手にガードを解いた為、更に懐深くまで入り込んできている。
一回一回の痛みは大したことはないが、問題なのはこいつらが吸血だってことだ。
このまま血を吸われ続けたら、もう動く事は出来なくなってしまう。
それはまずい。
だけど、この数をどうしたらいい?
払っても払ってもきりがない。
やばい。
意識が薄れてきてる。
どうする。
このまま倒れちゃうの?
血を吸われ始めてから、一体どのくらいの時間がたったろう。
本気で意識が遠のいてきてるよ。
「ははは!どうだ、参ったかね?」
かすかにドラクラの声が聞こえる。
「さぁ我が下僕達よ!その小娘の血を吸い尽くしてしまえ!」
ははは。
吸血鬼の手下は蝙蝠か。
どこまでも安直なやつ。
やべ、笑ってもいられないや。
マジで意識がまずいし。
ああぁ〜、なんか気持ちい良くなってきたなぁ。
身体が冷たいや。
傍目から見たら、きっと私の身体は蝙蝠に覆い尽くされて真っ黒に違いない。
私はその場に膝をついた。
身体に力が入らない。
ああぁ、何か、ほんとに頭の中が真っ白だぁ〜。
どうしよ、めっちゃ気持ちいいや。
私は地面に両手をついた。
もう、身体に力が入らない。
全身が冷たくなっていくのが分かった。
その時、ふと自分の右手が目に飛び込んできた。
そこに握られていたのは、マイクだった。
結局なんだったんだろ、このマイク。
マイクはもう、妙な蠢きは治まっていた。
何かよく分からないけど、期待して損したなぁ。
もうちょっと何か起こるかと思ったのに。
そう思うと、私は悲しくなってきた。
もう死ぬのかぁ。
早かったなぁ。
一回くらい、男の子とお付き合いしてみたかったなぁ。
私の人生って、今まで何だったんだろ。
てか私、最近なんでこんなに死ぬ思いばっかしてるんだろ。
てか、死ぬって思ったの何回目だ?
あはは、バカみたい。
「くくく。姑息な手ばっかり使いおって。実力もないくせに。始めから大人しく死んでおけば、苦しまずに済んだものを」
ドラクラの声が近くで聞こえる。
全く、何で私はこんなにこいつにバカにされなきゃならないんだ。
私は確かにバカかもしんないけど、だからってこんなにバカにされるのは好きじゃないなぁ。
あ、なんかムカついてきた。
どうしよう。
何か、こいつ。
やっつけたいや。
私の右手が熱くなった。
さっきまで、冷たくなっていた右手が、燃えるように熱くなった。
マイクが、再び蠢きだす。
その蠢きは段々と大きさを増し、うねりと化す。
そして、私の心も燃え上がった。
私は立ち上がった。
そして、マイクを振り上げた。
ス!
ス!
ス!
三度、腕を振る。
三条の閃光が走った。
私の足元に無数の蝙蝠がボタボタと落下し、真っ黒い山を築き上げた。
私の身体からは、もう蝙蝠の姿はなくなっていた。
私は自分の右手を眺めた。
普段見慣れたその腕からは、見慣れない金属が、スラリと伸びていた。
握りはマイクのそれだった。
でも、その先は見慣れない、薄く尖った金属の枝。
ギラリと月明かりを反射し、その枝は途中で大きく湾曲し、映りこむ私の顔も歪ませていた。
ショーテル。
その刀剣は、そんな名前だった。
エチオピアで開発された両刃の刀剣。
人を斬るためだけに開発された、凶器。
私は、思わぬ武器を手に入れたのだ。
ゆっくりと、ドラクラを見つめた。
ドラクラの、私を見る目つきが変わった。
達人の目。
私の腕を認めた目。
私は、ゆっくりと刀身を降ろした。
腕の延長線上に、ゆったりと構える。
ドラクラも構えた。
身体を半身だけひねり、肘に余裕をもたせて手首を返す。
腰を落とし、私の正中線を鋭く捉えている。
私達は、呼吸を合わせた。
一回。
二回。
三回。
三度目の呼吸の後、私は動いた。
ドラクラも動いた。
私達は交錯し、互いに一度ずつ斬り合い、夜の公園に立ち止まった。
続く。
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