第十四話「私、立つ」
第十四話「私、立つ」
秋の夜風は思っていた以上に涼しかった。
私はジャケットの襟を立て、申し訳程度の防寒対策を施すと、月明かりの道を歩いた。
街からはいっさいの人口的な光の群れは消えうせ、あるのは真ん丸く膨れ上がった満月だけ。
風の中に、冬の匂いを感じた。
私は、出来るだけ見通しがよくて、それでいて障害物の多い、身を隠しやすい場所を探して彷徨った。
結果として、最もその条件に合っていたのは、住宅街の真ん中に突如として開かれた、児童用の公園だった。
遊具、広場、そして小さな茂みがおあつらえ向きだった。
私は、公園の真ん中に立ち尽くすと、軽く深呼吸をした。
頭の中には、聖の顔だけが浮かんでいた。
私が夜空を仰ぐと、そこには一際輝く大きな月。
星たちは、主役に舞台を譲るかのように、その小さな姿を潜めていた。
漆黒に染め抜かれた空をバックに、我が物顔で腰を据える黄金の月。
その強烈なコントラストの中を、小さな影が、再び横切った。
私は、その影を凝視した。
影は今一度満月の中に現れると、今度は全く外れる事なく、次第に大きくなっていった。
そのスピードはさらに増すと、ついには満月を覆い隠し、私の目の前で翻って頭上を旋回すると、一番近くにそびえるジャングルジムの上に、静かに降り立った。
「こんばんは。お嬢さん」
真っ黒な影は、鼻につく、キザったらしい声でそう言った。
私は押し黙ったままだった。
纏わりついた影を大きな動作で翻し、そいつはこちらへ振り返った。
逆立った金髪に青白い肌。紅く光る瞳が私を見つめる。
見たところ、20代中盤といったところの、白人系の男。
影だと思ったものは、実際は漆黒のマントだった。
白いギャザー付のシャツ、黒いタイトなパンツに編み上げのブーツ。
胸元の赤いリボンタイが、やけに目を引いた。
「随分とご挨拶ではないか。このワタクシがせっかく貴女のもとへ出向いたというのに」
その口元から覗いたのは、一組の大きな犬歯だった。
男は、どう見ても、中世の吸血鬼を彷彿とさせる様相でしかなかった。
しかし、様相だけではない。
ビリビリと感じさせる殺気、威圧感。
そいつは本物の吸血鬼だと認めざるを得なかった。
「何故何も言わないのだ?怯えているのか?」
吸血鬼は問うた。
私は、それでも口を開かなかった。
「ふむ。恐怖で喋る事もできんか。宜しい。ではこの場はワタクシがリードさせて頂く」
纏わり尽くような声。
私は寒気すら覚えた。
「ワタクシの名は、吸血鬼ドラクラ。絶対なる主、夢魔クロム・ネフュー様の使いとして、貴女を葬りに参った」
ドラクラ・・・・。
私は心の中で吹き出した。
なんて安直なネーミングセンス。
コテコテの吸血鬼スタイルに吸血鬼顔。
その上名前がよりによってドラクラ。
どーしよーもない奴。
そんな私の心中は知る事もなく、ドラクラは先を続けていた。
「貴女はクロム・ネフュー様にとって、邪魔な存在。よって、今宵ワタクシが始末させて頂きます」
私は、ゴクリと唾を飲んだ。
「覚悟は・・・」
ドラクラが口上を続けている最中、私は握っていた細い紐を、思いっきり引き抜いた。
重い紐を引き抜いたと同時に、ジャングルジムの中に小さな火柱があがり、間髪いれずに無数のロケット花火が鉄柵の隙間から飛び出した。
無数の甲高い爆発音が、真夜中の住宅街に響き渡る。
本来の世界でこれをやったら、きっと近所中から大ヒンシュクを買うだろうな〜。
足元から続々と打ちあがるロケット花火を浴びながら、ドラクラが慌てふためいている隙をついて、私は上に滑り台の乗ったコンクリートのドームの中に駆け込んだ。
私が仕掛けておいた大量の花火は、今も尚ドラクラを襲い続けている。
ギリギリまで導火線を切った噴射式花火に、連鎖させて飛び出すように細工しておいたのだ。
けたたましく荒れ狂ったロケット花火は玉切れし、濃い硝煙が辺りを包み込む。
私はドームの出入り口から外の様子を伺った。
ジャングルジムの上で、ドラクラはマントで身体を覆い、しゃがみ込んでいた。
私は耳を澄ませた。
「・・・・・」
無言でドラクラが立ち上がる。
ハラリとマントが落ちると、ドラクラの顔を月明かりが照らし出す。
逆立った金髪も、青白い肌も、今は真っ黒いススだらけになっていた。
「殺す!!!!!!」
一呼吸置いた後、ドラクラは咆哮した。
「このワタクシにぃぃぃ!!!!!ガキが!!どこへ行った!!!!!」
ドラクラは私の姿を捉えようと、首をブンブン振り回し、真っ赤な目をギョロつかせている。
私はしばらく耳を澄ましたまま呼吸を整え、頃合を見計らって、ドームの外に小石を転がした。
ドラクラの視線がその小石を捉えた時、私はそっとジャケットの裾を外へと垂らしてみせる。
「そこかぁぁ!!!!!」
咆哮と共に、凄まじいスピードでドラクラはジャングルジムを飛び出した。
登場時と同様、どうやら奴は空を飛べるらしい。
ドラクラが、ドームの入り口を狙って真っ直ぐ飛んでくる。
丁度、ブランコとウンテイの中間に差し掛かる直前、私は思い切り足元のロープを引っ張った。
ブランコに滑車を取り付けておいたおかげで、ワイヤーロープはスムーズに空中に張り出された。
ガクン!という鈍い音をたて、ドラクラの体がその場でまるで逆上がりのように跳ね上がる。
完全にロープを喉に食い込ませ、一瞬空中に静止した後、ドラクラはどさりと地べたにくず折れた。
私はドームから抜け出すと、そのまま小さな梯子でドームの上へと駆け上がった。
ドラクラの体が地面で痙攣している。
やっつけたかな?
私は耳を澄ました。
ドラクラの痙攣が止まる。
どうやらまだらしい。
咳き込みながら、ドラクラはフラフラと立ちあがった。
「この小娘がぁ・・・・」
掠れた声がもれ聞こえる。
私はここで初めて声を発した。
「どうしたの?ドラキュラさん。吸血鬼の力はそんなものなの?」
挑発するよう、わざと下らないことを言ってみせる。
「こああああぁぁぁ!!!!!」
言葉にならない言葉を発し、ドラクラは地面をかきむしった。
そして、再び私目掛けて突進を仕掛けてくる。
私は耳を澄ましつつ、タイミングを見計らってまた違うロープを引こうとした。
が、その時だった。
予想だにしなかった「声」が突然私の頭を駆け抜けた。
(そうだ、さっきかきむしった地面の砂を、小娘にかけて目潰ししてやれ)
私が急いでロープを引く間もなく、ドラクラの手から一握りの砂が放たれた。
「うっ!」
私は、それをまともに目に食らってしまった。
そのせいで、ロープを引く手が遅れた。
トドメように用意していた、渾身の手作りボウガンの矢は、虚しく空を裂いて、その音は聞こえなくなってしまった。
私はドームから落ちないようにとっさにしゃがみ込もうとした。
が、その前に、衝撃が腹部に走った。
激痛と共に身体が浮き上がる。
私は、重力に逆らう感覚を覚え、すぐに重力に引き寄せられる感覚を体験した。
気がついた時には、地上に思い切り叩きつけられていた。
「ううっ!!!」
自分でもびっくりするくらい、低くて野太い声が漏れた。
肺中の空気が一気に押し出された。
とてつもない衝撃が全身に走り、脳みそがグルグルと揺れた。
しまった。完全に声に頼りすぎた。
私は揺れる頭を押さえ、すぐに身体を持ち上げた。
見ると、私はドームから数メートル離れた砂場の上に倒れこんでいた。
危なかった。
ここが砂場じゃなかったら、気を失っていた。
私はすぐにドラクラの姿を探した。
ドラクラは丁度ドームの上から飛び立つところだった。
その手には、白く輝く細身のサーベルが握られていた。
(この剣で小娘の心臓を一突き。それでおしまいだ。奴が死ぬ前に、体中の血を吸い尽くしてやる)
私の頭を言葉が駆け抜ける。
(小娘は砂場の左端にいる。逃げるなら奴は足を取られにくい外。狙うなら左からだ)
私は声を頼りに、腕を伸ばすと、頭上にある砂場のヘリを掴んで、思いっきり下半身を引き上げて、後ろに転がった。
一瞬前まで私の身体があった場所を、ドラクラの剣が突き刺した。
細かいつぶてが裂かれる、鋭い音が聞こえた。
(何!?何だ、この動きは)
私は思い切りドラクラに砂を蹴り上げると、その場から駆け出した。
「どこへ行こうというのだね?大人しくワタクシに斬られなさい」
なんて間抜けな台詞だ。
イラつきを隠そうとしているのがそのまま現れている。
でも、実際にもう私は追い詰められている。
まだ罠はいくつか残っているが、あいつを倒せる程殺傷能力のある罠は残っていない。
どうする、私!!
私の表現から、もう気づいているとは思うけど、私にはドラクラの思考が聞こえていた。
聞こえているってのは変な表現だけど、実際に聞こえるように、私の頭の中に、奴の思考が流れ込んで来ているのだ。
どういう訳かは分からない。
本当は昨日、聖とクロム・ネフューの戦闘が始まった直後くらいから、クロム・ネフューの思考が流れ込んできていた。
ただ、あの時は恐怖と困惑で、何もする事が出来なかった。
そして今日、私は突如として目覚めたこの能力を使う事にした。
私には、クロム・ネフューが何のために誰を差し向けて、それがどういう闘い方をする奴なのかも聞こえていた。
だから私は、事前に場所を選び、罠を張り巡らして、刺客を倒せるだけの土台を作っておいたのだ。
が、私はそういった事前の準備を過信しすぎていたし、流れ込む思考に頼りすぎていた。
敵が突然の思いつきで行動したり、戦闘の経験からくる無意識の行動をとる事を全く想定していなかったのだ。
完全に私のミスだった。
この先、剣を持った相手に対して、丸腰の私が対抗できる手段はまったく思い浮かばない。
私は、走った。
とりあえず、用意しておいた罠をぶつけるしかない。
走って公園の一番奥にある、鉄棒へと駆け寄った。
ここには、鉄棒の下にネットを張ってあるだけで、まったく殺傷能力はない。
万一の時、足を止めるためだけに用意しておいたものでしかない。
せめてここで足を止めて、武器を探すか、一度引くしかもう手はない。
「どうするんだね?その鉄棒に何があるんだ」
私が一目散に鉄棒に駆け寄ったため、完全に罠があることがバレてしまっている。
(ふん。きっと、あの下に縄か、網でも張ってあるんだろう。それともあそこを弓にして、矢でも放つか。何にしろあの鉄棒を使うことはもう決まりだ。ならば・・)
ドラクラの腕が一閃する。
私の目の前を白いきらめきが通り過ぎた。
次の瞬間、目の前の鉄棒は斜めにずれてしまい、そのまま真横に滑り落ちていった。
マジかよ。
ありえない切れ味。
見た目だけで舐めていた。
斬鉄かよ。
こいつの腕、異常だよ。
いくら達人でも、斬鉄なんか出来るもんじゃない。
ましてや一振りで鉄の足二本同時とは。
「もう終わりだ。潔く死ぬといい」
ドラクラの腕が、再び振り上げられた。
逃げなきゃ。
やばい、殺される。
逃げなきゃ。
私は腰が引けていた。
そして、今にも走り出しそうになっていた。
「そうだ。貴女にはそれがお似合いだ。臆病者は臆病者らしく、早く死ぬがいい」
ドラクラが嘲笑交じりにそう言い放った。
私の中で、何かが弾けた。
その言葉に、私はとんでもなく怒りを覚えた。
またバカにされた。
そして、またバカにされるような事をした。
私は、何を見て、何を聞いたんだ。
何を考えた。
何を思って、この場所へ来たんだ。
私は、何をやってるんだ!!!
私は思い切り足を振り上げた。
硬いものの上に、何だか柔らかいものが乗っている感覚。
私は、ドラクラの股間を蹴り上げていた。
「ぐぅっ!?」
ドラクラの口から、なんとも言えないうめき声がもれ出る。
すぐにその場にしゃがみ込む。
「見たか!?バカヤロー!!!!」
私はあらん限りの力を使って、怒鳴り散らした。
「私は逃げない!!ぜったいに、逃げない!!!!」
私は、ドラクラの脇腹を狙って、思い切り蹴りを入れた。
何度か、ウエスタンブーツの爪先を叩き込んだ時、何か硬いものを蹴った感触を感じた。
途端に、鋭い痛みが足を駆け上った。
「うわっ!」
私は尻餅をついた。
見ると、ブーツの先端が裂け、少量だが、血が吹き出している。
ドラクラが立ち上がる。
「はぁ、はぁ。小娘、いい加減にしなさい」
その剣先には、私の血がこびりついていた。
どうやら私が蹴ったのは、その刀身そのものだったらしい。
私の鼻先に、鋭い切っ先がかざされた。
大きく肩で息をしながらも、切っ先は全くぶれる事はない。
この先っぽが、私の身体に少し入り込むだけで、私の命は絶たれるんだ。
ものすごい実感として、それを感じる。
とてつもない威圧感と、現実感。
「まったく。このワタクシをここまでコケにした者は貴女が初めてだ。」
固い音と共に、切っ先が半回転される。
「せめて、苦しまずに殺してあげよう」
ドラクラは、大きく息を吐くと、腕を後ろに振り上げた。
終わる。
私はそう思うと、無性に悔しかった。
結局、私は無力だ。
何も出来なかった。
自分の身も守れないし、大切な友達も守れない。
悔しい。
悔しい。
悔しい!
ドラクラの剣が振り下ろされる。
私は、目をつぶりとっさに腕を前に出した。
ガギッ!
乾いた音と、重い衝撃が腕に伝わる。
「何!?」
ドラクラの、驚嘆する声が聞こえる。
私が恐る恐る目を開くと、私の腕は、ドラクラの剣をクロスするように受け止めていたのだ。
手に握り締めた、マイクを使って。
続く
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