第十三話「聖の全て」
その夜の事を、私は一生忘れない。
たったの二時間程度の事だったけど、私は一生忘れない。
それは、私が今までずっと気になっていた事を、勇気を振り絞って聞いてしまったからだった。
これから少しの間、私は聖の一言一句違わないよう、伝えていきたいと思う。
この話しに対して、賛否両論あるとは思う。
だけど、これは真実だし、聖の経験した全てだ。
だから、これを伝えます。
「あたし、小学生まで多少、自閉症気味の子供だったんだよね。
あたしの家はさ、浅草の辺にあるんだけど、父親と母親、五個上の兄貴と二個上の姉貴と、五個下の弟が一人の六人家族だったんだ。
両親にとって、兄貴は長男だし、姉貴も始めての女の子だから、二人とも可愛がっていた。弟も、結構年が離れてたから可愛がられて育った。
私が一番中途半端に生まれてきて、しかも次女だったし、家族からあんまり相手にされなかったんだ。
別にこれといって出来た子供でもなかったし、どちらかといえばバカな方だったから、更に両親に興味を持ってもらう事もなかった。
そんなんだから、あたしは外に出ても人と話しが出来なかったし、勿論友達なんていなかった。
唯一の友達は、いつも持っている猫のパペット人形だけ。
他人と話す時は、いつもパペット人形を使って話すような子供だった。
それでも、一人でいただけで、対して苦になることもなかったし、こんなもんなんだと思って生きていた。
きっかけは、中学に上がった時だったな。
あたしが初めて八神に出会ったのが、中学でだった。
昔から八神は今みたいなかんじだったよ。
何考えてるんだか分かんないし、いつもクールで、冷めた奴だった。
ただ、他の男子にはそれでも何故か慕われていて、取り巻きも何人かいた、ガキ大将的な存在だった。
あたしはそんな八神に何となく惹かれていった。
でも、パペット人形でしか話せないような女だから、八神が快く思うことはなかったよね。あたしは八神に苛められるようになった。
ぶたれたり、蹴られたり、お金取られたりさ。
そういう関係になったのも、この時だった。
あたしはとても辛かったけど、同時に、誰にも相手にされなかった自分に唯一興味を持ってくれた人が存在した事が、とても嬉しかった。
どんなに苛められても、昼飯がいっつもコンビニのパンだった八神のために、毎日弁当を作っていったなぁ。
そんなことをしてるうちに、八神もあたしを大切に思ってくれたんだろうな。
あたし達は付き合うようになった。
あたしは初めて自分を大切に思ってくれる人が出来て、本当に嬉しかった。
でも、それも長続きしなかった。
夏休みになる前に、八神が家の事情で広島に引っ越していったんだ。
八神のお父さんはお医者さんで、東京の総合病院に勤めていたんだけど、実家のある広島で開業医をしていたお祖父さんの跡を継ぐために、帰ることになったんだ。
そっからが全ての始まりだった。
頭がいなくなって、八神の取り巻き達が自由になったんだ。
それまでは、頭が怖くてあたしに手を出せなかった奴らが、八神の代わりにあたしを苛めるようになった。
八神が転校した次の日、あたしは三人の取り巻きに放課後のトイレに連れ込まれて、輪姦された。
毎日が地獄だったな。
夏休みに入る前、ほんとに毎日毎日犯された。
夏休みに入ったら、もっと酷かった。
一日中拘束されて、ほとんどオモチャだったよ。
夏休みが終わった頃には、その三人組もあたしで遊ぶことに飽き始めていた。
それで終わればよかったけど、そいつらはあたしを使って金を稼ぐ事を思いついたんだ。
冬前には、あたしは学校中の公衆便所だった。
あいつらがいくらであたしを抱かせていたかは知らない。
ほんと、小遣い程度の額だったんじゃないかな。
学校の中を歩いていて、あたしを抱いた事のない男子はいなかった。
毎日毎日、精液にまみれでさ。
あたしは毎日帰り道にある公園の公衆トイレで制服を洗ってから、家に帰っていた。
それでも、毎日蓄積されてく臭いは取れないし、髪なんかにこびりついた精液はとれないから。
母親は、そんなあたしを見て、色気づいたガキが毎日猿みたいに節操なしにはめまくってると思ったみたい。
あたしは家には居場所がなかったし、親が出勤前には家から出されていたから、あたしは学校に行くしかなかった。
どこにも行く当てはなかったし、遠くに行く度胸もなかった。
変にどっかに隠れていても、すぐに見つかったし、その後の仕打ちが怖かった。
そんだけ大々的に商売してれば、教師にも当然バれる。
その商売を最初に見つけたのは、女子の間で気持ち悪いって有名な若い教師だった。
そいつがまた最悪だった。
一緒になってあたしを抱いた上に、そいつは三人組にいろんな悪知恵を吹き込んだ。
その教師が商売に加わった事で、あたしはさらに地獄に引きずりこまれたんだ。
稼ぎもいまいちだし、もう既に市場が飽和状態。
他の教師が勘付き始めたこともあり、あたしは校外で売られる事になった。
最初はテレクラでテキトーなオヤジを捕まえて売りをやらされた。
そのうち、もっと客の多い街に移動しようってんで、あたしは新宿の歌舞伎町へ連れて行かれた。
冬休みくらいには、噂が噂を呼んでかなりの売れっ子になってたよ。
三人組や教師も、面白いくらい稼げるって、どんどん図に乗り始めた。
もっと稼げ、もっと稼げって。
最終的には、最も時間ロスの少ない立ちんぼになっちまった。
ただ、あまりにも派手にやりすぎた。
ものすごい勢いで稼ぎまくったもんで、歌舞伎町の風俗を仕切ってる連中に目をつけられたのさ。
白服。
そこはそういう組織だった。
歌舞伎町の風俗を一手に仕切っている、組織。
それは暴力団みたいな組織ではなくて、本当に企業として仕切っていた。
社員は全員白いスーツで固めて、毎晩風俗店を回っては、上がりを徴収して、さらには独自の基準を用いて風俗店を監修していた。
要は、風俗コンサルティングだよね。
完全無欠な管理体制。
警察の指導を完全に守っての営業は、新宿の警察の信用を得ていた。
でも、そんな真っ白い風俗組織があるわけない。
白服が裏で執り行っていたのは、未成年を使った高級デリヘル。
顧客は、政治家や官僚。医者や大手企業の重役、果ては新興宗教団体の教祖なんてのもいたな。
中学生から高校生を使った、高級売春。
それが白服の本当の姿だったんだ。
あたしはその白服に目を付けられた。
あたしを使っていた連中は、ビビッちまってもうあたしに近付く事はなくなった。
あたしは白服お抱えの医者にかかり、全てのメディカルチェックを受けた。
運よくなんの性病にもかかっていなかったが、当然のように誰のかも分からない子供を孕んでいた。
有無を言わさず堕ろされて、お腹に妊娠しないようにホルモンを調節する器具を埋め込まれた。
それから、あたしはマンションの一室に連れて行かれて、一人のおっさんに出会った。
野村ってゆーそのおっさんは、白服専属の調教師だった。
あたしはそれから一ヶ月間、野村と二人っきりで、来る日も来る日も男をイカせるテクニックを叩き込まれた。
どんなプレイでもこなせるよう、ありとあらゆるテクニック。逆に、何もしない、わざとぎこちなくするテクニックも仕込まれた。
野村ってのは、なんだかいつもぶつくさ独り言を言ってる奴でさ。
すげぇ気持ち悪かったけど、目立たないところであたしを気遣ってくれてるような人間だった。
あたしはそれまで父親とまともに接した事もなかったし、何だかよく分からないけど、無性に野村を信頼していた。
多分、いま考えると、野村に父親の姿を重ねていたんだろうな。
一ヶ月の調教が終わると、あたしは大久保にある、白服所有のマンションに移された。
そこは、白服お抱えのデリヘル嬢が共同で住む寮だった。
二人一部屋で、お互いに監視しあうように割り当てられたその部屋が、あたしの新しい家になった。
寮には、あたしより年下のガキから、高校卒業間近の、ほとんど大人まで、同世代の女ばかりが詰め込まれていた。
あたしが割り当てられた部屋に住んでいたのは、小夜子っていう、当時高校二年の女だった。
あたしより少し背が高い女でさ、いつも偉そうにあたしを管理しようとしていた。
飯の食い方だとか、挨拶の仕方だとかさ。
まともに親からそういう教育を受けてなかったあたしは、そんとき初めて常識ってもんを教わった気がするよ。
あたしはすぐに小夜子に打ち解けた。
勉強のできないあたしに、勉強も教えてくれた。
小夜子はよく言ってたよ。
「今はこんな生活をしてるけど、あたしはいつか自分で会社を興して、大金持ちになるんだ。そのためには、勉強しなきゃならないんだ。だから聖、あんたも勉強して、立派な大人になるんだ。今はこんな肥溜めの中で暮らしてるけど、いつか絶対にまともな生活を送るために」ってさ。
中二に上がった四月から、あたしの仕事が始まった。
毎晩、色んな高級ホテルに連れてかれて、色んな人の相手をした。
客は皆金持ちだらけで、毎晩何百万、何千万って額の金が動いていたよ。
そこは実際にいくらくらい動いたかは分からないけどな。
金の受け渡しは、あたしと小夜子を担当していた運転手の新庄が担当していて、その新庄が言っていただけだから。
その新庄ってのも、あたしにとって重要な人間だった。
あいつは、上には内緒でこっそり学校へやってくれた。
あたしが小夜子に言われて、高校へ行きたがっていたのを聞いて、出席日数ギリギリまでだけど、あたしを学校に送ってくれた。
新庄と小夜子は付き合っていた。
白服っていう組織では、高校卒業と同時に仕事も引退になる。
その後の進路ってのは、大体が表の風俗にそのまま落とされるか、白服の構成員の女になって生き延びるか、情報を守るために消されるかのどれかだった。
だからってわけじゃなく、新庄は小夜子を愛していた。
勿論、他の組織同様、構成員が商品に手を出すのはご法度だ。
その中で、バレずにやりおおせた奴らだけは、大目にみてやるみたいな暗黙の了解があったらしいんだけどね。
あたしにとって、ふたりは本当の兄弟みたいだった。
そして、たまに遊びにくる野村。
あたしは、人生で初めて家族を手に入れた気分だった。
その生活がそれから一年以上続いたよ。
毎晩くる仕事は辛かったけど、皆といれば何とか生きていく希望があったから。
そんなある時、あの事件が起きたんだ。
あたしはその晩、新庄の運転で、西新宿のホテルへと連れて行かれた。
部屋に入ると、小柄な中年の男がソファに座ってあたしを見ていた。
少しの間、ソファに座り、その男と話しをした後、あたしは隣のベッドルームへと通された。
そこにいたのは、ブーメランパンツだけ身につけた、筋肉ムキムキの男が四人。
中年は、こいつらは自分のボディガードだと説明した。
今日はこいつらの相手をしてもらいたい。
ちょっとした性癖があるんだがね。
中年が説明し終わった途端、あたしは目の前が真っ暗になった。
その時の事ははっきり覚えてる。
あたしはいきなり頭を殴られたんだ。
ちょっとした性癖。
それは、女を殴らなければ勃たないってこと。
あたしは泣き叫んだ。
とんでもない苦痛で、あたしは何度も吐いた。
それでも、あたしの意識がなくなることはなかった。
あたしの記憶に焼きついているのは、その情景をみながらひとり自慰行為にふける中年男の姿。
あたしは絶対に忘れない。
朝日が昇って、あたしの身体のどこにも力が入らなくなって、なんだか生暖かいものが耳から出てきていた頃、ようやく新庄へチェックコールが行った。
部屋に迎えに来た新庄は怒り狂っていたよ。
でも、中年男は何事もなくこう言った。
「金なら払ってやる。二倍か?三倍か?満足したら、さっさと連れて帰れ。部屋が汚れる」
あたしはすぐに白服の診療所に運び込まれた。
骨折13ヶ所。全身打撲。内臓も少し痛めていた。
新庄が、なにやら携帯に怒鳴り散らしている声が聞こえていたよ。
内容は覚えていないけど、相手は白服のボスだったはず。
携帯を切ってから、一時間程して、あたしが眠りに落ちようとしていた時、ボスが診療室に入ってきた。
新庄がボスに食って掛かっていたのが聞こえたが、そのあとのボスの言葉が全てを変えた。
「クズ一つでガタガタ言うな。代わりはいくらでもいる」
「春になれば、新しいガキを狩りにいく。今回は客のニーズに合わせて小学生も視野に入れているからな」
あたしが目を覚ました時、あたしは寮のベッドの上にいた。
そこには、小夜子、新庄、野村の顔があった。
そこであたしは三人に言ったんだ。
「あたし、白服を潰すよ」
あたしは本気だった。
本気でクーデターを起こすつもりでいた。
あたしは身体を治しながら、身体を鍛えた。
初めて身体を鍛えた。
あたしは、今までやった事もない格闘技を勉強して、一人でも戦える身体を作った。
同時進行で、他のデリヘル嬢や、調教師、運転手を説得して回った。
情報が漏れないよう、小夜子、新庄、野村と相談しながら、三人の息のかかった人間だけを引き込んでいった。
あたしが中学に入って、三回目の冬が来た頃、あたしは歌舞伎町で反乱を起こした。
事務所のあるビルを占拠し、ボスの部屋でボスを追い詰めた。
ボスは拳銃を出してきたけど、あたしには当たらなかった。
嘘じゃなく、あたしには銃弾は当たらなかった。
後々聞いた話しだけど、覚悟のない人間が撃った弾は、覚悟のある人間には当たらないんだって。
覚悟は全ての冷静さを生み出すんだってさ。
あたしは白服を潰すことに成功したんだ。
ただ、あたしや小夜子と違って、白服しか知らない子達もいた。
白服を潰したものの、実はその先は考えていなかった。
あたしは高校受験だけしか考えていなかったわけだし。
小夜子と新庄は、そんなあたしの考えもお見通しだった。
ふたりは、残された子達のために、白服の経営者になったんだ。
それから、あたしは雨海界政高校に受かった。
それまで、ずっと家に帰ってなかったし、これからも帰るつもりもない。
小夜子と新庄に保護者になってもらって、あたしは入学したんだ。
ふたりは、あたしが白服で稼いだ金を使って生活をすればと言ってくれたけど、あたしは断った。
これまでの全てをリセットしたかった。
白服の皆は好きだったけど、あたしの中では消したい過去だから。
あたしは全てを捨てて、一人でここで生活する事にしたんだ。
浅草でも、新宿でもない、この雨海で。
と、思ったけど、入学早々、八神と再開しちゃったんだけどね。
あたしは八神をまだ想っていたみたい。
全てを話して、八神はあたしを受け入れてくれた。
ま、これは別にいいか。
これがあたしの全てだよ。
あたしが何故ここにいるのか。
何故一人なのか。
どう?要。
納得した?」
聖がニッコリ微笑んだ。
その顔からはもう腫れは引いていた。
アザは残っているものの、そこにはいつも見ている聖の顔が笑っていた。
月が中天をさした頃、私は聖の部屋を抜け出した。
聖はまた寝入っていた。
私は、聖の話を思い出して、泣いた。
「私は・・・・・」
「私はなんて甘ったれなんだ」
私は歯を食いしばって、月を見上げた。
月の中を、黒い影が横切った。
「今度は私の番だ!」
続く。。。
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