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THE MARVELOUS APES
作:比奈



第十二話「優しさの在り方」


私は元来、あまり寝起きのいい方ではない。
自慢じゃないが常に貧血気味だし、低血圧だし、寝起きの機嫌自体も悪い。
なんていう、ちょっと可愛い女的な要素をけっこう持っていたりもするのだが、どちらかと言えばあまりモテる方じゃないのは何故だろう?

そんなだから、その日も私の寝起きはすこぶる悪かった。
酒を飲んだわけでもないのに、頭は割れるように痛かったし、目の前はグラグラした。


だから、光の刺激に耐えながら目を覚ました時のその光景は、今でも夢か現か分からないでいる。
分かっているのは、聖がそこに立っていた事だけ。



「おはよう」

聖は窓際に立ち、そっと薄っぺらなカーテンをめくり、下界を眺めながら穏やかな光に包まれていた。

「ひ・・・じり・・・」

私は額に手をかざし、聖の姿をぼんやりと捉えていた。

振り返った聖の顔は、青と赤が混ざり合い、形もデコボコに腫れ上がったままの、とてもひどいものだった。


「もう、起きて平気なの?」

精一杯振り絞った喉からは、擦れた声が漏れ出ただけだった。

聖はにっこりと微笑を返してきた。


そして、その場にくずおれた。



「無理しなくていいから」
私は聖の額に、絞ったタオルをのせながら少し怒ったように言ってみせた。
「ごめん」
聖は本当に申し訳なさそうに、小さな声で答えた。
聖の身体は、昨日の戦闘のダメージで、相当な熱を溜め込んでいた。
脇の下から、小さな電子音が漏れ出す。

39.5度。

立派な高熱だ。


「39.5度だってさ。しばらく寝てないとだめだね」
私は聖の胸元に、薄手の毛布を掛けなおすと、キッチンへと向かった。
「何か食べよ。お腹ペコペコだよ」
そう言って、キッチン周りの戸棚を物色し始める。
「お腹・・・減ってない」
聖の声が聞こえる。
「だ〜め。聖は怪我人なんだから。血を増やさなきゃ」
「お母さんみたい」
聖の笑い声が聞こえた。
「私の子供だったら、もっと可愛らしい子が生まれるよ」
「うぜぇ」
私も、聖も、笑った。

お母さんか。
それもいいかも。
今は、私が聖のお母さんになろう。
シンク下の戸棚を物色しながら、ふとそんな事を考えた。

「ねぇ、ここの家は何も食べるものないなぁ」
ひとしきり戸棚を探り終え、振り向きながら言う。
「あぁ。ないよ」
普通の答えだ。
「いや、当然のように言わないでよ」
私は思わず突っ込んだ。

「その日食べるものしか家に置かないから」
冷蔵庫すらないような家に食料品を求めた自分がバカだった。
私は少し後悔した。




「じゃあ、行って来るから」
「ごめん。よろしく」

踵をローファーに押し込んでいる私に向かい、聖が上半身を起こして言った。
「ダメだよ、寝てな」
私の声に、聖はゆっくりと横になった。
「じゃあ、タオルだけはあったかくなったら取り替えるんだよ」
「うん」
聖の気のない返事を背に、私は再び雨海の街に出た。


古い住宅街を抜け、雨海モールへと出て、商店街の大通り側の入り口にあるコンビニを目指した。
聖の食事は何がいいだろう。
お粥かな。
でも、血を増やすなら肉とかかな。
胃が受け付けるかな。

考えながら歩いて行くうちに、気づくと私のケータイの待ち受けにもしてある、大好きなブランドショップの前に差し掛かっていた。

ショーウィンドウには、冬物のアウターを纏った、九頭身のトルソーが数体、オシャレなポーズで佇んでいるのが見える。

私は立ち止まると、吸い寄せられるように、ぴかぴかに磨かれたガラス面へと歩み寄った。

瞳のない、虚ろな印象をうけるその女性達を見つめるうちに、ふとガラスに映る自分の姿を見つけた。

どす黒い赤に染まったブラウス。

昨日の戦闘が、嘘だったみたいに思っていたのに。
私はふと、昨日の出来事を思い出した。
あの騎士達はどうしただろう。

無数の触手に貫かれた海の姿。
気の強い桜。
黒い鎧を纏った八神。

不思議と、恐怖を感じなかった。

私の中で、絶対的にリアリティが欠けていた。
嘘ではないと思う。
だけど、幻想のようにも思える。
私の中で、何かが変わっていた。


普段は、綺麗に着飾り、バッチリとメイクした販売員達が闊歩している店内を見回すと、不意に妙な考えが浮かんだ。
これって、好きな服を着放題なんじゃないの?

私は何となく嬉しくなってしまった。

聖に食事を届けてひと段落したら、また来よう。
私は再びコンビニを目指した。




結局何が身体にいいのか分からないまま、私は聖用にインスタントのお粥と特上ステーキ弁当、自分用に大好きなハンバーグカレー。それから、2リットルのお茶とスポーツドリンクを持って帰ってきた。

聖の家にレンジなんてないのを忘れていた。

「冷たいステーキなんて、嫌だ」
聖がワガママを言う。
私は、先ほどブランドショップを眺めていたせいで、あるアイディアが浮かんでいた。
「隣の家にあるかも」

私はビニール袋を引っつかむと、すぐ隣の部屋のドアノブをひねった。
鍵は・・・開いていた。
最悪、壊してもよかったのだが、都合よく施錠されていなかった。
まったく無用心な話しね。

恐らく、貧乏な男子学生の住居であろうその部屋は、入ったとたんにヤニの臭いが鼻をつく、最悪の居住空間だった。
玄関にはゴミ袋が溜まり、そこらじゅうに弁当の食べカスや飲みカス、タバコの溢れた灰皿が散乱していた。
私は靴のまま失敬して上がりこむと、キッチンの目の前にレンジを発見した。

聖と私の弁当を順番に温めながら、私は改めて部屋を見回した。
敷きっぱなしの布団に、繋がったままのゲーム機。
うず高く積まれたマンガ雑誌やいやらしい雑誌の山。
こいつ、彼女いるのかよ。
私は、手近にある山から雑誌を一冊手に取ると、パラパラとめくってみた。
ページの隙間から、ヤニの臭いが漂ってくる。
グラマーとぽっちゃりの間の体型をした女の人が、悩ましげな表情でお尻をこちらに向けている写真や、何故か荒縄で縛られた女の人が苦悶の表情を浮かべている写真などがてんこ盛りだった。
何がいいのかねぇ。これの。
私はふと、八神が縄で縛られているところを想像してみた。
なんていうか、痛ましかった。
何で男の子は、こういう支配的な行為に惹かれるのだろう。
この雑誌に出ている女性は、みんな抑圧されたり、懇願したり、被支配を喜ぶフリをしている人ばかりだった。
もし、私がこうにされたらどうだろう。
私は、少し背筋が寒くなった。
しばらくその雑誌を眺めたあと、レンジが調理終了の合図を出したので、再び元いた場所に雑誌をリリースすると、その部屋を後にした。




聖は思ったよりも食べる事が出来た。
というよりは、ガッツいていた。
ものすごいスピードでステーキ弁当を空にすると、今度は
「お粥も食べたい」
とせっついてきた。
「はいはい」
私がコンロに湯を沸かしに立ったそのつかの間には、私のハンバーグカレーはすっかり空になっていた。
「うをっ!まだ半分も食べてないよ!?」
「ごちそうさまでした」
聖が深々と頭を下げた。
「このやろう!」
私は、聖のデコボコ面の最も盛り上がった先端目掛けてデコピンを飛ばしてやる。
「っってぇ!!」
声にならない声を上げて、聖は布団に突っ伏した。
「見たか、この四次元胃袋が!」
私は笑いながら、それぞれのカップにお茶を注いでいった。

それから出来上がったお粥が聖のお腹に納まると、聖はまた床についた。
「要・・・」
聖が小さな声で私を呼んだ。
「何?」
「ありがと」
言い終わって、二秒もしないうちに、聖は深い眠りに落ちてしまっていた。


「ごめん、聖」
私は、胸が張り裂けそうだった。




聖が寝入ってしばらくした後、私はもう一度街へ出た。

私は先ほどのブランドショップへと足へ向けた。


私はやっぱり誰もいない店内へ入った。
このブランド、元はフランスのメゾンで、日本に入ってきて十数年。
最近はちょっとお姉ギャル系なイメージの強い、ちょっとモードなデザインなのだ。
私はゆっくりと時間をかけ、広々とした店内を見回すと、何度も試着を繰り返し、結局全身ワンセット持ち帰ることにした。
小さなブランドロゴが襟元にプリントされた光沢のある赤いタンクトップ。
内側にフリルが縫い付けてあり、チラ見せして着る丈の短い深緑の綿のジャケット。
インナーに合わせた光沢のある、黒のタイトなハーフパンツ。
そして、ベージュのスウェード素材のウエスタンブーツ。
をチョイスした。
正規で買ったら、実に10万円は下らない買い物だ。
更にソックスやブレスレットなども揃えると、私はその場で着替えてみた。
「うん、いいね」
思わず独り言を漏らしてしまう。
正直、本気で嬉しかった。
ただ、私は平均より胸が大きいという難点があるため、多少ジャケットのサイズが合わないのが惜しい。
胸に合わせてゆったりしたものを選ぶか、肩やウエストに合わせてピチピチのものを選ぶか。
今後の事を考え、私はゆったりしたものを選んだ。



今度は、駅前のファッションビルへと移動した。
聖の好きなブランドのショップが、このビルに入っているのだ。
聖の好きなのは、日本人デザイナーが20年程前に立ち上げた、ロックテイスト溢れる、セクシーさが売りのカジュアルブランドだ。
こちらは、先ほど私が寄った店とは違い、坪数は少ないが、今期A/Wものの品揃えはしっかりしていた。
聖とはよく一緒にここに来ていたため、彼女のサイズもよく知っていた。
私は、聖に似合いそうなものを慎重にチョイスしていった。
紐と胸元に金糸でレース刺繍のされた黒いキャミソール。
ブランドイキャラクターにもなっている女の子の顔がプリントされた、スウェット素材の白いライダースジャケット。
ポケットにスタッツが打ち込まれた、ダメージ加工のストレートデニム。
それから、ウォレットチェーンやネックレスを選んだ。
やっぱりこっちでも、ワンセットで10万円は下らない買い物になった。
買ってはいないけど・・・。

その後、同じビル内にある靴屋さんへ行くと、聖用に黒いエンジニアブーツを持ち帰ることにした。
こちらも、今後の事を考えて。


いっぺんに二人分の買い物をするのは楽しかった。
特に私達の場合、一緒につるんでいる割に全く趣味が違うから、なお楽しかった。
往々にして、女の子って同じ趣味同士の子達が寄り集まる傾向にある。
うちらのクラスでも、そういった派閥みたいなのがあるからね。
大半は、真面目に勉強して高校生活を送ってる、普通の子集団だ。
それ以外に、ギャル三人組がいて、やたらオシャレに興味のあるキューティ系な子達が何人か、あとはダンスやらヒップホップが大好きなBガール三人組、といった感じ。
私もクラス内では、結局は普通の子集団の中に含まれてしまうのだが。
ま、大体は聖と行動を共にしているから、そういった派閥にどっぷり浸かる事はなかった。
その代わり聖とも、そういった派閥意識でつるんでいるわけではないのだ。
結局は私達ふたりとも、他の子達とは違う生活、簡単に言えば「浮いた」学校生活をおくっているわけだが。
話しを本題に戻そう。
だから、二人で買い物する時は色んな店を回れるから楽しいのだ。
しかも今回は自分で聖のものも選べたし。



買い物が終わると、私はもう一度コンビニに立ち寄ると、サンドウィッチを頬張った。
さっき聖に食べられてしまったから、満腹になっていなかったのだ。
それから夕食用に、出来るだけボリュームのありそうなお弁当と数個と、菓子パンにカップ麺を持ち帰った。
飲み物も欲しかったが、思いの他の大荷物になったので断念した。
特に、エンジニアブーツが意外に重かった。

私は極力汗をかかないよう、ゆっくりゆっくりと家に戻った。

やっとこ家に帰り着いた頃には、住宅街はビル街に太陽をはばまれて、一足早く夜の帳を下ろす頃だった。



続く












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