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THE MARVELOUS APES
作:比奈



第一話「THE MARVELOUS APES」


 「天高く、馬肥ゆる秋」
その日は丁度そんな日だった。
長く緩やかな坂が続く駅前からの大通りを。眼前には真っ青な太平洋が大パノラマで広がって、港に停まっているヨットの群れの上を、カモメの集団が白く輝いている。
 吹き付ける潮風が気持ちいい。
少しいい気分になった私は、ペダルを少しだけ強く踏み込むと、秋の太陽の中を風になって駆け下りていった。

 私達の通う学校は、海に隣接した丘の中腹にある、ヌーヴォー様式を取り込んだちょっといい感じなとこだ。創立70周年の記念年にあたり、今年は毎年この時期に行われる文化祭も、この地区一帯を巻き込んで盛大に開かれるという話し。
そういった事を抜きにしても、純白の校舎や手入れの行き届いた桜の並木道、そして目の前に望める煌く海たちが、私はお気に入りだ。学校はあんまり好きじゃないって人も多いと思うけど、私は悪くないと思ってる。
 毎朝、この通りを滑るように下りていって、風を切りながら広い校門に流れ込み、色んな花や木の匂いを嗅ぎながらチャリを置いて、グラウンドを横切って校舎まで散歩。けっこう素敵な朝を送れる気がしてるんだけど。
まぁ勉強も嫌いではないし、成績も悪くはない。別に嫌いな人もいないし、そんな人には最高な場所だと思うんだよね。
そして、何より友達がいる。
 それって私にはすごい最高な事だ。ほんと。

 今日は土曜日。本来なら学校はお休み。
いつもだったら、友達と買い物に行ったり、カラオケしたりちょっと気取ってクラブなんか行ったりして。バイトとかしてない分、少し苦しかったりするけれど、何とか楽しくやっていける。
今、友達とって言ったけれど、いつも一緒にいる友達がひとりいる。彼女とはいつも一緒にいた。学校でも、放課後でも、休みの日でも。
 彼女は親友だ。
まぁ、彼女の話はとりあえず置いて、また後でという事にして。
私はそんな貴重な休日に、わざわざ学校まで出向いたわけなのだ。
 私の家は、この雨海市の丁度ど真ん中に居座る丘の中頃、何年か前の好景気の時代に出来た少し高級な住宅街の一角にある。学校からは真裏にあたる位置関係だ。
そんな感じだから、丘をぐるりと回る道が最も楽に通える道なのだが、いかんせん距離がある。けっこう大きな丘なので、回り道を通ると実に30分はかかる。せっかちな性質の私は、そんな時間をかける位なら、丘を越えた方がマシ。
 って感じでいつも通る坂道を、今日も下りながら、広い校門をすり抜けようとした。が、閉まっていた。
ああ、今日は休日ね。
 私はでかでかと掲げられた
 「雨海界政高校」
の看板?を見上げながら、裏門へと回る事にした。

 さっきも言ったけど、うちの学校は今度、文化祭がある。
正確には明後日の月曜からだ。
 三日間に渡り開催される今年の文化祭は、生徒や学校関係者のみの催しではなく、模擬店に地元商店街の店が出店してきたり、小中学校の子達が出しものをしたりと、文化祭と言うよりは夏祭りといった地元主催のイベントみたいなノリのものになるようだ。そんなうちの学校は私立校だ。
 無論、他校の生徒も出入り自由。そして、出しものをやるのも、申請さえあれば自由にできるのだ。驚きだね
そこで本題。
 私は、バンドを組んでいる。
基本はロックなんだけど、やりたいときはジャズもやるしスカとかロカビリーとか、なんでもやる。
メンバー構成は5人で、まずVo.が私。他にはトランペットがちょっと出来るかな。今はギターを練習中。
ギターとサイドヴォーカルの男の子がひとり。
ギターがもうひとり、女の子。彼女は他にVo.をとったりする。
ドラムスでリーダーの男の子がひとり。
そして、ベース担当の女の子がひとり。
これで5人。

んで、いま挙げた5人のうち、ドラムスとベースの子は他の学校に通ってる子達なのだ。
んまぁ、本来ならイカしたライブハウスでやるんだけど、それは地元もあるし、東京の方に出てって演奏る事もある。私たちはそれをGIGと呼ぶ。
今回は、文化祭が派手にやるって事と、他校生も自由参加って事もあり、私達のGIGをいつも観に来てくれてる友達ファンの熱いリクエストも伴って、わざわざ学校でGIGる運びとなったわけ。
(本当はダサい場所でGIGはしたくないんだけど、最近いつも使ってるライブハウスでちょっとしたモメ事が起きちゃって、しばらく演奏るとこが見つかんなかったからってのが一番の理由。これ内緒)
 んで、今日は機材搬入からセッティングまで終わらせなくちゃなんないってスケジュールだから、元気に登校したわけなのです。

 いつもの場所にチャリンコを置いて鍵をかける。
この一連の作業って癖にならない?他のチャリとか原付とか乗ると、ついついいつもの動きで鍵を閉めようとしちゃうんだよね。
振り返って校舎に向かって歩き出そうとした時、ふと二階のまどに目が留まった。
何か黒い影のようなものが、スッと横切った気がしたのだ。
あそこって音楽室だったかな?
今日はうちら以外に学校で準備してる人なんていないはずなんだけど。だとしたら、音楽室以外に人はいないはず。

「誰?」
私は何気なく呟いていた。 

「おぃっすー!」
背後からの突然の声と共に、誰かの手が私の肩を強く叩いた。
あまりの唐突さと、集中していたところの不意を突かれた事も重なって、私の身体は驚きでビクリと跳ね上がった。
 それをみてなのかどうかは知らないが、笑いの入った踊る声が更に投げかけられた。
「あたしだ、あ・た・し!」
聞き覚えのある声。何となくホッとする、心地いい声だ。
その声の主には心当たりがある。なんてったっていつも聞いてるお馴染みの声だから。
振り返る私の目の前には、予想通りの顔。
ニンマリという表現がよく合う満面の笑みを浮かべた少女。
いや少女と言うよりはもはや大人の女の顔つきだ。


少女の名は、和戸わと ひじりといった。
ワンレングスの長い黒髪に、対照的な白くて艶やかな肌。
私より少し高めの170弱といったところの長身、スラリと伸びた四肢。かつ凹凸も少ない細長い身体は、モデルと見間違う程完成されている。
どことなく妖艶な雰囲気を醸し出す綺麗なアーモンド型の瞳の中に、私の顔が映りこんでいるのがはっきり見える。
 笑顔だ。
「おはよ、聖」
私は右手を軽く挙げる。
「おはよっ」
彼女は言いつつ、自分の右手を私の手に勢い良く叩きつけた。
乾いた気持ちいい音が生まれる。
「あたしに言ったの?」
聖はそう問いかけた。
一瞬、何のことだか分からなかったが、少し考えればすぐに納得出来た。
彼女は、私が独り言で言った「誰?」という言葉に対して訊いたのだろう。
「ううん、違う違う。独り言」
笑いながら言う。

「何だ、そっか。あたしはてっきりあんたが気配とか、殺気を感じるとか、第六感に目覚めたのかと思ったよ。」
「えへぇ?何それ?」
あんまりにも真面目な顔で言った聖に、私は思わずツッコミ入れてしまった。
「あれよ、あれ。幽霊が見えたりするやつ。シックスセンスよ。ほんとは自分が幽霊だったんだよ!?あれ」
「あ!知ってるよー、それぇ。」
「シックスセンスってのは、霊感だけじゃないんだぞ。鍛えれば、そういう気配とかまで感じられるようになるんだってさ」
「へぇー、そうなんだ。聖はできるの?」
「いやいやいや、あたしがあんたは出来るんじゃないのかと思って訊いたんじゃん。出来てたら訊かないし。感じるし」
「あ、そうか」
私は思わず笑ってしまった。
聖も笑っている。
それから私たちは話しながらチャリ置き場を後にした。
 これが私達の日常。
つまんない話しをして、意味もなく笑って、ブラブラして。
私はそれで幸せだった。私達にも色々とあるけど、少なくともふたりでこうしている間は
忘れられた。
日常っていうのはそれが大切なんだと思う。
何も考えずに、ただ楽しくすごしていられる。
別に逃げたりとか、避けたりとか、大変なことが全くないわけじゃないのは知ってる。
でも、そういうのに立ち向かうには、ボーっと過ごす、充電期間みたいなのが必要なんだ。日常って、そんな時間。
 私はそう思う。


「そういえば、もうみんなきてるのかな?さっき二階の廊下に誰かいた様な気がしたんだけど。あそこって音楽室だったっけ?」
「ん?八神から聞いてない?GIGるとこ、体育館に代わったんだよ。なんかうちの軽音もライブやるってんで、広いとこ使わせてもらえることになったんだってさ。それに、音楽室は三階じゃん?」
正面入り口から入って、下駄箱で上履きに履き替えながら、私は少し大きな声で話しかけた。
 私達はクラスが違ったから、下駄箱も一列離れている。
背の高い金属ロッカーを挟んだ形で、聖の答えが返ってきた。
私の下駄箱は入り口側の日が当たる場所。
この時間、朝日が入り口上のステンドグラスを通過して下駄箱を照らすため、私の場所は丁度紫色の蝶々がぼんやりと映しだされ、幻想的に浮き上がるのだ。
 うん、今日もいい感じ。
「だよねぇ、何か誰かいた感じがしたんだけど。気のせいかな。っうか、体育館になったの?何か一気にでかいGIGになりそうだね」
「そうなんだよ。他のが軽音の連中ってのがダサいけど、でかい分にはモウマンタイじゃん?逆にやる気でるっつーか。」
 聖がもう私が見た人影に絡んでこなかったから、私もそれ以上その事について考えることもなかった。
 上履き(ムーンスター)に履き替え聖の方へ回り込むと、彼女も丁度履き替え終えたところで、黒髪をさらりとかき上げながら顔を上げるところだった。
 女の私から言うのも何だが、うーん、綺麗・・・。
「今日は海と桜が車で機材を運び込んでくれるらしいから、うちらはそれを降ろしてセッティングする係りだね。」
「あ、そうなんだ。海くん、もう18なんだもんねー。んで、何時くらいに来るんだって?」
「んー、10時くらいだって言ってたような気が・・・」
廊下の時計を見上げると、9:50を指していた。
「あ、けっこうジャストな時間だね」
聖も時計を見上げ少し頷くと、軽く手を振り私を促がす素振りをみせる。
「とりあえず体育館行って、すぐに機材運べる様にしとこーか。ちゃんと段取り組んどかないと、海はそういうとこうるさいからね」
「ああ、そうだね」
自分の気に入らないことがあった時、口とんがらせて文句ブーたれてる海の顔を想像すると、小さな笑いがこみ上げてくる。
 海という人は、私達のリーダー的な存在ではあるのだが、けっこう我儘な子だ。我儘というのはちょっと語弊があるかな。
 基本、とても責任感があって、頭の回転が速い。根が真面目なだけあって、物事は常にキチンとこなさないと気に入らない人なのだ。
だけど、キャラ的なもの?普段の性格的なものが、あんまり人を付いて来させないってのがある。ま、細かいことは後にして。
そのギャップで、どうしても彼が思うようには物事が進まなくて、ブーたれる。
 だから一見すると、彼は我儘だ、という風に映ってしまうのだ。
だけど私達だって、決して彼を軽んじているわけじゃないんだよね。ただ、からかいたくなるキャラだから。

  一階の廊下を通り、一年の教室の前を横切って奥へと進むと体育館がある。うちの学校は一学年およそ6〜7クラスあり、それがずらーっと一列にならんでおり、さらにその他の教室が並んでいるため、非常に長い造りになっている。さらに私立独特の何のためにあるかよく分からない教室が多く、一辺の両端から直角に教室群が伸びていて、要はでかい正方形の校舎なのだ。
 私達は、その廊下のうちの一本、最も体育館に早く到着するところを進んでいった。
体育館がそろそろ見える辺りまで歩いた時、
「あれ、体育館に誰かいる?」
不意に聖が足を止め、振り返るなりこう言った。
「あ、ほんとだ」
見ると、確かに体育館のドアが開いていた。
「やっぱ誰かいるのかな」
また私の頭の中に、さっき見た廊下の影を思い出していた。

「誰かいる?」
私は自然と正面に見える体育館の入り口を凝視していた。

「あれ?あいつかな。早いな」
隣で聖が呟くのが聞こえる。
 あいつ
聖がこう表現する人間は一人しかいない。
私は容易にその(あいつ)を思い浮かべることができた。
「八神君?」
聖は頷いた。
「多分ね。まさかあいつが定時にきっちり来るなんて思えないけどね」
やれやれ、といった感じに頭を振りつつ私に言った。

 私達は少しだけ開いた体育館のドアに手をかけた。
ひんやりと冷たい感触が掌に伝わる。
金属に、キルティングされた牛革の打ち付けられた重たい扉。
けっこうな体重をかけなければ開かないそのドアを押し開けると、少しづつ広がりつつある隙間から暖かい太陽光が漏れだしてくる。
ふんわりとした優しい光。
仄暗い廊下に柔らかな光の絨毯が生まれた。

「よぉ」

光と共に、声が現れた。
心地いい声。
私はこの声を誰よりも知っていた。
どちらかと言うと低い、私の中にすぅっと入ってくる声。
私が常に求めているものは、この声以外の何物でもないのだ。

「やっぱりあんたか」
聖がその声に向かったそういうのが聞こえる。
どうやら一瞬ではあるが、私は自分の世界に入り込んでいたらしい。
はっと気づき、無意識にたるんでいた表情を引き締めようと努める。
「どうしたんよ、時間通りにあんたが来るなんてさぁ。珍しいこともあるもんだね」
「たまにはな。今日は単車で来たから」
「え?学校まで?」
「まさか。レノに頼んで店に置かせてもらったよ。さすがに単車が教師に見つかるとめんどーだしな」

 私は聖の隣を歩きながら、二人の会話を聞いているだけだった。
かすかに軋んだ音のする板の床の上。真正面奥に見えるステージの端に腰掛けた少年。彼に向かって、私達は歩を進めていた。

「よぉ、要」

彼まであと数歩と迫ったところで、彼がこう言ったのが聞こえた。
「あ・・・、お、おはよ」
私にとっては不意な出来事。
一瞬口ごもり、それを誤魔化すように私は笑顔を作り直すと、出来るだけ爽やかを心がけ挨拶を返した。
「ははは。朝から噛み噛みだな。寝不足か?」
にやりと頬を上げ、彼はからかうようにそう問いかけてきた。
「え・・?い、いや、ちゃんと寝たよ。昨日は」

ああ、また噛み噛み・・・
マジ最悪。
彼はほんとに楽しそうに少し声を出しながら笑っている。
私って、なんでこう本番に弱いの。
いっつもこう。
何か大切な、決めなくちゃ、ここが決め時って時に限ってどうしようもないポカミスをやらかしてくれる。
ほんと、つくづく嫌になるよ。
「何だよ、どーした?何を慌ててんだ」

彼の名は和宮かずみや 八神やがみ

いかにも高校生然とした、緩やかに逆立ったアッシュヘア。
ちょっとだけ釣りあがった目尻と、目の下をすっと走る微かな皺が特徴的な、美しく整った顔立ち。
身長は180ちょうど。
制服の上からでもうっすら分かる、広い肩幅と厚い胸板。
野球をやっている割には、小さく引き締まったセクシーなヒップ。
そしてその肉体から美しく伸びる、すらりと長い手足。
それはさながらイチローか新庄。
いや、彼のセクシーさ、かっこよさはそんなもんじゃない。
言うなれば、完璧なスタイルを手に入れた木村拓哉。現在の色気をもったまま若返ったブラット・ピット。むしろニコラス・ケイジ。いやショーン・コネリーか。
とにかく彼の持ち味は、十代とはとても思えない、高校生離れ
したその色気にあった。

「どうしたよ?要。今度はボーっとしてよ」

ああ、八神君の声がこんな近くから・・・・
私は舞い上がった。
むしろ我を忘れて浸った。
八神君・・・・・
あぁ、八神君・・・・・。

私は八神君が、好きだ。
私は八神君が、大好きだ。

私は八神君を、
       愛している。
のだろう。

甘い。気持ちいい。芳しい。柔らかい。

でも

辛い。気持ちが悪い。汚い。痛々しい。

痛い。
痛い。
痛い。痛い。いたい。いたい。いたい。
いたい・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・いた・・・・・い・・・・


「おい、どうしたんだ?要のやつ」
「あぁー、いつものことジャン?秋だしさ」
「そりゃ春だろーが」
「そうだっけ?どっちにしろ過ごし易い良き季節だからねー。いいんじゃない?」
「何がいいんだよ」
「いや、何となく。えへへ」
「えへへ。じゃねぇよ。カワイコぶんな」
「カワイコぶってねーよ。わたしはどっちかてーと綺麗なタイプだし」
「自分で言うかね、そういうことを」
「そぉ?ま、たまにはね」
「何かいつもそんなこと言ってる気がするけどな」
「いつもって。いつ言ったよ、わたし。最後にいつ言ったよ?」
「いつも言ってるよ、お前。昨日も言ってたよ、家でさぁ」
「え!?ちょ、お前」
「ん?何慌ててんだ?お前」

私の耳はその会話を聞き逃さなかった。
胸が痛くなった。
小さな針が刺さったみたいに。

聖が、私に気を使ったのが分かったから。

聖と八神は付き合っていた。


  パッパー!!

景気のいい音が、体育館中に鳴り響いた。
瞬間、現実に呼び戻される私がいた。
「お、やっと来たな」
八神が、やれやれだぜ、といった感じで聖や、多分私にも声をかける。
どうやら機材運搬班の二人が到着したらしい。
「ナイスタイミング・・」
そう聖の呟きが耳に入る。
その時には、八神は既に非常口に向かって、何歩か歩き始めていた。
だから、今の聖の言葉が聞こえたのは私だけだったに違いない。
もちろん聖は私に今の呟きが聞こえたとは思ってはいないだろうが・・・。
 だが、実際は私も彼女の意見に大賛成だった。
既に聖は私を意識してしまっていたし、それは私も同様。
もしあれ以上、八神君に突っ込んだ質問をされていたら、今の私達の状態では何のリアクションも起こせないし、気まずい空気に汚染されてしまうだけだっただろう。
 そのタイミングでのあのクラクション。
まさに計ったかのごとき絶妙なタイミングだ。


私はひとつ息をつくと、八神の後を追って歩き出した。
そして私に続く聖の姿を横目で捉える。
表情は見えなかった。
多分、いつも通りの涼しげな微笑を浮かべているに違いない。
私には分かる。
 私達は確かにこんな関係だが、心が通じ合っている事だけは、何より強く信じられる。
私は、この世の中の誰よりも聖を信じている。

だから私は、敢えて彼女の顔を見ることなく歩き出したのだった。

「待たしたみたいだな。わりぃ、わりぃ」
八神の背中越しに軽い調子のいい声が聞こえてきた。
「オーイエー。お待たせー、ごめんなりー」
続いてちょっと舌ったらずな子供っぽい声で、ひとつも反省してない侘びの言葉も届いてくる。

それを聞き終えたところでちょうど私と聖も、八神と同じ校庭側に面した非常口へとたどり着いた。

「おっ、ヒジカナ。待たせたね、すまんすまん」
「くわんくわん」
ふたりの男女が代わる代わるに全く反省感のない侘びを繰り返している。
「おはよー」
私はとりあえず、何はともあれ挨拶してやった。
案の定、自分の可愛いボケを無視された少女は顔を膨らませていた。

少年の名前は 和泉いずみ かい
少女の名前は 照和てるわ さくらといった。

海のほうは、典型的なプレイボーイだ。
八神より更に高い長身。少し面長だが、癖のない美しい顔立ちはまさに美少年。八神もかっこいいのだが、少し癖があるため万人から好かれる顔はしていない。
だが海は違う。
 更に彼は自分がかっこいいのを知っていたし、何よりも最高の武器として利用している。
かっこいいからこそ自分の個性を主張しても、女はちゃんと着いてくるのも知っている。
 海の個性。
髪は、背中まであるストレートの長髪を真っ白な白銀に染めぬいている。
サーフィンをやっているから、肌は綺麗な小麦色。
ちなみにサーフィンの腕はいいらしい。(見たことはない)
 何より、自分に着いて来させる言葉や気遣いのテクニックを知り尽くしている。
それこそ最大の個性だった。
 海はこんな人。

桜はいわゆる天然キャラ。
言うこと成すこと全てズレている。
見た目的には普通に可愛い女の子だ。
 木村カエラよろしく、綺麗な栗毛色のミディアムボブ。
ちょっと下膨れ気味の柔らかなラインの顔立ち。
聖とは逆の大きなたれ目。
どちらかといえば童顔と言える、可愛い作りをしている。
身長も私達に比べて10センチは低く、155前後といったところか。
こんなビジュアルで天然キャラ。
はっきり言って、ずるい位に完成された{妹キャラ}と言える。
 だが、この子をあなどるなかれ。
実はメンバーの中で一番のキレモノな場面がちらほら。
更には、この子。音楽一家のサラブレット。
担当するベースに関しては、いつプロになってもおかしくない腕前との評価を頂いたこともあるのだ。(多くのけっこう有名なバンドがインディーズ時代に演奏していた老舗ライブハウスのオーナーがそう言っていたのを聞いた覚えがある)
 まぁ、彼女の家族の事とかは今は関係ない。
うちらはうちらのやる事をやる!ってことで、私達はあんまり桜の家族のことには触れないようにしているのだった

海がどこから借りてきたのか、紺のハイエースのドアを閉めながら誰にともなく声を発す。
「ったくよー、まさか俺らが出禁になるとはなー」
続いて桜もシートから滑り降りそれに続く。
「ふとーだよねー。ふとーな判決ってゆーやつ?」
ふたりは機材を降ろすため、車体の後部へと回り込む。
私達三人も、それを手伝おうと非常口から外へ出た。
無論、上履きのままだ。(これが教師に見つかるとまたくどくど説教を食らうはめになる)
「確かに不当っちゃぁ不当だったよな」
「そうだよ。あたしらにしたら人助けだし、あれ」
先に海が車に乗り込んで、馬鹿みたいにでかいスピーカーやらアンプやらを外に押し出してくる。
そいつらを受け止めながら、八神と聖が言葉を交わしている。
「あんなに長く拘束しやがってよー。お前だってちゃんと説明したんだろ?海」
更に八神が問いかける。
「したよ。お前らは五時間で済んだからいいけど、俺はあの後から更に三時間もおんなじ話ばっか繰り替えしさせられたんだぞ」
「えー。海、そんなにいたの?」
「そーだよ。一応、年長者だからな。お前らが若いのがいけないんだ」
ボーっとした感じの桜の質問に、海はいかにも楽しそうに答えている。
うちらのリーダー役ってのをなんだかんだで結構楽しんでる様子。
「とりあえず早くお前は二年になれ、桜。そしてお前らは早く三年になれ」
「そしたらあんたは卒業ジャン、海。おっさん、おっさん」
聖が嬉々として海を茶化し始める。
「うっせーなー。大体お前が原因なんだぞ、分かってんのか」
ダルそうな声で、今度はドラムセットのタムタムを聖に手渡しながらピシャリと締める。
「しょーがないじゃん。あんなん見たら誰でもああなるっしょ?」
「あーーーー。んーーー。何ともいえねーよ、それ。確かに気持ちは分かるけどなー」
「いやいや、あれはしょーがない。ねぇ?要もそう思うでしょ」
タムタムを私に手渡しながら、聖がこう振ってきた



続く












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