私の名は新山健〔にいやまたけし 仮名〕。この小説は私の統合失調症とともに歩んだ半生を
つづるノンフィクションである。この小説を通して精神病への理解が進むことを期待する。
健の母は病弱で健がおなかの中にいる頃体調が悪く食事を吐いて戻すことが多かった。
そのせいかどうかはわからないが健に栄養が十分にいかず健は生まれつき
言語障害だった。親が健の言語障害に気づいたのは健が言葉をしゃべりだして
からだった。親は心配して健を幼稚園に同期の子より1年遅れで入れさせた。
しかし幼稚園でもあの子は障害者だからという態度が周りの園児にあり仲間はずれに
されたりした。あるとき健は周りの園児に地面に座らされ園児が周りを囲んで
手をつないで回りながら「お前は仲間はずれじゃあ」と言われた。
これが健が自分が障害者であることを認識させられた初めのことだった。
そんな健を心配して親は役所の福祉課に相談して近所の小学校の
話し方教室に小学2年まで通わせて話し方の勉強をさせた。そのかいがあってか
周囲の健の話し方に慣れている人ならば何とかコミュニケーションが取れるようになった。
兄からも小さい頃は「お前の言葉はあむみも語じゃのう」とからかわれていた。
小学生になってからも健は生まれつき運動神経が鈍く力も弱く体育の時間には
足手まといになって同級生からいじめられていた。
小学3年のときに同級生のいじめっ子に当時はやっていたキン肉マンのプロレス技を
かけられたり暴力を振るわれたり顔につばを吐きかけられたりして
いじめられた。あるときそのいじめっ子から
毎日そのいじめっ子の家に下校時一緒について帰るように強要され帰り道で
タバコ屋のおじいさんにバカと言うように強制された。健は仕方なくそのおじいさんに
バカと言ったが心の中では申し訳ない気持ちでいっぱいだった。そのおじいさんが
学校に報告して問題になりそのいじめっ子は先生に怒られ4年になるときには
別々のクラスになり健はホッとした。
中学1年になると同級生にファミコンのカセットや漫画を貸すように強制され
貸しても返してもらえなかったこともある。
中学3年のとき隣のクラスのいじめっ子に目をつけられ暴力を振るわれたり
していじめられるようになった。毎日下校時一緒に帰るように強制され
学校から禁止されていた買い食いをそのいじめっ子がしていて健の嫌いなクリームパンを
無理やり食べらされた。いじめはだんだんエスカレートしてきて
そのいじめっ子に金を要求されそのいじめっ子が郵便局までついてきて
健のお年玉の残りをためていた郵便貯金を数回に分けて合計20万ぐらい
脅し取られた。そのいじめっ子から親や学校に言えば殺すと脅されていて
健は怖くて親や学校にも相談できず悩んでいた。そのとき健は相手が悪いと
思うのではなく自分がどこか悪いところがあるのでいじめられるのではないかと
思っていた。そのいじめっ子とは別々の高校に行き縁が切れた。
このようないつもいじめられてばかりのストレスの多い生活を送っていた日々で
高校1年の秋ごろについに精神病の症状が現れだした。
健は高校になってからはいじめられないように友達を作らず誰ともかかわらないようにして
生活していた。学校が終わればすぐに家に帰る帰宅部だった。
当時健は自分の不細工なルックスを見てイケメンになって女にもてたいといつも思っていた。
また周囲には勉強していると言いながら実はテレビを見たりゲームをしたりして
勉強していなかった。このような日々を健は周囲の誰にも言っていなかったのに
ある日突然自分が周囲に漏らしていない頭の中で考えていることについて周囲の
人間が悪口を言っているように聞こえるようになった。
初めはクラスメートの数名が言っているように聞こえたが次第に周囲のほとんどの
人間が言っているように聞こえてきた。
精神病とはどのようなものか教育されていなかったので健は自分が精神病だとは
思わず宇宙人に手術されたか、もしくは何かの原因で自分の考えることが
周囲にわかるようになってしまったかと思っていた。
たとえばイケメンになりたいと思うことについては「健程度のルックスでそのようなことを
思うとはバカなやつだ」とか聞こえてきた。
また勉強していないことについては「あいつ本当は勉強していない。だから勉強の
できないバカだ」と聞こえてきた。
また「健はわけのわからないことばかり考える頭のおかしいやつだ」とも聞こえたことも
ある。
このような自分への悪口が毎日何回も聞こえてくる。しかも周囲の人間が言っているように
自分の耳に聞こえる。救いは家族の声だけは自分への悪口には聞こえてこなかったことだ。
健は毎日自分への悪口が聞こえてくるのでしばらくは周囲がぐるになって
自分への悪口を言っていじめているのだと思い我慢していたがある日我慢できなくなり
もっとも自分への悪口を言っているように聞こえたクラスメートに
「お前俺の悪口言っているだろう。やめてくれ」と言ったがそのクラスメートは
「何言っているんだ。そんなこと言っていないぞ」と言われ引き下がるしかなかった。
その後も我慢し続けた高校時代が終わり大学に進学して親元を離れたが
そこでも周囲の声が自分への悪口に聞こえ続けた。たとえば大学の同級生の声が
「新山はうちの大学でも最低ランクの学生だ」とか健が本を読んでいるときは
「あいつは本を読んでも内容がわかっていない」とか聞こえてきた。
自分への悪口でも同じ高校から健と同じ大学に行った先輩が自分の悪口を広めているように
聞こえてきた。そのようななか平成7年の19歳の時の3月ごろ春休みで実家に帰っているときに
自分への悪口が聞こえてくるのがひどくなり我慢できなくなり2階のベランダで
ついに「お前ら俺への悪口ばかり言いやがって。ボケが殺すぞバカー!!」と
怒鳴ってしまった。親があわてて「どうしたの健」と言うと健は
「俺の周りの人間が俺の悪口ばかり言いやがるんよ。くそったれどもが」と
興奮のあまり涙してしまった。その日は親になだめられて眠ったが数日後
健は自分の悪口を言っていると当時思っていた同じ高校から同じ大学にいった先輩たちの
住所を調べ「お前ら俺の悪口ばかり言いやがって。大概にせんかい俺はバカじゃあないぞ」
というような意味のことを書いた手紙を送ろうとして親に見つかり
親がこの子は精神に異常をきたしていると思い宇和島の精神病院に連れて行かれた。
病院では健自身には特に説明も無く親と医師が話した結果薬を出された。
健には親から精神病院に連れて行くよという説明も無く医師からも君は精神病よという
説明も無かったので健は自分が精神病だと気づかなかった。初めて精神科に行った時は
病気のせいで興奮していたので後から聞いた話ではそのような急性期のときは
本人に話しても病気であることを受け入れない場合が多いので本人には話はしないとの
ことだった。初め医師にもらった薬を飲むときつい薬で歯をかむつもりはないのに
奥歯が勝手に動きガチガチとかんでしまう副作用が出て歯がぼろぼろになりそうになった。
そのため親と一緒にタクシーで病院に行き副作用を注射で取ってもらい薬を
変えてもらった。新しい薬は飲むと頭がボーっとなり長い時間眠るようになった。
それ以外は不便は無かったので親の指示の元、宇和島にいる間はその薬を飲んだ。
その後松山の大学に春休みが終わったあと戻らないといけないので松山の神経外科を
紹介してもらいその病院に時々通いながら大学に通った。そこでは薬は軽いものになり
日常生活に不便はなかった。しかし健は自分が精神病であるという説明を医師からも親からも
受けなかったので自分が病気であると言う認識が無く病院に通うのも不定期で
親から命令されたときだけ通い薬も親から強く言われたときだけ飲んでいて
飲んだり飲まなかったりだった。そのため病気の症状はよくならず苦しんでいた。
その後平成7年の7月ごろに松山にいたときアパートの近所の駐車場の車の中にいた人が
自分の悪口を言っているように聞こえそれが白い車だったので夜その駐車場で
白い車を3台ぐらい蹴ってしまうという事件を起こした。近所の人に捕まり健は
大変なことをしてしまったと思い後日親を呼んで車の所有者と駐車場の管理人に
謝罪して車の修理代も親が弁償することで刑事事件にならずにすんだ。
後日健が病気を認めた後に医師に聞いてみたところこのような他人の声が自分への
悪口に聞こえるのは幻聴といい、健のように自分の考えていることが周囲に
読み取られているように感じるのは思想伝播というと教わった。
病気に苦しみながらもなんとか大学を卒業したが4年のときに就職活動しても当時はまだ
自分が精神障害であるという認識がなかったので精神障害のことはもちろん言わなかったが
言語障害のためうちでは雇えないとどこに行っても断られた。なんとか古本屋の最低賃金の
アルバイトにお情けで雇ってもらい社会人生活を1998年にスタートさせた。
しかし健はあいかわらず自分が病気であることに気づかず薬を飲むのも不定期だったので
時々アパートの部屋の中やベランダで隣の部屋の人やアパートのそばの道を
通る人の声が悪口に聞こえてきたときに怒鳴ったりしていた。怒鳴る頻度は
1ヶ月に数回ぐらいだった。あるときは道ですれ違った人が自分の悪口を言っているように
聞こえたらその人の背中に届かずに気づかないようにつばをペッと吐いたり
アパートのベランダからそばの道を通る自分の悪口を言っていると思った人に向かって
石を投げたりしたこともある。しかし不幸中の幸いか健は肩が人並み外れて弱かったので
石は人には当たらなかった。つばを吐いたのは相手に気づかれて言い争いになり
最後は健は逃げたこともあった。
古本屋の職場では怒鳴ったりしたら首になるとわかっていたので怒鳴らなかった。
そのような中1999年の3月のある日実家にバイトが休みで戻っていた時に家の近所のコンビニで
悪口の幻聴が聞こえてきてそのコンビニの店内の2人連れの若い男の人たちが自分への悪口を
言っているように聞こえたのでその人を「お前ら俺の悪口言っているだろうが、ボケ!!」
と言って殴ってしまった。相手の人達が柔道をやっている人たちだったので健は
取り押さえられ警察を呼ばれて手錠をはめられ警察に連れて行かれた。
警察を呼ばれて初めて健は自分のしたことが重大な反社会的行為であったことに
気づき警察と相手の人に「自分への悪口を言っているように聞こえたので間違えてはずみで
殴ってしまったんです。本当にすみませんでした」と何回も謝罪した。
すると幸い相手の人もいい人だったのでこらえてくれて被害届けは出さないでくれて
警察の担当者の方もいい人だったので「もうこういうことはやったらいかんよ」と
お灸をすえるだけでその日のうちに帰してくれた。
このようなことを起こしたら入院になるのが普通だが健は当時自分が病気であることに
気づいていなかったので医師に暴力事件を起こしたことを言ったのは
2000年になり自分の障害を自覚してからまじめに通院し始めてからだった。
そのときに「先生実は僕過去に人を殴ってしまったことがあるんです。」と
報告したが医師は「過去に起こした過ちなので今は経過はいいので問題ない」と
言われて入院にもならずにそれだけだった。
その後2000年になってから健は兄から「薬を飲むのをやめたほうが調子がいいように
見えるから薬を完全にやめてみたらどうだ」と言われ数ヶ月薬を完全にやめてみた。
すると4月ごろに気分がものすごく落ち込み自分は生きている価値がないと考えるようになり
幻聴もひどくなった。そして本を読んでも頭の中に内容が入ってこなくなり
理解力が遅くなり頭が物を考えるのもつらくなった。健は自分は脳の病気かうつ病では
ないかと考えるようになり自分の調子がおかしいことを認識した。そのころに
心の病について書いた本と出合いそれを読むと自分に症状が当てはまっていたので
自分はうつ病かと思い医師に聞いて見ると「いや君の場合は精神分裂病だよ」と
いうことだった。そして自分の病気は今の医学では一生涯完全には直らないということと
治療には薬を一生涯にわたり毎日飲まなければならないことを教わった。
薬をやめなければ普通に日常生活を送れるようにはなるが正社員としての一般社会での
就労は非常に難しいということも教わった。
健は自分が病気であることを認識してからは毎日薬を飲むようになり通院も定期的に
行うようになった。
それから薬を毎日飲むようになってから数ヶ月たつと頭で物を考えるのがつらくなる感覚は
なくなってきた。気分が落ち込むのも改善した。しかし思想伝播と他人の話し声が
自分への悪口に聞こえてくる幻聴は直らなかった。それでも幻聴も薬をやめていたときよりは
多少は改善したような感覚もあった。そして幻聴も病気のせいだと自覚したので
怒鳴ったり反社会的行動をとることは無くなり安定期を迎えた。
2001年になってからバイト先の古本屋の社長にいつも厳しく理不尽に当り散らされていた
せいで頭で物を考えるのがつらくなるのが再発したので古本屋の社長に親元に
帰りたくなったのでやめさせてくださいと言って退職して実家のある宇和島に
戻ってきた。
宇和島に戻ってしばらくしてから具合がよくなってから職安に行き言語障害と
精神障害があるがこんな自分でも雇ってくれるところは無いか相談してみると
あなたのような障害者は雇うところは無いので仕事はあきらめて生活に困ったら
生活保護をもらったほうがいいと言われた。健はやはり障害者は働くことは
無理なのだなあと実感した。精神障害者は法定雇用率も計算に入れられてないので
まず働けないとのことだった。
そして統合失調症の症状のひとつである思考内容の貧困化で健も毎日同じようなことばかり
考えるようになり幻聴でも「あいつは毎日同じようなことばかり考えてバカなやつだ」と
聞こえてくる。自分への悪口の幻聴が聞こえてきたときは後ろ向きなつらい気持ちになる。
しかし病気や幻聴とも一生涯上手に付き合っていきたいと思っている。
また統合失調症は脳が興奮してくる症状もある。2000年初めごろに薬を完全に
やめていたときは脳がオーバーヒートしたような感覚に襲われ夜眠れなくなった。
薬を飲むことで脳の興奮を鎮める作用がある。
しかし今でも朝飲んだ薬の効き目が夕方ごろ切れるのか夕方の薬を飲む前は
頭が興奮したような感じが時々ある。
また音にも敏感になりテレビの出演者の声や物音が自分への悪口に聞こえることも
ある。
統合失調症で現れる症状も人によって様々なのでここに書いたのはあくまでも
私の場合である。
2003年からは地元の作業所に通うようになりそこで時給100円で1ヶ月7千円程度の給料と
親から毎月2万ぐらいの小遣いをもらいそれでささやかながら自分の好きなお菓子や
趣味の漫画本を毎月数千円程度買う生活をしている。
就労はあきらめニートとして暮らしている。親はお前に財産は残さんと言っていて
兄も援助はしないと言っているので親が亡くなった後は今のままでは生活できないので
生活保護をもらおうと思っている。
自分の人生を振り返って見て統合失調症は100人にひとりはかかる普通の病気であることと
新聞で精神障害者が犯罪を起こしたと言う事例もほとんどは服薬を医師の許可無く
長期間やめたりもしくは健のように自分自身や周囲が病気であると気づかなくて
治療を行わなかった場合に起こりうることで服薬をやめずに続ければ就労は無理でも
家庭生活や買い物やインターネットなどの日常生活を普通に問題なく行うまでに
回復することは可能である病気であることを言いたい。
今は健も日常生活を普通に送り作業所でも明るく普通に作業して暮らしている。
幻聴も気にしないようにしてやり過ごしている。この平和でささやかな暮らしが
いつまでも続くことを祈っている。
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