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静天遠く
作:カジキ



新たなる秩序 二


 城壁を子供が一人、走り回っていた。
 その後をエルブが必死で捕まえようとしているが、捕まらない。
「和約。ですか」
 隣にいたレブンが、呟いた。
「まだ、提案だがな。帝国側も、相当揉めたらしい。最後は、宰相の一声で決まった」
「よく踏み切りましたね」
「もう疲れているんだ。戦争に。これからは、戦争による富から、純粋に国を富ませる時代になるかもしれないな」
 ようやく子供を捕まえたエルブは、そのまま抱き抱え、こちらに歩んできた。
「我々軍人はもう必要のない時代だと?」
「不要。ではないだろう」
 数週間前、帝国が突然和約を申し入れてきた。
 昔の対立のことは忘れ、争いをやめる。昔は熱狂的な信者達がいて、それは即座に撥ね退けられただろう。
 時代は変わった。信仰心の厚い者はいるが、狂信的な信者などいない。百数十年にもわたる戦争が、信仰を忘れさせた。正確に言えば信仰を忘れたわけではない。
 宗教は、心の拠り所となるだけでいい。ユトレヒトは、そう考えていた。
「副将殿。そう難しい顔をなさらずに笑っていればよいではないですか」
「私に何で笑えと?」
「おやおや、兄と同じことを言うんですかい。何でもいいですから、笑ってればいいんですよ」
 どうしたもんかな。そう考えていると、村を廻っていた隊が帰ってきた。
「エルブさん、ネイが迷惑をかけませんでしたか?」
「なに、子供の扱いにはなれてる」
 ネイは、リルが村で拾ってきた子供だった。その村の村人はネイ以外全員殺されていた。親が殺されているのを目の当たりにしたらしく、しばらく口がきけなかった。
 娘は、リルが自分が面倒を見ると言った。どうやら、本気らしい。
「そう言えば、エルブには妻子がいたな」
「ええ、ほとんど別れたも同然ですがね」
 エルブが、苦い笑顔を作った。
「いや、いるだけでいい」
 旧グリナッドの西側に、新たな城郭が造られた。その城郭は、レクトレッジと名付けられた。
 戦争になれば、こことラージダルで二重の守りとなり、和約が成立すれば、皇国の玄関となる。いずれにせよ、都合の良い場所だった。
「ところで、大将殿の意志はどうなっているのですか?我々はまだ聞かされておりません」
「和約には、賛成だ。多分、和約となるだろう」
「どうしてそう言えるのです?」
「これは、格好の機会なんだ。西に対する」
「リヴァーム神国」
 軽く、頷く。
「あそこは凄惨を極めているらしい。いくら兵がいても足りない状況だそうだ」
「誰かが、あっちに移されるかもしれませんね」
「そうなるかもな」
 誰がそうなっても、おかしくはなかった。

 裏を隅々まで、見て回った。
 巨大な、闇だった。巨大なだけでなく、素速く動く。
「帝国と皇国の和約が成立した。私達には、何の関係もないが」
 小太りの男が、振り返った。
「国内に目が向けられるのでは?」
「しばらくは、向かない」
「しばらく。とは?」
「この和約に猛反対している官僚や軍人がかなりいる。近衛万軍のラスリーを筆頭としてな」
「それがこの国を乱すと」
「その可能性が高い」
 スレイは、出された茶に手を伸ばした。
「どう思っている?スレイ」
「何を?」
「国の裏側をだよ」
 この男に声をかけられてから、
「興味深い部分はいくつもあった」
 ロート達に誘われてから、半年の間、帝国の、この大陸の裏を見て回った。様々な場所を廻ったが、ほんの一部にすぎないらしい。
「この計画が発動するのは、まだ先か」
「そうだな。その間に、もっと物資を貯めねばならん」
「だが、同時に、難しくなるな」
「どうしてだ?」
「ノークだよ。そのラスリーが叛旗を翻したとすれば、鎮圧すると同時に、中央に出てきて、軍にいる屑どもを一気に追い出すんじゃないか。そうなると、隙がなくなる」
「成る程な。そのような考え方もあるか。だが、有能な奴が出てくるとは限らん」
 そう言ってロートは、立ち上がった。


『静天遠く』終わり













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