第九話:ステビナ村後日譚
さて、これから少しは後日譚という形式になる。
先に現在の状況を言えば、ゴゴルス討伐より三日の後。街への交易に便乗して荷台に乗っている状態だ。
新たなる旅立ちに胸弾むといえばそうなのだが、今一度、これまでの経緯を振り返ってみたい。
まず、何よりも最初に説明すべきは、ゴゴルスとの決戦の結果だろう。
ゴゴルスを粉塵爆発により吹き飛ばし、滅多刺しにして仕留めたところまでは記憶があるのだが、何せ四本足の動物を殺したのは初めての経験であり、当然ながら動物愛護を基本とする日本に生まれ育った俺は、強烈なストレスに見舞われたらしい。勿論、死への恐怖という側面も強い。
結果、緊張の糸が切れた瞬間に気を失い、村長宅に運び込まれた。目を覚ましたのはその日の晩であり、ぼんやりとした表情で居間に出てみると、喜色満面の村長に迎えられた。
貴方様こそ、まさしく稀代の勇者様だ。というありがたい言葉で歓迎され、俺とアイナリンド。ついでにドレイク君を囲んでの宴会が始まったのである。
村一番の強力と知恵者が揃って襲われるという惨事に、正体不明の自称勇者と、村一番の怠け者が立ち上がって勝利を収めたのだ。アイナリンドは村でも顔が利く有力者ではあるが、今回の討伐においてはほとんど出番らしきものがなく、本人も努めて俺の力であると吹聴した結果、ほぼ全てが俺の手柄となった。
本来はほぼ、ドレイク君のおかげと言って良い。火花を起こしたのも、勇猛果敢にゴゴルスに突撃したのもドレイク君である。
しかし、そのドレイク君も俺を称えてしまうのだから、もう俺の力での討伐という雰囲気なのである。
普段の俺ならば謙遜して、ドレイク君の手柄だと主張するのだが、今回ばかりはそういうわけにもいかない。辺境の地で、相手も野良魔物一匹ではあるが、勇者としての華々しいデビュー戦なのである。目標が魔王討伐であり、そのために必要な名声を考えるならば、甘んじて俺の手柄としてしまうほか無かった。
「いやはや、流石は勇者様。傷一つ負わずに魔物を倒すほどの実力があれば、魔王を倒す日もそう遠くないでしょう」
村長の世辞の尽きぬまま、宴もたけなわとなる。気絶していた俺は兎角、アイナリンドとドレイク君が疲労と緊張によって眠気に苛まれたからだ。
「ドレイクには俺のベッドを貸してやるよ。アイナリンド、今日は一緒に寝るぞ」
よほど疲れていたのだろうか。ドレイク君は深く考えずに頷き、アイナリンドは安心した表情で俺の背にもたれかかった。
約束どおり、胸を触ろうかとも思ったのだが、アイナリンドの表情があまりにも幸せそうだったので、大人しく同衾だけで我慢しておいた。
明けて翌日。村はすでに日常に戻りつつあった。
俺はそれまでの正体不明の自称勇者から、村を救った勇者様というジョブチェンジを華麗にこなしており、アイナリンドへの信頼も一段と増し、ドレイク君への村人の目も柔らかくなっていた。
ゴゴルスは既に猟師に解体され、肉は食えないので油を搾り取り、骨や爪、牙は何かしらの生活用品へと組み込まれるのだろう。見事にばらばらになっていた。
「毛皮は、剣や槍で突いた穴だらけで使い勝手が悪いですな。おまけに焦げているので見栄えも悪く、加工は難しそうです」
猟師はゴゴルスの毛皮で、俺に外套でも作ろうとしてくれていたそうだが、毛皮がぼろぼろだったので却下。その代わりに、下手な鉄よりも硬いと名高い、ゴゴルスの牙を頂戴した。ゲームならばこれが素材となって武器になったりするのだろうが、そうそう都合よく物事は進まないものである。
無論、凶悪な魔物の鱗や爪、牙は鋼鉄よりも鋭く、強固であるとの話であり、それらは武具の素材としても重宝されているそうなので、旅を続けているうちに、そういう武器を装備する日が来るのかもしれない。もっとも、自分で素材を集めるかは、甚だ疑問であるが。
俺達はゴゴルスに襲われた二人を訪ね、傷の具合を尋ねたり、仇を討った報告などもした。殊、二人に世話になっていたドレイク君は感慨もひとしおなのだろう。村長の前では謙虚だったのが嘘のように、自分が役に立ったことを報告していた。見た目は俺よりも老けているのに、こういうところは子供っぽい。
二人の男も相好を崩して、弟分を褒めた。
「そうか、そうか。ドレイク、よおく頑張ったな。おめえはやっぱり、やりゃあできるヤツだ」
「ふむ。ドレイク――君にならば、僕達の仕事を任せても大丈夫そうだ。アイナリンド様、タミフルさん。僕達はこのとおり、怪我で動けません。ドレイクならば、街への道も、交渉の方法も知っていますので、交易を任せようと思っています。まだ不安も多いので、どうか街まで、彼についてやってくれませんか」
これで、俺とアイナリンドの本来の目的である『次の街までの移動』も何とかなりそうである。ゴゴルスの討伐におけるドレイク君の働きを見れば、彼が実に優秀な人間であることはよくわかる。
俺とアイナリンドは二つ返事で了承して、ドレイク君も責任感の強い、本来の凛々しい顔で頷いた。
かくして、またあくる日の朝。
上機嫌の村長は、謝礼という名目で路銀を捻出してくれていた。
「ゴゴルスの爪や骨は、そこそこ値打ちがありましてな。村の危機を発展に変えていただいた御礼です」
本来ならば討伐した俺が、ゴゴルスを討伐した報酬を全て受け取るのが筋であるが、生憎とゴゴルスの価値も知らず、それを利益に変える方法も知らなかった。おまけに、村の財産である小麦を思いっきり爆発させたので、討伐の折には村にゴゴルスの死体を提供すると約束していたのだ。
牙と路銀はせめてもの見返りということで、まあ、実際には村の利益のほうが大きいのだが、欲張っては折角の名声も水の泡である。
ちなみに、俺の魔法はやはりペットボトルに水をためるだけなのだが、大爆発の音量は村にも届いていたらしく、俺は「二つの魔法を使いこなす勇者」だとか、「実は大爆発こそが魔法で、水は魔法ではなくペットボトルというマジックアイテムの効果なのではないか」という憶測が飛び交っている。
訂正しようかとも思ったのだが、強い勇者だからこそ人はついてくるものである。敢えて訂正はせずに、放置しておく方向にしておいた。ちなみに、原理をアイナリンドとドレイク君に説明してみたところ。
「ユウシさんの知識があればこその大爆発です。これぞ勇者様の御力ですね」
「まあ、よくわかんねえけどスゲエよ」
とのことである。
科学力が現代よりも低いのは、村の様子を見れば十二分に把握できるが、そもそも今回の件も運良く爆発してくれたので、今後とも粉塵爆発に頼るということはできないだろう。
威力も、極めてライオンに近い、いわば猛獣レベルのゴゴルスだから通用したように思う。硬い鱗に覆われたドラゴンなんぞが登場した日には、小麦粉をぶちまけると同時に、俺の身体も飛び散っている可能性がある。
「これで百人力ですね」
「……今回限りのことだけどな」
俺の言葉にしょんぼりとするアイナリンドには悪いが、迂闊に博打に頼って身を滅ぼすような真似は、普通するものではない。
あくまでも普通を信念とする俺には、これ以上、粉塵爆発に頼ることはできそうもないのだ。そもそも、ドレイク君と小麦粉。それに環境が整わないと使えないので、それならば似たような魔法を使える人材を確保するか、火薬でも手に入れたほうが手っ取り早い。
粉塵爆発とは、つまり限定された状況での、緊急手段に過ぎない。鞄の中に入っていた教科書によると、爆発の威力とは、燃焼物が気化するか否かで大きく左右されるらしい。
小麦粉は燃える――つまり、爆発しても、炭化してしまうのに対して、黒色火薬はガスを発生させる。この膨張エネルギーこそが、爆発の最大の威力となるのだ。
「なるほど。さすがは勇者様。賢者をも凌駕する知識ですっ!」
「まあ、よくわかんねえけどスゲエよ」
ちなみに、俺自身もよくわかっていないことは秘密だ。
あくまでも教科書の欄外コラムによる情報であり、詳しいことはわからない。とりあえず、粉塵爆発は火薬の爆発よりも威力が低いので、火薬が用意できるならばそちらのほうがいいとのことだ。うまく爆発してくれるとも限らず、威力も低い攻撃方法を戦法に取り入れるなど、我ながら無茶をしたとさえ思う。
「火薬か……この世界ではもう存在してるのかなぁ」
「うーん、聞かないですねえ。並の爆発ならば、そういう魔法を使えるのを探すほうがいいですから」
「だなぁ。俺の魔法も鍛えれば、大爆発になるかもしれねえし……先は相当長いけどよ」
どうやらこの世界では、科学の研鑽を積んでいくよりも、魔法に頼るという気持ちのほうが強いらしい。出来るかどうかわからない科学より、きっと存在するであろう魔法を探すほうが手っ取り早いということか。実際に、爆発――燃焼に関係する魔法は割と多いのだとか。
ドレイク君のように小規模な爆発や、爆発せずにただ炎を出すものを含めると、魔法の中ではメジャーで、水はあまり多くないらしい。俺の魔法が有用というのは、まあ本当なのかもしれない。
さらに明けて、翌日。つまり、ゴゴルス討伐より三日後。旅立ちの朝を迎えている。
「よおし、そいじゃ出発するかあ」
ドレイク君が馬車の御者席に座り、村の特産品である小麦粉や、ゴゴルスの骨。他には猟師が仕留めた猪の皮などが積まれた荷台に、俺もどっかりと腰を降ろす。アイナリンドも俺の隣に座り、見送りに来てくれた村長に改めて礼を言われた。
村としても若い二人が動けなくなる今回の事件は痛手であったが、ゴゴルスの素材によって多少なり利益も出て、ドレイク君もこれからは村のために働いてくれるとなれば万々歳なのだろう。俺を生贄にしようとしたことへの負い目もあったのか、ゴゴルスを倒したときに使った剣を譲渡してくれた。
「御武運をお祈りしております」
少なくとも、最後の言葉が嘘でなかったと思えば、命がけで戦った甲斐もあったかと思う。
「……まあ、なるべく戦いたくないけどなあ」
ぼそりと独り言を呟くのと、ドレイク君が手綱を握るのは同時だった。
がらがらと馬車が動き始めて、手を振る村長が遠ざかっていく。
「ユウシさん。これでようやく、ちゃんとした旅になりますね」
「……多分、これがいわゆる開幕当初のイベント戦って感じなんだろうなあ。もうお腹一杯だけど」
何はともあれ、ステビナ村には世話になった。
勇者という名目には、俺の能力はどう足掻いても追いつけない。それでも、小さな村の危機を救ったことは、少なからず俺にプラスになったと思う。精神的にも、今後についても。
勇者の旅は、まだまだ始まったばかりなのだろう。
さぁて、ようやく本格的な旅の幕開け……となったのかなぁ?
タミフルのレベルが2に上がった!
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