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  勇者喜譚 作者:伊達倭
第十七話:仮面ライダー
 そう、それはまさしく仮面ライダーだった。
 顔を覆う仮面。ライダースーツにブーツと手袋とスカーフ。そして胸と腹部を覆うアーマー。そして何よりも重要な腰のベルト。
 高木が仮面ライダーに憧れていたのは知っている。特撮好きで、しかも昭和ライダーが大好きで仕方が無いのだ。小さい頃は高木の家で一緒にライダーを観たものだ。
 見た目はライダーの基本。すなわち一号を基調としているのだが、最近リメイクされた映画版に多大な影響を受けているのか、現代風にリファインされており、配色もこだわっている。
「……いいなぁ」
 思わず口に出た言葉は、おそらく多くの男の子には理解してもらえるだろう。元の世界限定だろうけど。
「わあっ。マサトがすごいことになっちゃってる!?」
 エリシアは目をまん丸にして驚いている。アイナリンドは呆然と。ヒューは驚きつつも、どこか眼を輝かせていた。異世界であっても、やはり男の子には魅力的に映るのだろう。
「マサトじゃない……仮面ライダーさ」
 高木。もとい、仮面ライダーはぼそりと呟き、一歩前に出た。
 デカルトの登場に息を呑んでいた討伐メンバーが、突然の閃光と謎の仮面男に目を白黒とさせている。
「心配ない。ヤツは味方だ」
 俺の言葉に、仮面ライダーはこくりと頷いた。高木のヤツ、内心ではおそろしく喜んでいるに違いない。
 渋く決めてはいるが、特撮好きとしての血が騒ぐのだろう。悠然と前に進みながらも、スーツや仮面を通り越してワクワクしているのが俺には見て取れる。
「マサト、楽しそうだね」
「ああ。あんなに楽しそうな高木も珍しい」
 エリシアにもわかるようだ。ただ、アイナリンドは首を傾げている。ヤツとの付き合いの長い人間でなければわからないだろう。高木は気持ちが昂ぶっているときは、歩幅がいつもより大きくなる癖があるのだ。
 高木は真っ直ぐとデカルトに向かって進み、デカルトもまた高木を敵と認識したようだった。見慣れない格好だとでも思っているのだろうか。しかし、なまじ知恵をつけるとロクなことがない。
 もしも知恵よりも本能を信じているならば、今の高木――仮面ライダーの強さを瞬時に判別していたはずなのだから。
 仮面ライダーはデカルトの前に立つと、ゆっくりとデカルトを指差した。あの無駄なポージングは間違いなく高木が己に酔いしれている証拠だろう。
「お前の罪を数えろ」
 決め台詞もばっちり。ヒューやエリシアが固唾を呑み、デカルトは流石に言葉が理解できないのだろうが、雰囲気を察したらしく咆哮をあげる。
 だが、相手が悪い。仮面ライダーはトン、と地面を蹴ったかと思った瞬間にデカルトの懐近くにまで潜り込んでいた。
「!!?」
「せあッ!!」
 裂帛の気合と共に、ライダーの拳がデカルトの大きな腹に叩き込まれる。まるでスポンジに腕を突っ込んだのかと思うほどに拳がめり込む。思わずデカルトが後ずさったら、次の瞬間には背後に回りこんでいたライダーがデカルトを蹴り飛ばしていた。
「すげえ!」
 これには思わずジヴァも叫んでいた。まさかデカルトを倒す方法が肉弾戦だとは思っていなかったのだろう。軽く吹っ飛んだデカルトに、周囲から歓声が上がる。だが、仮面ライダーの力はこんなものじゃない。
 高木ならば。否、高木に限らず、多くの仮面ライダーファンならば、必殺技が何であるかよくわかっているだろう。
 ライダーに蹴り飛ばされたデカルトは、おそらく己の常識を覆されたような気分を味わっているのだろう。ダメージはさほどではないように思うが、それでも先ほどに比べて余裕の色が消えている。
 それでもライダーは手を緩めようとはしない。既にデカルトはコカルトに町の住民を襲わせてしまっているのだ。人間に敵対する魔物を倒すのが勇者であり、高木もまた勇者一行である。ある意味では無慈悲なのかもしれないが、仮にここで殺さずにおけば、新たなる犠牲者がこちら側に生まれるのかもしれない。
 ライダーはベルトの核である風車に力を込める。すると、周囲に急に風が発生して、ライダーベルトに吸い込まれていった。
 風力はライダーの力の源である。つまり、これは必殺技の前段階に他ならない。
「ライダー……キック!」
 お約束に従い、ライダーは必殺技の名前を堂々と叫びながら、高らかに跳躍した。ポーンと軽く飛んでいるように見えるが、実際には相当の力を使っているのだろう。ライダーが蹴った地面がボコンと凹み、その勢いを物語っている。
 ライダーはそのまま空中で一回転を決め、背中を風に押されたかのような、本来ならば力学的にありえない速度でデカルト目掛けて飛び蹴りを放った。
 物事を擬音で表現するのは道義に悖るが、敢えて使うのであれば、ドゴオオオン、というド派手な衝撃音と共にライダーとデカルトの影が重なり、そのままライダーがデカルトを貫いて地面に降り立つ。
 デカルトは大きな腹を貫かれており、ごぼりと口から血を噴いて地面に倒れ伏せる。あまりにも圧倒的な力の差に、討伐隊はしばし言を忘れていたが、やがて倒すべき敵が既に事切れていることに気付いた者たちから歓声が上がった。
「……ふう」
 ライダー……否、既に変身を解いて元の姿に戻っていた高木は、やれやれと眼鏡を整えてデカルトを見下ろしていた。
「マサト、すごいよ!」
 エリシアがわっと声をあげて高木に駆け寄る。俺はアイナリンドと顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。
「これが、高木さんの魔法なんですか……?」
「ああ、そうらしいな。それにしても羨ましい。仮面ライダーだぜ、仮面ライダー」
「カメンライダー? よくわからないですけど、この力があれば魔王だってきっと倒せますよねっ!」
「……そうかもな」
 思わぬところに強力な味方がいたものだと、アイナリンドはこれまで高木に対して抱いてきた敵愾心のようなものを消したようである。半ば無条件に力を貸してくれる高木のことをあまり信用していなかった節があったのだが、とりあえず戦力としては申し分ないという判断をしたのだろう。
 元々、高木の口先三寸と回転の速い頭、それに判断力は認めていた俺も、まさか肉弾戦でこんな活躍が出来るというのも嬉しい誤算だ。
「けどよ、これじゃ俺の村にゴゴルスが来ても、タミフルさん達がいなかったらどうすることもできねえよな」
 ドレイク君は散々、デカルトの悪口を言って、近づいてきたコカルトを一体、蹴り飛ばして終いだったようだ。確かに高木はデカルトを狩る方法を伝授するとドレイク君に言っていたが、生憎とこんな荒業は他の人間にはできないだろう。だが高木は軽く口角を上げて、実に楽しそうに呟いた。
「安心するといい。基本的に魔物といっても生物だ。なまじ身体がデカイから動きも鈍く、弓でいくらでも狙うことが出来るだろう。アイナリンドは薬草の類にも詳しいと聞く。極力即効性の高い毒の調合を教えてもらえば、後は先ほどと同様に陽動して誘い出せば片がつく」
 高木はいとも簡単なように言うが、ドレイク君は狐につままれたような顔をしている。流石にそれだけでは納得できないということだろう。
「……ふむ。まあ、後はそうだな。強い酒を用意しておくといい。酒の味を覚えると野生動物ですら酔いを楽しむ。大量の酒を並べておけば酔いつぶれて眠るだろう。それでなくとも千鳥足だ。脳天に一発、ガツンと剣を突き立てれば話は終わる」
 なるほど、確かにアースでも実験で野生動物に酒を飲ませたというものがあったはずだ。確かオランウータンだっただろうか。ものの見事に酔っ払ったらしく、捕獲も容易だったとか。
 ドレイク君はやはり納得がいかない顔をしていたが、そもそも高木を相手にこれ以上の問答は不利だと感じたのか、苦笑いを浮かべた。
「食えない人だな。勇者様も人が悪いぜ」
「そう言うな。これでも、相当の代価は支払っている」
 高木も苦笑交じりに返すと、そのまま軽くフラついて、ばたりと倒れた。
「っと、高木!?」
「し、心配ない……僕の体力では、ライダーに耐えられないだけだ。三日ほど眠るから、後はよろしく」
 まるで、眠くて仕方が無いという様子で高木はそれだけ呟くと、そのまますうっと眼を閉じて、途端に寝息を立て始めた。
 なるほど、これが変身の対価か。理不尽とも思える強さだが、一旦変身すると、たかだか一分ほどの行動に対して三日も眠らなければならない。道理で既に魔王を倒していないはずである。これでは安全な場所でなければ後が怖くて戦うことも出来ないではないか。
「……さあて、勝利の立役者をベッドまで運ぶとするか。隊長さん、デカルトの方の始末は任せた」
「ええ。本当に感謝しています。間違いなく、貴方達は救世の勇者です」
 貴方達ではなくて、高木だけだろうとは思いながらも、その高木を背負って街へと目を向ける。
 死傷者は出てしまったが、それでも最低限の被害で抑えられたのではないだろうか。正直なところ、ニュースと同じで誰かが死んだという実感は沸いてこないが、それは討伐隊長やジヴァなんかも同じのようだ。魔王が存在して、魔物が徘徊するファーランドは、きっと人の命がアースよりも軽いんだろう。
 俺の命のほうが重いと思わない。この世界に来たときから、俺の命もやはり軽くなってしまっている。アイナリンドが俺に魔王を倒せというのも、この世界での命の重さを考えればさもありなん。
「ただ、その軽い命を守るのは、生き甲斐にすらなりそうだよな……高木」
 俺が呟くと、高木は意識も残っていないだろうに、俺の背中で身を捩じらせて、少しだけ頭を傾けた。頷いているとでも思っておこう。
「アイナリンド。みんな、帰ろうか」
 今はただ、俺についてきてくれた全員が活きていることに満足できればそれでいいと思うことにした。
 
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