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星降る夜七十七の話

素直なハンス

作者:里芽
『素直なハンス』

 昔々ある町に、ハンスという名の少年がおりました。彼は町の人達から『素直なハンス』と呼ばれていました。
 何故そう呼ばれていたからって? それは勿論ハンスがとても素直な少年だったからです。彼は人の言葉を疑うことを知らず、人の頼みを断ることもせずなんでもかんでも素直に受け取ってしまうのでした。また、嘘を言うことも出来ず聞かれたことには何でもかんでも正直に答えてしまうのでした。
 意地悪ヨハンの「(きん)っていうのはニワトリの卵と馬の糞で出来ている」などというすぐ嘘だと分かるような話も素直に信じ、それを自分よりもうんと小さな子に話して笑われたり、怠け者ハインリヒに仕事を押しつけられても「うん分かったよ」と嫌がりもせず素直に引き受けてしまったり。そのせいで彼は周りから可愛がられる一方、大変馬鹿にされており、一部の人間からは『お馬鹿なハンス』と呼ばれておりました。自分の性格や周りから馬鹿にされていることを全く気にしていないハンスではありませんでしたが、なかなかその性格は変えられませんでした。

 そんなハンスがある晴れた日、母からお使いを頼まれて町の中を歩いておりますと、道端でしゃがみこんでいる小さな老人の姿を見つけました。皆彼の前をそ知らぬ顔で通り過ぎていきましたが、ハンスだけは立ち止まり彼のところまで走っていって、声をかけました。

「どうしたの、おじいさん」

「足を痛めて動けなくなってしまったんじゃ。私を近くの宿屋まで連れていってくれるかね、坊や?」
 ハンスは何の迷いもなく頷くと、おじいさんを近くにある小さな宿屋まで連れていってやりました。彼はその宿屋のお客さんでした。ハンスは部屋までおじいさんを連れて行き、ベッドに優しく寝かせてやりました。

「坊やはとても素直で優しい子だね。そんなお前さんにお願いがあるんだ。私のお願いを聞いてくれればきっとお前さんにも良いことがある」
 明らかに怪しい言葉でしたがハンスは少しも怪しまず、うん分かったよと頷きました。
 そんなハンスにおじいさんは一本の大きな剣と、パンと水をくれました。

「この町を出て、ずっとずっと北へと進みなさい。そうすると大きな森が見えてくる。道中お前さんは三匹の怪物と出会うだろう。その怪物共はお前さんを殺そうとするだろうが、なに、この剣を振れば簡単に殺せる。それからお前さんは大きな森の前で一人の女に会うだろう。女はきっとお前さんについてくる。彼女はとても口が悪く、お前さんは嫌なことを沢山言われるかもしれない。けれど我慢しなさい。絶対にこの剣で斬ってしまおうだなんて思わないことだ。ただ、女が自分を斬ってくれと言ったなら迷わず斬っておやり。さて森の奥には城があり、そこにはものすごく悪くて強い怪物がいる。けれど怖がらず勇敢に立ち向かえ。そうして、その怪物を剣で斬るんだ。そのパンと水は何度食べても飲んでもなくならないから、道中腹が減ったり喉が渇いたりしたら遠慮なく使うと良い」
 ハンスはこくりと頷きました。そしてハンスはすぐ、おじいさんの言う通り町を出ました。ところでこのおじいさんの正体は、とても偉い神様でした。

 何の疑いもなく旅に出たハンス。野を越え山越え川越えて、北へ、北へ。
 お腹が空いた時はパンを食べ、喉が渇いた時は水を飲みました。おじいさんの言う通り、パンも水もいつになってもなくなりませんでした。

 そんなハンスはある草原で、二本足で歩く蛙の化け物と出会いました。化け物は草原にある大きな石の上で座りながら金勘定をしていました。それは沢山の人間から奪ったものでした。化け物はハンスに気がつくとにたりと笑い、石の上から下りてきました。

「命が惜しければ金を寄越せ! 金が無いなら命を寄越せ!」
 化け物の手にはナイフが握られていました。ハンスはお金を持っていません。
 きっとお金を渡したとしても、目の前にいる怪物はハンスを殺したでしょう。
 ハンスはおじいさんの言う通り、怪物を斬り殺してしまいました。

 草原を越え、山越え、谷越えて、北へ、北へ。
 ハンスは目の前に現れた綺麗な水の川を渡ろうとしました。川には木で出来た橋がかけられています。ところが橋の横からぶくぶくと無数の泡が出てきたと思ったら、目玉の大きなワニの怪物が現れ、橋を塞いでしまいました。

「可愛い坊や、川渡る坊や、可哀想にまだ若いのに、良い皮ごと食われちまう。見える、見える、坊やのことがよく見える。千里先をも見渡す目が、坊やを見る、見る」
 ワニの怪物は歌いだします。

 ハンス ハンス 素直なハンス
 反することを知らない 愚かなハンス
 半数はお前を可愛がる 半数はお前を馬鹿にする
 素直なハンス お馬鹿なハンス
 じじいの言うこと 素直に聞いて
 山越え野を越え谷越えて
 川にて皮ごと俺に食われちまう
 可愛いハンス 可哀想なハンス 川がお前の墓場!

 ハンスは怪物にまで馬鹿にされたことに少しむっとしながらも、矢張り彼をおじいさんの言う通り斬り殺してしまいました。

 冒険続ける、素直なハンス。野を越え川越え山越えて。
 ハンスはある山の中にある、小さな小屋の前を通り過ぎようとしました。その小屋の前にはきこりがおり、大きな斧でまき割りをしておりました。
 ところがこのきこりは、怪物でした。怪物はハンスに気がつくともじゃもじゃのひげに覆われた口をゆがめてにやっと笑いました。

「おやおやこんな山に坊やが来るなんて珍しい。とても珍しい、珍しい。珍しくて柔らかくて美味いご馳走が自分から飛び込んできやがった! 骨と皮ばかりのじいさんも、肉が固い男ももううんざり! 肉は柔らかいのが一番だ。ほうれ、ほうれ坊やこっちへおいで? この斧で、真っ二つにしてあげるから」
 ハンスはこのきこり姿の怪物も斬り殺してしまいました。

 さて、三人の怪物を倒したハンスは長い旅の果てにとうとう大きな森の前までやってきました。森の木々は昼なのに真っ黒で、まるでインクで塗りつぶしたかのようです。
 おじいさんの言う通り、森へ入ろうとしたハンスは一人の女と出会いました。
 彼女は目の吊りあがった、若く、またとても醜い女でした。女はハンスを見て鼻で笑いました。

「お前がハンス? 素直でお馬鹿なハンス? ああいやだ、いやだ、こんな汚くて頭の悪そうな子供のお供をしなくちゃいけないなんて! 背も低くて、頭もぼさぼさで、可愛らしさも格好良さも欠片もありゃあしない!」
 ハンスは彼女を斬り殺さず、そのまま森の奥へと入っていきました。女はおじいさんの言う通り、ハンスについてきました。
 森を歩いている間女はずっと文句を言っておりました。

「こんな所を歩かなくちゃいけないなんて、私もついていない。お馬鹿なハンスがじいさんの言うことを聞きさえしなければ、お前なんかについていかずに済んだのに!」
 そう言いながら女はカンテラで真っ暗な道を照らします。

 ハンスは道が二つに分かれている所までやってきて、立ち止まりました。
 はて、どちらの道へ行けばいいのだろうと思っていたら女がハンスの手を引っ張り、右の道へと歩きだしました。

「お馬鹿なハンス、愚かなハンス、右か左かどちらへ行けばいいかも分からないなんて! ここは右だよ、次は左、今度も左、右、右、左、右、左、左、真っ直ぐ、右、左、左、右へ行くんだ覚えておきな! その空っぽの頭で覚えていられるか分からないがね!」
 どっちを進めばいいかなんて、この森に来たことのない自分に分かるはずがないとハンスは少しだけむっとしました。けれど女がいなければハンスは確実に森の中で迷っていたことでしょう。その後もハンスは何度も迷いかけましたが、その度女が文句を言いながらも彼を導くのでした。

 道中幾度かハンスと女は休憩をとりました。女は毎度毎度、休憩場所にも文句を言います。

「こんな場所に座らなくちゃいけないなんて、ああ嫌だ、嫌だ。地面に敷くものは持ってこなかったのかい、ハンス。人の話は素直に聞くのに、気はきかない愚かなハンス!」
 とか。

「お馬鹿なハンス、こんな所で休むのいうの? この近くにはゴブリンのねぐらがあるっていうのに! これはゴブリンの足跡だ、見れば分かるだろう? ああいやだ、やっぱりハンスは馬鹿だ、素直で馬鹿な男だ!」
 とか。文句を言わないことなんて少しもありませんでした。けれど、彼女が文句を言いながら色々助けてくれなければ今頃ハンスは何度も危険な目にあっていたことでしょう。

 とはいえ、女の口の悪さにはハンスもほとほと参ってしまいました。
 お腹が空いたというので、ハンスはあのなくならないパンを彼女に渡しました。

「このパンをお食べよ、美味しいよ」
 女はパンを食べました。すると彼女は顔をしかめます。

「ああ不味い、不味い、なんて不味いパンなんだ! こんなものを美味しいと言うなんて、お馬鹿なハンスは舌もお馬鹿なんだね!」
 パンを食べる度彼女は文句を言いました。やれ肉も食べたいだの、不味い上にすぐ飽きる味だの、固くてぱさぱさしているだの……。美味しくそのパンを食べていたハンスは気分を悪くしました。水も、飲む度臭いだの温いだのと文句ばかり。

 夜眠っている時、突然女に体を揺らされ起こされたハンスは女に小さな声で怒鳴られました。

「ハンス、ハンス、おいこらハンス! ここから逃げるよ、怪物の群れが近くにいる。数が多いからその剣でもきっと倒しきれない。全くこんな気配にさえ気がつかないなんて、鈍い子だね!」

 もうずっとこんな調子です。
 ハンスも始めは彼女と旅をするのが嫌で嫌で仕方がなく、何度かおじいさんからもらった剣で斬り殺してしまいたいと思いましたが、おじいさんから彼女が斬れと言うまで斬ってはいけないと言われていたので我慢しました。

 けれどしばらく旅を続けている内、女が何だかんだ言いながらも自分を助けてくれていること、彼女がいなければ自分は孤独や恐怖に押し潰されていたであろうこと、下手したら命を落としていたかもしれないということに気がつくと段々その気持ちにも変化が現われました。また、彼女の口の悪さにも段々慣れてきました。

 さて、森を進んだ末に二人は大きな城へ辿り着きました。城の中には怪物がいましたが、それをハンスは剣でどんどん斬りました。怪物を斬る度女が叫びます。

「ああ、私の服に血がついた! 真っ赤な血がついた! なんてことだい、服が台無しだ、馬鹿ハンス、馬鹿ハンス!」

「ああ吐き気がする! どうして私がこんなものを見なくちゃいけないんだい! ああ嫌だ、嫌だ!」

 とうとう辿り着いた城の最上階には醜い怪物がおりました。とても大きな体をした化け物。ハンスはその怪物を見て震えました。けれどおじいさんの「勇敢に立ち向かえ」という言葉を思い出しました。ハンスは素直にその言葉に従い、勇敢に立ち向かいました。
 女は悪口を言いながらも、ハンスを応援してくれました。

 そしてハンスはとうとう怪物を倒しました。ハンスは大喜び。
 すると女が膝を折り、両手を合わせてハンスを見ました。

「ハンス、ハンス、私のお願いをどうか聞いておくれ。その剣でどうか私を斬って欲しい」
 ハンスはおじいさんの言葉を思い出します。おじいさんは女が自分を斬ってくれと言ってきたら迷わずそうしてやれと言っていました。
 けれどハンスは女を斬ることをためらいました。いつの間にかハンスはこの口の悪い女のことを愛しく思うようになったからです。けれど、斬ったら間違いなく女は死ぬでしょう。

 今まで素直に人の言葉を聞いてきたハンスが、初めて人の言葉、願いを拒絶しようとしたのです。
 迷うハンスに女は言いました。

「ハンス、ハンス、お願い。私を助けたいと思ってくれるのなら、どうかその剣で私を斬って欲しい。大丈夫だから、私は死なないから」

 女が何度も、何度もそう言うのでハンスはとうとう覚悟を決めて、女を斬りました。
 すると何ということでしょう。女は死なず、しかも世にも美しいお姫様に姿を変えたではありませんか!

「ああ、ありがとう! ありがとうハンス! 実は私は遠い国の姫だったのです。けれど先程貴方が倒した怪物にさらわれた上、あのような醜く人のことを悪く言うことしか出来ない女に魔法で姿を変えられてしまっていたのです。そしてその魔法は怪物が倒れた後、魔法の剣で斬られなければ解けないものでした。ハンス、貴方のお陰で私はこうして元の姿に戻りました! ねえハンス、貴方は知っているかしら? 私がどれだけ貴方のことを愛しく思っているか!」
 そう言ってお姫様はハンスに抱きつき、キスをしました。

 それからハンスはお姫様の住んでいた国へ共に行き、そしてお姫様と結婚しました。王様が亡くなった後、ハンスが王様になりました。心優しい彼は国民に愛され、お姫様に愛され、とても、とても幸せに暮らしたそうです。

 ところでハンスの住んでいた町には「欲張りハンス」という男も住んでおりました。こちらのハンスはとても欲張りで、意地悪で、短気で、乱暴な男でした。
 素直なハンスの話を聞いた欲張りハンスは、自分も大きな幸福を得たいと思っておりました。
 ある日彼は道端を歩いていたおじいさんを見つけました。もしやと思い声をかけてみると、そのおじいさんは素直なハンスを導いた人でした。
 欲張りハンスは彼を無理矢理宿へ連れて行き、ご飯を無理矢理食べさせました。

「さあ、これだけ親切にしてやったんだ、俺にも幸運を寄越してくれ」
 おじいさんは呆れ顔。しばらくしてから彼は剣と、パンと、水を欲張りハンスに渡しました。

「どうせ上手くいかないとは思うがね。どうしてもというならやってみるがいい」
 と欲張りハンスにずっと南へ歩いて行くこと、三人の怪物を殺すこと、その後大きな森の前で出会う女は絶対に何があっても殺さないことなどを話しました。

 欲張りハンスは途中までその通りにしました。けれど森の前で出会った女の口があんまり悪かったので、短気な彼はその女をすぐ斬り殺してしまいました。
 ところでその女は、森に住む怪物の娘でした。愛する娘を殺された怪物は怒り狂い、欲張りハンスを八つ裂きにして殺してしまいました。

 これで、おしまい!


 アーヴェルゲン・ヴァールハイト著『星降る夜七十七の話』第二版より。題は『お馬鹿なハンス』と訳されることもある。
 最後の欲張りハンスのくだりは版によって削除されていることもある。
 また、素直なハンスが作中出会う三人の怪物は実はお姫様の家来で、お姫様の魔法が解けたのと同時に彼等の魔法も解け、無事ハンスとお姫様二人と合流し、魔法にかけられていたとはいえ多くの罪を犯してしまったことを悔いながらも国へ戻った二人の手伝いをし続けた――という話がついていることも。

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