ふぁいてぃんぐ☆うぉりあーず(8/14)PDFで表示縦書き表示RDF


ふぁいてぃんぐ☆うぉりあーず
作:つあぎ



#6


〜共通歴7年 4月 ナディア帝国南東部・ヴェステア



 ユリウスは、春先の街並みを必死になって走っていた。仕事は途中で切り上げて、同僚のライーザに頼んでいる。色々と忙しい彼女に頼むのは少し気が引けたが、状況が状況だ。仕方が無い。
 数ヶ月前から臥せっていた母の容体が、いよいよ悪化してきたらしい。医者が言うには、今夜が山――。
 この世界では、術を用いた外傷治療が発達している代わりに、内科分野は立ち遅れている。そのため、人々はちょっとした病気ですぐに命を落とす。
「た……だいま……ッ」
 ユリウスが肩で息をしながら、自宅の扉を開ける。呼吸を整えながら、母親の傍へと歩み寄った。ベッドの上には、やつれた母親の姿がある。その横には、医者と、妹のカチュア。
 母親はやつれてこそいるが、美しいほうであるといえた。国王の妾だったという噂もある。決して豊かではないが、十分な教育を受けさせてもらえた―特にユリウスは、士官学校まで受験している―子供の頃を思い出せば、あながち間違いでもないらしい。
「……おかえり……」
 今にも消え入りそうな声で、母親が返事をする。
「……ユリウス、アナタには一つ……ナイショにしてた……ことがあるの……」
 母親が小さな声で、一言一言、しっかりと言葉をはき出していった。



〜共通歴15年 4月 ヴェステア城



 終わった、終わった。
 終わってみれば、本当に短期間で終わった戦だった。そして、なかなかに効果のあった戦い。
 領主への報告も終わり、ユリウスたちには5日間の休暇が与えられた。決して長い休暇ではない。自宅でゆっくりすることにせざるを得ないだろう。
 とりあえず、今夜は祝勝会になる。時間はあるので、一旦帰ることにした。妹は結構寂しがり屋だから、顔を合わせてやれば喜ぶだろう。
 城を出て、家路を辿る。すると、街に入ったところで、服の裾が何者かに引っ張られた。後ろを見ると、そこには小さな女の子―見たところ、6つぐらいか―が居た。
「やっぱりユリウスだー」
 女の子が笑顔を見せる。銀色の髪と、可愛らしい顔立ち。どこかで見たことあるような顔である。ユリウスは必死で記憶を辿っていった。
「……セリアちゃん?」
 辿り着いたのは、士官学校時代の友人の娘、セリアだった。最後に会ったのは、確か2年前ぐらいだったような気がする。それから考えると、随分と大きくなったものだ。
「ぴーんぽーん! よくできましたー」
 セリアが小さな手で拍手をする。この子がここにいるということは、多分……。
「やっぱりなー。大きくなってるから、俺、少しわかんなかったよ。で、パパは?」
「そこだよ?」
「ここだ。ユリウス、久しぶりだな」
 やはり居た。銀色の長い髪と、女性的だが非常に整った顔立ち。そして、細身かつ長身。士官学校の同期、リーン・アマセネルである。
 フィツール地方の名門であるアマセネル家の御曹司。士官学校を主席で卒業した秀才であり、今までは隣の都市のティファールで働いているようだった。
 若いうちから結婚しており、今では一児の父である。年齢はユリウスと変わらないのだが。
「リーンか。どうしたんだ、急に」
「いや、お前が帰ってくる前……そうだな、二日前かな。それで、ヴェステアに配属された。レオンやライーザ先輩は元気にしてるのか?」
「あぁ、相変わらずだよ。そっちこそ、セリアちゃんは……あぁ、元気そうだな。嫁さんのほうはどうだ?」
「息災だよ。賑やかでいいさ」
「そいつは羨ましいな。相変わらず美人なんだろ? ……で、だ。例の件……首尾はどうだ?」
 ユリウスが声のトーンを少し落とす。
「あぁ……それだが……セリア、パパたちは、おとなのはなしをするから、あっちにいってなさい」
「はーい」
 今までユリウスの足元で退屈そうにしていたセリアは、リーンの言葉に大人しく従って、とてとてと近くにある広場へと走っていった。
「やはり、決して少なくは無い。錦の御旗さえあれば、いつでも従うといった連中ばかりだ」
「やっぱそうか。ディアスさんは決して悪いことはしてないが、やっぱり十年そこらじゃ、押さえつけられないってことだな」
「私のほうの下準備はほとんど出来ている。ユリウスは?」
「あぁ。ほとんど終わりだな。あとは時期を待つだけ、だな」
 ユリウスが静かに笑った。



〜ヴェステア城下町・ユリウス宅



 久々の帰宅である。妹が男なんか連れ込んでいたら、どうしようか。いや、その時は祝福してやろう。いや、考えたらいつもこんなことを考えている気がするな。
 ユリウスはゆっくりと扉を開けた。
「はいー? ちょい待ち、今出るでー!」
 聞いたことのない声がした。カレリア訛りである。しばらくして出てきたのは、サイズの合わない服がぱっつんぱっつんとなっている、長身の女だった。メリーベルである。
 少しの沈黙が周囲を包んだ。
「……お前誰だ?」
 ユリウスが口を開く。自宅に見知らぬ女が何食わぬ顔で居たのだ。怪しまないほうがおかしい。
「アンタこそ、誰よ?」
「いや、この家に住んでる、ユリウス・ギュンターだけど……」
 メリーベルが少し唖然とした表情を浮かべた。少しして、慌てて奥に駆け込んでいく。
「カチュアちゃんー、ユリウスさん帰ってきたでー!!」
「いや、だからお前誰だよ!?」
 メリーベルの忙しそうな足音と共に、ユリウスの声が玄関に虚しく響いた。
「……おかえり」
 少しして、カチュアが手を拭きながら出てくる。その横にはメリーベルも一緒だ。
「あぁ、ただいま。とにかく、その子誰だ? 友達か?」
 一番の疑問点。自慢ではないが、ヴェステアに住んでいるこれぐらいの年頃の女なら、殆ど知っている。
「なんや、そう改まって言われると、照れるなぁー」
 メリーベルが恥ずかしそうに笑った。
「もう、メリーはちょっと黙っててよ……。話が進まないから。この子はメリーベル。えっと……」
「メリーベル・ライフキーパー言うねん。用心棒やってんけど、ちょいと財布なくしてもうて。しばらくやっかいになっとったさかい」
 メリーベルが早口で自己紹介を済ませ、カチュア曰く「猫のような」笑みを浮かべる。
「だから、今のって、あたしが言おうとしてたじゃないのー!!」
「あ、ごめんな。いやー、こういうことは自分で言うべきやんかー」
「メリーベルさんな。よろしく」
「と、とりあえずっ! 着替えてきてよ。その間にお茶とか淹れとくから」
「あいよ。詳しい話は後で聞くとしよう」
 ユリウスが笑いながら、二回にある自室へと足を進めていった。
「……どーしたん?」
「何よ?」
「いやな、ユリウスさんのこと、めっちゃ心配してたやんか。怪我ないみたいやったし、喜んだりせぇへんの?」
「わわわ、聞こえたらどーすんのよっ!?」
「もがが」
 カチュアが慌ててメリーベルの口を塞ぐ。
「っとに……。もしあの人に今の聞かれたら、長いことネタにされるに決まってるんだから。実際、やられてるし」
 慎重に周囲を見渡しながら、カチュアはメリーベルの口を塞いでいた手を離す。兄はもう部屋の中のようだ。ほっと一息ついたカチュアの顔は、少し赤くなっていた。勿論、兄が無傷で帰ってきたことは嬉しい事だ。だが、それを素直に口に出せない。
 どれぐらいからだろう、そうなってしまったのは。昔はもっと自分に素直に、兄が帰ってきたことを喜んでいた。それこそ、泣きながら抱きつくほど。
「何やー、カチュアちゃんも結構かわえぇとこあるんやなぁー」
「う、う、うっさいなぁ!!」
 猫のような笑みを浮かべながら、メリーベルがカチュアの頭を撫でる。歳の離れた姉妹、もしくは親子にすら見えるほどの身長差だ。年齢はさほど変わらないのだが。
「ほら、とりあえずお茶でも淹れるで。ウチも手伝ったるさかい」
「……メリーはいいよ」
「何でや?!」
「メリー、料理とかすんごいヘタじゃん。っていうか家事全般」
 メリーベルの家事レベルは非常に低かった。どうやって旅していたのかと思うほどだ。本人は「気合でなんとかなるもんや」と笑顔で答えていたが、カチュアは到底信じられなかった。
 不平を漏らすメリーベルを尻目に、カチュアは少し背伸びをしてから台所へと戻った。


「あー、やっと戻ってきた、って感じだなぁ……」
 ユリウスは暖かい湯気を立てるティーカップをテーブルに置き、のびのびとした表情を浮かべる。戦場で飲む、味気の無い水とは違う。身も心も温まるというものだ。
「んで、メリーベルさんだっけな。用心棒つったっけ?」
「せやで?」
「いつまでウチに居る気なんだ?」
「せやなぁ……」
 メリーベルの言葉が濁る。彼女はここに居ついてから、全然仕事を探そうとはしていない。居心地がいいというか、なんというか。
 もっとも、彼女自身もそう名前が売れている訳ではなく、苦労しているのだが。
「腕には自信あるのか?」
「まぁねぇ。そんじょそこらの奴には負けへんで?」
「よし」
 ユリウスが納得した感じで掌を打つ。
「しばらく俺が雇おう。三食昼寝付きだ」
「お兄ちゃんっ!?」
 カチュアが面食らった感じで椅子から立ち上がる。
 女好きの兄のことだ。ひょっとして――。
「お兄ちゃん、あ、あのさー。ひょっとして、そーゆーのじゃないよね?」
「そーゆーの?」
「どーゆーのや?」
 きょとんとした表情を浮かべるユリウスとメリーベル。そういう発想は無いみたいだ。いや、言い方が拙かったか? とにかく、この件はもう流したほうがいいかもしれない。
「あ、いや、ごめん、別になんでもないっ!」
「変な奴だなー」
「あ、なるほど」
 メリーベルが納得した表情で掌を打ち、カチュアと肩を組む。
「大丈夫やって、取ったりせぇへん」
「わー! わー! わー!!」
 思いがけないメリーベルの言葉を、大声で誤魔化すカチュア。変な汗が出ている。
「……図星やったんか」
 そしてそれは、墓穴を掘った形になった。
 カチュアは頭から湯気を出しかねないほど、顔が真っ赤になる。直後、椅子を立って、自分の部屋へと駆け込んだ。
「……あー」
「あー」
 後に残された二人とも、気まずそうな表情を浮かべる。
「……な、なんか悪いな」
「いやいいよ、慣れてる。よくあることだよ」
 ユリウスは苦笑いを浮かべ、ティーカップを唇に寄せる。
「落ち着いた頃にフォローに行けば、今まではなんとかなってたからな」
「そうかいな。うん、まぁ、ユリウスさんには謝っとくわ。すんまへん」
 メリーベルが頭を下げる。
「いや、いいさ。俺だって、別に悪い気はしてない。兄貴としちゃ、ちょっと戸惑いはするけどな」
「何や、だいぶ前から気付いとるん?」
「確証は持てないし、持つ気もないよ。持ったところで、どうする訳でもないし」
 ユリウスはカップの中の茶をもう一杯飲む。ちょっと前、そう、母親が死んだぐらい。ユリウスが18で、カチュアが13の時。それぐらいから、カチュアの反応が少しずつ冷たくなっていったというか、つっけんどんになったというか。
 それが何を意味するかは、なんとなく解る。
「今夜にでもフォローに行ってやりたいけど、今夜は祝勝会でなぁ……」
「祝勝会? えぇなぁー」
「そんで、カチュアが落ち着いたら、俺は祝勝会に行くから、晩飯いいって言っといて。多分あと一時間もすりゃ落ち着くだろ」
「はいよ」
 それにしても、なんとなく猫みたいな女だな。
 ユリウスも妹と同じく、そのような感想を抱いた。
 とにかく、用心棒ということは、それなりに腕に自信があるはず。
 これから、色々と身の周りが物騒になるだろう。その時には役に立ってくれるはずだ。そうでないと困る。
「ま、こんな形だけど、よろしくな」
「あぁ、こっちこそな。あ、気軽に『メリー』って呼んでくれてえぇで?」
「了解、メリー」
 ユリウスは茶を飲み干し、ティーカップを流しへと持って行った。












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