#5
〜反乱軍本拠
「降伏しなければ、皆殺しだと……?」
ユリウスの大音声。それは、よく通る、いい声だった。互いの陣営に、沈黙が続いている。
「また大きく出たものね……」
レンファが半ば呆れたようにため息をつく。たった一勝で、ここまで勢いづくものなのか? このタイミングで言ってくるということは、何か考えあってのことだろう。でなければただの馬鹿だ。
「期限は明日の正午ッ! 良い返事を期待しているッ!!」
ユリウスが馬を返して、自陣へと帰って行った。その様子を見届けた後、レオンが反乱軍本拠の城壁を睨みながら、徐々に自陣へと戻っていく。
「……モーリッツ殿は?」
モーリッツにはここらで腹を括ってもらわねばなるまい。このまま戦いを続けるのか、それとも連中に降伏するのか。ウォードとしては、もはや勝ち目は無いと思っている。兵士達を無駄死にさせないためにも、降伏するべきだろう。戦おうが降ろうが、モーリッツに待っているのは、死しかないが。
しかし、たった一敗でここまで挫けるものか。不思議だった。
「……おそらく、まだ自室かと……」
「情けないわねぇ。この反乱の首謀者のクセしてさ」
レンファは怒りを通り越し、何も言えなかった。
何を考えてこんな事をしたのやら。大方、どこかの国の回し者に騙されたってところでしょうけど。ま、あたし達としてはいい迷惑よね。しないでいい戦に参加させられて、何人もやられたんだから。
「決断してもらおう。レンファ、お前はここに残っていろ」
「え? 何でさ」
「お前は気が短いからな。もしもの事があれば困る」
「ちょっとそれ、どういう意味よッ!?」
「別に、言葉以上の意味はないさ」
ウォードが少し笑って、城壁を降りる。
「っとに、あたしとアルス達を一緒にしないでよッ!」
レンファは肩を怒らせながら、ウォードの後姿に声を投げかけた。自分が気付いていないだけで、彼女は十分に短気な性格なのである。
ウォードがモーリッツの部屋を足でノックする。失礼なようだが、彼にはこれしか出来なかった。しかし、返事が無い。
「モーリッツ殿は?」
「いえ、出てきてはいませんが……」
守衛の兵士が首を横に振った。なら、部屋にいることになる。寝ているのか、それとも自害でもしたか?
いや、後者は悪い冗談だな。
「……失礼する。すまんが開けてもらえないか?」
あまり時間に余裕は無い。ウォードは返事を聞かずに、守衛にドアを開けてもらった。
「……冗談キツいな……」
眼前の有り得ない光景を見て、ウォードは思わず、無い腕で頭を抱えようとした。
白いカーテンが、窓からの風で揺れている。窓の前にある机には、誰も座っていなかった。この決して広いとは言い切れない部屋の中を見渡してみるも、誰も居ない。
逃亡。
それ以外は考えられなかった。
「そこの者。悪いが、レンファを呼んできてくれ。多分城壁に居ると思う。あと、兵士達の代表を何人か呼んできてもらおう」
「は、はいっ」
守衛も部屋の中の様子を見て、現状を把握したらしい。慌ててその場を立ち去っていく。
「全く……。情けないな、本当に……」
ウォードが憂鬱そうにため息を吐いた。
〜ヴェステア軍・本陣
「立派だったじゃないか、総大将」
「からかうなよ、先輩」
馬から降りるユリウスの肩を、ライーザが冗談っぽく笑いながら叩く。ユリウスが発揮する、こういう時の度胸は特筆に価する。ライーザもこのことは高く買っていた。
「それで、本当に皆殺し? 勘弁してほしいんだが」
「敵さんの出方次第だな。言った以上はやらないと」
ユリウスが何かを含めて笑う。
「それで、アルの奴は何処に行ったんだ? 部隊は合流してるのに、肝心の本人の姿が見えないんだが」
「あぁ、アルには一つ、仕事を頼んでる」
〜反乱軍本拠・西門よりやや北
モーリッツはひたすらに走っていた。息が切れる。自分の日頃の運動不足を恨みたくなった。
自分の周囲には、脱出の手引きをしてくれた護衛の兵士が二人のみ。なんでこんなことになったのか。自分に呼応して、国内で反乱軍が動き出すと言ったから、この戦を始めたのに。決心を伝えて以来、あの使者の女には会っていない。まさか、騙されたのか。いや、そんなことはない。そもそもあの女は、私の――
「す、少し休憩だ……。もう……ダメだ……」
モーリッツが足を止めた。両手を膝について、荒い息を吐き出す。護衛の兵士が一人、足を止めた。もう一人が少し先のほうで足を止める。
「はい。どうぞ、お休みになられてください」
横に立っている護衛の兵士が、モーリッツに声をかけながら、剣の鞘に手を掛けた。いや、剣ではない。僅かに反っている。おそらくこれは、刀だ。
「……どれぐらい走った?」
モーリッツはそれに気付く様子すらない。兵士が彼に哀れむような視線を浴びせた。その直後、兵士の体が少しだけブレる。
その次の瞬間には、モーリッツの体から、血飛沫が飛び散っていた。彼の体がゆっくりと崩れ落ち、その横では何食わぬ顔で、兵士がモーリッツの衣服の袖を使って刀の血糊を拭く。もう一人の兵士が、唖然とした、それでいて怯えた表情を浮かべた。目にも止まらぬ早業だった。いつ抜刀したのか、見当もつかない。
「貴様を仕留めるつもりは無い。どこかへ行くんだな」
刀を拭いていた兵士の言葉が終わらぬうちに、もう一人の兵士は慌ててその場から立ち去っていた。残った兵士が刀を鞘にしまう。
こういう仕事も、たまには回ってくる。昔取った杵柄というか。
そう、モーリッツを斬り殺した兵士は、アルフレッドだった。かつて暗殺者として培った技術は、こんなところで活かされている。あまり好きではないが、命令とあらばやらざるを得ない。
「見事な早業ね、アルフレッド君」
拍手の音と、女の声。アルフレッドが振り返った先には、妙齢の女性が立っていた。赤い髪と、勝気そうな黒い瞳。その黒い瞳は、まるで夜のように、どこまでも黒かった。美しい。が、どこか作られたモノのような――
「貴様は……?」
「あら、自己紹介が必要かしら? 私の名前は、セシリア。セシリア・キュービィよ」
セシリアと名乗った女は、くすくすと笑みを浮かべながらアルフレッドのほうへと足を進める。柄を握るアルフレッドの手に、少し力が込められた。
「そんなに警戒してもらわなくても良いわよ。ただ、この男がどうなったか知りたかっただけ」
セシリアが既に物言わぬ体となっているモーリッツに一瞥をくれる。そして、どこから取り出したのか、扇子を開いて自分を扇ぎだした。
「上手いこと騙されてくれたわ、この男は。ちょっと気のある仕草を見せたら、イチコロよ」
「騙されただと……?」
「そ。この男をそそのかして、反乱を起こさせたのは、わ・た・し」
セシリアが人差し指を唇に当てて、悪戯っぽく笑う。
「貴様、どこの国の者だ……? 答えによっては、その首が胴と離れるぞ?」
アルフレッドは柄と鞘をそれぞれの手で握り締め、いつでも抜刀できる体勢を作る。彼の優しげな顔が変わった。
「そんなに怒らない。別に私は、どっかの国の回し者とか、そういうのじゃないのよ。ただ、戦が起こったほうが、あたしの商売がやりやすいだけ」
「……武器商人か? それとも戦場泥棒か?」
「そこは秘密。もうちょっと深い仲になったら、教えてあげてもいいけど。それこそ、恋人とか?」
再びセシリアがくすくすと笑った。
「戯言をッ!」
アルフレッドが刀を抜く。彼の抜刀は、攻撃と一体になっている―所謂、居合―。
額あたりを少々傷つける程度でいいだろう。それで少しは怯える筈だ。女を傷つける趣味はないが、仕方ない。
が――
「いい剣ねぇ。流石だわ」
アルフレッドの眼前から、セシリアの姿が消えて無くなっていた。気配も無い。ただ、声がするのみ。
「今回はアナタ達の動きが良かったから、あまり上手い商売にはならなかったわね。ま、こういうときもあるわ」
「……貴様、術士か?」
「そういうこと。ま、アナタは仕事中でしょう? あまりあたしに深入りはしないほうがいいんじゃない?」
セシリアの声が完全に消える。姿を消すなんて術、あったか? 暗殺者の過去を持つアルフレッドからすれば、そんな話は眉唾物である。
わからない女だ。しかし、わからない事は案じないほうが良い。
「……やれやれ。妙な奴の事を知ってしまったな……。一応、報告しておくか」
アルフレッドはため息をつきつつ、モーリッツの首目掛けて刀を振り下ろした。
〜反乱軍本拠
反乱軍本拠の小城にある、会議室。その中は、重苦しい空気に包まれていた。席に着いているのは、ウォードとレンファ、それに反乱軍側の代表者が二人。全員、難しい顔を浮かべている。
「兵士達の様子はどうなの?」
「……完全に怯えています。モーリッツ様が逃げ出したことは、既に城中の噂になっていますから」
「それに、ブラックフェンリルを打ち砕いた後の、あの大音声。士気は完全に死んでいる」
「拙いわねぇ……。降伏するにしても、相手が素直に降伏を受け入れてくれればいいんだけど」
四人とも、難しい顔をしている。降伏という結果を相手に伝えて、相手が攻撃を止めるか否か――。ひょっとしたら、降伏した後、こちらの城に乗り込んで、その後に待つものは――
皆殺し。
「ウォード様、もはや城内の兵士に戦うような心はありません。どうか、我々を代表して……」
反乱軍側の代表が一人、頭を下げる。
「恥ずかしながら、我々はそういう舞台に立ったことがなく……」
ウォードとて、降伏を伝えるような役割などやったことが無かった。しかし、この状況では、自分がやる以外に道はないだろう。この二人は、はなから自分達でケリをつけることを捨てている。ここまで頼られるのは心外だ。
「では、城内の総意は、降伏、ということですな?」
「はい。モーリッツ様の姿が見えなくなったところで、我々の戦は終わ……」
「失礼しますっ!!」
反乱軍側の代表の言葉を遮るように、雑兵が駆け込んできた。
「どうした?」
「じょ、城壁へ……」
息の上がっている雑兵の姿から、只事ではないことが起こっていることは容易に理解できた。四人は話を中断し、城壁へと足を進める。
城壁では、雑兵たちのざわめきや悲鳴が、絶えず起こっていた。
城壁からわずかに見えるもの。それは――
「モーリッツ、殿……?」
モーリッツの、首だった。
〜ヴェステア軍・本陣
「アル、ご苦労だったな」
ユリウスはアルフレッドに水を勧めた後、肩を軽く叩く。
「あぁ。潜入から脱出まで、実に上手く出来たよ。敵さん、警備がザルだな」
アルフレッドが水を飲み干す。今回、モーリッツを脱出させたのはアルフレッドの手引き。そして、それを指示したのはユリウス。
首魁の死による、更なる士気低下を狙ってのことだった。
「これなら、最初からこうしていたほうが早かったかもな?」
「まぁまぁ、今更言うな」
ユリウスが軽く笑った。彼とてここまで早く事が済むとは思わなかったのである。モーリッツの小心さに感謝、といったところであろうか。
「で、だ」
「ん?」
「妙な女と会った。今回、モーリッツをそそのかしたって奴にだ」
「何だと?」
ユリウスの顔つきが変わる。これが他国の回し者だとすると、厄介な事態になる。
「仕事がやりやすいとか、そんなことを言っていた。大方、武器商人の類とは思うが……。他国からの回し者ではないようだ。自己申告だが」
しかし、あまり気持ちのいい奴ではなかった。アルフレッドは少し顔をしかめる。美人ではあったが、もっとも、それはどこか人工的な冷たさを感じさせるものだった。
「で、どうした?」
「取り逃がした。刀は抜いたが……奴が消えたんだ。そう、信じてもらえないかもしれんが、本当に消えた」
「お前は言い訳をするような奴じゃない。信じるさ。とにかく、このことは内々にしておこう。上に知られると、いろいろと厄介なことになるからな」
ユリウスがアルフレッドの肩を叩く。
「いつもこんな仕事ばかりさせて、すまんな」
「何、昔取った杵柄だ。腐らせるのも何だからな」
アルフレッドが、少し笑った。こういう形とはいえ、自分を一番認めてくれるのはユリウスなのだ。コイツになら、何事も任せられる。アルフレッドはそう思っていた。
「アルス、入るよ」
ライーザがテントの中に入ってくる。
「どうした?」
「敵さんが会見を希望だ」
「わかった、今出る。護衛にレオンを呼んでくれ」
〜反乱軍本拠・ヴェステア軍本陣中間点
「ヴェステア軍総大将、ユリウス・ギュンターだ」
「反乱軍代表の、ウォード・シュヴァイツァー」
反乱軍本拠の小城と、ヴェステア軍本陣のちょうど中間点に、ユリウスとウォードが立っている。それぞれの後ろには、レオンとレンファが護衛として侍っていた。
「見ての通り、我々の総大将たるモーリッツ殿は死に、兵士達は完全に戦意を無くしている。そこで、我々は諸君等に降伏を申し出たい」
「えらく早く答えが出たな」
ユリウスが少し笑った。期限は明日までとのことだったが、それほどまでに戦意が無かったのか。
「もとより他の雑兵達はモーリッツ殿に巻き込まれる形で、この戦に参加している。戦意は元々低かった。それに加えて、我々の敗北だ。弱気になるのも無理は無いだろう」
反乱軍の内情は、アルスの言う通りであった。
「あぁ。諸君等の降伏は受け入れよう。首謀者たるモーリッツ以外には罪が及ばぬよう、俺も領主殿に進言する。そこは安心してくれ。あと、ブラックフェンリルの捕虜は全員お返しする。全員元気だ」
「なるほど。そこは感謝しましょう、ユリウス殿」
ウォードが馬上で礼をした。レンファはその後ろで、ユリウスを品定めするような目で見ている。
確かに噂通りのいい男。そして、妙に溢れる自信。
こりゃ、モテる訳よね。
レンファは一人、勝手に納得していた。
「ところでウォード殿。君達は確か、傭兵だったな?」
「確かに傭兵だが?」
「この戦の終了で、この件の契約は終了だな?」
「あぁ。しかし、我々はナディアには味方せんよ」
ウォードの脳裏に浮かぶ、首都攻防戦の様子。血に飢えた戦鬼と化した、ナディア兵。
「違う。別件だ」
「別件だと?」
フィツール王家の血を継ぐ者、ユリウス・ギュンター。
あくまで噂と思っていた。が、この男の見ている先は、恐らく――
噂を信じてみるのも、悪くないのかもしれない。
「詳細は追って伝えよう。後日、暇な時にでもヴェステアまで来てもらおうか?」
「……話だけ、聞くとしようか」
「よし。では、これにて会見を終了とする。無駄な血を流すことなく、この戦を終わらせることが出来た。君の英断に、感謝するよ」
ユリウスは笑い、手を差し出す。が、ウォードの姿を見て、すぐに手を引っ込めた。ウォードもこういうことには慣れているのか、苦笑いだけで返す。
「握手なら、私よりも、このレンファとのほうがいいだろう?」
「確かにな」
「はぁ!?」
「では、双方、これにてこの戦を終了とするッ!!!」
ユリウスの声の後、ヴェステア本陣より大歓声が轟いた。
〜ヴェステア本陣
「世話になったな、ユリウスさんよ」
陣払いの準備を一通り終えたヴェステア軍。アルス達ブラックフェンリルの捕虜も、帰り支度を終えていた。
「次は一緒に並んで戦いたいもんだな」
「俺は、そこのレオンとケリをつけたいがねぇ?」
「ん? 今でいいんなら、いつでも相手になるぜ?」
「いや、そっちの貧相な飯のせいで、腹が減ってんだ。遠慮しとくよ」
「違ぇねぇな」
レオンとシェイズが、共に豪快に笑う。やはり根は似た者同士、馬が合うのだろう。
「ライーザさんか? 次は負けないからな」
「それはこっちのセリフだよ。こっちは、次も、だけどね」
そう、今回の戦を決したのは、ライーザの必死の指揮だった。ライーザがあそこで持ちこたえたからこそ、反撃につながったのである。
反乱軍としては、ライーザ一人にやられたようなものだ。
「よっしゃ、ブラックフェンリル、家に帰るぞ! 一緒に親父とレンファから怒られようぜ!」
「副団長、それはちょっと……」
「イマイチな締め方だねぇ」
「うっせぇ! 文句言うなっつの! とにかく、帰るぞッ!」
馬の嘶きと土煙と共に、ブラックフェンリルは反乱軍本拠へと戻っていった。その後姿が次第に遠ざかると共に、ヴェステア軍も少しずつ動き始める。
「さてと、ユリアナと合流して、さっさと帰るか」
「だな。あのお嬢さん、出番が無くて怒ってるんじゃないのか?」
「かもな。寂しがってるかもしれないから、アル、お前の部隊を先頭に帰るぞ。お前になだめてもらわないとな」
「私がか?」
アルフレッドが苦笑する。ユリアナとは、昔から関係を疑われている。彼としては友人以上の感情は持っていないのだが。
「よっしゃ。さっさと帰って、祝勝会だ。食堂開けとけって、早馬送るか!」
ユリウスが剣を掲げると共に、ヴェステア軍から歓声が巻き起こった。 |