#3
〜ブラックフェンリル・シェイズ隊
ちょいとばかし、甘く見すぎてたかね。
シェイズはこちらへと三方向から押し寄せてくる敵を見ながら、厄介そうに呟いた。
包囲される寸前。負けは必定。ならば、指揮官としてやることは―――
「お前ら、まだ包囲されるには時間があるよ。だから、急いで城に戻んな」
「シェイズさんは……?」
「俺はここでしばらく頑張るよ。追っ手が来ちゃ、困るだろ?」
「しかし……」
渋る部下を尻目に、シェイズは両手の得物を一振りした。
「俺の渾名、忘れたかい? 『退かずのシェイズ』だよ? それが退く訳にはいかねぇだろ」
馬を進める。
まぁ、下らない意地と言われれば、意地だろうがね。それでも、この意地は俺をずっと支えてきたもんだ。ここで捨てるわけにはいかないんでね。
シェイズは小声で呟いて、撤退の号令をかけた。一緒に切り込んだ百名ほどのうち、その大半がシェイズの言葉に従って撤退を始める。
だが、残った者も居た。
「お前ら……俺の言葉が聞こえなかったのかい?」
「水臭いですよ、シェイズさん」
「俺達ゃ元々帰る場所なんかないんでね。シェイズさんと一緒に一花咲かせられるんなら、本望でさぁ」
そう、彼らは元々山賊紛いのことをやっていた者達だった。そんな彼らは、シェイズやアルスから痛い目に遭わされ、ブラックフェンリルに帰順したのである。
彼らはシェイズとアルスに、畏怖に近い感情を抱いていた。そして、過去に山賊紛いのことをやっていたせいか、彼らには帰る場所は無い。
「そうかい……。じゃあ一つ、ブラックフェンリルの恐ろしさを味合わせてやろうかねぇっ!」
〜ヴェステア軍・レオン隊
「何だ、まだ手こずってんのか?」
レオンは眼前の状況を訝しげに見ていた。見る限り、敵の数は百も居ない。いや、百どころか、五十も居ない。
「敵はたったのあんだけだろ? 早く片付けねぇと、ユリウスからどやされっぞ」
「し、しかし、敵はどうも、かなりの手錬のようで……」
「そんぐらいわかるっつの。相手は何せブラックフェンリルだ。どんな奴がいてもおかしかねぇよ。とにかく、今日はここまでにしようぜ」
「と、なると……?」
「わからねぇ奴だな」
眼前の戦闘光景を眺める。確かに五十も居ないが、明らかにこちら側が凍りついている。となると、確実に「面白い奴」が居る。
「俺が一肌脱いでやるっつんだよ。わかったんなら、道を開けやがれッ!!!」
レオンが声を張り上げた。その次の瞬間、レオンの前に居る兵士達が海を割るかのごとく真っ二つに分かれ、道を開ける。
「お、わかってるじゃねぇか。こういうことをされた後の俺は、気分がいいぜ?」
両腕をぐるりと一回転させ、前後に動かす。十分だ。いい具合である。
「レオン様のお通りだッ!! そこのけそこのけ、すっこんでなっ!!!」
レオンは自慢の双剣を携えて、敵の中央まで駆けて行った。
周囲の兵士は皆、狼狽した表情を浮かべている。ざわざわと気弱な声も聞こえてくる。レオンはその横を苦笑しながら通り抜けた。
やれやれ、情けないったらありゃしねぇ。ま、その表情もここまでさ。俺が別の表情に変えてやるよ。
そう、俺を目指すような表情になッ!!
〜ブラックフェンリル・シェイズ隊
屍、屍、また屍。
周囲を完全に囲まれている二十人ほどのブラックフェンリルの周りには、特異な空間が広がっていた。そう、屍以外のものは、何も無いといった光景が。
彼らが一歩足を進めるごとに、包囲している兵士たちは思わず後ろへと下がる。たった二十人ほどの相手に、周囲を囲む五百人以上の兵士が、完全に気圧されていた。
「おーおー、情けないねぇ。いや、コイツらを責めるよりも、アンタらを褒めるべきか」
妙に自信に満ちた声。シェイズが振り返った先には、白い上着を羽織った大男が居た。その両手には、フルサイズの長剣が一本ずつ握られている。
「誰だい? イキがるんなら、帰ったほうがいいよ?」
「他人に名前を聞くときは、自分から名乗るもんじゃないか?」
自信満々、といった表情で返す大男に、シェイズは思わず目を細める。いい度胸だ。
「悪いねぇ。俺ぁシェイズ。通称『退かずのシェイズ』だよ」
「なるほど、シェイズさんね。俺はレオン」
「レオン……? 聞かない名前だねェ」
訝しげな表情を浮かべるシェイズを、やはりな、といった表情で睨み返すレオン。そう、彼の名前はユリウスやライーザと比べると全く売れていない。確かに指揮官としての腕前は二人にかなり劣るのだが――。
「だろうな。ま、地獄の神様には、胸張って言っていいぜ? レオンに殺された、ってな!」
レオンが両手の剣を構える。大地にどっしりと根を張っているようで、隙を見せるといつでも飛び掛ってきそうな――。
獣だね。そして、コイツは――口だけじゃない。
シェイズはレオンの構えだけで実力を察した。この時点でここまで感じさせてくれるのは、アルス以来、久々のことだ。口の端を歪め、馬から降りる。
「なるほどねぇ。よし、見掛け倒しじゃないってこと、期待するよ」
シェイズも両手の得物を構える。こちらは、そう、例えるなら――山。肉を切らせて骨を絶つ、それを体現しているかのような。
二人は少しずつ距離を詰めていく。得物と腕の長さを考慮したリーチは、シェイズの方が長い。そして、彼の懐に迂闊に飛び込めば――血煙が上がるのは間違いない。
どう出る。まぁ、どう出てこようが、俺は相手を斬り捨てるのみだよ。まぁ、ここまでイキがってくれたんだ。少しは楽しませてもらいたいね。
二人の距離が少しずつ縮まっていく。両軍の兵士は、固唾を呑んで二人の挙動を見守っていた。戦闘も忘れて。
刹那。
シェイズの正面から、レオンが消えた。痺れを切らして飛び込んできたか。それならばこちらの思う壺。シェイズは左腕の長剣を振る。
甲高い金属音。
そして、シェイズの頬には、一条の切り傷。
その直後、二人の間合は元に戻っていた。
レオンの唇に、笑みが宿る。
「まずはご挨拶だよ、シェイズさん」
「……」
無言で傷から流れる血を拭う。傷そのものは浅い。が、驚きは隠せない。
シェイズは必勝のタイミングで攻撃を仕掛けた。が、レオンはそれを読んでいた、いや、本能で察知したかのような速度で受け流し、そのままシェイズにもう片方の剣で一撃を見舞ったのだ。
「……はは」
シェイズが少し肩を揺らす。
「わあっはっはっはっ!!!」
「ぬあっはっはっはっ!!!」
そのまま豪快に笑った。レオンもそれにつられて笑う。
「いや、失礼だったねぇ。面白い、これは面白いよ」
シェイズはひとしきり笑った後、再び構える。今度は先程までとは違う、攻めに主眼を置いた構え。
「アンタみたいな奴に会ったのは久しぶりだ。俺も全力をもって相手させてもらうよ」
「あぁ、そうしてくれたほうが、コッチとしても有難い」
レオンも再び構える。こちらは先程までと同じ構え。
また、二人の距離が縮まった。
〜ヴェステア軍・ライーザ隊
「レオンが敵将と一騎討ちだって!?」
急に大人しくなった戦況を、怪訝な目で見ていたライーザは、部下の報告を聞いて唖然とした。
彼女たちの部隊はレンファの術攻撃と、シェイズの大暴れによってかなりの打撃を受けており、ユリウスとレオンの到着後に、やや後方へと下がっていたのである。
「クソッタレ、あの馬鹿、相変わらずだ! 昔っから指揮官やってるってことを自覚してない!」
ライーザは「馬鹿」と評したが、レオンはある意味で戦闘狂である。戦場で強い奴を見ると、その場の状況考えずにケンカを売る節があるのだ。指揮に専念すべき指揮官として、あるまじき行為である。
「しかし、敵将……あの、先程まで大暴れしていた奴ですよ? 奴と互角、いや、それ以上の戦いをしていると……」
「そうでなければ困るッ!」
「まぁまぁ、落ち着けって、ライーザ先輩」
ユリウスの声がした。ユリウスは自分の部隊よりも前方にいるはずだが、いつの間にか自分の前に居る。。
「ほれ、行くぞ?」
ライーザに近づいたユリウスが、そのまま彼女の手を握る。
「な、行くって何処にだ!?」
「見物だよ。レオンの晴れ姿のな」
「見物だと!? 何言ってる、指揮は……」
「待機命令を出してる。どうせ包囲はある程度済んでるんだ。ここはのんびりと、世紀の名勝負になるかもしれない一戦を見に行こうぜ?」
「な、何を悠長な……」
「何、俺にはちょいと考えがあるんでね。とにかく、行くぜ」
ユリウスはそのまま最前線へと足を進める。ライーザはぶつぶつと文句を言いながらも、彼の後を追った。彼女もなんだかんだ言って、士官学校時代より目をかけていた、レオンのことが気になるのである。
〜ブラックフェンリル・シェイズ隊
金属音は鳴り止まず、火花は耐えることが無い。
そこらの雑兵からしてみれば、かろうじて打ち合いが続いているということがわかるだけだ。少々腕に覚えがある者でも、二人の繰り出す全ての太刀筋を見ることは不可能であろう。
それほどまでにこの二人の打ち合いは激しかった。こんな田舎に居ては、一生見ることの出来ないような試合―いや、死合。
いつのまにか両陣営から、声援が巻き起こっていた。もっとも、その大半はレオンに向けてのものであるのだが。
いやはや、予想以上に楽しいぜ、こりゃ。
レオンは打ち合いながらもそう感じていた。時折繰り出される相手の際どい一撃。それが来るたびに彼は背筋にゾクゾクとしたものを覚えていた。
俺は今、生きている。生きてこの面白い奴と生死を賭けている。たまらないね、この緊張感はよっ!!
戦場以外では味わえないこの感覚。
レオンはただ感謝する。このようなめぐり合わせを作ってくれた神と、シェイズに。
そして、シェイズは防戦一方となっていた。意図的ではないこのような展開は、かつて武術を習っていた頃以来のことだ。
レオンの一撃は、鋭く、かつ重い。なぜこれほどの男の名前が売れていないのか。本当にこいつの名前はレオンなのか。そんなことを思うほど、レオンの腕前は凄まじかった。
大変な奴にケンカを売られたもんだ。
思わず安くケンカを買ったことを後悔する。だが、レオンの言うとおり、地獄の主には胸を張って言えるかもしれない。
そして、それらネガティブな感情を補って余りある、この楽しさ。
武の道に生きるものとして、これ以上の感覚は無い。倒されても、それもまた良し。そうも思える。
これ以上の感覚は、そう味わうことはできないだろう。
得物と得物が打ち合う金属音と、互いの発する踏み込みの音、攻撃を放つ時に漏れる声、周囲の歓声。
先程から二人の耳に入る音は、これらの音しかなかった。戦場と二人の男が奏でる交響曲。
しかし―――
「シェイーーーーズッ!!!!」
蹄の音。その音が聞こえたと同時に、馬上からレオンに向かってなで斬りの形で剣が振り下ろされた。
「アルスッ!?」
アルスの一撃は、レオンのとっさの回避により不発に終わった。レオンが不機嫌そうな顔で乱入してきたアルスを睨む。
「乱入してくるとはとんでもない奴だな」
吐き捨てるように呟く。そう、至高の一騎討ちは、終わったのだ。
「うるせぇ。お前ら、さっさと脱出するぞ。勝負はここで打ち切りだ」
周囲がざわめく。今まではレオンとシェイズの一騎討ちが行われていたために戦況が固まっていたのだ。それがなくなれば――。
「アルス、その命令にゃ承服できないねぇ。俺はコイツと決着をつけるよ」
「馬鹿野郎、てめーは一体何人から慕われてるのかわかんねーのか! グズグズしてる暇はねぇっつの!」
「ごちゃごちゃうるせぇな! 別に俺は二対一でも十対一でもかまわねぇぜ!?」
「言うねぇ……」
シェイズが一歩足を進める。レオンも待ってましたと言わんばかりに指をくいくいと動かした。
「双方、そこまでだッ!」
突然の大声。声の先には、ユリウスが居た。その後ろにはライーザの姿も見える。
「いや、実に面白いものを見せてもらった。レオン、そして、シェイズといったな」
ユリウスがつかつかとレオンたちの元へと歩み寄る。それを怪訝な顔で見るレオン。再び周囲がざわめき始めた。
「そして、この状況下で、こちらにこれだけの被害を与えた、ブラックフェンリルの諸君」
ユリウスはそれを気にするでもなく、アルスとシェイズの前で立ち止まった。ユリウスの後ろにはライーザがぴったりと張り付いている。
「最後に、シェイズを助けるためにこの囲みを単騎で突き破った、アルス」
アルスもシェイズも、急に現れた敵総指揮官にしばらく開いた口がふさがらないようだった。ユリウスを守るような形で、レオンがアルスたちとユリウスとの間に入る。
「単刀直入に言う。貴様等を殺すのは惜しい。……俺の下につけ」
しばしの沈黙。
「……何言ってんだ、ユリウスさんよ。俺達はブラックフェンリルだ。ナディア帝国の連中と同じ空は抱かない。そう決めてるんだよ」
もっとも、アルスが決めたわけではなく、団長であるウォードが決めたものである。
「そっちこそ、何を言っている? 誰もナディアの下で働けとは言っていない。俺の下で働け、と言ったんだ」
「だからどっちも同じじゃねぇか。てめぇはナディア帝国の士官だろうが」
「いいか、聞け。このユリウス・ギュンターには夢があるッ!」
「夢だと?」
「大声では言えん。だが! 見ている先は貴様等ブラックフェンリルと同じと言っておこう!」
「な!?」
ユリウスはそのままアルスの前に歩み寄り、大声で叫んだ。
「俺の名前は、ユリウス・ギュンター! フィツール王国の血を継ぐ者だッ!!!」 |