動き出した巨人/フォルセナ攻略戦・phase2
#27
〜ブレストン帝国・冬季首都 フルウァス宮城
翌日。
カチュアはガルバの部屋にいた。後ろにはメリーベルもいる。昨日すぐに寝てしまったことを、朝からずっと謝っていた。疲れているようだったから気にしていないのだが。
「……カチュア様、お化粧、お上手ですね」
「いやいや、そんなことないですよ」
童顔であるせいか、カチュアの化粧は薄い。覚えたての頃はユリウスからさんざんからかわれたのだが、最終的には「似合っている」と褒めてくれた。思い出してみるとちょっと恥ずかしい。今頃は元気でやっているだろうか。
昨晩、長いこと話し込んだせいか、リリアとはだいぶ打ち解けた。美人なうえに物腰柔らかで、絵に描いたようなお姫様だ。羨ましいといえば羨ましいが、今更生まれを呪う訳にはいくまい。
「おはようさん。いやー、悪い悪い。待たせてもうたなぁ」
ガルバが部屋に駆け込んできた。
「いえ、おはようございます」
「朝の会議が長引いてもうてな。……それで、カチュアさん。こいつが親書や。俺と父上の署名入りやから、ユリウスさんに渡してくれるか?」
「……はい、誠にありがとうございます」
ガルバから封筒を受け取った。表面にはブレストン帝国の紋章である「月と人魚」が描かれている。
「何、お互いに事情があるやろ? ……ホンマやったら父上にも会ってもらいたかったんやがな、ちょいと洒落にならんぐらい弱っとるからなぁ」
ガルバの顔が曇った。クライドはブレストン帝国の大黒柱であるだけに、ガルバも気を揉んでいるようだ。息子としての心配と、ブレストン帝国皇太子としての心配が織り混ざっている。飄々とした態度の裏側にそれが感じられた。
「ほな、これでカチュアさんの仕事は終わりやな。ご苦労さん」
「……はい。肩の荷が降りました」
「これが仕事やなかったら、フルウァスでも案内しようと思っとったんやけどなぁ」
「兄様、またお仕事をすっぽかすつもりですか?」
「こら、お客さんの前で『また』とか言うんやないわ」
また、ということは、よく仕事をすっぽかして遊びに行っているのだろうか。ガルバは恥ずかしそうに笑って、カチュアの手を握る。
「帰り路も気をつけてな。まぁ、メリーベルさんいるから大丈夫か。何せ、あのライフキーパー家の娘やからな」
どうやらガルバもメリーベルのことを知っているらしい。有名な家なのだろうか。メリーベルの様子を窺ってみると、照れているのか困惑しているのか、よくわからない。
「ほな、ユリウスさんによろしく」
「またいらしてくださいね。今度はお仕事ではなく、プライベートで。その際は、フルウァスを案内させていただきますから」
「はい。ガルバ様とリリア様も、お元気で」
カチュアはガルバとリリアに一礼すると、そっと部屋を出た。
フルウァス城下の甘味処。
一仕事終えたカチュアとメリーベルは、フィツールへ戻る前に一服していた。カチュアはショートケーキを、メリーベルはシュークリームを食べている。
「ふぅ……。ようやく一息ついたね」
「やな。あとは帰るだけ。何もないとええけどな」
そう、あとは帰るだけ。
だが、カチュアには気になっていたことがあった。それを聞いておかないと、なんだかすっきりしない。
「……メリー」
「ん?」
「あの、ガルバ様とリリアさん、メリーのことを知ってたよね。……昔、何かあったの?」
「あー、それかぁ。いや、隠しとくつもりはなかったんやけどな。まぁ、カチュアちゃんになら言ってもいいか」
メリーベルはシュークリームを平らげると、熱い茶を飲んで、一息ついた。
「ウチが子供の頃、お父んはブレストンの宮殿で武芸師範って形で働いとった。お父んは剣の達人でな、ウチも子供の頃からしごかれとったわ。そりゃもうビシバシと」
武芸師範。滅多に聞かない単語だが、いかにも強そうな肩書きだ。ということは、メリーベルの見事な剣技は父譲りということだろう。
「子供の頃は大して苦労もせんと過ごせたんやけどな。あぁ、稽古はしんどかったで。……そんである日、お父んは武芸師範の座を狙っとる男と試合することになった。試合はお父ん有利に進んどったんやけど、相手の槍の穂先を覆っとったカバーが急に外れたんや。事故か故意かはわからん。ただ一つ言えることは、それでお父んが死んでしもうたってことや」
気持ちを落ち着かせるかのように、メリーベルは茶を少し飲んだ。
「しかもお母んは元々体が弱くてな、お父んが死んだのがショックになったんか、すぐに後を追ってもうた。そんなこんなで、ウチは14で天涯孤独の身になってもうたって訳や。ガルバさんが知っとったんは、多分その試合を見とったからと違うかな? クライド様の前での試合やったからな、観客も多かったわ」
メリーベルはなんだか照れ臭そうにはにかんでいる。彼女の性格からすると、自分の苦労話はしたくないのだろう。聞いてはいけないことだったのかもしれない。
「まぁ元々跡継ぎになるつもりはなかったから、えぇ機会と思うて放浪の旅に出たっちゅー訳や。幸い蓄えはあったからな。あんまし苦労はせんかった。そんで、用心棒しながら今に至ると」
「……なるほど。話してくれてありがと。……それと、ごめんね。嫌な思い出だったんでしょ?」
「いやいや。まぁいい思い出やないけどな、今更昔を嘆いたところで何にも変わらへん。カチュアちゃんに隠し事はしたくないしな」
メリーベルは笑顔を浮かべた。過去を嘆いたところで何も変わらないと言い切る彼女の前向きさは羨ましい。
「ポジティブだなぁ。羨ましいよ」
「いや、なーんにも考えてないだけやって。ウチはアホの子やからな」
「自分で言うことじゃないよ、それ」
メリーベルの笑顔を見ていると、なんだか楽しくなって、ついくすくすと笑うカチュアだった。
「さて、そろそろ出よっか」
「ついでやから、ユリウスさんに土産でも買うて帰らん?」
「そうだね。手ぶらで帰るのもなんだし」
二人は甘味処を出ると、ユリウスへの土産を見繕うべく、雑貨屋に向かうのだった。
〜フォルセナ城・領主室
フォルセナ城下の空気は不穏だった。先の敗北に加え、フィツール独立軍が放った間者による扇動が続いている。扇動はやり手の政治家であるアレンがなんとか抑えてくれているが、それがいつまで持つかはわからない。
そして、ブレストン帝国との国境では、ブレストン軍が怪しい動きをしている。かねてより親フィツールだったブレストン帝国だ。ひょっとしたらフィツール独立軍と何かしらの密約があるのかもしれない。
嫌な状況続きだ。ヨゼフは地図を眺めながら、憂鬱そうにため息をついた。
「ため息などついて、いい若い者がな」
いつの間にかグスタフが入ってきていた。隣にはフィリアもいる。
先日の会戦の後、グスタフ達はフォルセナに入城した。グスタフが率いていた三千五百人は、この状況で貴重な戦力である。
グスタフは合流が遅れたことを悔いていた。ライーザの遅滞戦術と、トカゲの尻尾となった者達を讃えつつ。どうやらグスタフは相手を褒める癖があるようだ。
「ため息もつきたくなりますよ」
「シュビット殿が捕虜になったとはいえ、こちらにはまだ兵力がある。六千もあればいっぱしの戦ができるだろう?」
さすが不屈の闘将と呼ばれることはある。ヨゼフはグスタフの闘志に感服すると同時に、自分のため息を恥じた。そう、今必要なのは勝利なのだ。
「この周囲を見て回った。なかなか面白い地形があるな」
「面白い地形?」
「フィリア、どの辺りだったか?」
「えっと……」
フィリアが指差したのは、フォルセナ城から西にある湖だった。フィツール地方で最大の湖であるムルグ湖である。その周囲には森林が広がっており、そこに通じる街道は細い。ヨゼフはその地形から、グスタフがやろうとしていることを察した。
「……伏撃ですか」
「その通り。連中の勢いは凄まじいものがある。現状で会戦を挑むのは少々厳しいだろう。だからこそ、ここで連中の士気を挫く」
グスタフの言うことには一理ある。勢いづいているからこそ見失うものがある。それは慎重さだ。それを活かすには絶好の機会かもしれない。
「面白いですね。どうしましょうか?」
「うむ、ヨゼフ君なら乗ってくれると思っていた。どうするか、それを相談に来たのだ」
「失礼します」
そこにアレンが入ってきた。フィツール独立軍に所属しているリーンの父。
フォルセナに放たれている間者はリーンの仕業だろう。それを処理しているアレンの心境はいかがなものだろうか。ヨゼフはそっと同情している。
「アレン殿。どうされました?」
「城下の動きが不穏極まりませぬ。反乱が起こるのも時間の問題かと」
アレンは年下のヨゼフに対しても敬語を用いる。彼からすれば、いくら若くとも、フォルセナ城主のヨゼフは目上の存在なのだ。目上の存在には敬語を使うことを徹底する。そこに彼の生真面目さが透けて見えた。
「……フィツールの間者の仕業か」
「おそらくは。相当数を送り込んで来ているようですな。いくら摘発してもキリがありませぬ」
「……軍を動かそうと思ってました。しかし、その状況を聞くと、大胆な行動に出るのは躊躇われますね……」
「軍を動かすことは私も賛成です。このまま籠もっていてもじり貧になるだけですからな」
「留守中に動かれるのが一番辛いな……。かといって小勢では戦果も上げられまい」
沈黙が場を覆った。勢いづいているフィツール軍と矛を交えるには、相当の兵力が必要だろう。だが、兵力を割けば割くほど、反乱に対する備えが薄くなる。判断に迷う状況だ。
「……わかりました。軍を動かします。兵力は三千五百」
熟考の末、ヨゼフはその回答を弾き出した。
「俺とグスタフ殿、それにフィリアで出陣します。アレン殿は留守をお守り頂きたい」
総兵力の六割強を動かすのは、アレンの手腕を信用してのことだ。最悪の事態が訪れても、アレンが二千五百の兵を率いていれば、対処は容易だろう。
「この状況で留守とは、責任重大ですな。最善を尽くしましょう」
アレンの表情は真摯なものだ。彼の表情を見ていると、ナディア帝国本国で流れている「フィツールに通じている」という噂を信じることはできない。そう、彼を知る者は誰一人としてその噂を信じていなかった。
「よし、では軍議を始めるとしようか」
グスタフの合図で、ヨゼフ達は地図を囲んだ。
〜フィツール独立軍陣地
「……敵はまだ動かないのか?」
また始まった。ファルミアはため息をつく。
戦況が膠着して数日。毎日のように挑発をかけているが、フォルセナ軍は動こうとしない。
そして、一昨日からファルミアのテントにライーザが管を巻きに来ていた。
「見たらわかるでしょ。レオンの仇を討ちたい気持ちはわかるけど、焦っちゃ何にもならないわよ」
ライーザの心境は理解できる。しかし、それを理解できるのと正誤の判断はまた別の話だ。向こうが動かない以上、こちらも軽率に動けない。
「リーンとレンファが間者を潜り込ませてるわ。それがうまくいけば、敵さんも動かざるを得ないわよ。それまでの辛抱」
「しかし……」
「……っとに、焦っちゃ蜘蛛将軍の名前が泣くわよ」
ここらで戦果を上げる必要があるのはナディア軍も同じ。負けっぱなしでは民衆から見限られる。敵はそろそろ動く頃。そして、それは正面からではないだろう。グスタフもヨゼフもこちらの勢いを知っている。きっとそれを逆手に取ってくるはず。
「落ち着いて日々の任務をこなしなさい。きっと時期が来るから」
「……落ち着こうとはしてる。しかし、案外真面目なんだな」
ライーザの口調はふざけていたが、声は強ばっていた。精一杯の強がりなのだろう。ならば、今はそれを見守るだけだ。
「そりゃそうよ。キャプテン・真面目とはあたしのこと」
「どの口がほざく」
フォルセナ軍が動くとしたら、ライーザは先陣を引き受けようとするだろう。彼女の精神状態だと、普段の慎重さはどこにやら、きっと無理して突っ込むに違いない。
そのときは、なんとかして止めないと。
ファルミアは地図を見つめる。フォルセナ軍はこちらの優勢な騎兵戦力を封じようとするだろう。となれば、ムルグ湖畔は危ない。
「……ちょっと散歩してくるわ」
「ああ。邪魔して悪かった」
「邪魔するんなら帰ってよ」
ファルミアはくすくすと笑ってライーザを帰すと、ムルグ湖畔の地形を確認することにした。一人では危険なので、ライアスを伴って。
どうも僕です!!
お久しぶりです。年末年始は忙しく、それに別作品を書いてたりでこっちはご無沙汰になってました。
色んなフラグが立ってますが、物語はまだ続きます。
……次回はできるだけ早くお届けできるようがんばります。
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