#2
〜ヴェステア軍・本陣
閃光。そして轟音。
ライーザの後方に位置していたユリウスは、突然の落雷にしばし呆気に取られていた。
「……術士、だな」
ようやく言葉を搾り出す。髪を伝う雨水が鬱陶しかった。
「あぁ。しかもこいつは、かなりの凄腕だな……」
レオンが忌々しげに呟く。彼も一応術士の肩書きを持っているのだ。あくまでも肩書きだけであり、術の技術は並以下であるが。
おそらく騎兵を扱うのに邪魔な重装兵を潰そうとしたんだろう。ならば、すぐに敵騎兵が突っ込んでくる。そう、それも精鋭「ブラックフェンリル」が誇る騎兵が。
「……ク、クククッ……」
「ユリウス、どうした?」
唐突に笑い出すユリウスを、胡散臭そうに見つめるレオン。いつの間にか雨は止んでいた。
「面白くなってきたじゃねーか。レオン! どうも俺達の出番も来るみたいだぜ! いっちょやってやろうじゃねぇかっ!!」
ユリウスが腰から直剣を抜く。そしてそれを、空に向かって掲げた。
〜ヴェステア軍先鋒・ライーザ隊
「クソッタレ……」
ライーザの口から、思わず悪態が漏れる。無理も無い。先の落雷で、重装兵の半分はやられたのだから。
兵は皆、狼狽していた。そうだ。超自然的な術は兵卒達の恐怖心を煽る。正直な話、自分も恐怖を覚えている。
小癪な奴だ。このままでは終わらせない。自ら志願してこの様では、後輩に合わせる顔がない。面子が丸潰れだ。
「……貴様等、死にたくなければ槍を取れッ!!!」
彼女は精一杯の声を張り上げる。恐怖を感じないと言えば嘘になる。しかし、指揮官までも狼狽して、どうするというのだ。
「敵が来るぞッ! もたもたするなッ! 無様に死にたいのかッ!!」
ライーザの声はよく通る。古参の者から、少しずつ平静を取り戻していく。
そうだ、今までもライーザの言うとおりにしていれば生き残れた。今回も、やってくれるはずだ。この凛々しい女将軍に従っていれば。
「あれだけの術が連続して放てる道理はないっ! 安心しろ、『蜘蛛将軍』を信じろッ!!!」
ぽつぽつと、重装兵が先程の落雷を避けるために放り投げた槍を手に取り出す。そう。戦うために。生き残るために。
「騎兵来るぞッ!! 重装兵、槍構えッ!! 弓兵、射撃準備ッ!!!」
ライーザが声を張り上げる。一糸乱れぬとまでは言えないが、生き残った者達がライーザの言葉に従う。彼女自身も、片手剣をゆっくりと抜いた。
反乱軍本拠の城門が開くのが、小さく見えた。
〜反乱軍本拠・城門
「……思ってたよりも損害は小さい感じね。今日はちょっと調子が悪かったのかしら。それに、敵さんの様子から察すると、どうもいい指揮官がいるみたい」
レンファはやれやれ、といった感じで扇子を手のひらに打ちつけた。敵の混乱は最小限。狼狽する兵士を、すぐに落ち着かせたのだろう。いい統率力をしている。
「構わねーよ。潰しやすくはなった」
馬上のアルスがレンファのほうを見もせずに返す。その手には僅かに反った剣が握られていた。
『ブラックフェンリル』の名を持つ、父から受け継いだ剣。
「ま、肉体労働はアンタ等に任せるわ。あたしは休けーい」
「おうよ、任されて」
アルスの横に居る大柄な男―身長は2メートルを超えているだろう―が豪放に笑った。東国風の衣装から、鎧が覗いている。
「シェイズ、わかってんな。目標は中央だ。前に出てる奴等をさっさと蹴散らして、一気に吹っ飛ばすぞ」
「わーってるわーってる。ウォードさんからよーく聞いたからねぇ」
「おう。じゃ、頼りにしてるぜ? 『退かずのシェイズ』?」
「「ぐっふっふ」」
アルスとその隣の大柄な男―「退かずのシェイズ」との異名を持つ、シェイズ―が揃って不敵に笑う。その様子をレンファは胡散臭そうな目で睨んでいた。
「さぁ、エサの時間だ!! 狼ども、腹一杯食えやっ!!!」
アルスが剣を掲げて激を飛ばすと同時に、城内の騎兵400が一斉に歓声を上げた。馬に鞭をあて、一斉に駆け出す。その姿はまさに獲物へと群がる狼そのものだった。
〜ヴェステア軍・本陣
「レオン、二手に別れるぞ」
「二手? 待てよ、先輩の救援は?」
「無論行く」
ユリウスは部隊を二つに分けつつ、レオンのほうを振り向きもせずに指示を飛ばす。
「救援には行くが、直では行かない。迂回してだ。左右から連中を挟み撃ちにするぞ。到着まで少し時間がかかるが、それまでは先輩に耐えてもらうしかない」
「おい、待てよ」
レオンがユリウスの肩を掴む。にもかかわらず、ユリウスはレオンのほうを向こうともしなかった。
「先輩の兵力は500程度だぞ。しかも、さっきの落雷だ。何人やられてるのかわからねぇぞ!?」
事実、レンファの術によりライーザが率いる500のうち100ほどは戦闘不能へと追い込まれていた。ライーザは防御戦闘を得意とするが、それでも騎兵相手に長くは持たないだろう。
「……もし、今すぐ先輩の所に到着したとしても、しのぎきれると思うか?」
「……」
「側面を衝く。そうすれば、いくら騎兵っつっても、三方向からの攻撃には耐えられないだろう。それに、包囲すれば確実に潰せる」
ユリウスが振り返る。
「連中を潰さないことにはコッチの勝ちはない。わかったなら、その手を放せ」
「……わかったよ。お前を信じる。……だがよ」
「大丈夫だ。先輩なら、やってくれるさ」
ユリウスは少し笑い、移動を始めた。
〜ライーザ隊付近
「だーっ、しっつけぇ奴だっ!!!」
アルスは馬上で苛立っていた。突破できない。随分と久しぶりのことだ。それに、この眼前の部隊を何とかしないことには、突破後に挟撃に遭う可能性がある。
だが、なんともできなかった。
忌々しいが、敵の指揮官の実力を認めざるを得ない。
「こりゃ、絶対彼女いないねぇ……」
シェイズが呆れ半分、感心半分で呟く。諦めが悪い。それは軍人にとってのみ、褒め言葉として取られる言葉だった。
「よっしゃ、俺が行くよ。いい加減突き破らないことにゃ、話にならねぇからねぇ」
シェイズが馬を進めた。手綱を引き、馬を猛らせる。
「あぁ、頼むぜ」
「任されて」
「お前等、気合を入れろよっ! シェイズさんが出るぞっ!!!」
シェイズが動き出した直後、一人の兵士が声を張り上げると同時に、シェイズは駆け出していた。右手には長剣、左手には長柄の剣―長巻のような形状―をそれぞれ握っている。彼の得物が、既に彼の腕力と技量を表しているようだ。
「シェイズさんだっ!!」
「シェイズさんが来るぞっ!!!」
シェイズの黒い馬と、暗い紫色の東国風の衣装が駆け抜けるたびに、歓声が上がる。それほどまでに彼は周りの兵士から信頼と羨望の目で見られていた。
「命が惜しくばそこをどきなっ!!! 『退かずのシェイズ』のお通りだっ!!!」
接敵と同時に、シェイズは両腕の得物をまるで別の生き物のように動かし出す。彼の両腕が動くたびに血煙が上がった。一瞬のうちにライーザの部隊には戦慄が走る。それとは対照的に、攻めあぐんでいたブラックフェンリルに再び活気が戻ってくる。
「ら、ライーザ様、とんでもない奴が、とんでもない奴が……っ!!」
ライーザのもとに怯えながら味方の兵士が寄ってくる。普段なら激を入れるところだが、ライーザがそれをする気にもなれないほど、シェイズの武勇は凄まじかった。
「……クソッタレがッ!! 解ってる、慌てるなっ!!! 救援が来るまで、耐え抜けっ!!! 必ず救援は来る、必ずッ!!」
ライーザが声を張り上げる。兵士を、そして自分を勇気付けるため。
しかし、それにしても救援がやけに遅い。ユリウスたちの位置からすぐにこちらへと動いているのなら、もうすでに到着しているはずだ。何か考えているのか―それともこちらを見殺しにするのか。
ユリウスに限って、後者は有り得ないと思うが……。
苛立つライーザは唇を噛む。少しずつ、こちらが崩れてきている。
「よっしゃ、今がチャンスだな。ブラックフェンリル、全員聞けぇっ!! これより連中を片付けるぞっ!!! 俺に続けっ!!」
そして、その崩れをアルスは見逃さなかった。一気呵成に勝負を決めるべく、突撃の号令をかける。ただ、彼の中では一つの疑念がくすぶりはじめていた。
敵の本隊が、どうして動かないのか―。見殺す気なのか。それとも――。
が、どちらにせよ、時間を食いすぎている。いい加減にここで眼前の敵を仕留めなければ。アルスは疑念を振り払う。
「行くぞ、副団長に続けっ!!!」
配下の声と同時に、ブラックフェンリルの残り全てが駆け出していく。その直後、甲高い金属音―銅鑼のような音―が戦場に鳴り響いた。アルスは一瞬動きを止め、周囲に目をやる。
疑念は当たった。
悪いほうに。
「……ふぅ、間に合ったみたいだな」
主戦場の東側―ライーザより見て右翼側―にレオン率いる400の部隊が展開する。ほぼ同時に反対側にユリウス率いる600の部隊が展開していた。
「よかった、先輩もまだ粘ってるみたいだ。流石、尊敬するよ。……お前等、見てるな? 先輩達の部隊はあんだけ頑張ってんだ。お前等も負けるんじゃねーぞっ!!」
レオンは両手の長剣を掲げ、突撃の支持を出した。それよりやや遅れて、反対側に位置しているユリウスの部隊も動き出す。そして、援軍の姿を認めたライーザ達も、少しずつ反撃へ打って出ようとしている。
形勢逆転だった。それが解らないほど、アルスは愚かではない。突撃を始めかけていた配下達に「止まれ」と号令をかける。
「……副団長、このままじゃ囲まれますっ!!」
「そんぐらい解ってるっ!! いいか、お前等は囲みを抜けて城へ戻れ!」
先行しているシェイズ達はともかく、自分達が包囲されるにはまだ時間に余裕がある。ならば、父親から預かった配下達を死なせる訳にはいかない。
悔しいが、この戦闘に勝ち目は無い。戦いの主導権は敵に移ったのだ。
「解りました。……副団長は?」
「言わずもがな、だ」
アルスは馬の向きをそのままにする。そう、先行して戦っているシェイズ達のほうに向けたまま。
「俺はシェイズを救出するッ!!!」
その言葉を言い終わらぬうちに、アルスはシェイズの元へと駆け出した。
ここで自分の右腕たるシェイズを失うわけにはいかない。そう、シェイズとは十年来の親友同士だ。それを見捨てるわけにはいかないのだ。
「副団長ォーーーーッ!!!」
自分を呼び止めようとする配下の声を背に、アルスは馬を全力で走らせた。 |