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蜘蛛将軍の女心/フォルセナ攻略戦・phase1
#24
〜フォルセナ南部・フィツール独立軍陣地



 夜。
 アルスは自分に与えられたテントの中で、地図とにらめっこをしていた。
 アルス達、フィツール独立軍の兵力は5000。総大将はユリウスだ。相手であるフォルセナ軍の兵力は、密偵によるとおおよそ5000。指揮官は領主であるヨゼフらしい。
 面倒な相手であるグスタフはライーザが引きつけてくれている。しかし、ヨゼフの力量のほどはよくわからないが、ユリウスは「自分と同等」と言っていた。それが正しければ、決して侮れない相手だ。
 そして、兵力が互角である以上、勝負の行方は戦術次第。厳しいようだが、博打と同じで、こういうときのほうが集中できる。
「あの、失礼します」
 誰かがテントの入口を叩いた。その音でアルスは地図から目を離す。
「ん? どちらさんだ?」
「輜重のシェリアです」
「シェリアさん……あぁ、はいはい。入ってくれ」
「あ、は、はい! し、し、失れれ……失礼しますっ」
 シェリアの声は完全にうわずっていた。そのことを不審に思っていると、シェリアがそっとテントの中に入ってきた。
「どうした?」
「あ、え、えっと、お仕事中……でしたか?」
「いや、地図見てただけだ。別に忙しかった訳じゃない」
 全く仕事をしていない訳ではないが、話があるというのなら、そちらを優先したほうがいいだろう。アルスは地図を閉じる。
「そうです、か」
 シェリアの様子は普段とどこか違う。とは言っても、アルスはシェリアと話したことはあまりなく、彼女がアルヴィンやファルミアと話している姿を見たことがある程度だが。少なくとも、その時の様子とは全然違う。
「それで、何の用だ? 輜重関係の話なら、俺よりもユリウス様に言ったほうがいいと思うが」
 本人を前にしているわけではないので、ユリウスに様付けをしているアルスだった。
「い、いえ、時間がその、大丈夫なようでしたら、お話、しま、しませんか?」
「はぁ?」
 寝耳に水。とは言え、せっかくの誘いだ。シェリアは全く魅力がないわけではないし、輜重科と仲良くしておいて損はない。
「あぁ、別に構わねぇけど。折角だから散歩でもするか?」
「あ、は、は、はいっ!!」
 テントの外は静かだった。見回りの兵士がアルスを見つけ、小さく敬礼する。アルスもそれに返し、夜の陣地をシェリアと歩く。彼女から誘ってきた割に、彼女はずっと黙っていた。
「それにしてもシェリアさん、輜重なんて地味な仕事、よくやってるよな」
 話題がないので、とりあえず仕事の話。
「た、確かに地味な仕事ですけどっ! で、でも、輜重は一番大事な任務だってこと、理解してますし、誇りも、その、持ってますっ!」
「いや、馬鹿にしてねぇよ。よくやってくれてるなってこと。ありがとな」
 怒っただろうか。シェリアのほうを振り向いてみると、彼女の顔は真っ赤だったが、怒っているわけではなさそうだ。
「あ、ありがとうだなんて、そんなっ」
「いやいや、こういう場じゃねーと礼も言い辛いからな。……ユリアナさんにもいつか言っとかねーと」
 補給計画の大元と物資の管理はユリアナがヴェステアで考えており、シェリア達の仕事は物資を前線に輸送することだ。彼女が言うように、輜重は地味ながらも最重要な仕事である。
「……あ、あの、私もお礼、言わせてもらって、いいですか?」
「礼?」
 お礼されるようなことなんか、あったっけな。アルスは首をかしげる。
「あの、10年前のことなんですけど……」
「10年前?」
「リバーサイドで起こったこと、覚えてませんか?」
 リバーサイドはヴェステアからさらに南に位置する、フィツール地方最南端であり、この大陸の南東端でもある。農業が主体ののどかな地域であり、はっきり言うと田舎である。
「リバーサイド……あぁ、そういえば山賊をぶちのめしたっけな」
 10年前となると、アルスは17歳になる。たまたま立ち寄ったリバーサイドで、山賊にさらわれた町娘を助けてほしいとの依頼を受けた。
 まだブラックフェンリルにレンファがいない頃で、アルスはシェイズと二人で、30人ほどの山賊を叩きのめしたのだった。もっとも、10人ほど斬り伏せたところで、残りの20人は降参したのだが。
「ひょっとして、シェリアさん、その時の?」
「は、はいっ! そのときのお礼、まだ言ってなくてっ!!」
 アルスはほとんど忘れかけていたことだったが、助けた礼をされるのは悪い気分じゃない。
「あの、ありがとうございましたっ!」
「いいっていいって。あの頃は色々とストレスもたまってたしな」
「ストレス、ですか?」
「あぁ。あの頃は親父がすっげー厳しくてな。何回この親父を殴ってやろうかなんて考えてたよ」
「……あ、そういえばなんだか活き活きしてたような……」
「まぁ、あの頃があったから今の俺があるんだ。今じゃ感謝してるけどな」
 今こそだいぶ丸くなっているが、昔のウォードは仕事に対して本当に厳しかった。鞘で殴られるなど日常茶飯事であり、彼が両手を失ってからは、事あるごとに蹴られていた。まぁ、今となってはいい思い出である。
 再び沈黙が場を覆った。もじもじしているシェリアを見て、アルスは気まずそうに頭をかく。
「……あの、アルスさん、私……」
「よぉ、アルス。どうしたんだい?」
 シェリアの声を遮るように、後ろからシェイズが肩を叩いてくる。
「おー、シェイズか」
「珍しい組み合わせだねぇ。どうしたんだい?」
「どうしたもこうしたも」
「あ、あのっ! 私はこれでっ!!」
「あ、シェリアさん」
 シェリアはアルスに一礼して、走り去っていった。
「邪魔しちまったかい?」
「あー、いや。別に」
 シェリアの様子は明らかにおかしかった。普段はもう少しハキハキ物を言っていたような気がするのだが。
「せっかくだ。一勝負してこうぜ」
 とりあえずシェリアのことは置いておこう。アルスは指で輪っかを作る。賭事の合図だ。
「お、いい度胸じゃないか。んじゃ、アルヴィンとアルも誘おうかい」
「今日は負けねぇぜ」
 アルスは不敵に笑い、自分のテントに歩いていくのだった。



〜翌日・ユリウスのテント



 結局、昨日も大負けしてしまった。アルスは不機嫌そうな表情を浮かべたまま、ユリウスのテントを叩く。
「アルスだー。入るぜ、旦那」
「おー、待ってたぞ」
 ユリウスの返事を待たずに、アルスはテントの中に入る。中にはユリウスの他にアルフレッドがいた。
「昨日は散々だったらしいな」
「ごちそうさま」
「うっせー。お前ら絶対裏で手を組んでるだろ」
「根拠のない陰謀論は格好悪いぞ。私達は普通にやってただけだ」
「ま、イカサマは現場を押さえないと指摘できないからな」
 以前も述べたが、アルスはイカサマ以前に普通に負けている。
「それで、作戦案は浮かんだか?」
「ああ。博打ばっかやってると思われると困るからな。しっかり考えてきてるぜ」
「博打ばっか? 何を今更言ってやがる」
 茶化すユリウスを尻目に、アルスは地図を広げ、来るフォルセナ軍との会戦での作戦を説明しだした。

「なるほど、面白い作戦だな」
「確かに面白いが、ちょっと不確定要素が多すぎるんじゃないか?」
 アルスの立てた作戦は、非常にハイリスクハイリターンなものだった。ユリウスはともかく、慎重な性格のアルフレッドは渋い顔を浮かべる。
「こうでもしねぇことには勝てる気がしねぇんだよ。地の利は相手にあるうえ、旦那並の指揮官ときたもんだ」
 フォルセナ軍は高地に陣取っている。先に高所を取るのは戦において基本中の基本である。
「……ヨゼフか」
「正攻法じゃちょいと厳しい。持久戦になると、不利なのは俺らだ。勝ち続けねぇことには、先がねぇからな」
 ユリウス達フィツール独立軍の最大の味方は風評である。
 強い勢力であれば、勝ち馬に乗ろうとする者が多く集まる。フィツール独立軍のうち、そういった者の占める割合は大きい。
 そして、そういった打算的な者達は、弱い勢力を簡単に見捨てることができる。
 彼らの心を繋ぎ止め続けるには、誰もが驚くような大勝利が必要なのだ。
「……よし、その案でいく。先輩にも伝令を頼む」
「たまには正攻法で戦いたいものだが」
「できるんならやってるよ」
「わかってる。ちょっとしたグチだ」
 とはいえ、アルフレッドの気持ちもアルスはわからなくもない。奇策は気を遣う。
「俺達がのびのびと戦をできるよう、旦那にゃ頑張ってもらわねぇとな」
「確かにな」
「あーあー聞こえなーい」
 ユリウスは笑って、二人の肩を叩くのだった。



〜独立軍本拠・ファーディル城



 ユリウス達がいなくなると、この城は本当に静かになる。
 レンファは報告書を手に、城主室に向かっていた。今はリーンが城主代行を勤めている。ユリウスを初めとする賑やかな連中が居なくなったのは、騒がしいのが好きではないレンファとしては、喜ぶべきか悲しむべきか。
 城主室の前に立つ。ユリウスがいるときは独り言なんかがたまに聞こえてくるが、今の部屋の主はリーンであるため、本当に静かだ。よいことである。
「……の……は……しいな……」
「えへへ……がと……」
 と思ったら、子供の声と、リーンのデレデレしている声。やれやれだ。レンファはわざと大きく咳払いをして、ドアをノックする。
「レンファよ。入るわ」
 返事を聞かずに部屋に入る。中には新婚夫婦のように向かい合って食事を食べさせあっている父と娘の姿があった。リーンと、彼の長女のセリアだ。リーンは驚いて、食事の手を止める。子煩悩な親馬鹿とは聞いていたが、ここまで崩れているとは思わなかった。
「……子連れ出勤かしら?」
「いや、弁当を忘れて、セリアが届けてくれたんだ」
「それにしても美味しそうな昼食だこと」
「……当然だ! エリアの料理は世界一美味い! そしてそれをセリアが食べさせてくれるんだぞ!」
「はいはい、開き直りですかよ」
 レンファは苦笑し、リーンの前に座る。そこから見えるリーンの弁当箱の中身は、確かに美味そうな料理であった。彼の妻は菓子職人と聞いたが、料理の腕もかなりのものらしい。
「おねーさん、こんにちはー」
「よくあいさつできました」
 レンファに向かってセリアが頭を下げ、その姿をリーンが誉める。その姿は普段のクールな振る舞いとは全く異なる。彼のファンと称している女官達に見せてやろうか、なんて意地悪も思い浮かんだ。
 だが、恋は盲目。そこもいいなんて言いだすに違いない。
「……ケッ、幸せそうでなによりだぜ」
 なんだか見るに耐えなくなったレンファは、アルスの口調を真似て毒づいた。
「あー、パパ、アルスさんだー」
「うん、似てる似てる」
「そういう話をしに来たんじゃないんだけどねぇ」
 意外と受けたため、今度はシェイズの物真似。長い間一緒にいるせいか、物真似には自信がある。
「シェイズさま、シェイズさま!!」
「……様付け?」
「だって、シェイズさま、かっこいいもん! 『ひかずのシェイズ』だよ!!」
 この様子だと、彼のホラ混じりの武勇伝でも聞いたのかもしれない。以前、その辺の子供に話していると言っていた。図体に似合わず子供好きな奴である。
「話戻すわ。食事中悪いわね。カチュアからの報告と、諜報部から入ってきた情報を持ってきたわ」
「あぁ、すまない。……こら、セリアは読んでもわかんないだろ?」
 リーンがセリアをあしらいつつ、書類に目を通す。
「カチュアは順調か。……そして、アルヴァレスにブレストンの軍勢が集まっている、と」
「そこが大事なトコよ。おおかたこの混乱に乗じてアルヴァレスをかっさらおうなんて算段なんでしょうけど」
 アルヴァレスは旧フィツール王国領の北端に位置する。ハイランド帝国とブレストン帝国に接しているせいか、極めて強固な要塞都市となっていた。フィツール戦争ではグスタフが攻め、国王の弟であるエルンストを下して陥落させている。その悔恨が、先のリーゼの戦でエルンストを会戦に追いやった。
「……しかし、アルヴァレスを攻め取ったところで何になる? アルヴァレスはそう豊かな都市じゃないし、我々とナディアに遺恨を残すだけじゃないか?」
「あたしもそう思うわ。ちょっと読めないから、引き続き調査はさせてるけどね」
「……あぁ、頼む。今、実権を握っているのはガルバ殿下だな?」
「みたいね」
「殿下は親フィツールだと聞いたが……」
「口だけじゃなんとでも言えるわよ」
 レンファはため息をついて、扇子を広げる。
「じゃあ、ここでお暇するわ。お邪魔しちゃったわね」
「……い、いや、なんともない」
「はいはい」
 レンファは苦笑して、部屋から出る。
「……さ、何にせよ連中に勝ってもらわないとね。ここで大負けでもされると、絶対に城下が騒ぎだすわ……」
 ナディア側からも扇動員が送り込まれていることは知っている。今こそ大人しくしているが、一度負ければ、彼らが動き出すことは間違いない。
「頼むわよ、アルス。頼むからあたしの仕事、増やさないでね」
 レンファはフォルセナの方を向いて、手を合わせた。
前回「次は早めに」とか言ってたのに、全然早くないし。
明日から本気出します。


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