#1
共通歴15年 4月 ナディア帝国南東部・ヴェステア近郊
春先の温い風が、ひどく不快に感じられた。
あぁ、全く、冗談じゃない。
どうして自分がこんな場所にいるのやら。
ユリウスは、馬上で憂鬱そうにため息を吐いた。
領主自ら、軍を率いてこれに当たれとは言わない。だが、二十半ばの下士官に連続して任せるか、普通。
いや、これもまた、人材不足の一つの形だろう。つまりは、部下に無理をさせてノルマを無理矢理達成し、上層部に人材は足りていると判断させた領主自らの自業自得。「人手が足りない」と訴えることすらしていないのだから。
「どうしたユリウス、ちょっと静かじゃねーか。さては緊張してんのか?」
隣に侍るのは副官のレオン。黒い髪をオールバックにし、後頭部に纏めて垂らしていた。その腰にぶら下げられた二本の長剣が、大柄な体に相俟って、凄く頼もしく見える。
ユリウスにとっては初陣以来の副官であり、また、幼馴染でもある。そのせいか、階級関係なく二人の会話はフランクなものであった。
「馬鹿野郎。俺様が緊張するかっての」
嘘である。
戦を何度経験しても、どうもこの接敵前の微妙な感覚は拭えない。
自分は特別な勇気を持っている自信もなければ、臆病者と自称するほどでもない。
まぁそれも今のうち。接敵してしまえば、心の中にあるものは「どう兵を用い、どう敵に勝つか」、それのみになる。
「レオン、どの程度進んだと思う?」
「さぁな。8リーク※程度じゃねぇのか?」※1リーク…2キロメートル
「あ、了解。全軍へ通達、行軍を止めろ。小休止に入る。あと、隊長を集めるように」
ユリウスの号令とともに彼自ら率いる本隊がその動きを止め、伝令が支隊2部隊と輜重部隊へと走った。
ユリウスも馬から降り、雑嚢から粗末な水筒を取り出して少し喉を潤す。
「カチュアちゃん、元気にしてると思うかい?」
レオンが隣にどっかりと座りながら話しかけてくる。
「お前はいっつもそれだな。何だ、気でもあんのか?」
「バーロー、ねーよ」
レオンが豪快に笑った。今話題の棚上に上がっているのはユリウスの5つ年下の妹である。体が弱かった母親の代わりとして、また、8年前に母親が病死してからは完全に家事全てを受け持っていた。
美形である兄ユリウスと同様、カチュアもかなりの美女である。もっとも、童顔であるうえに低身長であるためか、美少女といった表現のほうがしっくりくるのだが。
「何、カチュアがいなくなって一番やばくなるのは、ユリウス。お前だろ?」
ユリウスをからかうように、支隊その1を率いるライーザが現れた。赤い髪で顔の右半分を完全に隠しているのが特徴的だ。女だてらに数多くの戦場で勲功を挙げており、その部隊指揮技術はヴェステア屈指との誉も高い。
ユリウスやレオンにとっては先輩にあたり、なかなか頭の上がらない存在である。
「あ、先輩にはバレてます?」
「いーや、ライーザさんだけじゃない。私もレオンも、他の皆だって知ってるさ」
もう一人の支隊指揮官、アルフレッド。元暗殺者だが足を洗い、士官にまでなっている。先の特徴的な二人とは裏腹に、中肉中背のパッとしない男だ。
実質、今回の反乱討伐のメンバーはヴェステア若手のオールスターのようなものだ。有能な者が揃っている。
「全く、てめーは本当に生活力ねぇな。カチュアちゃんが嫁に行ったらどうすんだ?」
「ま、野垂れ死に確定だな」
「黙れっつの」
笑いながら手を振るユリウス。あながち否定できないところが悲しいというか。
「で、お嬢さんは?」
「さぁ。ま、あの子は足遅いしな」
「お、お待たせしました〜!」
噂をすればなんとやら。馬をふらふらと操りながら、娘にしか思えない女が駆け寄ってきた。見ているだけで必死感が溢れてくる。輜重部隊を指揮しているユリアナ。すでに20半ばは越えているはずなのだが、どう見てもその外見は12歳ほどの少女にしか見えない。
元は大商家の娘という珍しい者だ。兵站線構築能力や、民政能力などは非常に高いのだが、前線の者から尊敬されたり、感謝されるというよりは可愛がられている感じだ。外見のせいで大きく損をしている典型と言えるだろう。
「ったく。前に命令したように、牛乳飲んでるか?」
「飲んでますよ!! 毎日毎日!! っていうかそんな命令ホントにありえないですよ!!」
「いや何、冗談だ冗談」
ユリウスが人を食ったように笑う。それにつられて、レオンたちも笑った。ユリアナは一人むくれている。
このメンバーが揃った場合、堅苦しい感じはまったくしない。ユリウスのフランクな性格と、全員の年齢が近いということもあるのだろう。
「で、だ。そろそろ接敵と思われる」
ユリウスの一言で、それまで和やかだった周囲が静まる。明らかにユリウスの顔つきが変わった。
「輜重はここを拠点に停止。極力短期で終了させる。だが、線は絶やすな」
「りょ、了解です」
ユリアナが慌てて敬礼をする。
「先輩、アル、レオン。敵さん連中は所詮地方の小規模な反乱軍。殆どは寄せ集めの烏合の衆とは思うが、油断はするな」
「わかってるさ」
「でも、敵さんは傭兵主体ってことらしいな。どんな逸材が眠ってるか解らないぞ」
「……アル、その逸材ってのだが……」
ユリウスが言葉を濁す。
「……どうも敵さんには『ブラックフェンリル』がついてるらしい」
「ブラックフェンリルだって!?」
ブラックフェンリル。
かつてフィツール地方中心に活動していた強力な傭兵団で、12年前の戦争でもフィツール側の中核となった者たちだ。
フィツール王国が滅亡した今、彼らはナディア帝国と敵対するあらゆる勢力と手を結び、様々な戦場に出没してはナディア軍を悩ませていた。
もはや傭兵団というよりは、フィツール王国正規軍の残党である。
「あぁ。流石に昔ほどの人数はいないみたいだがな」
「……じゃあ、先鋒は私に任せてくれ」
ライーザが手を挙げた。彼女は、女性武将の例に漏れず、功名心が高い。そのため、昔からハイリスクハイリターンなポジションを好む。
最も、その功名心は腕前が裏付けているものであるため、頼りになる人材であるのだが。
「ブラックフェンリルってことは、間違いなく騎兵がいる。重装兵を回してもらえると有難い」
「わかった。任せるからにはそれぐらいはやる」
ユリウスの返答に、ライーザは不敵な笑みを浮かべて反応した。彼女は先述したように顔の半分を髪の毛で隠している。それは過去の戦闘で片目を失ったからだ。それでも、十人並み以上の美貌はある。
「アルは殿軍をやってくれ。輜重を狙わせないようにな」
「了解」
アルフレッドがちらり、とユリアナのほうに視線をやる。慌ててユリアナは頬を赤くしながらそっぽを向いた。
昔から関係を疑われている二人であり、アルフレッドはともかくユリアナのほうは満更でもないのだった。
「「「「ま、宜しく頼むぜ、指揮官殿」」」」
レオン、ライーザ、アルフレッド、ユリアナの4人が微妙な誤差を生みつつも、ほぼ同時にユリウスの肩を叩く。彼が総指揮を行う際には、恒例となっている行事だ。
「オーケー。まぁ俺を信じて、ドーンと行こうぜ」
全員が敬礼をし、それぞれの持ち場へと帰っていく。全員が目指すものは、多少の違いはあるものの、結局は勝利なのだ。
「さて、頼りにしてるぜ、副官殿?」
「コッチこそな、指揮官殿!」
ユリウスとレオンが、互いの胸に軽く拳を打ちつけた。
〜反乱軍本拠の小城
物心ついたときから、自分はずっと戦場に居た。
東西南北、あらゆる季節の、あらゆる地形の戦場に。本当によく生き残ったと思う。
だが、それゆえに失ったものは数多い。戦友、妻、そして自分の両腕。
両腕のない壮年の男は、反乱軍本拠の粗末な城壁に立ち、物思いにふけっていた。反乱軍の主力である傭兵団「ブラックフェンリル」団長の、ウォード。もっとも、団長という肩書きは今や完全に飾りであり、前線指揮は息子のアルスに一任していた。
12年前の戦争の最終戦となったレグザミール攻防戦で、彼は仲間のほとんどを失った。そして、妻さえも。
それ以来、ナディアとは同じ天を抱かない。そう決めた。その主義の前には、加担するものの正邪は関係ない。
我ながら、愚かだと思う。
「親父、大将が慌ててるぜ」
背後から彼の息子である、アルスが寄って来る。赤毛の短髪に、鋭すぎる目つき。この息子は自分によく似た。似ていないところといえば、饒舌なところぐらいか。
「ようやく討伐軍の戦力を把握したのか?」
「その通り。数は2000程度、総司令官はユリウスって奴だ」
「ユリウス……」
聞いたことはある。ヴェステアの若者の頭役であり、各地の小規模な反乱鎮圧や賊徒の退治などで功績を挙げている、とのことだ。
それ以外にも流れている、滅亡したフィツール王国の世継ぎという、根も葉もない噂。その証拠は聞いたことがない。それは母親が息子にする、よくある嘘だ。が、今回はどこか無視できない感覚があった。その根拠を問われても、カンとしか言い様がない。
「あぁ。ヴェステアじゃちったぁ知られてる奴だ。なんでも、領主さんよりも人望集めてるってよ」
アルスが城壁のレンガに座り込み、まるでユリウスを見てきたかのように話す。
「人望だけじゃねぇ。腕っ節も、頭も、指揮も、顔も完璧だって話だ。ったく、腹立つねぇ!」
大きなリアクションをとりながら、アルスが悪態をつく。それはどう聞いてもひがみにしか聞こえないが。それをウォードは微笑ましく眺めていた。
頭や顔はともかく、指揮と武力はアルスも間違いなく一流である。用兵技術などはおそらくこの一帯でもナンバーワンに近いだろう。
「……親父、明日が接敵だ。俺達は迎撃して、そのまま敵さんを突っ切れだとよ」
「また無茶な命令だな。ワシ等は所詮400程度だ。5倍の敵を突破するのは少し難しいぞ」
「俺はやれると思うがね。それに、命令は命令だ。やれないんじゃなくて、やるってのが俺達だろう?」
危ない橋を渡らされることには慣れている。彼等が傭兵団である限り、それは仕方のないことだ。
「ヴェステアにゃ騎兵はいねぇ。一気に突破するぐらいなら、やれると思う」
ヴェステアは山がちな地形であるため、騎兵を擁するのは訓練などの面で難しいところがある。その反面、希少な鉱石が産出される鉱山を多数有しているため、歩兵や弓兵の装備は良質なものが使用されている。
「それに、コッチにはレンファがいる。重装兵にゃ対処可能だ」
「……なるほど。先に重装兵を潰してから突撃をかけるか」
「そういうことだ。ホンット、便利な奴だぜ。ま、性格にゃあ難アリだがな」
「もう一度言ってみなさいな。誰が難アリですって?」
アルスが苦笑を浮かべながら悪態をつく。その直後、背後から凄みのある声が聞こえてきた。慌てて振り返るアルス。背後には、話題に上がっていたレンファがいた。海の向こうの華国の血を引くのか、エキゾチックな顔立ちだ。
「あーいや、それはだな……アレだ、そのー」
「水・水・風」
レンファが何かを唱えると同時に、手にしていた扇子を手の平に打ち付けた。
「わちゃちゃちゃちゃっ!!!」
次の瞬間、アルスがもがきだす。レンファが唱えたのは対象を軽く痺れさせる、簡単な水術。そう、レンファは術士なのだ。それも凄腕の。
「何、あたしが重装兵潰すの?」
「そういう方針らしいな」
「やれやれ、報酬上乗せしてもらわないとねー」
もがいているアルスを尻目に、レンファは軽くため息を吐いた。
団長代行のアルスだが、その権限は明らかにレンファに劣っているのだった。
〜翌日・ヴェステア軍・ライーザ隊
どうも自分が先陣を授かる時は、朝焼けになるときが多い。
血の色を彷彿とさせる、赤黒い空の色。まぁ、自分には相応しいというか。
「全軍、気を引き締めろ。今日が勝負だ」
4月の朝はやはり寒い。朝方の冷気を吸い込みながら、ライーザは陣内を見て回った。この冷気は自分を引き締めてくれる気がする。
自分のコンディションは良好。重装兵の数もファランクスに使えるだけの数はある。
「さぁ、陣を敷くぞ。蜘蛛将軍の戦を見せてやるか」
〜反乱軍本拠・城門
「なるほど、先鋒に重装兵ねぇ」
レンファはあくびをしながら、敵の陣容を眺めていた。あまり血圧は高いほうではない。朝は苦手だ。
「ったく、コイツを潰さないことには、突っ込めないって訳ね。ま、やりましょか。……水・水・水」
レンファの詠唱と共に、今まで晴れていた空が曇りだす。それからあまり時間が経たないうちに、雨が降り始めた。
「雨、だと……? こんな急に……」
雨がライーザの髪を少し濡らす。本当に突如降り出した雨。普通じゃ有り得ない。今までは晴れ渡っていたのに。
嫌な予感がする。
「……重装兵、今すぐ槍を捨てろッ!!!!」
「水・水・風・音!!!」
ライーザの号令と、レンファの詠唱は、ほぼ同時だった。
雷の音がした。 |